第110話 黄白麒麟の復活!

 久々に残酷描写のお時間です。いや流血も暴力もないですが。

 ――――――――――――――――


 『荷物』二つを魔法陣用の丸の手前に転がして、その上に毛皮の黒い所を置く。

 それだけでも瘴気に反応してか、お荷物達ががくがくと震える。


「うわ、人間って呪詛使うほどに堕ちてると瘴気への感受性下がるのに、これか」

 黒鳥が嫌そうな顔。へえ、そんな仕様なんだ、知らなかったわ。覚えておこう。


 魔力をある程度練る。今回は〈消去〉ではないので、光属性は載せない。むしろ、無属性じゃないと困る。

 等価交換が一番いいんだろうけど、生憎、揃いも揃って程よく根性が腐ってて、交換できそうなものがない。魂へは流石に干渉できないしなー。あ、でもこれ確か、属性移譲仕様の〈コンバート〉なんだから、こいつらの属性力でどうよ?よし、いける、分量的にもギリ足りる。ターゲット決定。なんか人類的にギリギリラインからはみ出す事をしてる自覚はあるけども。


 ちょろりと、境界から力が僅かに流れ込んでくる。ああ、神力仕様に挙動が近いから、呼び込んでしまったか?それとも手伝って頂ける?どちらでも、魔法が仕様通りちゃんと動くならそれでいいけれど。

 ……そうよね、他人の属性力を弄るなんて、やっぱ人間のやることじゃないわよね。大人しくお借りしておきましょう……利息が、ちょっと怖いけど。


「――〈コンバート〉」

 魔法陣を形成し、小声でキーワードを発動。


 結果はそりゃあもう、劇的だった。

 毛皮からずざざざざ、と音でも立てるかのように、黒い染みが落ちていく。落ち行く先は、転がされたふたつの『荷物』。あっという間に、ぐるぐる巻きの外から見える範囲の肌が、黒ずんでいく。

 それを見た元守護聖獣たちが、揃って顔を顰めた。いや、朱虎氏の顔は見えないから、雰囲気というか、思考の端切れみたいなのが流れてきたんだけど。何か、似たようなものを見たことが、ある?そんな感じ。


「よっし成功ー」

 敢えて軽い調子で宣言する。小汚いお荷物さん達を覆い隠すように被さったまま、キラキラと光を放つような、シミ一つない美しいクリーム色の毛皮。

 できれば、生きている時の姿が見たかったな。うん、実は、リンちゃんが、この毛皮の元の主と、同じ姿になる保証がないっぽいのよね……


【おお!素晴らしい成果だ!見事であるぞ巫女よ!】

 朱虎氏が素直に喜んでくれている。見るからに懸案だったものね。


「なんか今、そっちから謎の流れがなかったか?」

 境界の方を見やりながら、黒鳥。流石に鋭いわねえ。ランディさんのほうは無言であたしを見ているけど、真龍だから当然さっきの神力の流れには、気付いているよね。


(境界神の力を借りる、だと?どうやればそんな事が)

 念話で直撃インタビューが来ましたわ、ハハハ。

 なんか、魔法を構成してたら勝手に寄ってきました!と答えておく。実際あたしは特にそこまで意図していなかったんだから、間違ってないよね。


「なんでもやりやがるな、嬢ちゃんは……」

 カル君は何故か呆れたような声だ。なんでもはできませーん!まあ今回はできた、でいいじゃない!


「それはいいけど、さっさと続きをやらないと、そいつら保たないわよー」

 元守護聖獣二人に警告。捕獲時にもそれなりにへばってたし、更にここまでの道中で相当弱ってる所に、あれだけの瘴気の受け皿にされ、更に等価交換として大半の属性力を奪われた状態だ。もう、そう長くは生きられない。ほら、もう嫌な感じで痙攣しだしている。


【おおっと、そうだった。何から何まで、済まねえな!】

 魔法陣用の円の中に、荷物二つを持ち上げて、線を消さないように転がす朱虎氏。

 毛皮はリンちゃん、いや麒麟の子が回収した。もう、仮名を使う必要は、ないね。

 どうするのかと見ていたら、彼は回収した毛皮を、エプロンドレスを脱いだ自分の身体にくるりと纏った。あれ、ぱんつは履いたままなのか、大丈夫なのかな?


 魔法陣に無属性の魔力が流れる。黒鳥と、朱虎のそれが、混ざり合って、陣を形成し、満たす。

 聖獣式の陣は読み取れないけれど、魔力の流れの一部は解呪のそれに、近いな?


「招雷」

 麒麟の子が、その魔法陣に更に自分の魔力を付加すると、ただ一言、それだけ告げる。

 どん!と落雷のような轟音と共に、真っすぐ天より落ちる光。いや、実際にこれは落雷な気がするぞ?魔法陣の中にきっちり納まっているから、あたしたちには影響していないけど。眩しくて、目がちかちかしますわ。

 って今更なんだけど、これサンファンの、多分秘儀よね?あたしたちが見てても大丈夫な奴じゃない気がするんですけど?


 更に光は静かに魔法陣から溢れ、麒麟の子を囲むように拡がり、包み込み、やがて吸い込まれるようにして収まった。

 獣人の姿の子供は、もういない。

 小柄で愛らしい、クリーム色でウェーブの少しかかった、キラキラ光る毛足の長い毛皮の、四つ足の聖獣。前足には、二つに割れた蹄、後ろ足は、脛から下に鱗と爪を持つ三つ指。毛皮と同色の角と鬣もあるわね、でも角から顔にかけて、ちょっとサクシュカさんの龍の姿っぽさがあるのは、なんでだろう??

 ああ、耳と尻尾がちょっと狼っぽいところがあるのが、仮の姿の名残といえばそうだろうか。

 うん、文句なしに、美しくて、可愛い。これが、この世界の黄白麒麟か。


 そして、魔法陣があった場所に残ったのは、包んでいた布ごと、完全に炭化した二つの元『荷物』。

 まあ呪詛なんかやらかした奴の死に方としちゃ、身体的には苦しくない方だったんじゃないですかね。正直、捕獲されてから此処に運ばれてくるまでの扱いのほうが、よっぽど地獄だった気がしないでもない。

 魂の方は、なんとまあ見事に木っ端微塵だった。地下送りにすらならなかったよ。呪詛に関わるの、ほんと怖い、ガチの破滅しかないんじゃん!


「うわあ、魂まで粉々」

 ランディさんも見えてしまったらしく、唖然とした表情でそんな声を上げてしまっている。


「まあ、なんて美しいんでしょう」

 フレオネールさんは、死体の事など見る気もない、というように、麒麟の姿に夢中だ。


「ふぃー、なんとか成功したー!姉ちゃんマジ感謝!助かった!」

 黒鳥が素直に感謝を述べていて、ちょっとむず痒い気持ちになる。


【一時は本当にどうなるかと思ったが、いや本当に、感謝に堪えぬ】

 朱虎氏もあたしに向かって、虎の前脚を折り、礼を取る。


 麒麟のほうは、ぴょんこぴょんこと、可愛らしく飛び跳ねるように歩いて、真っすぐそのまま境界を越えた。おおう?


【ああ、やっと!もどれた!】

 声の調子は今までと案外変わらない。そして、何故か、神罰の楔は麒麟には反応しない。

 おやあ?


「あれ、縛られて、ない?」

 黒鳥が首を傾げる。


【んぅー?】

 再び、ぴょこん、と可愛らしく境界を飛び越えて見せる麒麟。あれえ?

 じーっと、その魔力周りを確認する。いや、ちゃんと麒麟、だと思う。サンファンの守護、その要、という基本技能も、ちゃんと含まれている。なのに、神罰の、対象外?

 いや、そうか、この国が神罰を喰らうに至る過程に、この子は一切、それこそ何の関与も、してないな?

 完全なる、被害者だったわ、そういや。


「あーなるほど、無罪っていうか、純粋に、しかも二重の意味で被害者側か、この子」

 ぽろっと呟く。まあそれはつまり、鳥と虎は、なんかしら例の侵攻に関連して、やらかしている、ってことだわね。鳥はまあやらかし加減はそれなりに判っているから今はいいとして、虎君もかー、そっかー。


「……あー……まあ、そうだよな、俺らは、がっつりやらかしてる側だけど」

 黒鳥は納得したようで、ばつが悪そうに頭を掻いている。


【対象外なんてこともあり得るのか】

 朱虎氏は疑問の顔。まあアスガイアの件では、そういうの、なかったっぽいよね。


「完全に被害者でしかない上に、神罰当時に本国に居なかった、どころか侵攻された側にいてこれまた被害者だった、っていうのが決定打だったんじゃないですかね」

 そうだわ、そういや侵攻時って、この子アンナさんちにいたんじゃん。で、結構な大怪我もしてたんじゃないの。すっかり忘れてたけど、怪我の事辺り。


「あー、そういや怪我してて、嬢ちゃんが治したつってたもんな」

 カル君もその辺の報告は聞いていたっぽくて、ぽん、と手を打つ。


 あれ?でもなんか、何かもう一つ、違う要素を、忘れているな、あたし?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る