第48話 王太子殿下のお願い。

「それで、申し訳ないのだが、実はもう一件お願いがあるのですよ」

 第二王子殿下が、皆に思い出させたい、というような様子で声を上げた。


「ああ、そうだった。先に厄介な方が解決してしまったから、うっかりしていた」

 王太子殿下がそう言って苦笑する。やっぱり仲いいなこの兄弟。やり取りでちょろっと素が漏れてる辺りがね。


「もう一件?そちらは内容によりますわね」

 サクシュカさんが真面目な顔に戻る。ただ緊張感とかはあまり感じない。ここまでのやり取りで、この人たちに悪い意味での裏はないと判断したんだろう。


「では単刀直入に申し上げます。明日以降の第二妃の提案は、全て断って頂きたいのです」

 間髪入れず、王太子殿下が直球ストレートぶん投げてきました。実母相手に母の、って言わない辺りになんだか本気というか、闇を感じるぞ?

 しかし『全て』か、お茶会の誘い辺りまで警戒対象ということでよろしいかなあこれは?


「……具体的に何が提案されるかは、把握しておられますの?」

 サクシュカさんが流石に眉を寄せて聞き返す。なんでしょうね、なんかすっごく嫌な予感がするぞ。


「恐らく、カーラ殿を適当な貴族の養子にしろだの、我らのどちらか、否、我と婚約をだの言い出すはずです。ベアトリスの魔力の復活がばれる前であれば、という条件ではありますが」

 王太子殿下が苦々し気に言い放つ。


 第二妃に値踏みされる感覚があったから、まあ予想はしてた!回収早いぞフラグ!


「明日は判りませんが、明後日くらいにはもう魔力量は回復していると思います。ですから問題が発生するとすれば、明日ですわね」

 聖女様も王太子殿下の発言内容ははじめから知っていたようで、落ち着いた様子でそう言い添える。

 彼女に、最初に入室してきたときの暗い感じはもうない。

 今の彼女は、成程確かにこの方が聖女様なんだな、と普通に納得できる美と清廉さを兼ね備えた雰囲気に、そこはかとない威厳すら感じる。

 きっと、不安要素が解かれたせいよね。うん、いい仕事したわ、あたし。




「じゃあもう明日は早朝から神殿詣でに行ってそのままバックレよっか、夜まで」

 殿下一行が時間切れだといって帰っていったあと。唐突にそんなことを言い出すサクシュカさん。


「今日ないということは、流石に明日は国王陛下との正規の会見と会食があるだろうから、それは無理じゃないかい?」

 カルホウンさんはその案を即却下して、


「ただ、明日も引き続き、理由も告知もなくそれがないなら、もう帰っていいと思うけどね。あの第二妃だけでなく、王も我々を馬鹿にしていると見なしていいだろう。いやはや、先ほどの次世代達は皆いい子達だというのにね」

 と付け加えた。あたしも同感だ。

 この国に着いて以来、到着の挨拶の時こそサクシュカさん達が陛下と顔を合わせはしたけれど、ほんとに数分だったそうだし、そのあとは非公式に第二妃と面談して、後から子供たちとこれも非公式で会っただけ。第一妃はともかく、この国の顔たる国王陛下の動向も意向も、全然聞こえてこないのよねえ。

 普通は王家であっても、否、王家であるからこそ、無官のあたしはともかく、他所の王族を呼びつけたんなら、それなりの連絡くらいするもんでしょう?

 ただまあ、それに関しては、多分だけど、これ第二妃の独断大暴走なんじゃないかなって気がそこはかとなくするのよね。

 召喚状自体には王のサインも入っていて、これはハルマナート国のお役人さんが本物の確認をしているから、全くの無関与もありえないけど。

 なので、恐らくカルホウンさんの言う通りにするなら、明日の夜には帰国の段取りになるんじゃないかなー。あのプライドと打算と増長でメシ食ってるタイプのおばさんが素直に帰してくれるならだけど。


 王太子一行のほうは、アポなしで押しかけてきたとはいえ、彼らはそのこと以外では礼儀正しく、龍の皆さんにも敬意を持っていたし、何よりすべての言葉が真摯だった。

 第一王女の神官服は実質変装だったけど。実際には神殿には適性のお試しとして入ったばかりで、着ていた立派な神官服は数年前に神殿入りして、正規の上級神官としてお勤めしている従妹さんのものを、聖女様に異変が発生してから、呪詛避けとして期限付きで借りているんだそうだ。


《確かにおかしいですね。ヘッセン国の伝聞される国風や、国王陛下の為人とは、随分と差異があります》

 シエラも遠方の国故あまり詳しくはないけれど、と前置いてからそんなことを言う。


《旧アスガイアやサンファンであれば、そのくらい尊大な王というのは普通なんですけどねえ。まあ、王が健全で健康であれば、の話ですが。考えてみれば、聖女に対して、内容のしょっぱさは置いておくとしても、あれだけの呪詛を構築できる第二王女って未成年ですよね?彼女が独学で、は転生者でもなければ有り得ないでしょう。その可能性を排除した場合、呪詛を何らかの形で教えた者がいるはずですよね?》

 そうね。ただ、今思うとあの癇癪娘は、それを本物の呪詛だなんて思ってない可能性が高い気がしてきた。


「カーラちゃん、何か気になることがあるの?」

 黙ってしまったあたしにサクシュカさんが声をかけてくれる。


「ん、ああ。第二王女に呪詛の方法を教えたのは誰だろう、と。あと、あの子もしかしてそれが本式の呪詛だと知らないでやらかしたんじゃないかな、と」

 ぐるぐる考えてるだけでは微妙に纏まらないので、思い切って話を投げる。疑問は両方いっぺんに。多分このふたつは繋がっているから。


「え?……あー。そうね、確かにそうだわ。ものがものだけに、一人で調べることなど、できないはずよね。で、ちょっとした悪戯とかおまじない感覚だったからこそ、あの内容、か……筋は通ってる?」

 サクシュカさんはちょっと考えながら、あたしの発言を肯定する姿勢。


「もしくは、本式の呪詛の恐ろしさを知らない異世界転生者。第二王女が転生者だという噂もあるから、断定はできないよ」

 おおっと、ここにきてカルホウンさんからあたしの中で却下した方の可能性が。


「噂?ホウ君それどこで聞いてきたの?私初耳なんだけど」

 サクシュカさんと、あとあたしの中でシエラも聞いたことないですって言ってるから、これは流布していない情報だよね。


「君たちが第二妃と会ってる時に締め出されたからね。待ち時間で第二王女周辺の噂話を拾ってみたらびっくりするくらい釣れる釣れる。正直箝口令ちゃんと敷いた方が良いんじゃないのって思うくらい。

 以前からエキセントリックなところのある、扱いづらい人だったようだけど、聖女様が認定されてからはちょっと度を越している、おまけに最近は、以前は全く口にしたこともない、こんなストーリーじゃなかったのに、みたいな如何にもな単語が混ざるようになった、とね」


 うわあ、異世界転生悪いバージョンの定番セリフだ!!

 こんな時にこんなところで聞きたくはなかったわ!行動予測が!乱れる!

 なお、シエラが本当にそんな台詞言うんですねって笑い転げています。ツボってしまったか……

 というか、そういうタイプのテンプレ台詞も一般的に知れ渡ってんですね、この世界って。


《そうですねえ、カーラの書庫の、あなたの世界で言うところのファンタジー小説、わたしが普通に事前知識なしでだいたい読めて理解できると言えば判りますかしら?あなたの書庫のほうが圧倒的に種類が多いので、初見のパターンも結構ありますが、テンプレ扱いされているものは、こちらでもだいたい認知されていると思っていただいていいですわ。私たちの世界ではフィクションではない場合もそれなりにあるのが違いといえば違いでしょうか……》

 そういえば、流通が世界的でないだけで、娯楽小説は普通にあるうえに、うっかりすると歴史書にその手のテンプレパターン載ってるだもんねえ、この世界。



 まあ、今現在のところ、絡まれ当事者のあたしや、カルセスト王子の絡みでなんか色々知ってるっぽいサクシュカさんは笑えねえ、って顔になっている、と思う。自分の顔は見えないから予想だけどね。

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