第261話 怒りの城塞亀。
それから数日は静かなものだった。漁船も定期船も、翌日には仕事を再開していたから、港自体は賑やかだったけど。
ただ、水揚げされる魚に関しては、一定期間は瘴気の残留調査が必要なので、市場では些か滞りが発生していた。まあ今回はあたし達もその辺は手伝ったので、以前のスタンピードの後よりは早く流せてはいたということだけど。あと流石に調査はタブリサ沖までで、南部のクラシコの方の産物は問題ないだろうって話でもあった。といっても、実際に調査で引っかかった魚は、初日にコロル村方面から来た中に、全部の船を合わせてひと籠分くらいいたくらいで、後はきれいなものだったけどね。
汚染が確認された分に関しては、国が買い取って処分となる。コロル村の漁師さんがちょっとしょんぼりしていたけど、こればかりはしょうがないね、とお金を受け取って帰っていった。
ヘッセンの方でもある程度汚染のある魚が確認されたそうで、結構大騒動になっていたようだ。これは聖女様から手紙で教えて頂いただけだけど。そしてやっぱりあちらでもケートスさんの歌が聞こえていたそうで、そりゃもう大絶賛していた。ちなみに市井の人や神殿の聖歌隊にも、結構好評だったそうなので、ランディさんの予想はやっぱり外れだったね。
フラマリアもどうやら似たような状況だったようで、二度ほどランディさんが様子見に行っていた。流石にオラルディより北には伝手がないからはっきりしたことは判らないけれど、レガリアーナからの距離が近いほど、汚染が濃いはずだから、そっちの方が酷いんだろうな、くらいには思っていた。原因としては、ケートスの歌が届くまでに細分化されて生物に取り込まれてしまった、あの重油状の魔物が消滅しきらずに、瘴気汚染として残った、ということのようだ。
そんなこんなで、ハルマナートとその近隣に関しては、瘴気絡みの始末も大体ついたので、あたし達もようやっと城塞に帰る手筈が整った、のだけれども。
帰ろうとした矢先に、ヘッセンから急ぎだという連絡鳥が届いた。
《城塞亀がレガリアーナ沖方面に集結しつつある……?あの亀泳げる、いえ、そもそも浮くんですか……?》
手紙の内容を見たシエラがあたしより先に疑問を呈する。そういえばあれって自分の足の付く程度のエリアをうろうろ歩いてる生き物って以前聞いた気がするわね、確かに……
ランディさんもフラマリアから戻ったところだったので手紙を見せたら、絶句していた。
「いや待て、沖合に、城塞亀?あいつら泳げぬはずでは?」
え、ガチで泳げないのか。ならなんでそんな沖合に……あ、ひょっとして。
「レガリアーナの主要港は冬は全面凍結して使えないって話でしたよね。もしかして、氷の上を歩いて移動しているのでは?」
でも確か城塞亀ってケートスの次にでかい生物なうえに、ケートスや龍にはない巨大な甲羅を持ってるから、重さが半端ないはずだけれど……
「ああ、可能性としてはあるが……あいつら寒さにはあまり強くないから、そもそも冬場にレガリアーナの方になぞ、本来なら行くはずがないのだが……」
生態と合わぬ行動にも程がある、と首を傾げるランディさん。流石に城塞亀に契約個体はいないそうで、現状ではそれ以上の事は判らない、らしい。
「あやつらはそもそも召喚したところで、これといってやってもらう事自体がないからな、召喚契約を結んでいる個体自体がおらんのではないかねえ?余程の変わり者か、あ奴らの背の島にでも住みたい奴が居れば、というところだろうか……」
ランディさんが考え込んだものの、結論など出ない。
「城塞亀ってでかいんだっけ?」
サーシャちゃんの素朴な疑問。
「ああ、大きさは半端なくでかいぞ。長さは中程度の岩クジラの半分程度と短いが、高さがケートスとほぼ変わらん」
ただ、ケートスのように聖獣に至れる程の知恵がない、のだそうだ。寿命も長い、巨大な幻獣ではあるけど、聖獣格に至った個体はいまだにいないんだって。
「ええっと、その岩クジラってケートスより小さいんだっけ?」
カナデ君の疑問。そういやあたし達、ケートスは見たけど岩クジラは見てないな。
「岩クジラも亀も、生涯成長し続けるからな。岩クジラの標準サイズはケートスのおよそ半分から三分の二程度だ」
個体数が少ないから、標準という言葉にもあまり意味がないが、と続けるランディさん。さては、中くらいの個体と言えるのが二体程度で、片方が半分くらいで、もう片方が三分の二くらい、とかそんなんだな、きっと。
「なんか亀の方、割と縦長な生き物……?」
首を傾げつつそう言うカナデ君。うん、あたしの想像中の、ゾウガメベースの城塞亀も甲羅が縦長になったとこですね……
「甲羅が常時海の上に出ているようにするためか、亀の類としては極度に脚が長い。甲羅自体もやや縦長だね」
解説が増えたので、脳内のゾウガメの脚をうにょーんと伸ばす。あいや、沖合って情報のせいで伸ばし過ぎだなこれ?
《なんですかそれは……?》
シエラが呆れて、図鑑か何かにあったらしい城塞亀の絵図を見せてくれた。いやでもこれ、森こそ背負ってるけど、以前思ってたのよりだいぶんと、足の長いゾウガメ感強いんだけど?そりゃあ、さっきの想像よりは短い足だけどさあ。
なお以前存在を聞いた時には、足までは考えてすらいなかったんだけどね。
《世間一般の人間は城塞亀の脚なんて見たことがないでしょうから、あれの方が世間のイメージに近いのは確かですね……》
無論私も実物を見たことはないですが、と補足するシエラ。まあメリサイトで城塞亀を見るのは、ちょっと無理があるよね。
まあ大きさや形状は置いといて、なんでそんな生態に逆らう行動をしてまでクソ寒い真冬のレガリアーナに押しかけているのか、よね。いやまあ今現在あたし達に直接関係があるかどうかは……なんかよく判らないけど、技能がある判定したな……?そうよね、多分聖女様も何らかの理由でここしばらくの騒動との関連を感じてこの手紙をくれたのよね、多分。
……あ。
「そういえば例の魔物化した軍船、何か大きな生き物にぶつかったみたいな損傷と汚れ方、していませんでしたっけ」
あの赤茶色が錆ではなく血の跡だったなら?軍船の舳先をへし折るような何か、それが、水中から聳え立つ亀の甲羅であったなら?
「……えーと、当て逃げされて激おこ?」
カナデ君、その気の抜ける表現はやめよっか?
「あー……成程、激おこ……いや激怒モードか……ありそうだな。負傷した個体が生きていればまだいいのだが……」
ランディさんまで釣られて激おこなんて言ってるけど、割と洒落にならない事態のような、そうでもないような……城塞亀の為には、早めに怒りを解いて帰ってもらうべきだろう、とは思うんだけど、詰められてる側に、残念ながら、同情の余地が今のところ、なくてですね……ああいや、あの第三王子の大暴走を止められなかった、という一点以外は、彼らも一応被害者側ではあると、言えなくはないのだけど。むしろ人的被害はさておき、物的被害が一番大きかったのはあの国なんだけども。
取りあえずケラエノーさんを呼び出して、ちょっと様子を見に行ってもらう。城塞亀に話が通じそうならちょっと事情も聴いてもらうように頼んだけど、激怒中だと難しいかもしれねえな、という回答だった。普段は遭遇時には軽く挨拶などは交わすそうだ。
半日とかからずケラエノーさんは戻ってきたけど、やっぱり一族総大激怒モード、なんだそうで、甲羅に大きく傷の入った亀を先頭に押し上げるようにしながら、レガリアーナの氷を割るように進んでいるそうだ。器用に遠浅の辺りを進んでいるのか、今のところ地に足を付いた移動ではあるらしい。そして、見る限り西の海にいる大人の城塞亀全部が大集結している、との事。数少ない幼少個体は見えなかったそうなので、彼らは自分の足の届かない場所から移動していないのだろう、という話だった。そういう子亀まで移動させるときは大人の背に載せるけど、そういう様子は見えなかったとケラエノーさん。
「その傷ついた亀って生きているの?」
【ああ。そいつだけ不思議と怒っちゃいなくて、こいつらを止められねえかって頼まれたんだが、おれさまでは流石にどうしようもねえから、知り合いを当たると言って帰ってきたんだ】
成程、そりゃそうだ。怪我していて怒るどころじゃない当事者だけが冷静とか、あるあるではあるのだけども。
「レガリアーナの方から頼まれても動く気があんまりしないなって思ってたんだけど、被害者
取りあえず全員に聞こえるように返事をする。
【現状船一択だろうなあ、龍のあんちゃんに乗っていくわけにもいかねえんだろう?】
「流石に移動中の城塞亀の上に転移などはできぬ故なあ。お勧めは船だね」
ケラエノーさんが即答し、ランディさんも追随し、まあ船だと三人も連れていくことになるが、と付け加える。
三人組もレア光景は見たいというので、オプティマル号で行くのが決定した。
【おう、じゃあ先に行って、知り合いの治癒師が来るって伝えて来るよ】
そう言うと、ケラエノーさんは例によって返事も待たずに飛んで行った。
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