第262話 亀の甲羅と背中島。
絶賛真冬真っ只中だってのに、なんでまたもや海の上にいるんだろうね、あたし達。
幸いお天気は悪くはない。ピーカンって程でもないけども。魔物化した軍船を討伐しに行った前回とは違って、漁船や定期船がもう普通に仕事してるから、沖合に出ても、領海を抜けるまでは常識的な速度で航行する事になる我らがオプティマル号。
まあ公海上でも時々漁船がいたりするから、前回のようななりふり構わぬ全速前進はできないんですけどねー。それでも可能な限りの高速ですっ飛ばしていくわけですが。何せこちらは真横移動すらやらかす変態挙動を可能にする、将来有望過ぎる魔法使いが操船していますので……なんかおかしいなあと思ってたら、他の船より、波の立ち方もおかしかった。半分も波立ってない気がするんだけど、どういうこと?と思ったら、どうも周囲の水ごと動いている、らしい?うん、説明されてもよく判んなかった!
そういえば城塞亀の件はアプカルルには伝わっているのかしら、と、ランディさんに頼んでイルルさんを呼んで貰ったのだけど、彼らも城塞亀が激怒している事自体は知っていた。
「実は、わたくしどもも、この季節の移動は皆さまが危険だから、と、説得はしたのですけど、聞く耳持たずでございまして。
軍船にぶつかられて大怪我をした亀の方にはこちらの治癒師が多少の治療はしたので、最低限の傷は塞がっておりますし、食らいついていた瘴気の影響も抑えられてはいるのですけれど、如何せん中級どまりなもので……もしかしたら、完治させることができれば、或いは皆様も落ち着くのではないかと思うのですけれど」
アプカルルも重油風魔物の被害で結構大変だったのに、なんと、城塞亀の初動ケアもしてくれていた。これなら無理に急がなくても、最悪の事態は……いやあの状態でレガリアーナの方に上陸とかされちゃうと、違う意味で最悪の事態だな?やっぱり真面目に最大限、急ごう。
イルルさんには重ねてお礼を述べてから帰ってもらった。当然のことをしただけだと恐縮されてしまったけど、元をただせば人間のいざこざに巻き込まれたようなものですからね……いやまあ、それを言うとあたし達も完全に巻き込まれ側なんだけども……
「……何気に、城塞亀の暴走が、あの船がぶつかったせいだというのが確定してしまいましたわね」
送還されたイルルさんを見送るように視線を投げていたカスミさんがそう呟く。言われてみればそうね、イルルさん、ぶつかられたと断言していたわ。
「瘴気汚染もあったという事は、レガリアーナから殆ど離れていない段階で魔物化が発生していた、ということでもあるわね?」
瘴気が食らいつく、という表現をしていたから、恐らく魔物咬傷と同じ状態になっていたという推定が可能だものね。というか、魔物に直接傷つけられでもしない限り、そういう表現ができる状態にはあんまりならないからなー。
「ああ、ケートスによれば、レガリアーナの王都最寄りの港の中にまで反応があったので難儀した、というからね。ひょっとすると、地上にも何らかの影響が出ているやも知れん。流石にケートスの歌は地上にまでは影響を及ぼさないからな、音としては聞こえるけども」
ケートスの歌の、癒しと浄化の波動は、海の中でしか伝わらないのだそうだ。まあ地上に関しては、国神がいるのなら、彼らと神殿が頑張ってどうにかすべき部分ではあるしね。
「負傷した亀って甲羅に穴が開いてる、んだったっけ?」
サーシャちゃんの質問に、ちょっと首を傾げる。確かケラエノーさんは甲羅に大きく傷が入っている、とは言っていたけど、穴、とは言っていなかったような?
【ああ、横っ腹に大穴開いてんだよ。だもんで空気が抜けちまって、身体を自力で支えられなくなっている。それで仲間に押し上げられてるんだとよ】
丁度そこに飛んできたケラエノーさんが直接返事をくれた。空気?タイヤか浮き輪みたいな話になってきたな?
ランディさんとケラエノーさんが説明してくれたのだけど、城塞亀の甲羅は大変固くて、身体をパッキン代わりにして密閉しているのが平常状態のイメージでいいらしい。で、甲羅の中、身体と甲羅が接触している辺りにはかなり分厚い脂肪層があり、その上に空気が溜まっていて、浮力を補助しているんだそうだ。で、ある程度育つと今度はその空気の容量も増えてしまって今度は浮き過ぎるので、背中に岩や土を魔法で括りつけて、島状態にして森を育て始める。あとは空気量と森の成長加減の調整で浮き過ぎず、沈み過ぎないように調整しながら生きていくんだって。
で、今回当て逃げ事故にあった個体は、その甲羅の側面に大穴と、その下の胴体の一部に大きな裂傷ができていて、裂傷のほうはアプカルルさん達が治療してくれたんだそうだけど、甲羅の穴の方がどうにもできなくて、浮けなくなっている、と。
で、仲間が交代で彼を押し上げながら、責任取れや、とレガリアーナに押しかけつつある、という事のようだ。彼らも船の魔物の原型がレガリアーナの軍船なのは理解しているのだという。
「まあ船体を真っ白に塗った軍船なんてレガリアーナだけだからねえ」
ランディさんに言われて思い出したけど、そういやサンファンの軍船は黒かったな。
他の国にも海軍はいくつかあるけど、木造船の木の色そのままだったり、グレーベースの迷彩塗装だったり、国によっていろいろだそうな。迷彩塗装は勿論異世界人、というかケンタロウ氏の発案だよ!
「そういえば負傷個体の背中島はどうなっているのだね?その分だと剥落していそうだが」
ランディさんがケラエノーさんに質問している。
【半分くらい落っこちたらしい。残り半分は残存していたが、そういやあいつの島、随分と木が少なくて禿げっちょろびてたなあ】
ただ、それが元からなのか、剥落の結果なのかは判らないそうだ。まあケラエノーさんにとっては、あまり必要な情報じゃないだろうから、そこまで覚えていてくれるだけで御の字だ。
「木が少ない禿げ山気味の亀……あやつか……」
ランディさんがそう呟いたので、どうやら何らかの情報を知っている個体のようだ、と見当をつける。ただ、感情はフラットなので、特にそれがまずい相手とかいう訳ではないみたい。
「城塞亀の中でもかなり大きい方であったなら、浅い場所だと甲羅が重過ぎて足が沈み過ぎるから、と、人間に半分ほど森を伐採させた個体だろう」
親しくはないが、仲介はしたから覚えている、とランディさん。ケラエノーさんもああ、確かにあいつ、でかかったな、と応じているので、どうやらその亀さんで間違いないようだ。
「あやつであれば、取りあえず話は通じるだろう。森の件も上手く、かつ丁度良く処理してくれたから、と、元から人間には好意的だ」
大雑把に半分くらい切っといてくれ、というオーダーだったのを、乗り込んだ業者さんがこんないい森に育ってるのにそんな雑な作業をしたら勿体ない、と、間伐メインで綺麗に間引きしていったんだそうだ。ただ、思ったより浮力に影響が出なくて、追加伐採を繰り返していたら、切りすぎっぽくなってしまったのだという。一本いっぽんが育ちすぎて大きくなってたのかなあ?
ちなみに城塞亀や岩クジラの上の森の樹種は、大陸とぶっちゃけ大差ない。これといって珍しい木は生えていないんだそうだ。彼らは積極的に木々の管理をする訳じゃないから、材木としての商品価値もあんまりないという。ただ、縁起物としては人気があるのだそうで、背中島材、というカテゴリで取引されているそうな。
今日はもう陽が沈むから、とケラエノーさんは帰っていった。まあ夜飛ぶ生き物じゃないからね、しょうがない。
現在地はフラマリアの南寄りの沖合の公海上、といったところか。ヘッセン国が海に突き出すような形状なので、そこをぐるりと回りこまないと、レガリアーナ方面には行けない。しかもヘッセン近海には結構な岩礁地帯が存在する。そんな場所を走る船がいたなら、普通に座礁を警戒して警報と警告が飛ぶ程度の難所だ。あの船魔物、本当に公海も領海もへったくれもなく、最短距離を通ってきたらしいけど、こちらは流石に領海侵犯とかするつもりはない。
うーん、普通に公海上を航行していくと、結構時間かかるな、これ……?
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カーラさんは亀のレガリアーナ上陸を怪獣大戦争的なイメージで想像していますが、実際には亀たち、上陸する前に浅い場所で浮力を失って動けなくなるので、発生するのは港湾の半永久封鎖になります。
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