第46話 本物の、呪詛。

「先触れもなしの訪問、真に失礼致しました。どうしても今のうちに、非公式に皆様にお会いしておきたかったのです」

 案の定カムラス王子だと名乗った紫の髪の少年は、名乗った直後にあたしたちに頭を下げた。


「それは構いませんわ。わたくしどもは格式にはさほど拘りませんし。ですが、王太子殿下自ら、しかも弟君や聖女様まで引き連れて、というのは穏やかではございませんね?」

 他所行きの口調でサクシュカさんが返す。


 そうかー白服の方、やっぱり聖女様かー。

 光沢のある薄い茶色の髪がちょっと甘やか感があって、白い花飾りとシンプルな白いドレスとガウンがとてもよく似合っている。

 瞳の色はちょっと淡い紫色。宝石というより、そうね、藤の花のよう。御多分に漏れず、中々の美少女だ。

 魔力量はあたしには良く判らないけど、物凄く強い光の属性力は感じるわね。


《……おかしいですわ。魔力量が、余りにも少ない。モンテイード様が以前仰っていた通りなら、魔力量はこんなものではないはずです》

 あたしと違って他人の魔力量も測れるシエラが早速異変に気付いた。

 それを受けて、あたしもじっくりと聖女様を観てみる。


 ……うわあ。呪詛だ。モノホンの呪詛だわこれ。こないだの聖獣の子のアレとはまるで違う。これが本当の、呪いか。

 ただ、呪詛としては本物だけど、読み取れる内容はといえば、ちょっと体調を崩せばいいのに、くらいの、びっくりするくらい軽いものだ。

 呪詛の形式に対して内容が薄っぺらすぎるんですけどなんだこれ。こんな本格的な呪詛で願う内容じゃなくないですかねー?

 まあ、そもそも聖女様に呪詛を仕掛ける、あまつさえそれが通っちゃうってこと自体が、多分異常事態よね?

 で、魔力で呪詛に対抗してるから魔力が常時尽きかけた状態になってるんじゃないかしらこれ。


《ああ……対抗は無意識にやっておられるようですね。呪詛の内容が弱すぎて、呪詛そのものを認知できていないのかも。なまじ呪詛の術式が完璧にできているのに、おまじないレベルの弱い内容だったせいですり抜けて掛かってしまっているといいますか》

 シエラが頭を抱えるイメージと共に、そんな返事をくれる。

 というか、神官さん気が付かないかなあ、これ。


《その辺りは、人によりますね。見呪も解呪もカーラのほうが、わたしより既に余程上手いですし。解呪ができる巫女や神官は案外多くないものですよ、いれば周辺国にまで名を知られる程度には》

 ああ、才能は人それぞれ違うから、そんなものなのか。



「説明は、姉上からのほうが良いだろう。我らには治癒の才も巫覡の素養もないからね」

 金髪少年、センティノス殿下が口を開き、王太子殿下が頷く。ほう、神官服の人、第一王女のアデライード様なのか。

 そう言われてみれば、センティノス殿下の金髪も、若草色の照りみたいな感じの色目を感じるな。


《あれえ、アデライード様ってサンファン王家に嫁がれる予定だったような、ってああそうか、あの国の現状だとほぼ確実に破談ですわね……それにしたって引く手数多のはずですけど、上級神官になっちゃうと、国から出られない気が……》

 シエラがそこまで言って、考え込んでしまった。どうやら色々内外纏めてややこしいことになりそうねえ。


「それでもいいけど、うちの子に聞くほうが早いかもねえ?」

 サクシュカさんが悪戯を思いついたみたいな顔でそんなことを言い出した。うぇ、観てたのがばれてますかこれ。


「カーラ嬢、そんなにまじまじ見ていては何をしてるか丸わかりだよ?」

 カルホウンさんにまでそんなことを言われました。いかん、シエラと確認しあいながらだったから、集中しすぎた。


「誰がうちの子ですか。まあ、観させて頂いてたのは確かですけど……」

 横目でサクシュカさんをちらっと見てから、改めて御一行様に視線を戻す。きょとんとしている王子様がたと、ぎょっとした顔の王女様聖女様の表情が、なかなか対照的だ。


「で、結論は?」

 時間もかけられないし、さくっといきましょう、とサクシュカさん。


「……呪詛ですねえ。ものすっごく丁寧に儀式を執り行った、かなり本格的なものです。ただ、内容の方が『ちょっと体調崩せばいいのに』だけ、ですが」

 まあ隠すようなことでもないし、恐らく彼らはこの答えを求めて聖女様を連れてきたのであろうとは想像がつくので、さっくり端的に回答する。


 あたしの言葉を聞いた瞬間、四名様全員が深い深いため息をついた。あ、これ誰がやらかしたか全員知ってる奴だ。

 そして、多分あたしもそれを推定できてしまう。相手にそんな意図はなかったでしょうけど、呪詛の主には、もう会っているからね、バレバレだ。


 ……アリエノール王女、あの癇癪玉娘、こんな本格的な呪詛使えるのか。色んな意味で嫌すぎるよ。


 渋い顔になったあたしと、ため息ついてげっそりした顔の四人を見比べて、サクシュカさんが不思議そうな顔になっている。

 まあそうよね、こんな本式の呪詛使える未成年とか、想定してないよね。


「なになに?カーラちゃん、呪詛の主判ってるような顔してるけど。殿下がたが判ってるっぽいのはまあいいとして」

 いいのかよ、とツッコミ入れたくなるような事を言い出すサクシュカさん。いつもの事なんだけど、ちょいちょい真面目な場面で言葉でふざけるから、どこまで本気だこの人?ってなりがち。


「お会いしていますから、判りますね……ああ、お時間を戴ければ解呪もできますけど、どうしましょう?」

 流石にここまで本格的に組まれた呪詛だと、魔力を動かすときみたいにちょいちょいと弄って、というのはだめみたいだ。まあ、手順自体は呪詛そのものがもう見えてるから判るんだけれど。


「どのくらいかかるかにも、よる。流石にこの魔力状態のままでは、聖女認定に疑義あり、などと言い出す輩が出かねない」

 王太子殿下が代表して口を開く。あれ、なんかまだ他にも用事がありそうな気配がするけどなんだろう。


「一足飛びにそこまで話が進むとは思っておりませんでしたけれど、カーラ様、でしたか。解呪の技能をお持ちなのですね?」

 神官服の第一王女殿下が確認するようにこちらをじっと見ている。


「ええ、ありますね。ただ、呪詛そのものは本式のものなので、少し道具が必要かしら。祝福された水が少々、あと紙でいいので形代を一枚、いえ二枚ほど?」

 脳裡に浮かぶ手順に必要なものを伝える。流石にそんなものの手持ちはありません。

 というかハルマナートだと手に入らないんじゃないかなこの二つ。何せ神殿らしい神殿がないから、本職の、術具を作れる神職さんもいないのだ。


《そのうち教えますから、きちんと自分で作れるようになりましょうねえ。といっても、正式に作れるようになるためには、神殿、いえ神との契約が必要ですから、カーラには大分先の事になりますわね》

 アッハイ精進します、ってまだ先の話か、そっか。


「ああ、どちらも今持ってきておりますが、形代は、二枚、ですか?」

 第一王女殿下が不思議そうな顔になる。普通は一枚しか使わないそうだからね。


「ええ、返しも形代に受けて貰わないと、面倒な事になりますでしょう?」

 にこっと笑ってそう答える。


 おしおきに喰らわせてやってもいいかな、って一瞬思ったんですけどね、あの癇癪王女がそんな程度でへこたれる気はしないし、これだけ本式な呪詛が使えるなら、呪詛返しは対策済みじゃないかなあ、とも思った。でもね。

 実際のところ、あのタイプは自分が世界の中心で、なんでも自分の思い通りにならないと嫌で、なおかつ自分は何でもできると思っているから、そもそも失敗を想定していないんじゃないか、って気が付いてしまいまして。

 下手に呪詛返しをして、直撃した場合を考えると、ちょっとだめかなって。


 いやね、この世界の呪詛返し、聖獣の子の件の後で調べたんですけど、何故か彼我の魔力量差を参照するそうで、倍返しどころか百倍返しくらいになることがあるんですって。

 あたしの素の魔力量が参照された日には、返された相手がミンチになりかねないんですよねえ!

 流石に、大変いけ好かない癇癪持ち相手とはいえ、それは却下ですよねー。


――――――――――――――――――


此処に及んでまだミンチで済むと思ってる主人公。実行しちゃったら部屋ごと吹き飛ぶに決まってるでしょう。

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