第206話 西の村、本格調査。

 晩御飯の後は、明日からの調査に向けて相談をする予定だったのだけど。

 大人勢は約半数が酔い潰されて夜更けちょい前くらいまで戻ってこなかったので、まあぶっつけ本番でいいか、となりました。

 なおエスティレイドさんは素面みたいな顔で、潰れたハルマナート勢を両脇に小荷物のように抱えて戻ってきましたよ。こんにゃろザルどころかワクかよ!と、嬉しそうにゴッドンメッツさんが残りの人共々宿まで送ってきて、にっこにこで帰っていったよ。


「いや、顔に出ないだけで、それなりに酔っていますよ?」

 そう言うエスティレイドさんだけど、呂律もしっかりしてるし、足取りも落ち着いたものだ。あ、でも多分今化身は無理そうだな、治癒師技能がそう判定している。


 おさけのにおいー いやーん

 そのにおいは にがてー


「うぉう酒臭いっ」

 様子を見に来ていたカナデ君が逃げる。部屋には上げられなかったので、受付の片隅に預けられたバスケットで寝つきかけていた鶏たちも寝ぼけ眼で一緒に逃げていく。潰れた人の介抱は大人の仕事だから、潰れてない人がやってくれるので、彼らは一旦好きにさせておく。あたしはアルコールの匂い自体は特にどうとも思わないし、シエラの家は酒には皆強いそうだし、匂い程度ではどうもしないようなので、そのまま残る。


「治癒欲しいひといますか」

 と聞いたら、潰れてる組の手を勝手に持ち上げる人たち。酒酔いっていわばアセトアルデヒド中毒みたいなものなのに、なんでか酩酊に治癒、効くんですよねえ、謎だ。


「ああ、私は大丈夫だが、彼らにお願いしていいかな。今潰れてる連中は確実に二日酔いを起こすから、スケジュールを考えると、今のうちに処置してやったほうがいいだろう。今回のは職務上の不可抗力扱いでいいだろうしね」

 エスティレイドさんが理由まできちんと明示してくれたので、練習がしたいだろうカナデ君を呼び戻して、手分けして初級治癒を投げておく。職務扱いになるから治癒師報酬ちゃんと出るやつだからね、が呼び戻しに効果的でしたハイ。


「一応水分はしっかりとらせてくださいね、で、必ずトイレに行ってから寝る事!」

 初級の治癒で治せるのは、悪酔い状態になっているところからの回復までだ。酩酊状態から多少復活した人たちの世話を、今度こそ他の人に任せて、さっさと寝ました。睡眠時間は!大事!



 翌日は予定の時間にちゃんと全員集合したけど、もと酔っ払いたちに平謝りされました。主にミーティングが流れた件ですね。


「いや、ドワーフがのっけに出て来る時点である程度予測はしてたんで、大丈夫ですよ」

 厳密にいうと、作物のセレクトの段階で予想してたよ!普通に小麦が穫れるこの地域で芋も、更にわざわざ蕎麦まで作ってるとか、絶対焼酎じゃん!って思ったんだもの!合ってたし!


「呑めるの、あと六年先……?なげえ……」

 サーシャちゃんがしょんぼりしている。彼女のナカノヒトがあたしのナカノヒトより年上だとは確信できているけども、流石に肉体年齢基準だと、絶対呑ませてはいけないのです。


 朝ごはんは麦粥ポリッジ蕎麦粥カーシャを選べたので、あたしは蕎麦をセレクト。うん、塩味とブイヨン系の出汁がいい感じ。

 この村、蒸留酒が有名で、呑みに来る人が多いからできた宿だということで、基本二日酔いの人にも優しいメニューが基本の朝ごはんだそうだ。酒場は別で営業しているので、この宿では酒は提供していないのだそうだけど。


 きのうのひるごはんより おいしい

 むしがいたら たべていいかなあ


 寝る前のごはんの時も、朝ごはんの時も、鶏たちの評価はそこそこいい感じ、だった。このへんの鶏が食べてるのと同じものを貰ったそうなんだけど、内容は雑穀がメインらしい。


 寝る前ミーティングが流れたから、やむなくご飯を食べつつ簡単なミーティングの後、お外に繰り出すあたしたち。

 鶏たちも今日はとことこ歩いてついてきては、時々地面や草をつついている。お目当ては寒くなり始めたこの時期でもまだ動いている虫たちだ。


 さむいめだけど まだむしいるねえ

 おいしー


 ココさんもロロさんも、カナデ君から余り離れないようにしながら、器用に道草食ってる感じが、ほんとに毎度のことながら、可愛い。


 そんな感じで二日ほどかけて調査したけど、なんか微妙に魔力濃度が高い。あとこの国、ほんと末端まで神力が行き届いてる。なお二日目以降は潰れないタイプの人達だけが飲み屋に連れ出されていたので、手が掛からずに済んだ。


「ここって何か変わった肥料とか、使ってます?」

 丁度農作業してた人族の方がいたので、聞いてみる。


「いや?基本的に他所と一緒だよ。酒の製造過程で出る搾りかすを、家畜の飼料に回した残りを肥料に混ぜてはいるけど、国の検査では特に他と変わらないとか言ってたはずだし」

 いやそこ普通と違いますやん!とツッコミたくなる返答が来ましたね!


「あー、搾りかすを飼料や肥料に転用するのは俺らのとこでもやってたっていうから、想定はすべきだったなあ……」

 サーシャちゃんが忘れてたわ、と呟いている。酒の作り方自体にも詳しいんだな?

 製造過程のどこらへんで出たかにもよるな、とサーシャちゃんが言うので、改めて確認したら、最初の発酵のあとの材料を圧搾した搾りかすを、そこから更に二次発酵させて再圧搾した搾りかすの搾りかす、が飼料や肥料に転用されているのだという。素材は最大効率で使い切る!とドワーフ職人さんたちが豪語しておりました。

 丁度再搾りたてで肥料加工工程に回すものがあるというので見せて貰ったけど、うわあ結構な残留魔力がありますねこれ?


「これに更に〈発酵〉をかけて、肥料にするわけだがね」

 ドワーフは〈腐敗〉というトリガーワードを決して使わない。肥料を作るときもあくまでも〈発酵〉だ。まあ実際完全に腐敗させてしまうのではなく、発酵工程と考える方が、肥料のほうもあたし的にはしっくりくるんで、あたし個人としてはこの用語遣いに違和感はない。

 うん、実の所、トリガーワードを〈発酵〉の方しか使わないだけで、ドワーフが酒にしか魔法を使わない、と言われてるのは、ただの風説だったりするんですよ。都市伝説的な奴ね。

 まあそれでも酒作るドワーフが絶対的大多数だ、って方は、間違いないんだけどね!

 話が逸れましたが、まあ魔力濃度の原因はこれで間違いないわね……


「これのどこが他と変わらないんですかね……」

 エスティレイドさんがちょっと遠い目になっている。


「そりゃ肥料の残留魔力とか、開発初期ならいざ知らず、現在計測してる国はないですからね、確か……」

 フラマリアの研究者さんが遠い眼をしながらそんな返事をくれた。ですよねー。


「開発初期なんて何百年前だよって話ですよね」

 そう言ったら、全員にそれな、って顔された。そりゃそうだ。


「それにそもそも、開発初期の地味の脆弱な状態であれば、それも歓迎された可能性はあるんですよね。まあ実際には収穫量そのものには残留魔力は関係がないという調査結果で、その為に計測自体が行われなくなったんですが」

 あの時代は増産一辺倒で食味は後回しだったでしょうしね、と、先ほどの研究者さん。

 成程、増産に関係ない要素まで調査を続ける意味がないと判断された、またはそこまで継続する余力がなかった、というわけか。


「それにここもそうですけど、この国の場合神力がきちんと行き渡っているから、そこまで魔力の影響が作物に及ばないんですよね、多分。神殿で魔力の残滓がかき消されるように、魔力の影響は減衰されている感じがします。恐らくハルマナート国でこの肥料を使ったら、もう少し影響が強く出る気はしてます」

 取りあえずこれは候補とはいえ巫女系技能保持者としては言っておかないといけない。何せ今回のメンバー、他に巫覡系技能のある人はいませんので。

 そのあたしの言葉に、興味津々の顔になるハルマナート国研究者御一行様。エスティレイドさんの方は何やら困り顔だ。


「カーラ嬢、できれば彼らの前でそれは言わないでほしかった、かな……」

 予算つけないと何処でやらかすか判らないんだよ、この人たち。と、怖い事を言うエスティレイドさん。え、まじか、済まぬ……


「ただ正直、ハルマナート国に関しては、あれより魔力濃度が上がるかどうかの方が、既に怪しい気もするんですよねえ……」

 流石にこちらの意見の方は憶測レベルではあるのだけど、あの国境城塞より聖獣幻獣の密度が高いエリアとか、ちょっと想定できないし、アルルーナたちの魔法、実演して貰ったら、割とごっついシロモノだったから、多分あそこが土壌魔力濃度の最高レベル地帯だと思うんですよ。ぶっちゃけ農地より濃い場所が数か所あったんです。うん、アルミラージ達のお気に入りのトイレ場所だったんだけどね。

 ただ、それでも農地よりちょっと多い、止まりだったので、恐らく限度ってやつがちゃんとあるんだと思うんですよ。


 ただまあ、それを調べる事自体はアリだな、と、逆にエスティレイドさんが納得してしまったので、肥料に加工済みの物を家庭菜園用程度の分量、購入することになりましたとさ。

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