第47話 解呪してしまいましょう。

 道具が揃ってるなら、解呪は五分もかからない。ということで早速トライすることになりました。

 道具を用意するところからだったら、明日出直してもらうことになるとこでしたよ。準備がいいって大事ね。



 祝福された水を、聖女様の額に指先でちょん、とつける。形代一枚目の頭部分にもつける。

 それから胸元、鎖骨から少し下がった場所と、おへそのすぐ下あたりにも、同様に。この分はただのマーカーなので服の上からで大丈夫。

 形代二枚目は、アリエノール王女の名前の頭文字だけ、彼女の存在を意識しながら書いておく。

 フルネーム全部書くと相手に返っちゃうし、相手を認識して存在を意識して書かないと、同じイニシャルの関係ない人に誤爆しかねないので、ここは慎重に。

 なお、この二枚目の受ける分はあたしの魔力で相殺する。でないと最悪瘴気が飛び散る大惨事です。

 ……あれこれ一時的に魔力切れ起こす可能性が微レ存?マジか。

 あ、大丈夫だ、術式は神様に偽装されたほうの魔力量しか読んでない、イケるいける。


《いやそれ普通はだめですからね?あなたの魔力量全部で相殺とか、余波で部屋が吹き飛びかねませんよ?わたしがアシストしますから、そもそもそこまで無茶な事にはならないはずですけど……》

 シエラに窘められました。魔力周りはほんとに、毎度すまぬ……。


 そんなわけで、此処からはシエラと共同作業だ。外からは判らないだろうけどね。

 まず、最低限必要な分の魔力を手元で光属性に調整する。これはあたしの場合魔力も属性も見えるから、見た目で変化具合が判るんで、そんなに難しくはない。


 そこからはイメージ勝負だ。絡まる呪詛を、光属性に整えた魔力を額の祝福された水のマーキングから全体に流すことで、追い出していく。追い出した呪詛はおへその下のマーキングから形代に流れる仕組み。上書きはしないように、魔力を流し過ぎないように、慎重に。


 そう、上書きなんてこともできる。実は解呪という技能は、呪詛の構造を知るという意味で、呪詛技能と裏表だ。呪詛のほうは技能またはスキルとして生えることが滅多にないそうで、意外と気が付いている人はいないようだけど。まあ流石に呪詛のほうは、使わないとそもそも生えないっぽいしね。

 あたしがそうだったように、呪詛の類の構造を把握した時に最初に出るのは、あくまでも解呪技能のほうだ。

 なお技能とスキルの違いは、他人から鑑定的な事をされた時に見えないのが技能で見えるのがスキル、取得難易度は技能<越えられない壁<スキル、だそうです。


《技能やスキルってそんなに簡単に手に入るものじゃないですし、そもそも普通はこんなに明確に呪詛の形態を認識しませんから、気が付かないんじゃないですかね……》

 あ、もしかして、普通の呪詛返しってもっとふんわり感覚でやるものなのか。

 随分システマチックというか、安易に視覚化できるから楽だなあって思ってたんだけど。


《ふんわり……いやまあ、この、呪詛の構造を枝葉末節までくっきり視認できるあなたからすれば、確かにふんわりではありますが……言い方……》

 シエラが呆れる声を聞きながら、追い出した呪詛を小さく畳みながら形代一枚目にぐりぐりと押し込んでいく。じわじわと黒く染まる形代。へえ、案外がっつり容量あるんだなあ。安全マージンがあると考えると、いいことではある。


 全部押し込み終わったら、別に分けておいた祝福された水にじゅぼっと形代一枚目を突っ込む。これで聖女様への影響が切れる。

 そこに即二枚目も投入して重ねる。畳み込まれていた呪詛が弾かれるように拡散しようとするのをシエラに手伝って貰って誘導すると、二枚目の形代に面積を増やしながら移動する黒い染み。わあ反動分が容量オーバーするわこれ、ちょっとタイミングが早いけど光魔力で相殺!


 水が一気に沸騰してそのまま全部蒸発する事故が発生しましたが、無事解呪と返しの吸収相殺は完了致しました。ああ焦った。

 魔力の減少量、これまでで一番減ったわね。あたしの魔力を参照して増えたものをあたしの魔力で相殺したんだからまあそりゃ減るよね。シエラのおかげで、予定より大分使用量少なくて済んだけど。


「……解呪って、こんな力技でしたっけ?」

 第一王女殿下が首を傾げてそんなことを言い出す。解呪の知識自体はあるみたいだけど、まあ今回のこれは、力技になった原因があたしのほうにあるからなあ……


「いや、多分これあれよ、魔力参照が悪さしたやつよね?」

 こちらはどうやら解呪の仕様自体は知っているようで、あたしに確認するサクシュカさん。魔力量がかっ飛んでるのは知ってるからね、そうなるよね。


「ええ、なんでこんな余分な仕様が付いてるんですかね」

 因果応報という考え方自体は判るけど、そんな人によって百倍返しでも怪しくなるような仕様は要らないと思うんだ。


《世間の一般的な魔力量では、呪詛を運用できる魔力の持ち主と最大魔力の持ち主が相対しても百倍返しになんてなりませんからね?》

 シエラに呆れ声で突っ込まれた。デスヨネー、知ってた。


《あっでも真龍あたりならワンチャンあるかも……》

 龍の島の真龍ってそんなに魔力高いんだ。でもワンチャンってことは、あたしよりは低いんだ……


「……イレギュラーはあれど、成功はした、のですね?」

 センティノス殿下が慎重に確認してくる。聖女様とあたしと第一王女殿下が同時に頷く。


「本当にありがとうございます。これなら普通に休息すれば、早晩、元の魔力量に戻ると思います」

 聖女様はそう言ってあたしに頭を下げる。


「呪詛に無意識で対抗しようとして魔力が消費されていただけですからね。原因は取っ払いましたからあとは回復待ちでいいと思います」

 ちなみに、魔力の浪費理由が無意識での対抗なので、呪詛の内容を聞いた段階で、消費は軽減されているはずだ。あくまでも軽減だし、ほっといても何もいいことはないから解呪したけどね。


「……なんだか、最大魔力量が増えた気が致しますね」

 聖女様がそんなことを言い出した。うえ、枯渇に近い状態を維持すると最大量が増えるとか?


《そうですよ。わたしも散々吐きそうになりながら枯渇限界を探らされたものです。ああ、心配しなくても、あなたの魔力量で最大量が増えても今更ですし、貴方の魔力を枯渇させる方法なんてさっきの解呪くらいしかないですし、あなた回復量も常人の範囲は大幅にぶっちぎってますから、最低量を維持するの自体が無理ですね》

 今更って言うなー!

 ああでもそうすると、聖女様も特に修行はしないでも魔力の多い人なのね。黒髪でこそないけど、結構な魔力量のイードさんが感心するくらいだから、そりゃそうか。


《でもそういえばモンテイード様もちょっと不思議ですね。あの方の魔力量なら、髪が染まってもおかしくはないんですけど。いえ、確かに黒髪のマグナスレイン様程じゃあないんですけども》

 ああ、やっぱりそうなんだ。龍の王族の中でも、マグナスレイン様とイードさんは突出して魔力が多いらしいよね。


 マグナスレイン様といえば、あのひともあたしの賦活魔法を受けた側だけど、あの変化は外部に知られない方がいいし、そもそもサンファン国対応で今は出国する暇などないので、こちらには来ていません。

 ……ええ、若返りの効能なんて外に知られたら、碌な事になるわけないに決まってるから、全力で隠し通すよ!


「でも形代が二枚必要な理由は良く判りましたわ。あれを返されて無事でいられる人がいる気がしません……」

 心の底から安堵した、という表情と声で、第一王女殿下が呟く。すみませんねえ、あたしが馬鹿魔力持ちなばっかりに。


「では解呪の手数料に関してはもう少し時間のある時に相談とさせて頂いても良いですか?我が国の基準でお支払いしてよいならば、本宮に戻り次第そのように手配できます」

 あら手数料頂けるんですか。事務管理もきっちりできる王太子殿下か、評価がちょっと上がったぞ。


「うちはそもそも普段解呪できる人自体がいませんから規定そのものがありませんわね。そちらの基準で大丈夫かな」

 サクシュカさんが少し考えてから、あたしを見ながらそう返事したので、あたしも頷く。多分本来なら手数料とかお礼とかの相談してからやるんだろうけど。

 あたしとしては貴重な経験ができたので謝礼金には今回はこだわらない方向で。実は褒賞のお陰で、現在のあたし、お金に困ってもいませんし。


《神殿ですと、解呪者本人への謝礼がそこそこで、手数料はそれなりの金額が神殿に入る形ですけど、どこまで払っていただけるのかしらね》

 シエラの発言が、ちょっと黒い。まあ今回はそこはあまり気にしないようにしよう。

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