第202話 お他所の漂流者さん。
「ああそうだ、去年くらいに来た漂流者さんが今神殿で魔法研修してるんだ、良かったら会っていくかい?」
ケンタロウ氏が軽い調子でそう言うので、三人組が興味を示して、じゃあ会ってみようか、となりました。
応接室的な場所で待つことしばし。
「こんにちは、はじめまして。わたくし、去年の夏にこの世界に来た、エレンディア・スヴェルズドッティルと申します。良ければエレンとお呼びくださいね。よろしくお願い致します」
現れたと同時にそう挨拶をしてくれたのは、腰まである見事な金髪にちょっと垂れ気味の大きな薄青の瞳、そばかすの散った鼻で愛嬌のある表情をする、とてもかわいい少女でした。まあ少女といってもあたしよりちょっと上背あるんだけどね。
「はじめまして。あたしはカーラと申します。今年の春先にこの世界に来たところです」
立ち上がってそう挨拶する。姓はないままだけど、まあ別に問題はないだろう。そもそも、彼女が名乗ったのも姓ではなく、父称っぽい気がするのよね。
三人組もあたしのあとについて、それぞれ挨拶をして、そのまましばし雑談する。どうやら彼女は、あたしとも、彼らとも違う世界の出身者のようだ。
「ではサーシャさん達は、三人で同じ世界の方なのですね。同胞がいらっしゃるって、少し羨ましいですわね」
エレンさんはちょっと寂しそうにそう言う。聞けば彼女の世界は、VRどころか、文明自体が比較的進んでいない世界の出であるらしく、そもそも自分の世界の文字が読めなかったらしい。この世界に来て初めて勉強をした、と言っていた。
なるほど、被召喚者の場合は多くの場合、知識を求められるから、まず自国の文字を知らない人間はひっかからないけど、漂流者は、なんでもありか?
《それが、とんでもない知識量をお持ちなのに、文字自体を御存知ないという被召喚者の方も、過去にはおられたようですよ。全てを口伝で伝えていた氏族の方だという話でしたが》
あー、文字に頼らないってパターンがあるのか。あたしの元の世界では多分そうね、古代にはあったかもしれないけど……といったところかしら。
「彼女はこの国の北部の山中で遭難していてね。幸い山菜取りのおばあちゃんに発見されたんだそうだけど」
ケンタロウ氏が説明してくれる。エレンさん自身は海で遭難したのに、気が付いたら山で倒れていたから、本当にびっくりしたそうだ。
《あら、この方魔力もそれなりに多いですけど、巫女の素養がかなり強くおありですわね。あと気のせいか、空間属性が妙に大きい……?》
ほう?……空間属性は相変わらずあたしには認識不可能だわね。属性は光大水中風小、か。魔力称号は亜竜級。真龍級の一つ下、マグナスレイン様が確かこの称号のはず。そのもう一つ下の称号、聖獣級+からが、一般地元民の黒髪ラインで、聖女様あたりはそれにも少し届いていない感じだったかな?
《マグナスレイン様は亜竜級+++でしたわね。+5になるとランクが上がるんですけど》
その位じゃないと龍の王族は染まらないのか。ごっついわねえ。
《亜竜級無印だと髪だけ染まって鱗は染まらないという記録があるそうですよ》
ほほーん、髪と化身の鱗、別なんだ、それは知らなかった。
そういえば、イードさんって魔力称号が記憶にないけど、どうだっけ。あの人も魔力自体は染まってもおかしくない気がするって話はあなたとした気がするけど。
《それが、あの方はどうも称号を隠蔽しておられるみたいで、判らないのです。少なく見積もっても、亜竜級くらいはありそうなのですけど》
あー地元の人でも隠蔽できる人はいるのか。いや龍の王族、色々異世界民寄りだから、おかしくはないな?
それから暫くお茶ついでに雑談したけど、屋台で買ったお昼ごはんの話で、焼きそばがあるって言われて三人組が浮足立ってた。そうよね、自称勇者様のお膝元だから、そういうものはあっておかしくないわよね。お昼にラーメン出たんだし。
「そういえばハルマナート国の唐辛子の主な輸出先の一つでしたね、ここ……」
ホットドッグも辛口が選べると聞いて、そんなことを思い出す。辛い物、実は割と好きなんだけど、もと世界では病気のせいであんまり食べられなかったし、ハルマナート国でもあまり辛い物って出ないから、ちょっと辛口ホットドッグには興味ががが。
「ああ、唐辛子って輸入品なのですね。辛口の方が少しお高いの、唐辛子が原因なのかしら」
「あー、そうかもね。国内でも少しだけ作付けはあるんだけど、何故か辛くならなくて、ししとうになっちゃうんだよね……」
首を傾げるエレンさんに、ケンタロウ氏がそう応じる。あらまあ、土地で辛みが抜けちゃうんだ?
「大事にしすぎてんじゃね?むしろししとうって、水切れ肥料切れで辛いのが出るのがやっかいな作物なのにさあ」
サーシャちゃんはそういう話もそれなりに詳しいらしい。と思ったら、辛いのが混ざってると百パーセント自分が引くから覚えた話だそうだ。なんたる。
なおししとうはししとうで、串焼きの材料やらなんやらで、消費はされているらしい。
「それは知ってるんだけどさあ、そう思って水を控えたら、何故か甘みが増したんだよ……神力の有無で味が変わる説を提唱してるんだけど、実証実験まではなかなか。ハルマナート国に一回持ち帰って育ててみて、レポート提出してくれるなら、種子も提供するよー」
ケンタロウ氏の提案に、サーシャちゃんとカナデ君が即乗りしたので、『五世代ほど辛いものが出来ていないと保証されたししとうの種』が彼らの荷物に入りました。
……ハルマナートに持ち帰って育てて、辛くならなかったら新品種として売り出すそうです。
「それはいいけど、どこで……ああ、季節的にすぐ蒔くわけじゃないから、ベネレイトで試させて貰うのがいいかもね。もし畑の除染が遅れてて場所が足りないようなら手伝う事にするわ」
次の春からカナデ君達は、農業の基本を覚える為にベネレイト村で研修に入るのが正式に決まっている。その時についでに実験畑を借りる方向で、多分いいだろう。
除染が完全に終わってないらしいから、あたしも手伝いに行かなきゃいけなくなるかもだけど。
「除染、ですか?何かあったのです?」
エレンさんが首を傾げている。あー、フラマリアは魔物災害殆どないらしいもんな……
「ちょっと春にスタンピードの派手なのがあってね。瘴気汚染された畑とかできちゃって。ほっとくと、植物というか、作物がちゃんと育たなくなるのよ」
魔の森は植物自体は驚くくらい種類が多いから、瘴気汚染イコール植物が育たない、ではないようにも見える。
でも実は、そもそも魔の森自体も、普段の瘴気量って意外と多くないんだよね。恐らく、あれはあのエリアに生息する魔物に集約し、濃縮されてしまうからだろう、というのが、およそ半年観測したあたしの、一旦の結論だ。
それというのも、たとえ魔の森であっても、そこに普通に生えてる植物には瘴気の蓄積自体が殆ど観測できないのよね。ただ、魔物が数で侵攻してくるスタンピードとなると、魔物が保持している濃縮された瘴気のせいで、土壌汚染の濃度自体が一時的に極度に高くなって、本来感受性の低い植物も影響を受ける、そんな感じじゃないかしら。
なお家畜も実は瘴気に対する感受性がごく低い。ココさんロロさんが普通の鶏時代のことも意外と覚えてるから、ちょっと聞いてみたことがあるんだけど、治癒魔法をかけて貰うまでは、瘴気とか全然気にもならなかったらしい。どうも瘴気って、意思もしくは知性に対して反応してる感じがするんだよねえ。一部の神殿が魔物や瘴気の研究を禁忌にしているのは、それが原因なんじゃなかろうか。
なので、外から見てると一見大したことないように感じても、魔の森内部にうっかり侵入すると、人間や幻獣は瘴気汚染を受ける。植物であっても、アルルーナなどの意思を持つ幻獣だと、魔の森に入ると瘴気が寄ってくるそうなので、そんなに間違った考え方ではないはずだ。
サーシャちゃんも最初に落ちた時には瘴気と思しき何かが纏わりついてきてうざかった、みたいなことを言っていたことがあるしね。彼女の場合ナカノヒト特性のお陰で影響はなかったっぽいのだけど、それでももう一回行くのはちょっと、なんて言っていたっけ。
「すたんぴーど、ですか……魔物が溢れるという理解でよろしかったです?」
ああ、エレンさんはスタンピード自体を知らないのか。まあフラマリアだと教える機会があまりない可能性はあるな。
「そう、基本的にはそれで合ってる。この国では五百年ほど発生していないから、教える機会がなかったけど、時々娯楽小説でも出てくるだろう?」
なるほど、五百年出てないのは流石といったところねえ。
そして娯楽小説と言われたエレンさんがちょっと頬を染めたんですが、なんでですかねえ?
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