第204話 土壌調査、開始。
数日間のんびりしてたら、ようやっと調査団が到着した、のだけど……
エスティレイドさん、なんでいるんですか?!忙しいんじゃ!なかったの!?
「ついでだから試しにちょっと行ってこい、とサクシュカ殿に放り出されたんだよ……」
私に何をさせるつもりなんだろうね、と優雅にため息を吐くエスティレイドさん。
あー、例の件、まだ兄弟の中から出すのを諦めていないのか……でも文官からエスティレイドさん抜いたらだめなんじゃないかな、多分。兄弟の過半数を占める、ミミズの舞踏会系ダンスィ文字、他の人じゃ読めないって聞いてるぞ?情報源?イードさんとエルネストさんだよ!
とはいえ来てしまったものはしょうがない。そういう事なら条件ももうちょっと合わせようか、と、急遽もう一か所調査個所が追加された。
でもまずはハルマナート国での調査結果を纏めた物をフラマリアの調査団に読んで貰うところからだ。
「ふむ?魔力の土か。この庭なんて、どうだい?」
ちなみに本日も神殿で集合しております。国の事業じゃなくて国神様の個人的興味で始めた調査、ということになるから、つまり調査費用は神殿持ち、というかケンタロウ氏個人持ちらしい。うん、国神様、お金持ちらしいよ?
「真龍と一緒だよ、活動期間は長いのに寝食に然程経費がかからない、というね」
使わなければお金は溜まるんだよ、とケンタロウ氏。使わなさすぎると経済に良くないからたまに放出もするけど、などと続いていたけど。
言われた通りに庭の地面を見る。うん、だめだわ。
「あのですねえ、健全に活動している神様のお膝元で、地面に付加された『かもしれない』僅かな魔力を見ろって、あたし的には割と無茶振りですね!神力しか判りません!」
そう答えたら、あ、という顔になるケンタロウ氏。八百年染み渡り続けた貴方の神力に巫女技能の方が優先で反応しちゃって、それ以外なんも判りません!
「あー、この強力な光は、神力ですか。だめだね、私の視界でも紛れてしまって、あったとしても、魔力だけを視るのは無理そうだ。むしろ、私にも神力などというものが見えるだなんて、ついぞ知りませんでしたよ」
眼鏡を外した途端に、目を細めて眉を寄せるエスティレイドさん。なんと、龍の王族でも無理だった。ランディさんがそうだろうなあ、という顔で頷いている。
ちなみにエスティレイドさんの眼鏡は、パッシブスキルである魔力視を普段は抑えておくための魔法道具だそうです。これもパッシブだと視界がごちゃついて、ちょっと不便だよねえ……あたしの技能のほうの魔力視は、珍しくちゃんと異世界人仕様であるらしく、意識しないと明確には発動しないタイプなので、余り苦労はしないのだけど。たまに巫女技能や裁定者称号に引き摺られて発動することはないでもないけど、発動しっぱなしにはならないので問題ない。
「まあ答えを言ってしまうと、この場所では流石に君の神力で、魔力の残滓などかき消されてしまうからね、そもそも残留魔力など神殿内には存在しないよ」
ランディさんがネタバラシ。ぶっちゃけ、真龍は神力を無視してそれ以外を視る、のもお手の物だ。まあ無視するかしないか選択できるのは神力だけらしいけど。
仕方がないので、一旦王都を離れて、乗合馬車で半日ほどの距離にある小さな町に移動する。
ここは比較的最近、主に住宅街として開発された場所で、農業はあまり盛んではないから、基準点としてどうだろう、ということで選択された。ハルマナートでの調査の時も、そういう場所を一か所、後から追加調査している。ただ、そちらは城塞と殆ど差がないという結果だったのよねえ。
「あるかなしか、というところですかね」
「ほぼない、でいいというレベルだと思うよ」
二人の意見が一致して、サーシャちゃんも、このくらいが本来の世間一般っぽいよなあ、なんて言っている。
取りあえず基準位置の土壌チェックを一通りしたところで、本日は日没時間切れ、一旦今日のお宿に戻って皆で晩御飯。明日から移動しての本格調査ということになる。
「土そのものの成分はハルマナート国と案外変わらないのですね」
夕飯待ちの時間で、科学分析の結果を見ながら、エスティレイドさんがそう評価する。
「まあ地続きだし、元から同じような発展の仕方をしていたはずだからな。いや、ハルマナート国のほうが国としての成立は遅いんだが、この国も、今の農法とか生活インフラに切り替えたのは、今の王家になってからだからね」
流石にホイホイ王都から出歩くと神殿長様に叱られるらしいケンタロウ氏の代わりに、早速データを見比べながら、ランディさんがそんな風に答えている。
なお今回のメンバーはランディさん、レンビュールさん、エスティレイドさん、あたし、三人組、鶏たち、ハルマナート国の調査隊四名、フラマリアの調査隊五名、以上です。
ちょっとうすあじ
そうね きもち うすあじ
一足先にごはんを貰ったココさんロロさんが、そんな風に意見を述べている。
「揃って気持ち薄味、かあ」
そう呟くと、コココ、と同意するように声が返ってくる。かわいいねえ君たち。
「今日の鶏に貰った食事は、地場産のものなのですか?」
エスティレイドさんが、鶏にごはんを持って来てくれた宿の人に聞いている。
「野菜はそうですよ。穀類は半分以上南部産ですけどね。この辺りは元々野菜農家ばかりの村だったんですよ。なので今も近隣は野菜畑ばかりですね」
野菜農家の多かった村に、住宅が増えて、本格的に住宅街化したのが、この町の発展経緯であるらしい。どうも岩盤がごく浅い所にある耕作不適地を住宅地に転用したということのようだ。
ここの住宅は岩盤にアンカー打って建てているし、地下室も岩盤を掘削して作るから、とても丈夫なんだそうだ。ただ、岩盤加工の技術もしくは技能が必要だそうで、そのぶん高価だけど。
ベッドタウンにしちゃ乗合馬車で半日は遠いな、と感じるけれど、乗合馬車より速い騎獣持ちの人や、稼ぐだけ稼いで、引退して田舎に引っ込みたい人が主な購買層なんだそうな。
そういやレンビュールさんも普段はそこそこ遠方から王都のオフィスに出勤してるとか言ってたな。ガストルニ君速いもんなあ。
「この土壌魔力濃度で気持ち程度の薄味、ですか」
困惑した顔でエスティレイドさんが首を傾げている。
あー おやさいは、うすあじ むぎは こいめ
うすあじおやさい みずみずしいのが おいしいから もんだいない
「野菜はきっぱり薄味だけど鮮度がいいから美味しい、穀物は味濃いめ、という詳細がきましたね……」
このメンバーで鶏たちの思考を明確に読めるのはあたしだけなので、自然と通訳係になるわけです。
「確かに葉野菜は瑞々しさって大事だよな」
サーシャちゃんが苦笑しながら、鶏たちの食べている摘みたてベビーリーフを眺めている。まあ所謂間引き菜の、人間が食べない程度に虫食いのあるやつだ。虫食いがあっても、鶏たちは虫も食べちゃうから大丈夫ですよ、とこちらから申し出て、そういう虫ごとあげている。
むしも まるまる おいしー
いきがいい さんちちょくそう
案の定、鶏的には葉っぱを食べる青虫は御馳走枠だったようだ。よきかな。
ちなみに鶏たちにも苦手な虫はあるらしいけど、そういうのは自分で避けている。
これは にがい
けんこうにも よくない
そんなふうに鳴き交わしつつ避けたのは、なんだこれ?見たことないなこの虫。いや昆虫カテゴリじゃないな、ぱっと見た感じ、足が十本くらいある。なのに背中はほぼ甲虫系、色は黄土色とオレンジのしましまで、なかなか派手だけど、サイズは小指の先に三匹くらい乗りそうな小ささだ。
「へえ、苦いんだ」
避けられた虫もどきはささっと走って逃げていく。イキがいいねえ?
「ああ、あれはアブラムシを食べてくれる益虫ですねえ」
テントウムシみたいな連中だった。そういえばあいつも苦いとか聞いた事だけあるわね。
「ものすっごい見た目だけど、あれ、虫のカテゴリでいいの?」
カナデ君が走っていった虫に妙に警戒している。まあ足十本は割と想定外ではあったけど。
「今見てたけど、あれ実際の脚は六本だから、ちゃんと虫だぜ。残りの四本は擬態の飾りの、多分体毛が変化したやつじゃねえかな、動いてなかったし接地もしてねえや」
サーシャちゃんが虫の生存戦略をばらしてくれた。なるほど擬態か!
「というか、異世界でも昆虫の脚はやっぱり六本なんですか」
ワカバちゃんが世界を跨いでも通じる常識とは?と顔に書いて呟いている。
「収斂進化だったり、異世界からの持ち込みだったり、創造時の参考資料に他所の物を持って来たり、理由は様々だが、俺らみたいな普通の人間スタイルの人類が覇権取れる世界は、大体似たようなモン、らしいぜ?俺も昔話的に聞いただけだから本当かどうかまでは知らんが」
サーシャちゃんの返答は、なるほどな、という感じ。
この世界は色んな異世界の物を引っ張ってきたり、混入したりしているから、そういうのも調べたら、そういうものも、おおよその傾向とか見えそうな感じね?
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この世界でそういう異世界関連の差異に一番詳しいのは実はレイクさんだよ。
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