第264話 亀の困惑、人の悪意。
近付くと、城塞亀達の怒りがあたしにも伝わってくるようになった。傷付けられて生きるのもままならなくなった者を数日にわたって放置するとは何事か、という至極もっともな理由も伝わってくる。そうね、あたし達も、あの赤茶色の汚れの理由を、もうちょっと気にして、最低限だけでも、ちゃんと調べておくべきだった。その点では、あたし達ももう無関係とはいえない。人から見てもやらかした状態であるのを調査もせずに、これは仕様とはいえ、証拠を完全に消滅させちゃったからね……そう考えると、流石に説明責任くらいはある、と言えるだろう。
《そうですねえ……レガリアーナの一般の人々にはそこまでは把握できませんよね》
でしょう?上層部も正直どのくらい情報を持っているか、怪しいし。まあ国神も居るし、託宣を受け取れる巫女職もいるのなら、ある程度は把握していて欲しい所ですけど。
「取りあえずこれ亀たちの横から斜め前方に出るんでいい?」
沖合側に進路を取りながらカナデ君が尋ねてきたので頷く。もう陸地側は亀が割った氷がばっきばきなので危なくて通れませんからね、まだ沖側の方がましだ。斜め前方といっても、凍結があるので、完全に前に出るのは不可能だけども。場所としてはもうレガリアーナの領海真っ只中であるらしい。海まで凍るのは大陸西岸だとレガリアーナ国内の、南部の一部を除く全域のみだそうなので、領海内なのは間違いないだろう。ちなみに似た気候のトゥーレは海流の関係で南岸側はほぼ凍らないそうだ。
「……この位置は亀どもの足が付かぬはずだと思ったのだが、こやつら、普段なら背に岩石を載せる為の土魔法を足場を作るために使っているな……?漁場が大荒れではないか?」
うへえ、亀たち、予想以上に見えないところで派手にやらかしてた……!?
「いや、通り過ぎた後は足場は消滅してるな。それでも海底に固着するタイプの生物にそれなりに被害が出てる気がするが……なんも起こってないなあ?」
海底を見透かすように視線を投げたサーシャちゃんが、どうやってかそういう判定をくだす。まあ以前からあたしの魔力視に似たスキルがあるのは判ってるから、そこらへんかな?
「ええ、これと言って被害はなさそうですわ。彼らの足場、そもそもが浮いておりますし、最後尾のあとは消えておりますもの」
カスミさんが亀の足元になりそうな辺りを見据えて、そう告げる。成程、海中の半端な位置に足場を出して、使い終わり次第沈む前に消してるのか。器用だな……?
「……以前から、海溝を越えた先の、かなり遠方の島にも城塞亀が居ることがある理由が謎だったのだが、そんな移動方法があったのか……」
子亀のうちに他の生物に運ばれている、というのが通説だったのだがなあ、とランディさんが遠い目をしている。真龍も意外と知らないことはあるらしい。
(そりゃあ、ここに大人のほぼ全個体がいる程度の希少種だぞ?そんなものの細かな生態まで熟知するほど生きておらんよ、我は)
ああ、そういえばあなた真龍最年少でしたっけね……
なお現在あたし達の目に映る範囲の亀は推定二十体よりちょっと多いかな、くらいだ。ぶっちゃけでかすぎて反対側まで見通せないので、横からだと正確には数えられそうもない。
これに此処には居ないけど、現在成長中、石をまだ乗せてない子亀が十体くらいいて、それで全部、だそうだ。ほぼ西の海にしかいない希少種、そんなに少なくてやっていけるのか、と思ったけど、長寿命で大人になると天敵もこれといっておらず、人間の食用にもならない幻獣なので、滅多なことで減る要素がないから、こんなもんでいいんだそうだ。岩クジラも同様の理由で、数も似たようなものらしい。ちなみに彼らの場合、ケートスに至ると体の成長は殆どしなくなって、代わりに魔力が延びていくんだそうだ。
いやでもケートス食べた事ありますよねあたし達。事故個体だったそうだけど。
(岩クジラは確かに人の口にも合うだろうが、普通の人間の魔法や武器では、そもそも腹どころか、口の中の皮膚ですら破れぬからな、狩れる道理もあるまい)
稀に事故個体が出ることもあるけど、大体真龍が回収しているそうだ。なんでも、彼らにとっても結構なごちそうらしい。そんなええもんの、しかも最上級品を分けて頂いたのね、あの時って。
(彼らが事故る時は大体海のスタンピードにぶち当たった時だからね、人間では手も足も出まいよ。先の春のスタンピードのように、中核が彼らが魔物化したものになることも、なかなかあることではないのだがね)
通常、海でスタンピードが発生する事が少ないのは、中核個体になれるクラスの生き物が丈夫過ぎて、そもそも魔物堕ち自体が滅多に発生しないから、という理由もあるんだそうだ。過去の例だと、大海蛇系と、ワイマヌから進化するタイプの鳥系幻獣が中核個体の主な原型だそうな。ちなみにワイマヌは大陸の東側にしかいないけど、そこから進化した幻獣は何故か西の海にもいるそうだ。まあ鳥系だし、飛べる奴もいるものね。以前話に聞いた、派手なペリカンさんもその手合いだそうだし。
怒りを湛えながらも、粛々と進み続けていた亀たちが、突然止まった。ちょっと後ろの個体に押された子がぐらりとしたけど、あっという間に最後尾まで停止する。どうやら彼ら同士の間は、怒りながらも迅速にコミュニケーションを取りながら移動しているらしい。
その彼らの感情に、良く判らない困惑が見え始める。何故?という感情。
「え、なんであんな所に子供が」
サーシャちゃんが突然そんな事を口にする。見ているのは、亀たちの進行方向、まだ割られていない氷の上だ。
年齢の様々な、多分五歳くらいから十歳過ぎくらいまでだと思われる、十人程の子供たちが、立ち竦んでいるのが見える。防寒着は着ているけれど、全員雪か氷に埋もれそうになりながら、立っている。いや、これは、立っているんじゃない。あまり長くない杭のようなものに、括りつけられている……?!
生きてはいるけれど、生気のない目で虚空を見つめるだけの子供たち。魂の存在はあるけど、酷く希薄な……?
《あれは、抹消刑を受けた者たちです。ですけれど……生贄でもあるまいし、何故あのような場所に、しかも子供ばかりを……?》
シエラが状況を確認して、口籠る。
亀たちも同じように、困惑している。成程、これは多分、足止めの為の、囮か……?ならば。
「〈結界〉」
範囲を分けて、子供たちと、亀たちを別々に包もうとしたところで、海中に緑がかった色の魔法陣が刻まれ、光が海面に漏れあがる。まずい、これは読める部分の段階で明らかに範囲魔法なうえに、亀たちの足元をターゲットに指定している!防げるか?!氷上の子供は守れなくもないけれど、このままじゃ、亀たちに直撃する!
「ちょ、自国の子供が居るのにバーストストーム?!」
魔法陣を完全に読み切ったカナデ君が叫ぶ。バーストストーム?風超級じゃないの!
でも、魔法陣が力を解き放とうと光を増した瞬間、突然宙に現れ降り注いだ金色の光がその魔法陣を書き換えるように浸食し、消失させた。
これは、神力による、強制消去。知らない気配だし、場所柄を考えるとレガリオン神、かな。
〈如何にも。流石に、種族全てを滅ぼさんとする行いは、
シンプルな回答が飛んで来る。止めた理由はまあ納得がいくものだ。
「今頃出てきたのか。随分と重役出勤なことだな」
ランディさんはいつも通り、神様に対して辛辣だ。まあ真龍だから、しょうがないよね。それに、ここまで拗れてから出て来るのは確かに遅い感が否めない、というのは残念ながら、あたしも同感だ。国神にも色々縛りがあって、動きたくても動けない、なんてことがあるの自体は知っているけど、それでもねえ?
〈抹消刑の執行で手間取っているうちに事態が悪化してしまった。結果として、巻き込んでしまう形になったのは、全くもって申し訳ない〉
《一族郎党合わせて百名近くが対象者だそうですので、時間がかかるの自体は致し方ございませんね……時系列的にも、今件が後ですし》
シエラの解説を聞くと、まあそこはしょうがないと思うのだけど、あの臭いの件がある。あれ、今年に入ってから付いたとかそんなちゃちな臭いじゃないわよ多分?
〈……それに関しては、直接話をしたい。可能であれば亀達の件が落ち着いたら、我が国に立ち寄っていただきたいのだが〉
……成程、どうやら温柱の件は、本題を隠すためのダシに過ぎなかったのね?
だというのに、どうやってか事態を知った馬鹿王子が暴走し、やらかした、と。
まあどうやってというか、臭いの根源が唆したとかそんなところでしょうけども……
でも取りあえず、亀達が困惑している間に、治療しちゃおうか。
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幾ら海だと減衰される風魔法でも、足元直撃されると立ってられなくなる。そうなったら溺れて全滅です。
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