第108話 貌の無い虎。
翌日もじんわりとペースをゆっくりめにしての、山下り。
『荷物』はまだ生きているのだけ確認している。最低限の水と糖質だけ口に流し込んでる感じらしい。流石に汚れ仕事だから、と、宿を出て以降は、他の人が関わらせてくれないのよね。正直今更なんだけどなあ。あたしはそんなお綺麗な人間じゃないですよ?
いやまあ、流石に、一応人間であるものに、直接手を下すのは、無理かなって気はしているけど、それこそ、今回に関してはだけど、そこはあたしの仕事じゃないからなー。
まあ人は勝手に他人のイメージを作るもんではあるんだけどさ、カル君やレン君までそういうイメージを持ってるとかは、ないような気はするんだけどね。
多分、自分たちがやるべきことを、人にさせたくないだけなんだろな。ってことにしておく。
まあそんなこんなで、ようやっと山の麓の疎林地帯だ。時刻としては、昼を暫く回って、もうすぐおやつ時かな、って感じ。
目の届く範囲に、山頂近くから見下ろした、国境ラインがくっきりはっきり。まあ魔力視で見えてるやつだから、他の人の眼には見えてないんじゃないかとは思う。神罰の境界線は設置されて日が浅いから、アスガイア程、劇的に何かが変わっているわけではないのよね。
ただ、よーく観察すると、植物の伸び具合が、サンファン側のほうが地味に弱い。まあ変化なんて今はそんな程度だ。サンファンは国神の力が元々弱いというけど、ここ一年ばかり、僅かな神力をもライゼルに横取りされていたというアスガイアに比べれば、充分ちゃんと存在する部類なんじゃないかな、この場所からは見えてないけど。
とはいっても、それを補う立場だったという麒麟が殺されてから、あからさまに凶作が増えているそうなので、そういった現状を反映しているのが、この今現在の、僅かな差なんだろう。
【おう、来たか】
男性の低い声、いやこれは幻獣か聖獣のものね。
声のした方を見ると、低木の茂みの向こうに、白い仮面を被った、朱色の髪の男性の姿が見える。これがどうやら朱虎のようだけども。磁器めいた、凹凸のないつるりとした仮面には、縦に一筋、渦が解けたような朱色の文様。むき出しの肩はがっしりしていて、なかなか力強そう……
おや?腕の下、人の身体じゃないわね?白い毛、いや、毛皮が見える。
「やあ朱虎、久し振り。きっちり一式揃えてきたぜ!オマケもいるけど、随分と世話になったから、無礼はやめてくれよ?」
レン君がそんな風に挨拶したから、やっぱりこれが朱虎、らしい。
【ああ、判った。って黒鳥よ、お前、なんでそんなちみっちゃくなっちまってんの?】
どうやら位置的にレン君の姿が最初目に入ってなかったらしく、朱虎が怪訝な声になる。ちみっちゃく、って言い方が、妙に可愛いわね。
「あーなんか他所の儀式魔法ひっかぶったって話らしくて?俺も確認してもらっただけで、良く知らんのだけど。本体に戻ると症状が悪化するから、当分はこの格好だよ」
あっちもすげえボロいしな、今、と自嘲するレン君、いや、黒鳥。
確かにボロいというか、情けないというか、本体側の印象は、すっかり『ダメな異形の変な鳥』になっちゃってる。いかん、涙の水たまり思い出しちゃった。ステイステイあたしの記憶。
【そうか、どうせ戻れんだろうし、蛇にはこれは隠した方がいいだろうな。あいつ、どうもライゼルの連中と繋がってるフシがある。お前は暫く不在だったし、俺が脳筋だと思ってるから、隠し方が雑なんだよなあ】
おう?なんだなんだ?こっちでも内紛かい?おかしなといえばだいたいライゼルのせい、とかいうアレ、今回も発動?ってそういや元々麒麟殺しもあいつらの差し金だったんだから、いつも通りライゼルのせいだったわね!内部に裏切り者がいたって話になるのかな、これは。
ってことはあれか、カル君から抜いたあたしたちの位置情報流してたのも、蛇の可能性?
まあだとしても、恐らく黒鳥はその段階ではそれを容認していたんだろうけど。
「それは今更だ。そもそも、本来ならあいつの番だったはずだろう?それを飛ばして白狼に行ってる時点でおかしいんだよ。あいつ、今の自分を喪うのが嫌で、決まりを捻じ曲げやがった。いくらあいつが最年長だからって、そんな真似、流石に一人でやれるわけ、ないだろう?」
おいおいおいおい、それあたしたちが聞いていい会話ですか?口封じとかやだよあたし?
いやもちろん、そんなことになったら返り討ちにするけどさ。
朱虎氏がはぁ、とため息を吐く仕草。そういえばこの仮面、変だな……って、これが神罰の楔か!顔を失くすだか奪うだかって、完全に言葉通り、そのままの意味なのか!
そして、黒鳥のそれは、彼らの交わしていた契約が魂ごと絡まったせいで、カル君と黒鳥に分割されてしまっていて、ちゃんと効力を発揮していない。不具合が押し付けられているって以前感じたアレ、神罰の楔も含まれていたのか。そりゃ具合も悪くなるわ……
あれ?つまり、この子、化身状態なら、恐らく神罰の境を越えられるんじゃ?
まあ推奨はできないけど。入れたとしても、恐らくパフォーマンスがものすっごく落ちるだろうし、その後出る事は流石にできないだろうから。しかもそれが、このままだとカル君にまで及ぶ可能性が、ある。それは、宜しくない。
【なんかさっきから見られてっけど、巫女の嬢ちゃんよ、俺の具合はどうなんだい?】
からかうような口調で、朱虎がこっちに話しかけてくる。
「ん?健康状態は良好ね」
取り合えずそれだけ答えておく。神罰の楔に関しては、恐らく言うまでもなく理解しているだろうから、ね。
あたしの返事を聞いた朱虎は、わはは!と豪快に笑った。
【そうか成程、健康か!それはいい!まさかこの年で健康診断をされるとは思わなかったぜ!あんた面白いな!】
どうやら回答はお気に召した模様。神罰の楔があると、微妙に感情の動きや思考が読み取りにくいのよね。全然判らないわけじゃないけど。
取り合えず、この虎さんに特に裏はない。マッサイトの人たちもこれなら慕うだろうな、と、納得がいく感じ。正直、最初に会った時の黒鳥のほうが、余程悪そうに見えたと思う。
そっちはそっちで、現状ほぼ悪賢さとかどっかに忘れて来ちゃってるけど。
此方に歩み寄り、全身を現した朱虎は、虎の頸にあたる部分から男性の肩から上が生えている、という点を除いても、なかなか面白い姿だった。体格的には確かに虎なんだろうけど、柄が所謂虎縞じゃなくて、白地に朱色のマーブルタビーでした。いや、美しくはあるのだけれど。
生まれつきその柄なのかと聞いたら、おうよ!異世界人だいたいそれ聞いてくるよな!と元気よく返されました。そうか、あたしが異世界人なのは把握済みか。
そしてそれを知っている件を隠す気はない。まあ敵対の意思はないってことだろう。
【取りあえず坊ちゃんのほうをどうにか……って、なんで坊ちゃんなのに、スカート履いてんだ?】
改めて一同を見回しながら言う朱虎氏の視点(というか、顔の向き)が、リンちゃんで止まる。そういえば、何ででしたっけねえ?あたしは聞いておりません。なお本日の服装は宿屋で着てたのと同じエプロンドレスだ。期間限定イケメンカフェのバイト代でフレオネールさんが買ったらしい。弁償代わりに働いてたんじゃなかったんですか貴方たち?
「あー、狙われてるっていうなら、性別も隠すかって、あれ誰が言い出しっぺでしたっけ?カーラさんじゃなかったのは覚えてるんですが」
そこまで無言だったフレオネールさんが、割とどうでもいい新情報。あたしが居ない時にそう言うこと言いそうなのは……正直、フレオネールさん含めて全員言いそうだな……?
案の定、野郎三人が顔を見合わせて、全員でそっぽを向いた。まさかの全員同意の上か!
なお、本人はというと、
「とらー、これ、かわいーでしょ?」
と、朱虎氏の前でにこにこしながら、くるりと一周してみせている。うん、かわいいねえ。
【え?ああ、うん、可愛いな】
素直にそこは認める朱虎氏。リンちゃんの頭を、ふにふにと撫でてやっている。
【妙な癖をつけんでくれるかなあ。まあ今後にはそこまで大きく関わらんだろうと思うが……】
困った声でそうぼやく朱虎氏。うん、まあ、気持ちは判る。
「アスガイア行くときに留守番して貰ってた宿で、めっちゃかわいがられてたみたいで、すっかりこれよ……悪いことじゃあないんだけどさ」
黒鳥も肩を竦めている。まあ君が留守番組でも、多分同じ目にあってたんじゃないかな。そんな気はする、根拠はないけど。
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