第33話 そして再び朝は来る。
小さな子とあたしを両方担いで走るのは流石に気が引ける、などとサクシュカさんが言い出して、比較的損傷の少ない家と毛布を借りて仮眠することになりました。
家は最初から空き家だという一軒を貸してもらえました。成程、最初から空き家なら血が飛び散ってたりはしないでしょうね……
……つまり大多数の家で大なり小なりの被害が出ているということなのか。酷い話ね。
あたしも大概しんどいけど、サクシュカさんも結構きつかったようで、気が付いたら三人で毛布にくるまって夢の中でした。
見張りはサクシュカさんが何か召喚してたから、まあだいじょうぶ……
起きたら緑色の尻尾の長いでっかいトカゲさんがこっちを見ていた。
いやでっかいといっても人が載れるほどのサイズはないんですけどね。
ちろちろと口先から出入りする舌が青い。全体的にシルエットも鱗も滑らか。おめめぱっちりで割とかわいいわね。触ったら怒られるかな。
(いや、触るくらいなら構わぬぞ?)
おおう、念話が使えるトカゲさんだった。では謹んで撫でさせていただく。綺麗な緑色の肌は、滑らかな鱗に覆われていて、ひんやりすべすべでいい感触ですね旦那。
(さもあろうさもあろう。我が召喚主はもう起きておる故、そなたもきちんと目が覚めたら食卓に参るが良いよ)
ご機嫌そうにそう述べるトカゲの旦那。なんていうか、育ちがよさそう。
ひとしきり撫で心地を堪能させていただいたところで、おなかがくぅ、と鳴りましたので、軽く身支度を確認して台所方面へ。
そういえばあの獣人の子供も居ないわね。あたしひとり寝坊助さんか。
窓があったのでちらっと外を見る。う、これもう昼近いのでは?!
大急ぎで移動しましたら、食卓を囲んでいるサクシュカさんと獣人の子と、何故かカルセスト王子。
一緒に寝ていた二人もまだ食べかけてもいないところをみると、あたしが極端にお寝坊だったわけでもない、と思いたい。
「おう、おそよう。夜中にサク姉がここに連れ出すって報告したっきり戻ってこねえって言うから、迎えに来て差し上げましたよっと」
そう言いながら、薄切りにした燻製肉をつまみ食いする王子様。
「あっこらそれカーラちゃんの分なんだからつまむんじゃないこの不良王子」
ぶ、カルセスト王子、身内にまで不良王子呼ばわりされてるのか。
「その呼び方流石にやめて欲しいんだけど?俺以外も王子王女でしょうがよ」
あれ、意外と気にしてるんだそういうの。いや、同列というか、身内に言われるのが嫌なだけか。
ああ、でもあたしは直接王子って呼んだことは流石にないわね?なかったよね?
確か、あたしを直接呼ぶことが殆どなかったから、そもそも、あたしからも名指しして呼んだことはないはずだ。おっけー。
「嫌がるから言ってるのよ、この悪ガキ。ああ、カーラちゃん、そういう訳で申し訳ないけど、ちょっと急いで食べる感じでよろしく」
流石にこれ以上お邪魔してるのも悪いしね、とサクシュカさん。
朝ごはん的な食卓は、ふすま入りっぽい、多分全粒粉のパンをスライスしたものにバターが添えてあるのと、燻製肉の薄切りとチーズを重ねたもの、あとスクランブルエッグ。
野菜不在だけどまあたまにはいいでしょう。
パンにバターを軽く塗って全部乗せして上にもパンを乗っけてばくりと豪快に。
うん、美味しい。
そのままぱくぱくもぐもぐしていたら、サクシュカさんと獣人の子も真似をして挟んでぱくりした。うふふ。
「うん、おいしー」
サクシュカさんはにっこり。獣人の子のほうは、無言でぱくぱく食べ進めはじめたので、こちらも多分美味しかったんだろう。
獣人は人族に含まれるので、あたしのスキル〈動物意思疎通〉の対象外。なので喋らない子相手だと、態度で何となく察するように努力するしかないのよね。まあ要するに、普通の人相手と一緒だ。
明るい所で見る獣人の子は、白い髪に薄い赤紫の瞳。髪と同じ白い耳はこれなんだろう、三角耳系統。狐っぽさはある。
ああでも尻尾が狼ね。白狼の獣人さん。あら、氷属性持ちだわ、サクシュカさんと相性良さそう。
自分の分は食べ終わったので、白狼さんの食事をサクシュカさんとにこにこして眺める、正直に申し上げると我ながら不審な女二人。
カルセスト王子は我関せずの様子で興味なさげに周囲を見回している。いや多分一応周囲を警戒してるんじゃないかな。……たぶん。
「その子供も連れてくのか?」
おもむろに口を開いたと思ったら子供を指さすカルセスト王子。びくりとする子供。
「その予定。この村の被害じゃ、身寄りのない子供を預けるのは流石にちょっと無理でしょう?っていうか知らない人を指さすのはやめなさい」
サクシュカさんは平然と返事してついでに窘める。
「連れていくのはいいが、その後のことは考えてるのか?勝手に雇うとか言うのは流石にもうなしだろ」
もう、ということは、前にそういうことがあったというわけだ?まあサクシュカさんの性格なら、やりそう感はある。
前にあたしにもうちの子にとか言ってたもんね、流石に冗談だろうけど。
「馬鹿おっしゃい、そもそも未成年よ、子供よ?雇う以前に、しかるべき保護が必要なの、おわかり?」
珍しく苛立った様子でそう言い切るサクシュカさん。
「あと仮に雇うとか言う話であったとしても、君に口を挟む権利はないのよ?判ったらお黙りなさい」
まさかの強権発動?サクシュカさんがこんなきつい言い方するの、初めて見たわ。
「……へいへい、おおせのままに、っと」
カルセスト王子は低い平坦な声でそう返すと、外で待ってる、と、台所から出て行った。
「ごめんねえカーラちゃんもキミも。変なところ見せちゃって」
その姿を一瞥すらせず、あたしたちに向きなおって謝るサクシュカさん。
「あたしはまあ別に構わないですけど……珍しいですね、サクシュカさんがそんなにきつい態度に出るの」
取り合えず素直に感想を述べておく。黙っといてもいいんだろうけど、流石にここまでと違い過ぎて、ちょっと気になるのよ。
白狼の子はきょとんとしている。謝られると思ってませんでしたって顔ねこれは。
「あの子他人に警戒しすぎるとこがあってねえ。まあ職務上しょうがないとこもあるんだけど。
それにしたってこないだからのカーラちゃんへの態度はちょっと目に余るし、この子の事も意味もなく警戒してるからちょっとイラっとしちゃって」
職務上?ああ多分情報収集役とかそんな感じかな、今までの態度とか情報の流れとかからすると。
流石に隠密とかまではいかないだろう。素人のあたしにまでバレバレではそうは呼べないよね。
「こないだというより、彼、最初からずっとあんなんですからね。まあ夢見るタイプの物語系乙女じゃないんで王子様とか、ぶっちゃけどーでもいいですが」
王子様とか個人的には需要絶無なんですよ、ええ。
答えを聞いたサクシュカさんがぶはっと笑う。
「ひ、ひどい、どーでもいいのか!カーラちゃん、そういうとこが素敵」
「褒めても何も出ませんよー。そろそろ片づけて支度しましょう?」
いつものお調子者感が出てきたサクシュカさんを軽く窘めておいて、お皿を片づけようとしたら、狼ちゃんがささっとお皿を全部集めてあっという間に洗い場に持って行った。素早いな?慣れてるな?
お皿はこの空き家に残っていたものだったので、洗って皆で拭いてもとあった場所に戻しておいた。水は魔力をちょいと注げば給水される仕組みがついてて、とても便利なのよね。空き家にまであるとは思わなかったわ。
使っていた毛布も借りたところに返して、緑のトカゲさんは送還され、ようやっと帰る準備完了。
と思ったら、白狼ちゃんがアンナさんの家のほうに走り出してしまった。
当然追いかけるあたしとサクシュカさん。
ちょうど、アンナさんの遺体が板に載せられて、運び出されるところだったので、見事に鉢合わせ。
びっくり顔でその様子を見つめていた白狼ちゃんだったけれど、ぼろり、と大粒の涙をこぼしたかと思ったら、遺体に縋り付いて、わあわあと泣き出した。
声は出せるのね、そして、どうやらこの声、男の子のようだ。服装が大人の服を詰めて着ていたから、判んなかったのよね。
結局子供が泣き疲れるまで、皆でそのまま待っていた。引き離すのも、忍びなくて。
アンナさん、とっても彼をかわいがっていたんだろうな……そう、大事な御守りを分けるほどに。
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