第112話 麒麟周りの縺れた術式。
開幕妙な声スタートですが健全ですよ?
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【んぅう~……きもちいー……ふやぁ】
あたしの膝の上で、麒麟くんが気持ちよさそうにへそ天で蕩けている。自発的にもふもふさせてくれるというので、全力出してお応えしたら、見事に溶けた。多分気のせいじゃないと思うんだけど、うっかり何かを成し遂げてしまった感があるな?
【……姐さん、頼むから、俺に触ろうとか、思うなよ?】
ドン引きした朱虎氏の声。ご心配の所すみませんけど、いくら三分の二以上虎でも、流石におっさんの腕から上とか付いてる相手をモフる趣味はないわ!ということで、ぶんぶんと首を横に振って回答としておく。あと姐さんって呼び方はできたら、やめて欲しい。
「……俺、鳥で良かった」
黒鳥まで引いた顔でそんな事を言ってるけど、流石に君の本体も対象外だわ。あたしの中で君の本体は、モフ対象じゃなくて、『なんか変でダメな異形』だから……本体で凸って来た日のあの絶妙な情けなさは、もう一生忘れられそうにないの、ごめんね。いやまあ忘れないのは書庫魔法のせいだけどね!
《黒鳥の来た日の画像アーカイブの分類が、『へんないきもの』になってる……》
シエラさんの呆れ声。はっはっは、だってどう見てもあれ、へんないきものとしか言えなかったわよ?と反論したら、少しの間を置いてから、まあ確かにそうかも、という雰囲気だけ返ってきた。多分画像を見てしまったんだろう……
「鳥だから大丈夫とかいう幻想は捨てとけ」
カル君が酷いことを言い出した。いやまあ確かに鵞鳥のハンサさん、骨折のくっつき具合チェックのついでに許可取ってモフったことがあるけどね?水鳥は、ダウンのあたりのふかふか加減が良いんですよ。黒鳥は鶴だから水鳥かどうかは微妙なラインでしょ?よく知らないけど。
あーそうだ、今度ハイウィンさんの本体の姿をモフってみた……いやいやいや、今考える事はそうじゃない。
「黒鶴族は寒冷地仕様でダウン多め、って誰かが言ってたねえ」
ランディさんが余計な情報を!というかダウンとフェザーで分類するって、まさか、黒鶴族の羽根で羽毛布団でも作ろうとしたんだろうか……?流石にないよね?
詳しく聞いたら、黒鶴族は基本の生息地が高山地帯で、寒さに強い身体構造なんだそうだ。黒鳥がサンファン西側に住んでいたのも、山地で夏涼しく冬厳しい土地柄のほうが自分の生息地に適しているから、なんだって。で、ハルマナート国は暖かすぎて、あの時は長距離移動も含めて、身体的にも結構ヘバってたらしい。ひょんなとこから新事実。
「まあ当面本体に戻る予定はないんでしょ、人間モフる趣味は絶無だから安心なさい」
蕩けきった麒麟くんをお昼寝方向に誘導しながら、一応言質を与えておく。流石に誰彼構わずモフる奴だと思われるのは不本意でござるよ。
「うわ、こいつ本体モフる気でいるぞ?ランディさんが余計な情報出すから」
こらカル君、そこに気付くんじゃない!いや現状のアレにはやる気ないってば!
「それはもういいから、いい加減本題に戻りましょう?今後の予定の為に、必要な情報を整理するって話だったんじゃないの?」
今回もなんか進行役に近くなっている。取り合えず最終目的地は王都だとしても、呪詛は術者がいないと継続されない系の術式だったから、術者死亡で一応解けているし、麒麟くんは特に神罰を受けていないので、フルパフォーマンス発揮可能のはずで、絶対ちょっぱやで王都入り、でなくても大丈夫らしい現在。
ただ、そのフルパフォーマンス発揮可能、のところが、実は神罰とは無関係にちょっと怪しいらしいんだけど。
まず、本来なら麒麟の代替わりは、あと五十年近く先の予定だった。
麒麟ってすごく成長が遅い種族なんだそうだ。そして代替わりは五百年に一回くらい、らしい。思ったより頻度が低いのね。
「五百年?覚えてないな?」
黒鳥が首を傾げている。あれ?君、千歳越してるっぽいこと言ってなかったっけ?本来の秘儀の形式なら、立ち会ってないといけないよね?若返りの魔法で記憶飛んだ?
【そりゃそうだろう、前回はお前の番だったんだから】
朱虎氏が不思議な事を言う。彼の番?
「え、あー、そうだったのか。ほんとに番当たった事自体覚えてないもんなんだな」
納得はした様子の黒鳥。なんだろう、流石に教えては貰えないかなこれは?
【で、蛇はそれを嫌がった。でもなんでだろうな?そこまで厭うようなことじゃない、というか人格や自我まで変わるわけじゃないんだけどな。あいつ、なんで己を喪うのは嫌だとか言い出したんだろうな】
今度は朱虎氏が首を捻る。四聖はどうも、麒麟の代替わりの際に何かを供出しているような、そういう話っぽいのだけは、なんとなく感じるんだけども。覚えてないのが当然、というからには、ひょっとして、記憶とかそういうもの?
【麒麟の代替わりの際には、四聖から持ち回りで、記憶や経験を前の麒麟の一世代分、供出することになってるんだ。で、供出した奴は、その分だけ若返る。
で、供出した期間の記憶は完全に消失こそしないが、相当曖昧になっちまう。それでも守護聖獣となってからの全部を持っていかれるわけじゃなく、麒麟の一世代分だけだからな。任務に支障はなかったんだ、今までだって】
余程不思議そうな顔をしていたっぽくて、朱虎氏が説明してくれた。
って、あれ?それって、なんか、すっごく、術式のタイプに心当たりが、あるんですけど?
「……ねえ、黒鳥にうっかりかかった若返りの儀式魔法って、もしかして、ソレじゃないの?
白狼にかかるべきところ、黒鳥に飛んじゃってる、んじゃない?」
記憶にまで影響しているというなら、正にそれじゃない?以前見た時の魔法の書式的にも、なんかそんな感じなのよね。ああそうだ、まだ黒鳥にかかってるんだから、見ればいいのよ、今。
あー、うん。最初見たときはなんだこの生贄ありの邪法、って思ってたんだけど、今改めて術式を読み直すと、確かに、[供出者の記憶と経験だけを贄として譲渡する]、ってなってた。
どうやら、最初に見た時に贄とかいう単語だけ先に目に入っちゃってて、正しく読めてなかったらしい。反省。まあ術式自体が聖獣式で、効果が出た状態じゃないとあたしには読み取れないものだから、というせいでもあるようなんだけど。
で、麒麟くんのほうが精神的にも知識的にも幼いままの不具合って、まあ元々子供だったぶんもあるにせよ、術式が黒鳥のとこで神罰と競合して、効果が止まってるせい、なのでは?
【……え、マジか、うわあマジだ。この書式で間違いねえわ……白狼、術前に死んだのか?いやでも基本の姿を一時写す部分は反映されてたし、坊ちゃんは白狼が死んだとは認識してないから、死んではいない、はず、なんだが……】
あたしの言葉に黒鳥をまじまじ見つめた朱虎氏の言葉の、語尾がだんだん弱くなる。
「え、それってつまり俺が二連続で供出者になってるってこと?」
流石にこれ以上若くなるのは困る、と頭を抑える黒鳥。というか現状既に若さの面は大分手遅れでは?君確か元の外見年齢、カル君と同じくらいとか言ってなかったっけ、カル君がだけど。
【ぐうの音も出ない完全な事故だな……この西の端に近い場所から言うのがなんだか申し訳なくなる話だが、最初のあんたらの行先は、東部山脈にある白狼の塒だな。最低でも奴の安否を確認しないと後の話が進みそうにないわ、コレじゃ。せめて被ったのが俺なら、まだマシだったんだろうがなあ】
朱虎氏も頭を抱えている。うん、まあ、気持ちは判る。
「いやでも俺の前が確か朱虎じゃん。北が最初で東から順に回してたんだから」
黒鳥はそう言うと、溜息を一つ。
「神罰を受けたのが結果オーライとか、初めて見聞する事態だな」
ランディさんはあくまでも他人事の構えで、ただ好奇心だけを発揮して、割と酷いことを言っている。まあ本来なら大陸には干渉しないことになっている真龍族だからね、しょうがないね。
そして、ランディさんの言葉を聞いた元守護聖獣二人が、がっくりと項垂れた。
【これをオーライとか言われたくねえんだが、正直】
「オーライよりだいぶんとダメ寄りな気しかしねえんだけどー?」
二人それぞれに不満そうな声を上げているけれど。
「でもまあ因果応報な可能性?」
と呟いたら、揃って再びがっくりした。自覚はあるのね、君たち。
――――――――――――――――
ラ:羽毛布団じゃなく、羽根枕を所望したやつがいたんだ。断られたそうだけど。
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