番外編 アフルミア住人のとある一日。

 おまけなのにほぼモブしか出てこない。二話同時更新、二つ目です。

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 フラマリア国の王都アフルミアは、旧市街と新市街に分かれている。旧市街は都市が成立した頃の迷路のような無軌道な道路構造の為に、現代の一般の民にはあまり人気がないのだが、観光客にはそれがいい、と大変評判が良い。旧王宮の美術館も結構な盛況ぶりだ。

 王宮すら手狭になった時に増築する場所がないから、と、新市街側に移転している。そして新市街側は神殿を見下ろさないよう、高い建物は制限されていたため、自然平屋か二階建てが増えて、今度は王宮設備が凄まじい面積を誇ることになった。といっても大半はこれも旧市街が手狭になったからと移転してきた官公庁とその付随設備で、それらの建物間は、賃走制の人力車や数台の自転車、それよりずっと沢山の、乗用の召喚獣が走り回っている。


 立国当初は女神がこの地を統べていたのだが、何時の頃からか、フラマリア国の国神は黒髪の青年に替わっていて、彼は神殿絡みの高さ制限を撤廃した。それ以来多少は新市街の建物の高さは増したのだが、今度は神殿と王宮の組み合わせの景観が素晴らしい観光資源だから、と、市民側が遠慮して、その景観に被らない場所にしか、高さのある建物を作らなくなってしまった。

 そう、このアフルミアは、この世界でも有数の観光都市なのだ。

 この世界、観光地、避寒地として有名なのはハルマナート国なのだが、あの国は王都そのものは実は観光地ではないのと対照的だ。なおハルマナート国のほうで観光といえば、東はレメレ、西はタブリサという、どちらも港町、それに景観が良い森沿いにちょいちょい設置されているキャンプ場や多目的宿泊施設だ。


 新王宮前の壮大な広場は、朝夕はその広さにも関わらず、大変混みあう。各地から上ってくる乗合馬車の終点駅が、複数設置されているからだ。当然、その時間に混みあうのは、官公庁や王宮、はたまた神殿に出勤する人々が多いから、であるが……

 近年では、そういった人々向けの、朝飯や昼用の弁当を提供する屋台を目当てに来る観光客、なんてものもいて、些かカオス化している。何せ、おのぼりさんは慣れた人々の動線を、理解していないので。只それでも、流石に割り込みをやらかすものは、あまりいない。いても警備員に排除されてちょっと叱られるだけだが。

 そんな朝の混雑がひと段落し、屋台各店が昼客向けの仕込みの為に一旦店じまいした辺りの時間が、異世界人たちがよく到着する時間だ。これは地元の民しか知らない。観光客には教えてはならないと国民向けの条例でひっそり決まっているからだ。

 たまに異世界人じゃなく白い髪の真龍様の化身がやってくることもあるが、これももう地元民には見慣れた顔なので、最早、相変わらず綺麗な顔しとるなあ、くらいにしか思われていない。何せ彼はここで何か余計な事をしていくことが、まずない。恐らく屋台の開いている時間であれば、買い食いの一つもするのだろうが、そういう混む時間は、恐らく本人が避けている。


 そういえば暫く異世界人って見てないな、と、昼用の仕込みが終わった屋台の店主のひとりが首を傾げた所に、これも良く見かける、ピンクがかった茶色の髪の、顔は地味なのに姿は派手な召喚師と、その陰に佇む、見慣れた黒髪の青年の姿が現れる。おや、今日はどなたかが来るようだな、と認識を改める店主。


 早朝に、少し遠い街から出てきたはずの遠距離乗合馬車が到着する。

 降りてきた雑多な人々の中に、何処からどう見ても良く目立つ、黒髪の男女が三人に、癖っ毛の赤毛の子供。おまけに何時もの真龍様も一緒で、仲良さげにしている。男の子が大きなバスケットを抱えていて、雌鶏の顔がふたつ、ちょこんと出ているのが、なんだか可愛らしい。

 おやおや、今回は随分と人数が多いことだね、と、その様子を見るでもなく見ていた店主は思う。


 と、国神様の転移でその全員がするっと消えた。だが広場の店主たちにはそれは日常の光景のうちのひとつだ。異世界人が到着するの自体は年に一回あればいいほうだが、真龍様は割としょっちゅう来るし、なんなら赤茶髪の召喚師も、ちょいちょい恩恵にあずかっているのを知っている。

 なにせ、神殿までは、びっくりするくらい遠いのだ。見た目は丘の上だから、ちょっとくらい歩けばいいかな、なんて思っていると、絶対に途中で後悔する。そりゃそうだろう、実際に部外者が広場から直接神殿に行こうと思うと、ただでさえ見た目よりかなり遠いというのに、更に新王宮をぐるりと回りこむ羽目になるのだから。

 神殿に勤めている者たちは、王宮を通り抜ける為の通行証を持っているから、多少は時短できているけれど。そして王宮本宮や神殿の中には、国神様の御力で動く移動用のからくりがあるとはいうけれど、それも通行証がないと使えないそうなので、店主たちには関係のない話だ。

 そもそもそれ以前に、あの国神様は、天気の加減なんぞで屋台が空いていると、ちょいちょい気安く買い食いしに来るのだ。暇なときに買い物してくれる上得意であるからには、下手な事は考えない方がいいに決まっている。


「なあ今回の異世界人集団、えれぇべっぴんさんが混ざってたな」

 隣の屋台の主が、そんな事を言い出した。確かに一番背の高い黒髪の少女は、随分と綺麗な、あの真龍様と並んでも、色んな意味で引けを取らない感じのする、大した娘だとは思ったが。

 異世界人は黒髪がやたら多いが、そうではないこともそれなりに多い。例の赤茶髪の召喚師氏も、異世界人だ。これは本人がそう言ってるのを聞いたことがあるから、間違いない。

 今回の前、去年の夏くらいに来た異世界人は見事な金髪だったし。そういや彼女、最近神殿か官庁のどこかに就職したらしくて、ちょいちょい屋台で昼飯を買ってるな。


「べっぴんというか、あの真龍様と並んで、雰囲気が負けてねえってただ者じゃねえぞ?」

 そう言い返すと、そういえばそうだ、と相手も頷いた。


「あの子巫女様らしいわよ、さっき真龍様がそう言ってた。もう開けるならふた包み頂戴?」

 そこにひょっこりやってきて、開店準備が終わった店主にそう注文を出したのは、噂こそしてはいなかったけれど、例の金髪の異世界の娘さんだ。ちょっと垂れ気味の大きな目にそばかすが散った顔が、愛嬌があって大変可愛らしい。


「ほー、巫女様かあ。具はいつものでいいかい?そういや最近君もよく来てくれるけど、神殿にでも就職したのかい?」

 ピタパンに野菜と肉を詰め込んだものを並べながら、店主が聞き返す。


「ああ、違うのよ。未成年だし、まだ就職はしていないの、研修生ね。魔法の練習しなくちゃいけないから、神殿で教わっているのよ。具はいつものを一つと、そっちの新作っぽいのもくださいな」

 小銭を取り出しながら、金髪のお嬢さんはにこやかに答える。


「はいよ、新作っつか今日は卵のいいのが入ったからね、限定でハムトマト卵さね」

 代金と引き換えに、薄い油引き紙に包んだピタサンドを二種類手渡す店主。

 金髪のお嬢さんはその隣の屋台のホットドッグと、そのまた隣の焼きそばも二種類ずつ買って帰っていった。


「まあしかし異世界の人も健啖家が多いねえ、魔力が多いというからそのせいだろうけど」

 大量の食品をどこかにしれっとしまい込んで帰るお嬢さんを見送りながら、店主が呟く。

 ただそれは地元民の勤め人も、似たようなものだ。そもそも王宮でも神殿でも、昼食は食堂で摂ることができる。それでは足りないものや品切れで食いっぱぐれた者が主な購買層であるのが、ここの昼屋台なのだから。


「まあ神殿にいる時点で皆魔力は多いからなあ。あ、そうだ、俺もハム卵くれ、いい卵はいいものだ!」

 隣の店主がそういうので、ホットドッグのピクルス乗せと交換して自分も昼飯にする店主たち。今食べておかないと、昼が終わるころには、大抵の場合自分が食べるぶんまで、残らない。


 そうして昼営業を本格的に始めるころには、もう国神様のことも、異世界人たちのことも、頭には残っていない。そういう日常を送れるからこそ、ここでの営業が許されているのが、この屋台店主たちである。


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 実際この人たちどう思ってるの回でした。自称勇者様のお膝元だから食べ物は種類多いよ。焼きそばだってあるよ。

 金髪さんは本編にも近日中に出てきます。

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