第208話 調査と狐火。

 妙な流れで終わった翌日は、案外普通に朝ごはんからの、ごく普通に調査でスタートした。

 まあ三人組以外はだいたいいい大人ですしね……


 それはいいんだけど、どうも調査結果が良く判らない事になっている。

 うん、想定より魔力残留がとても、少ない。


「最初の町よりは確かに多いと言い切れるのですが、ヘレック村の半分以下ですね、これ……?」

「神力のほうはヘレック村とほぼ同レベルのようなので、コレ、何か別の原因がありそうですよね?ってそうだ、ココさんたち、ここのごはんは美味しい?」

 エスティレイドさんと二人で首を傾げたのち、そういや鶏チェックがまだだったな、と、聞いてみる。今朝はそこらの草をつついてたよね。


 んー くさはまいるど むしはややこゆい

 あっさりさっぱり?


「薄いんだな……?」

 美味しくない、とは答えないあたり、この子達ほんと賢いな……


 おいしいよ? あじわいすっきりなだけ

 きぶんでたべわけるのは ありよりのあり


「本当にどこのグルメレポーターよ、君たち……」

 苦笑してから気が付く。鶏たち、また語彙が増えてる……?

 内容を伝えたら一部にバカウケしたけど、語彙が増えてますよねって続けたら、全員真顔になった。


「こいつら、何処に向かってるんだ一体」

 呆れた声のサーシャちゃん。ほんとそれな。

 しゃがみ込んで鶏たちを呼び寄せて撫でているカナデ君は無言だ。撫でてたら真顔からふにゃっとした笑顔になったので、まあかわいいからいいか、とか思っていそう。


 どこといわれましても

 われわれただのにわとりですよ


 揃ってカナデ君の腕の中でふくふくしながら首を傾げる鶏たち。なんだこのあざとかわいい。


「猫又が手下にいる、ただの鶏……?そもそも君たち、今僕にまで思考が漏れてきたんだけど、それもうすぐ念話使えるレベルなんじゃないのか……?」

 ランディさんまで首を傾げた。割と想定外の事態らしい?そしてもうすぐ念話ってそれ割とガチめの幻獣リーチでは。


 あいつはおしかけだから のーかん

 じろちゃんかわいそ


 あの猫又、ジロちゃんっていうのか。あたしたちには名前を明かさないんだよねえあいつ。

 押しかけだからノーカンとか言ってますけどロロさんや、普通の鶏は猫又をソロでこてんぱんに伸したりはしないんだよ?


 あっ

 むっ


 突然鶏たちが何かに反応して、カナデ君の腕から飛び出してダッシュした。えっ待ってそっちなんか瘴気っぽいものが!


「ら……いやだめねサイズが小さい」

 ライトレーザーでは大袈裟だから光魔力だけぶつけてやろうと思う間もなく、ケーッ!っと気合一発、ロロさんが何かにキックを浴びせた。キイイイッ!っと小動物系の断末魔と、霧散する瘴気。うわあ一撃か。


 むー これは たべられない

 たまごのてき たおせたのでよし


 二羽の足元に転がるのは……?うわあ魔鼠じゃんこれ!瘴気濃度が低いのか、魔鼠って割と原型を留めがちなんだけど、あらゆる意味で役に立たないものに限って消えないんだよなという話のネタにしかならない奴だ。


「魔鼠を倒す鶏って普通と言っていいんでしょうか……?」

 流石に全員が真顔で二羽を見つめることになった。


 このくらいなら もとのむらのこも わりとたおすよ?

 ひつじのこが ふんでたりする


「あの村をもう一回調査……?いや羊は城塞に移送されたんでしたっけ」

 話を伝えたらエスティレイドさんが頭を抱えた。


「城塞に来たのは当時子羊だった一頭だけですよ?それより今は、ここに魔鼠が出たほうが問題なんじゃないでしょうか」

 流石にあの子が魔鼠退治をしたとは年齢的に考えにくい。きっと大人の羊のほうだろう。


「おーい、治癒師殿!済まないが村の方に来てくれないか!ちょっと厄介なことになってた!」

 そこに、フラマリアの調査団のリーダー、テレンスさんがそんな風に村のあるほうから声を掛けてきた。

 そういえば到着の挨拶してないや、って村に出向いてたんでしたっけ。

 というか、カガホさんの登場で頭からすっぽ抜けてたけど、昨日の段階で村から誰も来なかったの、変だよね……?そういう風土って可能性もあるかと思って聞かなかったの、失敗だったのかしら。

 まあ呼ばれたのでカナデ君も連れて向かいます。サーシャちゃんとワカバちゃんと鶏たちと、エスティレイドさん、あとランディさんもついてきたので、残りの全員も付いてきました!


 村は、あまり大きくはないけど、ひっそり静まり返っていた。普通この時間なら、皆畑やどこやと出ているはずなんだけど、路上にはテレンスさん以外誰も居ない。


「そっちの鶏の叫びはなんだったんだい?」

 と聞かれたので、魔鼠が出てロロさんが掛け声一発蹴り倒した、と説明したらガチの真顔になった。


「そうか、魔鼠か!済まないが瘴気探知の出来るもの、全員で魔鼠を捜索してくれ!魔鼠がいるなら、恐らく〈眠りの怨詛〉っていう奴らのスキルだと思うんだが、村中眠らされてる!」

 基本的に国神のいる国の田舎の家々の戸口には、魔除けの札が貼られていて、魔鼠や瘴気をある程度遮断する効能がある。サンファンの場合それも四聖や麒麟の手を借りる形で神官が作成してたらしいけど。ハルマナート国の場合、そういう護符は見られない。神様いないから作りようがないので。

 そういえばこのトロット村は、旧アスガイアにもかなり近いから、この護符がないと恐らくあの虫どもが来たりしたんじゃなかろうか。そして、ハルマナート国と旧アスガイアの境の話を鑑みるに、魔鼠も恐らくそこいらへんが発生源なのではないか?まあここは憶測だから今は置いておこう。


「……捜索するより追い出すほうが早いかな」

 戸口の護符が逆に障壁になってしまっていて、ちょっと判りづらいんだけど、家々に魔鼠が入り込んでいる気配がする。死者こそ居ないけど、怪我人と病人がてんこ盛りなのが伝わってきますよ!


「うわあ、病気の人だと怪我してても〈治癒〉はかけちゃだめ、だったよね」

 治癒師のスキルの方もそこそこ育ってきたらしいカナデ君もそれに気付いてそんな質問をしてくる。


「基本的にはそうよ、体力的に余程弱ってる時には限界まで魔力を絞った〈治癒〉で少し底上げしてから〈回復〉、って荒療治もあるけど」

 そう返事をしながら、魔力に光属性を載せて練る。ん?村の反対側の外れに、なんか妙なものがいるぞ?いや、近くに知った気配があるから、彼にお任せでよさそうか。


「ちょっとあぶり出しますよ」

 そう告げると、光魔力を開放する。家の中に、染み入るように。地下室の奥底まで、家畜小屋の隅まで、きっちり行き渡るように。弱い個体ならこれだけでも消滅するはずだけど、どうかな?


「うちの神官長の〈浄化〉より効きそう……」

 フラマリアの調査団の一人がそんな風に言うけど、浄化と光魔力解放は使う力からして別のシステムだからね?


「〈浄化〉は本来魂関連に使うものですし、魔鼠程度に使うもんじゃないですよ?」

「そうは言うがね、魔力に属性を載せて解放、なんてテクニカルな技を使える人間なぞ、そうはいないんだよ?僕も真似してみようとした事はあるんだけど、どうにもうまくいかない」

 ランディさんができなかった!まじか!


「あー、白いにーちゃんはそういうの元々苦手そうだもんな。俺らでも多分やれるのはカナデくらいじゃないか?俺は無理」

 そもそも俺の場合魔力を自分でどうにか、が積んだシステム経由以外じゃできないんだけどさ、とサーシャちゃん。魔法が使えない理由、そんなとこにあったのか。

 後で聞いたら、彼らが使うUIの基本動作システムがサーシャちゃんが積んでる部分にあるらしくて、そのせいで余裕が他の二人よりないのも一因だそうだ。まあ魔法は俺が使えなくても困らないし、使いたいとも一切思わねえからいいんだけど、とは本人談。


 光魔力から受ける苦痛にキイキイ耳障りな叫びを上げながら、魔鼠達が家の窓や壁に開いた穴から飛び出してくる。成程、扉以外の場所から侵入したのかこいつら。出てきたのはある程度大きな連中ばかりだから、小さい奴は光魔力に接触した時点で消滅しているはずだけど……


 うわあ これはちょっとおおい

 ろろさん すてい


 ココさんがいつぞやのカル君みたいなことを言い出して吹き出しそうになったところで、ぽぽぽっと突然周囲にいくつもの、いや、数多の炎――狐火が灯る。


 ざあ、と雨のように魔鼠達 だけに狐火が降り注ぐ。こんがりと肉の焼ける……いやちょっと臭い……


「おっと、生焼けになってしまいました。ちょっとくらいおやつに持ち帰ろうなんて思っちゃいけませんでしたね」

 そう言いながらどこからともなくぬるりと現れたのは、綺麗な紙張りの扇子を手にしたカガホさんだ。もう一人、よく似た雰囲気の若い女性も連れている。その言葉と同時に、狐火が威力を増して、ドブ臭い、とでも言いたくなる臭いが、ただ物が焦げるそれに替わった。そして骨すら残さず焼き尽くされる魔鼠たち。


 あれを たべる?

 きつね ぱない


 鶏たちはすすっとカナデ君の足元に戻って身を寄せ合っている。アクティブな瘴気が残っている感覚は、一応ないので、あとは手分けして〈治癒〉だの〈回復〉だのかけてゆくターンだ。


 幸い、重傷者はいたものの、病人は普通に風邪ひきの人ばかりだったし、死者も悪疫に罹った人もいなかったので、まずは一安心。

 でもこの魔鼠達、何処から、はともかく、どうしてここに来たんだろう?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る