第178話 魔法と地理のお勉強。

 城塞に無事帰着して、数日が過ぎた。

 異世界人三人組も、エルフっ子達も、此処での生活には大分慣れたようだ。

 新しい住人を警戒して、近付いたり離れたりしていた幻獣聖獣の皆も、これも馴染んだのか、いつもの生活に戻った。


(わあい、ますたーだー!しばらくおうちにいるのね!)

 しばらくぶりに会ったミモザは、大分大きくなっていた。まあまだ初級で呼べる程度だけど。

 念話の方も、大分会話らしく続けられるようになってきている。

 魔法もそろそろ練習を始めるそうだ。教える方は水属性持ちの他の聖獣さんに頼んであるそうな。まああたしは人間式、しかも初歩の〈湧水〉しか使えないからねえ。


 属性極小でも使える、初歩の初歩、魔法陣か詠唱、どちらかを省略しても最初から使える初歩魔法は、異世界人にはよく生活魔法と呼ばれている、そうだ。まあ省略できるといっても、最初は魔法陣とトリガーワードをセットで覚えないといけないけども。

 火の〈点火〉、水の〈湧水〉、風の〈微風〉、光の〈灯〉、闇の〈腐敗〉と〈発酵〉。あと氷の〈作氷〉と、植物にも〈発芽〉というのがあるそうだ。闇が二つあるのに、土属性だけ、なんもないらしい。

 まあ〈腐敗〉と〈発酵〉に関しては、実はやってることはこの世界においては、全く同じだ。腐敗で酒を造る、というのがイメージ的に宜しくない、という事で名称だけ僅かに変えた魔法として、発酵というキーワードでも発動できるようになっているだけ、っていうね。むしろ、何故〈腐敗〉の方が残っているのかが謎ですね?

 そうそう、〈微風〉はシルマック君があたしの髪を乾かす時に使ってくれる奴ね、彼のは幻獣式だけども。

 残念ながら洗浄とかクリーン系の便利魔法はない。ないったらない。稀に持ち込み魔法で使える異世界人もいるそうだけど、魔法のない世界にいたあたしは勿論、三人組も使えないそうな。


「だってVRゲームだとフレーバー扱いで真っ先に容量削減で消される魔法じゃん」

 うん、サーシャちゃんが言う通りですね……


「水濡れとかが状態異常扱いだと、稀に存在する、くらいじゃないかしらね。でもそういうの、割とさじ加減が難しいからね、VRだと」

 実際、あたしが昔遊んだ中にはそんなのもあった。状態異常のリアリティ上げ過ぎたのが不評ですぐサ終したけど。


「判るー。リアルは求めるけど嫌な事がリアルなのは嫌、とかあるあるが過ぎる」

 サーシャちゃんがなんか開発者側みたいな発言をしている。いやでもこの子だと経験ありそうだな、開発側。あたしもバイトでやったことあるから知ってなくもないけど。

 うん、VR経由で出来る数少ない、そして少ない中でも一番お気軽なバイトだったのよね、αテスター。なお三回程、割と洒落にならない酷い目に遭ったので、その三回目で禁止令が出たよね……なんであれだけVR環境が発達してから、ログアウト不可なんてバグついた物作れたんだかなあ……


【幻獣式に、似た魔法が、あるらしいよ。種族魔法で、使えるやつ自体、滅多にいないけど】

 留守にしてる間に随分と発話が上手くなったジャッキーが会話に参加してくる。今はセンテンスを意識的に区切ることで、ある程度長文を話せる状態、だそうだ。


「嬉しいような嬉しくないような情報だなー。あとな、その話し方、工夫してるのは判るが、癖にならないように気を付けなよ?癖づいちゃうと直すの大変になるぞ?」

 喋り方のカラクリに気付いたサーシャちゃんが警告してくれる。そうねえ、これが癖になるのは、あんま良くないわね。


【あ、うん。きをつけます】

 ちょっとしょぼんとしたジャッキーを、軽くもふもふする。慌てずゆっくりやればいいのよ、君はまだ成長の途中だし、時間は、きっといっぱいあるんだから。


 そんな感じで、子供たちにこの世界の魔法を教えるのが、最近の日課だ。直ぐ雑談に逸れたりするけどね。カナデ君はもうこの初級未満系は全部使える。ワカバちゃんも、闇系と〈発芽〉以外は全部いける。エルフっ子二人はもとから属性に見合ったこの初級未満系は使えるので、今は初級を練習中だ。といっても植物系は使える人が身近にいなくて、先生役を探しているところ。


「あ、闇系使えるのは隠しとかないと、下水管理局や酒屋から勧誘が来るわよ」

 まあカナデ君が一般の人前で魔法を使ったことはまだないし、そもそも異世界人にその仕事を持ちかける度胸のある人が、この国にいるかどうかは知らないけど。


「下水管理局?この国だと国家公務員では?」

 国の仕組みもちゃんと勉強しているのか、ワカバちゃんはさくっと正解を引き当てている。


「いえす国家公務員。この国では下水管理局って名称だけど、最終的に肥料の生産までやってるところね。なお意外と高給取りです」

 何せ、人族に闇持ちがびっくりするくらい少ないからね……酒屋と人材の奪い合いをするので、給料高くしないと人が来ないんですよねえ。

 ドワーフは百パーセント酒造りにしか闇属性を使わないけど、彼らの作る酒は種族の好みオンリーで、大変偏るので……大体火酒と呼ばれる高アルコールビールか、穀物原料の蒸留酒のどっちかだけ、なのよね。なのでワインなんかは人族と、あとゴブリン族が頑張るしかないのでした。

 うん、実はこの世界のゴブリン族の交易品、大半はワインなんかの果実系醸造酒なんだ。後はお酢と、発酵させないそのまんまの果実とか、それのドライフルーツとかね。どんな果物で作るかは、国によって大体傾向が決まっているのだとか。

 ハルマナートのゴブリン族は、春夏はあたしが知ってる果物だと、梅や李の実を使う事が多いのだって。あとなんか聞いたことない名前の植物もいくつか上がってた。で、これからの季節はメロンらしいよ。

 なおこの国はあったかいので林檎は栽培してないそうだ。マイサラスとかレガリアーナが基本の産地だって。

 梨とブドウはフラマリアで、柑橘はヘッセンがお強い。そしてひょっとしてと思ったら、やっぱりマッサイトは薬草酒の本場だった。あとエルダーワイン。

 ついでに言えば、魚醤を作ってるのも、海辺在住のゴブリン族が主体らしい。


「結構あっちこっちに生産が分散してるんですね」

 話のついでに果物やお酒の生産量統計の書かれた地図を見せたら、ワカバちゃんが興味津々の顔になっている。


「え、隣の国、柿あるの?干し柿でいいから食べたいー」

 自分の好きなものの情報に飛びつくカナデ君、柿、好きなのか。好みが渋いな?


「柿か……渋柿の生しか手持ちがないな……干し柿の作り方、誰か知らぬかね?」

 まさかの:ランディさんが何故か渋柿持ってた。なんで渋い方?


「え、干し柿なんて、皮剥いてぶら下げて干しておくだけなのでは」

 ワカバちゃんがそう言って首を傾げる。あたしもその作り方しか知らんな?


「あーこの季節はやめとけ、温度が高すぎて最悪腐るぞ。あれは秋冬に作るもんだ」

 サーシャちゃんがそう釘を刺したので、臨時干し柿制作会議はストップだ。というかサーシャちゃんが一番詳しそうなのはなんでだろうね?


「……あ、でもランディさん、〈乾燥〉って使えないです?」

 そういや、一般魔法にそんなのあったな、とふと思い出す。いや、確かこれあたしも使えるな?使った事、ないけど。


「む?……ああ、そう言われてみると、あの魔法でいいのか……」

 言われたランディさんも思い出したようで、柿を一つ取り出して、するすると皮を剥くと、真龍式の綺麗な魔法陣を小さく展開して、包み込むように発動させる。


 ……カチンコチンの、どうやっても歯が立たない完全ドライの、ぶっちゃけ柿のミイラが出来てしまった。なんでだ。


「これは、難しいな……?」

 のっけから失敗したランディさんが、ムキになって三つくらいだめにしてから、ようやっとちょっとしっとりした、如何にも見た目は干し柿っぽいものが出来たんだけど、残念ながら味がですね……全くもって渋が抜けてなくて食べられない、という残念なオチが付きました。瞬時に水分を抜いたせいで、水溶性の渋が変化しないでそのまま残っちゃったのが敗因らしいよ。

 一般魔法と呼ばれるものって、分解系といい、乾燥系といい、意外と普及してない物が多いんだけど、原因は、こんなとこに在るのかもしれない。多分それなりに使いこなすまでに、結構な修練が要る奴だわ……

 いや、多分干し柿に関しては、それ以前の魔法そのものとの相性問題の気が、しないでもないけども。


 なお完全ドライのミイラ化した柿は、水分を吸わせてみたらふにゃっとした甘い柿になった。どうやら、水分を吸わせた時に、渋が流出したらしい?

 食感が干し柿っぽくも生柿っぽくもないけど、味は確かに柿だなあ、という、不思議な物体になって、カナデ君のおやつになりましたとさ。


――――――――――――――――

実際の化学変化とかどうか知らんけど、この世界ではこうなるということで。<柿のミイラの末路

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