第179話 被召喚者と漂流者。
「それにしても、俺らは漂流者で、ここには偶然来ただけなんだろうけど、召喚された人ってどういう気持ちでこの世界に住んでる感じ?」
カナデ君が割と直球で、ある意味えげつない質問をしてきたのは、夏の終わりも近いある日のおやつ時だった。なおエルフっ子達はフレオネールさんちにお泊りで遊びに行っていて、不在だったりする。
あ、そうそう、フレオネールさんは来年ノーティスさんのところにお嫁に行って、マッサイトの人になることが正式に決まった。四人組も今の所はマッサイトに戻って、そのまま家族になる予定だそうだ。
「どうもこうもないわよ、ほぼ最初から帰る手段ないの、判ってるし。一応死にそうな状況の人間って指定してるみたいだけど、あたしは実際にはその時死ぬはずはなかったしなあ……召喚システムの側の知識で見て、死にそうな奴、っぽいのよね、あの判定基準」
まああの事件だか事故だかで直接死ななかった、というだけで、あたし自身は早晩死ぬであろう身ではあったのだけども、召喚のタイミングを考えると、どうもそこを考慮したわけじゃなさそうなので、今の話からは取りあえず除外しておく。
「具体的にどういう状況なんだよ、そのややこしそうな状態」
サーシャちゃんが眉を寄せている。まあ気持ちは判る。
「いや、なんか爆発事故だか事件だかで、建物の屋上から落ちたんだけど、ほんとなら転落者救助用のシステムが作動して、普通に軟着陸して終わりのはずだったのよ。横から召喚陣が飛び出してきてこの世界にかっ攫われたけどね」
少なくとも、救助システムが反応したのは一瞬だけだけど、見えてたから、そこは壊れていなかったのは間違いないのよね。
「おおう、つまり、カーラねーちゃんとこも割と科学系進んでる世界だったのか、ってVRフルダイブできるなら、それなりの発展はしてるよな……」
サーシャちゃんが地味に感心している。
「そうね、そもそもあたしのいた世界は神様どころか、魔法も魔力もなかったし。科学力でいえば、まあまあ進んでた感じだと思うけれど。ナノマシンとかはちょっとまだ無理だった。あれは無理むり」
いかん、つい無理を強調してしまった。だってあれ完全にあの研究の仕様じゃ無理ゲーだったし……
「おー、あれも夢とロマン系の技術だよなあ、うちの世界ではまだ基礎理論で躓いてて、実機作るまでいってなかったはずだけど」
あらまあ、どこも考えることは同じかあ。サーシャちゃんたちの所は、仮称実機()を作るまではいってなかったのね。言語の違いでそうだろうとは思ってたけど、あたしの元世界とは無関係が確定、かな。
「うちはナノというには怪しいサイズの実機モドキまでは作ってたわね、でかすぎて運用が無理ゲーだったけど。
戻れない場所の事はともかく、あたしの場合は不幸中の幸いってやつで、召喚実行した国との縁が繋がる前にエラーで逃げることができて、上手い事此処に拾って貰えたから、どうにかやっていけてる感じね。そうじゃなかったら、それこそ死んでたっぽい」
厳密には、死ぬよりえぐいことになってたらしいけど、まあ今はそんな話まではしなくていいだろう。
「まあ取りあえず、死ななきゃ安いの精神で生きてるわよ。多分だけど、そこは他の召喚食らった人も、あまり変わりなかったんじゃないかしら、会ったことないけど」
うん、やや疑いのジャッキー以外は、漂流者の人しか会った事、ないからね。
そもそもライゼルの被召喚者は生き残ってないっぽいし、アスガイアの最終は百年以上前なのは確定だし、流石に生きてる人はいないだろう。サンファンの失敗したやつの前の回が五十年くらい前だと聞いたけど、あの国の現状では、生きてる気があんまりしない。
「会ったことないんだ」
カナデ君がちょっと不思議そうな顔になる。
「そりゃ、そう簡単にやれることじゃないし、ここ数百年で異世界召喚やってるとこは三か国まで減ってたし、そのうち二国はもうできなくなったし……残りの一つはちょっとダメな情報しかないから、多分誰も生き残ってないだろうし。で、普通の人並みの寿命の人なら先達ってとっくにだいたい墓の下だと思うわよ?」
まあ強いて言えば、残りの一つに関しては、あたしが唯一の生存例では、あるのだけど。
「ああでも、漂流者の人には前にも会った事があるわね。隣のフラマリアに普段は住んでるそうだけど」
レンビュールさんも、また会うだろうなあとは思っているけど、なんだかんだで機会がないなあ。
「へえ?やっぱり世界がおかしくなった系?」
サーシャちゃんが興味を示す。
「ううん、魔法実験の失敗だか事故だかで元の世界からふっ飛んで此処に落ちた、だったかなあ。魔法文明社会の人だったみたいで、今はこの世界仕様の召喚師をやってるわ」
大雑把な概要しか聞いてないから、レンビュールさんについて答えられるのはそのくらいだ。
「ほう、魔法文明。ここみたいな?」
引き続き興味を示すサーシャちゃん。
「聞いただけだと、ここより魔法に関しては進んでたっぽい感じ。此処の魔法体系みたいに歯抜けがあったり不備があったりじゃなくて、ほぼ魔法で全て解決できるレベルだという話ではあったわね。そういえば魔王がいるけどレクリエーション的にしか攻めてこない、とか言う話を聞いたっけ」
大雑把な説明だけど、だいたいあってる、よね?
「なにそのゲームライクな世界……」
ワカバちゃんが呆れている。まあ確かにあたしも最初聞いた時はそう思ったもんなあ。
「……文明監視者側の思惑がバレて茶番化したとかそんなとこか」
サーシャちゃんが相変わらずなんだか鋭いなあ。
「だったかなー、そんな話もしてたと思うわ。ところで君たちのほうこそ、これからの事とか、考えてるの?」
割と雑にえげつない系の質問をされたので、大人げなく御返ししてみる。
「なんかこの間から、旧アスガイアってとこが、ちと気になる感じではあるが、それ以外は特になにも」
サーシャちゃんが割とお手上げです、みたいなポーズでそう言う。旧アスガイア?あそこ今は生き残りも皆難民として引っ越しちゃって、本当にガチの無人の荒野しかない場所になってたと思うけど。
「僕はもうちょっとこの世界のあっちこっち見てみたいかなあ」
「私もまだ世界を知らなさすぎる気がするので、そこからかな、と」
カナデ君とワカバちゃんは、まあもっともな事を言う。まあ彼らは母国なら未成年の学生さんだからね、しょうがないね。
「あー、そういやそうだな、この世界まだ四分の一も見てねえな、俺ら」
サーシャちゃんも言われてみれば、と、世界に興味を示す。
「あたしだってまだ三分の一見たかどうかよ、国換算で」
そもそも、この世界、それなりに旅行は一般的だけど、外国旅行はそこまで一般的でもない。まあ例外はあるけれど。ハルマナート国とか普通に冬の保養地だそうだし。
純粋に国の数だけでいえば三分の一見た、と言えるけど、トゥーレと龍の島も入れると四分の一かな、ってなる。おまけに、見たといえるうちのアスガイアは、もう国じゃないし。
「まあ、世界の全てを見たいなんて、贅沢ですわね。でも確かに異世界の方には旅を続ける方が多くてらっしゃるって、物の本にもございましたわねえ」
お茶を持って来てくれたジェニアさんが、にこにことそう話に加わってくる。
庭の修繕が思いのほか手間取っていて、ジェニアさんもすっかりここの住民化してしまっている。アンナさんの後任が決まる気配もないし、もう住むか?とベッケンスさんがお試しで自分の子供たちも呼び寄せていて、エルフっ子達はその子達が一度帰るのに便乗してお泊りに行ったんだよね。その引率をしてるので、今日はベッケンスさんは不在だ。
「あー、そうなるよなあ。自分の世界と似たところがないと、根無し草になりがち、判る」
サーシャちゃんが何やら悟ったようなことを言っている。
「そこまで大袈裟な事は考えてないんだけどねー。今いるここは僕にとっては三つ目の国だけど、あんまりにも色々違うから、他はどうなんだろうって気になりだしちゃっただけ」
スタート地点がサンファンの隠れ里という、見ようによってはド田舎中のド田舎と言える場所だったカナデ君は、マッサイトの施設の設備にエルフっ子達共々カルチャーショックを受け、更にハルマナート国に来るまでのあれこれで、更にものの見方を変えることになったらしい。
「それは私もありますね、スタート地点は真龍様方と肌色の濃いエルフの方しかいなかったので、種族の多様性とか国民性とか、ちょっと気になります」
こちらはワカバちゃん。ん?肌色濃いエルフ?
「まあ、ワカバさんは龍の島に訪れたことがおありなのですね。あの島に濃色エルフの部族がいるという話は書籍では読んだことがありますが、本当にいらっしゃるのですねえ」
開拓村の人たちは、フィジカルに優れている人が優先で選ばれているそうだけど、皆びっくりするくらい本をたくさん読む。ジェニアさんも当然のようにたくさん読む勢だ。
なお本屋があるのはこの辺だとドネッセンだけだ。この世界の流通を考えると、本格的な書店があるだけ凄いんだけど。
そのうちどこか出かけたいねー、という希望で、その話は一旦おしまいになった。
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