ex2.その頃の宿屋にて。

 アスガイア国内でわちゃわちゃしてた頃、留守番組はどうしてたんですか回、ド天然王子、シャル君視点。

 本日も2話同時更新ですよ。


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 随分とのどかな田舎町だ、というのが、このケンテンの町の最初のイメージだった。

 次の瞬間、大量の小さな氏族系のコボルトさん達がわらわらと集まってきて、かわいいまみれで幸せで死ぬんじゃないかと思ったけど。カーラ嬢とセスト兄が、横で何かドン引きしていた気がするけど、気のせいかな。多分そうだよね、こんなにかわいいコボルトさん達に囲まれてるんだ、引く理由がないよね。


 僕の名はシャルクレーヴ。ハルマナート王家の、ええと、十七番目の男子かな?流石に兄さんの人数が多すぎて、自分が何番目かとか忘れそうになるんだよな。イードはいいなあ、二十番目ってキリがいいから、流石に僕の頭でも絶対忘れないだろうに。


 僕は、強い人に挑むのが好きだ。ワクワクするし、勝ったら嬉しい。負けたら悔しいけど、いつか勝つ、っていう新しい目標ができるし。まあ、今の所負けた相手は全部身内だ。目指すべき目標が近くにいっぱいいて、それもまた、楽しい。

 でも流石にこんな田舎町だとなあ、と思ってたら、なんか宿だという場所から、でっかい獅子の獣人さんが吹っ飛ばされてきたので受け止める。あ、でもこの人、子供だな、体格の割に、軽いや。でも吹き飛ばしたほうは、結構なやり手だぞ?絶妙に、加減したぶん投げ方だ、これ。


「お気になさらず。随分派手に吹っ飛んでいましたが、中にはどんな猛者がいらっしゃるので?」

 受け止めてやったライオン君がぺこぺこ謝るので、そう聞いてみる。強い人だといいなあ!


「シャールー、ステイ」

 う、セスト兄の制止が入った。無念。

 セスト兄は、先日、龍の一族を自分で止めてしまって、今は割と普通の人、なんだそうだけど、その制止は、正直今でも何故か、怖い。なんていうか、身体に覚えさせられた感があるんだよね。反射で、怖いと思って、止まってしまうんだ。


 どうやら、宿から出てきた翼人のお姉さんが、ライオン君を投げ飛ばした人っぽい。なるほど、ほっそりした美人さんなのに、不思議とこれは強そうな感じがするなあ。


 宿は他にないというし、ここに泊まることに決めて、取り合えず食事をしていたら、なんだかガラの悪そうなおじさんが数人入ってきた。でもあんま強くないのが目に見えて判るから、まあスルーでいいや。美味しいシチューの方が、大事。

 とか思ってたら、宿のお姉さん、フェリスさんがあっという間に追い返してしまった。

 うん、やっぱりこの人、絶対強い!戦わせてくれないかな!ワクワクするぞ!


「シャル、ステイ」

 ぐ、またセスト兄の制止が。でも、絶対強いんだよこの人、是非、一戦……!

 というところで、フェリスさんがにこやかに、僕の額に指を――


「あらあら、血の気の多そうな方ねえ。生憎果し合いは受け付けておりませんのよ」

 えっ、なんだこの重圧?!威圧じゃない、物理的な、えっと、これは、だめだ!勝てない!?

 指先一つで与えられた、圧倒的敗北感。何この人、ホントに人類?


「……シャル、強い奴に挑みたいという気持ちは全く判らん、とまでは言わんが、せめてもうちょっと相手の力量を測れるようになってからにしな、そのうち死ぬぞ?」

 椅子に座りなおしたら、セスト兄からの御説教が待っていた。まあ現状素直に聞くしかない。本当に、絶対勝てない力量差だって、ほんの一瞬で、判らせられたから。



 僕の今回の任務は、カーラ嬢やセスト兄が出掛けている間、この宿で留守番になる麒麟の子、仮称リンちゃんと、その保護者役のフレオネールさんを守ることだ。といっても、のどかな田舎町のことだから、警戒こそすれ、そこまで大ごとは起こらないだろう、なんて思っていた訳だ。


 いやあ、あのガラの悪いおっさんらの事、忘れてたよね!

 買い出しでフェリスさんが不在の隙を狙って、店に殴り込みかけてきやがった!

 まあ当然応戦するんだけどね、リンちゃん捕まえて売り飛ばそうかとか言い出したんで、流石に我慢しなくていいかって。フレオネールさんも手を伸ばしてきた馬鹿に全力の蹴りぶちかましてたし、いいよね?


 相手の弱さを、忘れてた。殴ったらそれだけでドアごと吹き飛んじゃった。やべえ弁償コースだコレ。もう一人もフレオネールさんの蹴りの段階で壁の下のほうの板張りに突っ込んじゃってるし。もうやけっぱちで、逃げ出そうとした残りの二人も、入り口出たところで足払いかけてから丁寧に背中から抑え込んで、揃って地面にキスさせてやった。うん、流石にそれ以上物は壊さないよ!僕だって、そのくらいは、学習するんだよ?

 それにしたって、仲間を置いて逃げ出そうだなんて。普段から仲良く徒党を組んでほっつき歩いてるんだろう?仲間外れは、良くないよね。


 帰ってきたフェリスさんには当然叱られた。お客さんがやることじゃありませんよ、って。

 でも狙われてたのはうちのリンちゃんなんで!と言って、壊した扉と板張りの分は弁償しますって言ったんだけど、聞いてもらえなかった。


 じゃあどうしよう、と思ったら、フレオネールさんが、暇だし弁償代わりに二人でウェイターのお手伝いをさせてください、と言い出したので、その案に乗っかったんだよね。


 なんか、変な事になった。気のせいじゃないよね、日に日に女の子のお客さんが増えるんだ。

 ああでもそうだなあ、フレオネールさん、かっこいいもんねえ、女性だけど。

 でもそう言ったら、なんかフェリスさんにもフレオネールさんにも変な顔をされた。何か変な事言ったっけ?事実だと思うんだけど。


 フェリスさんに軽くあしらわれ、僕らにもこてんぱんにされた弱っちいおっさん達、流石に諦めたんじゃないかと思っていたんだけど、ある夜、酒場の店じまいも終わったくらいの時間に、仲間を増やして、しかも放火の用意までしてやってきたんで、さっくり威圧で壊滅させたら、フレオネールさんにド叱られた。穏便に済ませたつもりが、後の掃除の方が大変だったので、反省した。普通の人に威圧を使っちゃダメ、覚えた。臭かったから、もうやらない。


 でも威圧で朝まで垂れ流し状態で気絶していた中に、殺人で指名手配されていたおっさんが二人も混ざっていたそうで、芋づる式で纏めて全員しょっ引かれていったうえに、報奨金が出てしまった。

 フレオネールさんに、これ雑収入で計上したらいいの?って聞いたら、また呆れられた。うちの国の法律だと、個人の小遣いでいいそうだ。そっか。なんか後で美味しいもの買おうっと。

 これも後でフレオネールさんに聞いたんだけど、わざわざ他国に出向いて、賞金稼ぎみたいなことして、おやつ代を稼いでる兄がいるらしい。誰だろな?うちの兄弟、みんな髪色が派手で目立つから、あんまりそう言うことはしないもんだと、思っていたけど。


 ウェイターのバイトは順調だ。僕らが居るのは期間限定だよ、って最初から宣言してあるせいか、足しげく通ってくるお嬢さんが多い。フレオネールさん、人気だねえ、と精算を手伝っている時に言ったら、また全員に変な顔されたけど、なんだろう?おかしなことは、言ってないよ?


 セスト兄たちは、結構用事に時間がかかっているみたいで、なかなか帰ってこない。

 フレオネールさんによれば、アスガイアを半分くらい歩きで踏破するだけでも、結構かかるんじゃないですか、ということなので、まだまだバイト生活が続きそうだ。


 まあそんな会話した翌日に、皆帰ってきたんだけど。なんでか知らないけど、でかい乗用になる大蜥蜴を連れて、変な荷物をふたつ載せて。

 色々相談した結果、隣町のクレニエまで一緒に行って、僕だけ大蜥蜴を預かって、クレニエの神殿に戻しに行くことになった。

 一日弱だけど、久し振りにセスト兄と一緒の行動だ!けど、あんまり喋る機会はなかったなあ、残念。



 また、暫く会えなくなるな。なんでもセスト兄は十年ほど、国には戻らないらしい。寂しいな。


 ――――――――――――――――

 シャル君はわんこ系バーサーカー男子。アホの子というか、兄も皆美形なせいか、自分の顔に対する自覚が絶無、っていうか多分これ顔は洗っても鏡見る習慣自体がないダンスィだね?


 そしてライオン男子が「強くなって出稼ぎすればおやつがいっぱい食える」って学習してしまった。

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