第209話 魔鼠と笛吹き。

「ああそうそう、こんなモノが居たので、捕えておきましたよ」

 カガホさんがそう言うと、連れの女性がひょい、と雑に足元に転がっていたモノを蹴り出す。うん、ぐるぐる巻きにされた人間ですねえ。


 黒装束、胸元に瘴気の気配、あとこれは……うんまあ、詳しくするまでもなくライゼルの関係者ですね、これ。片手には骨のような質感の、何か筒のようなものを握りしめている。


「……気のせいですかね、ライゼル関係者っぽいのですが?」

 エスティレイドさんが眼鏡をずらしつつ、眉を顰める。


「気のせいじゃなくライゼル関係ですね、瘴気の気配がありますから、多分胸元あたりにライゼリオン神殿のメダルがありますよ」

 あたしの発言に、ごそ、と胸元を探るカガホさん。


「む」

 嫌そうな声と顔で引っ張り出したのは、案の定、ライゼリオン神殿の天秤と剣盾のメダルだ。ただ、色はくすんだ銀色だし、はめ込まれた石は透明感こそあるけど、むらのある茶色だ。


「下っ端ですね」

 そのメダルを見るや、エスティレイドさんがそう判定する。そういえば白狼さんを襲った輩の持っていたほうの金ぴかメダルって、結局カル君が持ったままだったっけ?夜なべで封印刺繍布作って、黒鳥に渡してあるから、ちゃんと封じてあるとは思うけど。


「骨笛で魔鼠を操る呪術があると聞いたことだけはあるが、実在したのだな……」

 ぐるぐる巻きの男を見たランディさんがそんな情報をくれる。音で操れるんだ、こいつら?いや、恐らく骨笛とかいう道具が特殊だな、これ。


「神殿のメダルを持つ呪術者ですか……」

 嫌そうな顔でそう呟くのは、テレンスさん。気持ちは判らんではない。


「神殿のメダルが瘴気を吐いてる時点で今更ですね」

 そう、このメダルも、石部分から瘴気が産生されている。量は僅かだけどね。そう言ったらランディさん以外の全員がうへえ、という顔になった。まあライゼリオン神の本来の権能、『正義と裁定』を知ってると、真逆ってレベルじゃないですよね。実態はランディさんに教えられた通り、もっと酷い事になっている訳だけれど、これはまだ他言無用ですので……。


 やだーこのひとくっさい

 いやなにおい なにこれ


 そろりと一瞬男に近付いた鶏たちが、そう言うと逃げ出してカナデ君の足元に戻る。臭い?


「うむ、随分と利口な鶏たちですね。確かにこやつ、おかしな臭いがします。恐らく呪術絡みの何かでしょうが、生憎ワタクシどもは種族的に呪術には疎い故、詳細が判りませぬな」

 カガホさんが、どうやら鶏たちの思考が判るようで、そんな風に言いながら首を傾げている。


「伯父上、この臭いはどうやら長時間嗅いでいるのは、我々にも、ヒトにもあまりよくないようですわ。隔離してしまうべきです」

 連れの女性はカガホさんの姪であるらしく、そんな進言をしている。


「ああ、確かにそうだね。臭い制御の魔法付加はできたかな?」

 カガホさん達に頷くと、あたしに向かってそう聞いてくるランディさん。


「はいはい、場所はここでもいい?じゃあちょっと離れてね。〈結界〉」

 研究者さん達に質問されるとめんどいから、付加条件はあえて口にしないまま、狐の変化へんげたる二人が離れるのを待って、さっくり結界を発動して、男を周囲の環境から遮断する。一応死なないように、酸素と二酸化炭素だけは通るようにしといたよ。それより分子量の多いものと、それと勿論、魔力と瘴気は通さない。というか、細々設定するのめんどいから、酸素と二酸化炭素以外通さない、としか設定していません!まあこれやると中も見えなくなるんだけど、小汚い痩せぎすのオッサンだから別にいいよね!


「……え、結界術って分子レベルの設定できるんだ?」

 サーシャちゃんが想定外、という顔であたしの構築した結界の光を見ている。魔法は使えないけど、魔法の構成を見ることはできる、と学院訪問の時に言ってたっけね。


「科学と魔法、それぞれの正しい知識がちゃんとあればできるわよ。異世界人が結界術に適性が高いって言われる理由の一つね」

 この世界でも科学は異世界由来の知識の流布の結果、ある程度は発展しているけど、一般人レベルだと、やっぱり魔法事象の学習のほうが先行してしまうので、同じ結果にはなりにくいのだそうだ。なので学者さんだと、こういうタイプの結界術を使う人が、地元民にもたまにいるそうな。これは〈回復〉のリファイン作業の頃、三人組がちびたちとハリファ観光してる時に学院での雑談で聞いた話だから、サーシャちゃんは当然聞いてないのです。


「成程?……これは見事な遮断ぶり。流石にございます」

 カガホさんが姪御さん共々、結果を確認して、感心している。

 姪御さんはカスミさんといって、カガホさんの妹さんのそのまた娘さんだそうだ。


(恐れながら、あたくし五尾いつつおのカスミカガリと申します。此度は我らが王の命により、姫様にお仕えすべく参上致しました。我が名も伯父上共々ご笑納くださいませ)

 そしてそのカスミさんからの念話。いや待って!あたし姫様ってガラじゃないわよ!?契約自体は有難いけれど!


《そうですねえ、わたしも姫様って家柄じゃなかったですしねえ……》

 シエラもそこは否定してくれない。いやまあ事実なので問題ないんだけども。


(ふふ、対外的にはお嬢様と呼ばせて頂きますね)

 あ、はい、それくらいなら大丈夫、かな……というわけで、いつか略リストにひとり、増えました。ええ、カスミさんも上級です。



 村の人達と家畜たちは、取りあえず生きてる勢は大体回復した。風邪ひいてるひとには一旦〈回復〉しか掛けられていないから、もう一日様子見だけど。

 残念ながら、家畜の何頭かは魔鼠に食い殺されてしまっていた。まあ人間が同じレベルの被害にあってなかっただけマシとは思う。それでも〈上位治癒〉が必要な損傷を負った人も、主に子供にいたから、結構危ういところではあったようだ。

 そして今回も当然のように家畜の生き残りにも治癒を配ったんだけど、魔力残留は殆ど発生しなかった。あれえ?一匹だけ、子猫に魔力がついちゃって、預かる事になりそうだけど。

 調査団が無事だった理由?普通にランディさんが結界道具を貸してくれたから、それ使って陣地化して寝てたからだと思うよ。

 それにしたって、まさかフラマリア国内でライゼルの手先に遭遇するとは想定してなかったなあ。この点に関しては全員が同意見だ。


「あやつら、恐らく我々に難癖をつけ、孤立させる材料にしようとこの村を狙ったものだと思われます。王妹様が亡くなられてから、急にちょっかいを掛けて来るようになり申しました故」

 カガホさんが、些か申し訳なさそうにそう述べる。

 あー、恐らく目的は、妹さんの毛皮か?

 あの時の事はカル君経由の、更に蛇経由で、あいつらには相当な部分がバレている。だからイナメさんが妹さんの毛皮を剥ぎ取って、処理の為に持ち帰ったのは知っていると考えた方が、多分いい。

 聖獣クラスの毛皮は、呪術師にとっては特に優秀な呪物となり得る。無論呪術師にそんなものを素直に提供する聖獣など、いない。呪術や瘴気は、聖獣や幻獣にとっては、基本的に存在の段階で相容れない、忌むべきものだからね。無論一般の人間にも、だけど。

 もっとも、舞狐族の村落より外部に出される毛皮は、触媒にはなり得ないよう処理がされるという話なので、彼らの活動は恐らく時間を考えると、もう間に合わない。ああ、だから目標を変え、舞狐族そのものを孤立させて、あわよくば狩らせようとした?


 流石にちょっとそれは、国神ナメてないだろうか?此処に居ても、ケンタロウ氏の怒りが伝わってくるのですが?


(……そりゃあ怒るよ!そいつ処すんでちょっと離れてもらって)

 怒りの感情が漏れたのが想定外だったようで、慌てたような念話が飛んできた。


「あーお二方、皆さんも、結界からもう少し離れて。ごっついのきますよ」

 あたしの張った結界は、少なくとも今回に関しては、神力は流石に素通しだよ。というわけで、言われた通り、周囲に警告を出す。


「我々を保護するぶんも張れるかね」

 ランディさんが、珍しく緊張した面持ちでそう言う。どうやら彼にも友人の怒りはどうやってかは判らないけど、感知できているようね。


「ああ、じゃあ私も張りますね」

 ワカバちゃんが、物理魔力両面系の結界を自分の側にいる全員に張る。あと何かのスキル、効果範囲の全員に自分の防御力を分ける感じのやつ?ってごっついなこの子?!分けてこれとか、ガチで龍が踏んでも壊れない奴では!?

 些か効果範囲が狭いのが欠点のようなので、村に被害が及ばないよう、変形した結界を一つ。ドーナツ型というか、クグロフ型、じゃないな、エンゼル型だっけか?呪術師を包んだ結界を避ける形に、周囲を丸く囲う。


「器用な結界の張り方するなあ、ねーちゃん……」

 サーシャちゃんが呆れ顔だ。


「このくらいが限度だと思うわ、実用的な意味でもね」

 流石にこれより複雑な形状にするくらいなら、分けて張った方が楽なんですよね!!

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