第203話 庭には二羽の鶏と。

 夕方も近くなったので、お茶会は切り上げて、庭園の片隅で預かって貰っていた鶏たちを回収しにいくあたしたちです。

 で、庭にちょうど差し掛かったあたりで、派手な羽音。


 カカカッ!ケケケケケッコケーッ!ギャー!


 わあ、なんか騒動になってるぞ?!カカカのほうはどうもネヴァーモアさんのようなんだけど、最後の絶叫、誰だコレ。


「ロロっ?!」

 え、カナデ君、ロロさんを呼びながらダッシュしてったけど、声でココさんとロロさん聞き分けてるの?普段あんな叫び方しないから、あたしじゃどっちか判らないわよ!


(あ、ごしゅじんさまー!すみません!猫又なんぞに不覚を取りまして!!)

 サイレンティ君がよたよた飛びながらこっちに逃げて来る。


「こらサイ、お前が幻獣ですらない鶏たちを守らんでどうする」

 ランディさんがサイ君を叱ってるけど、これ狙われたのサイ君じゃない?しっぽの羽根が足りないわよ?


「サイ君のしっぽが二枚足りない……」

 指摘したら、がびーん、と判りやすくショックを受けたポーズを取って、ぼてっと地べたに落ちるサイ君。体張った芸が多いわねえ、この子。


 ばちーん、と雷系魔法の音。あ、カナデ君、〈スタン〉使ったな?

 ランディさんがサイ君を回収して、そのまま現場に到着したら、二本しっぽの白猫がでろーんと地面に伸されていて、その上に乗っかって勝ち誇る、羽根がぼさぼさになったロロさんの姿。ココさんはネヴァーモアさんに庇われて、地面とネヴァーモアさんの翼の間から、顔だけ覗かせている。


「……鶏、強くない?」

 ケンタロウ氏がぼそっと呟く。いや多分伸したのはカナデ君だと思うんだけど。

 そのカナデ君はまず白猫に〈凍結〉をかけて拘束した。まあ二本尻尾、つまり猫又だから多分そのくらいじゃ死なんだろう。そしていつも通りにつつつ、と寄ってきたロロさんとココさんをぎゅ、と抱きしめる。


 ちっちゃいのにかみついたから おしおき!

 ろろさん むかしから むちゃしい


 えっへん、と胸を張るロロさん、心配そうな様子のココさん。性格が結構違うのは知ってたけど、ロロさん結構勝気なんだねえ。


【主たちよ、こいつら、魔力があるだけの普通の鶏、と言っておらなんだかね?一撃で猫又を吹っ飛ばしおったぞ、その茶色い方】

 ネヴァーモアさんが呆れた声でそう告げる。マジでロロさんがやったんかい!


「そういや最初に治癒掛けた時も、ココが怪我してたのは足だったけど、ロロが怪我してたの、おでこと胸だったんだよなあ……魔物に喧嘩売ってたんだな、あの時も」


 もちろんです

 そうなのよ 


 うわあマジかい。鶏の中で一番怪我が深かった二羽だ、というのは聞いてたんだけど、まさか自分から向かってったからだったとは……雄鶏ならまだ判るけど、ロロさん、卵も産める女子なのに……


「うわあ、ロロ、怪我してるじゃないかー……うーん……〈治癒〉」

 短い翼の片方に、猫の爪が走ったと思しき切り傷。カナデ君は、何やらちょっとだけ躊躇ってから、〈治癒〉をロロさんにかけた。


 んー きもちいいねえ


 ぼさぼさになっていた羽根もふっくらふんわりに戻り、軽くばさばさ、と翼を確認するように振るロロさん。


《……やはり、傷ついている状態に〈治癒〉を掛けた場合は、魔力が増えていますね……》

 シエラの指摘。そうか、やっぱりか……ロロさんで検証することになるとは思わなかったな。


「魔力が増えたねえ……まあそれでも一応まだ普通の鶏の範疇のようではあるが」

 ランディさんも、増えた判定。まあそりゃそうか。


「うん?治癒で魔力が増えるのかい?」

 ケンタロウ氏はこの案件を知らなかったようで、首を傾げている。

 幻獣聖獣の新規発生件数の統計って確かフラマリアが取ったって話だけど、理由までは調査してないとかなのかな?


「ハルマナート国で、家畜に〈治癒〉をかけると魔力が蓄積する現象が発生したそうなんだよ。で、この子達も加わって、先日から少し調査をしていたようなんだが、どうも土壌か作物に原因があるようでな」

 直接調査には関わっていないけど、調査の件自体は知っているランディさんが、取りあえずの説明をしてくれている。


「厳密には魔力を含んだ土壌ですね。直接生き物が口にするのは作物や植物ではあるのですが」

 取りあえず補足しておく。


「え、でもそれだとうちの国でも発生しないとおかしいんじゃないかな。耕作時の魔法の使い方も、下水処理とそこからの肥料化の流れも、うちの国とハルマナート国って同じはずだよ」

 ケンタロウ氏が異を唱える。確かにインフラも農業の手法も、ハルマナート国は基本フラマリア式と呼ばれている、同じシステムを運用している訳だから、そこに違いはない、のだけども。


「でもこの国は神力も作物に影響を及ぼしているはずですよね。ハルマナート国にはそれがない分、魔力濃度が高い状態を維持しているのではないかしら。まあフラマリア側を調べさせて貰わないと結論が出ない話ではあるんですけど」

 取りあえず推測だけ述べておく。文献で調べた限り、フラマリア国とハルマナート国の土壌の違いは、ほぼ神力、そこだけなのよ。気候も多少違うけど、この場合多分関係ないので除外だ。


 そうねー ここのごはん すこしうすい

 そうかな おいしいけど


 ロロさんはご飯の味が薄いといい、ココさんは普通においしい判定をした。うん、やっぱこれ多分神力ぶんまで魔力で補ってる感じの奴疑惑!

 鶏たちの意見を伝えたら、ケンタロウ氏が大変渋い顔になった。おやあ?


「ハルマナート国で土壌調査をしてたのは誰と誰?うちの土壌調査、許可するから呼び寄せていいよ」

 なんと、土壌調査をしに来いときたよ!フラマリアのデータだけ見せてもらうだけでいいような気もするんだけどなあ?


「うーん、学院の人はともかく、エスティレイドさん、こっちに来る余裕あるかしら……」

 確か年末までに始末しないといけない書類が溜まってるとか、調査の終わり際に呻いてた気がするのよねえ。


「魔力視は君がやればいいだろう、擦り合わせくらいはしてあるのだろう?」

 ランディさんに指摘されてしまいました。まあ確かにできますが……フラマリアに来てまで仕事が生えるとか思わないじゃないですかー。

 まあ実際そう、としか言いようがないので、その日の夜までに、渋々学院にお手紙を書いたあたしであります。



 まあ手紙こそ神殿の連絡鳥さんに運んで貰ったから当日中に届くとはいえ、人間の方はそうはいかない。それに調査する土地の選定の問題もある。というわけで、それまでの間はアフルミア観光です!焼きそば!辛口ホットドッグ!

 連日、本屋や美術館や博物館を巡りながら、屋台で買い食いしたり、カフェでお茶したり。久々に遊んだ感が凄い!ハリファでもこれやりたかったな!!そのうちやろう!

 あんまり楽しくてジャッキー呼び出すのを忘れてるのに気が付いたのが三日目だった。当然ジャッキーには叱られた。マジで済まぬ。ケンタロウ氏との会見には同席しなかったので、詳細は知らないけど、なんか妙に仲良くはなっていた。まあジャッキーはそういうところはそつがない感じがする子だから、さもあらん。


 そうそう、ロロさんに伸された猫又は、そのままロロさんの子分になりました。なんでだ。

 最初は魔力持ちの鶏狙いで近寄ったものの、サイズが思いのほか大きかったのでサイ君にターゲットを変更したのが仇になったらしい。鶏に背中を見せたら思いっきり蹴り飛ばされたんだそうな。反撃したものの、傷は浅いし翼は攻撃には使わないので火力減にもならず、スタンが飛んできたのと、顎にバックアタックの蹴り上げ食らったのがほぼ同時だったそうな……


(かんぜんはいぼく、ですぅ……ロロさまを、ごすじんさまとさせていただきますぅ)

 白い猫又は、一応幻獣枠の生き物らしいのだけど、完膚なきまでに叩きのめされて、完全に心が折れていた。とはいえ、仮にも神殿の庭先にいるような生き物を狙うなんてことした結果だから、完全に自業自得よねえ?


「……この子、本当に鶏?」

 解説のネヴァーモアさんと、当事者の猫又の話を聞き終わったケンタロウ氏の感想だけど、生憎まだ普通の鶏の範疇から、生物としては一応外れちゃいないんだな、これが……


 にわとりですよー

 たまご おいしいよー?


 コココ、といつもの調子で軽く鳴きながら、かわいく首を傾げるココさんとロロさん。

 そうね、どちらの卵も甲乙つけられないおいしさだものね。


「いや、普通の鶏って、にわとりですよー、とか言わないんだよなあ……」

 自分の卵の宣伝もしません、とケンタロウ氏の地味なツッコミ。まあ確かにそうですけどね。


 なおサイ君のしっぽは二晩ほどで元に戻った。復元早いな!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る