第34話 獣人たちの苦難。

 結局、城塞の門が見える辺りに戻った頃にはおやつ時を遥かに過ぎていた。

 まあ起きるのが遅かったし、村からは歩いてきたからね、しょうがないね。


 そろそろ村を出ないと日が暮れるまでに帰れるかどうか、という時間くらいになってようやっと泣き止んだ子供は、まだ時々鼻をすんすん言わせながら、サクシュカさんに抱っこされている。

 その隣にシルマック君を肩に載せたあたし、後ろにカルセスト王子。


 龍の姿で飛ぼうか?とも言われたのだけど、サクシュカさんもカルセスト王子も鱗が滑りそうなタイプだったので遠慮しました。

 馬にも乗ったことないのに、装具もなんもない素の龍に乗るとか正直きっつかったのでもう結構ですハイ。

 ハイウィンさんの場合、もふもふ羽毛に埋まってれば滑りもしないし暖かいから楽なんだけど。


《グリフィンの方は風魔法で抵抗の軽減もしておられましたから、そりゃあ乗り心地違いますよね……》

 流石気配りのできる女族長様は違いますな。


《といいますか、龍の方々は行軍ということもあってか、皆さま見事に速度最優先ですので……あれは正直荒行扱いでいいんじゃないでしょうか》

 人を乗せる事自体を元々考慮してないんですね、そりゃそうだ。

 召喚術、もっと覚えて乗れるサイズの、できればハイウィンさんを呼べるように頑張らねばならんな?

 だって、この分だと龍たちとの移動、これからもありそうだしさ。

 乗馬とかどうなんですかね。


《乗馬……そもそもこの世界にはカーラの知識にあるような馬はいませんね。天馬と一角獣と、魔獣扱いですけどヒッポグリフがいるくらいです》

 はい?馬がいないのにヒッポグリフがいるってなんか変じゃないですかね?あれグリフィンと馬のハーフよね?


《異世界から召喚されたものの、気性が荒すぎて制御できなかったと聞いていますわ。今は野生化して、多分天馬あたりと交雑して生き延びているんじゃないかと言われていますが、まあ希少種ですね》

 天馬のほうも結構な希少種だそうで、確か城塞にもいないはず。どうやら、馬に乗る、という体験はできそうにないらしい。

 一角獣はというと、城塞にもいるけど、この世界の一角獣は、大人の個体でもせいぜいガゼル位の大きさなので、まあ正直人が乗るには向いておりません。

 おとなしくてかわいいんだけどねえ。



 歩いてくる道中は、シエラ以外とは喋らなかった。サクシュカさんはずっと子供をあやしていたし、カルセスト王子も珍しく全く喋らなかった。この人意外と良く喋るんだけどね、人をおちょくるようなことが大半だけど。

 時折見回す周囲も、荒らされた畑地と荒れた草原しかないし、基本一本道だし。いや分岐は一か所あったけど、もうそこまで来ると城塞が見えるから、間違いようがないし。分岐のもう片方は、空から見た記憶だと、ベッケンスさんの村のはず。

 と思ったところで、そのベッケンスさんが城塞側から、村の人らしき連れ二人くらいと共にこちらに手を振るのが見えた。


「あらベッケンスさん、皆さま、ごきげんよう?」

 サクシュカさんが不思議そうに挨拶する。


「こんにちはー」

 あたしも当たり障りなく挨拶をしておく。カルセスト王子は無言で手を軽くあげただけ。


「こんにちは、龍の皆さま、お嬢ちゃん。ちょっと時間が遅いが、今後の事でちょっと相談があって、うちの村長代理達を連れてきたんだ。で、その子供は?」

 白い獣人の子に目を止めてベッケンスさんが首を傾げる。

 子供の方はベッケンスさんの獣耳に目を丸くして注視している。あれ、家族や自分以外の獣人を見たことない、みたいな反応だなこれ。


《そういえば先ほどの村は人族の方ばかりだったかもしれませんね。人族はとにかく人口が多い種族なので、他種族がいないのは田舎あるあるですけれど》

 成程、人口が多いということは、繁殖力が最大の特徴か?


《純粋な繫殖力というくくりだと、ゴブリンさんには負けますけどね。ただ彼らは寿命が人の半分以下なので、この世界で人より多くなったことはありませんが》

 オークに自己進化してやっと人と同じくらいの寿命になるんだって。この世界のゴブリンさんは大変そうだ。


「この子はアンナさんちの養子さん、かな。アンキセスは被害が大きかったのは知っているでしょう」

 サクシュカさんの回答に、見る間に渋い、というか悔し気な顔になるベッケンスさん。


「アンナの。それを連れてきたってことは、だめだった、のか」

 押し殺したような声でそう訊ねるベッケンスさん。

 サクシュカさんはただ小さく頷いただけだった。


「……ポレ、カニステルク、ケルケ?」

 突然、子供が知らない言葉を喋った。言葉、話せたのか。でもこれはこの世界の皆が使ってる言葉じゃない。

 それどころか異世界召喚御用達の自動翻訳が効かないから、この世界の言葉ですら、ないのでは。


 他の人がきょとんとしているなか、渋面になったのはベッケンスさんだ。


「それは使わなくていい。この国に奴隷は居ない。我々は自由民で、この国のちゃんとした国民だ」

 そのくらい、アンナのもとにいたなら判っているだろうに、と呟くベッケンスさん。なんだ?奴隷?隠語や符丁の類、なの?


《サンファンやライゼルでは亜人種や獣人族は奴隷以下の扱いを受けています。他国が何度是正勧告を行っても増長するばかりでして。恥ずかしい話です。なので彼らは独自の符牒を使って、辛うじて協調体制を作って生き延びているのだ、と》

 憤然とした様子でシエラが教えてくれる。ということはこの子とその家族はそういった国から脱走してきた人たちだったのか。


《恐らくは本当の家族でもなかったのでしょう。家族に見える集団を作って逃亡するほうが、同情を買いやすいと言いますから》

 これは我が家で保護した子がそう言っていたのです、と情報源を付け加えるシエラ。

 そういえばシエラの家は奴らの魔手が伸びる程度には、国境に近いから、そういった人たちに接触する機会が結構あったということね。


《ええ、家がというよりも、私が、敢えて国境に近い、境界神の御力を感じやすい場所を選んで修行していましたから》

 ライゼルからの逃亡者は、年間でいえば結構な数いたけれど、助かったものはほんのわずかだったそうだ。

 サンファンにせよライゼルだったにせよ、こんな遠くまで、よくぞ。まあ隣のアスガイアからかもしれないんだけど。


「まあ今ので判った。この子はサンファンの出だな。ライゼルの符牒にはない癖がある。アスガイアはもう獣人奴隷なんて残っちゃいないから問題外だし」

 なんせ、神罰喰らった当時に、俺たちの先祖が全部連れ出しちまったからな、とベッケンスさんはそこでニヤリと笑った。

 成程、元はそういうお仕事のおうちなのね?まあ、ある程度腕に覚えのある人じゃないと、こんな魔の森に近い、恐らくは国内でも比較的危険な場所に好んで住むことはないのかもしれないね。

 そして、アスガイアにはもう神罰を受けた人族以外は住んでいない、と。


「しずんだふねから、にげてきた」

 ベッケンスさんに目を向け、ぽそりとそういう獣人の子供。


「沈んだ?あー、そういえば結構前になるが、サンファンの商船がよりにもよって真冬にアスガイアかどっかに行こうとして座礁した挙句沈んだって話は外交筋から聞いた覚えがあるな。

 冬の海だってことで、全員死亡って結論になっていたはずだが、生き残りが、いたんだ」

 唐突に口を挟むカルセスト王子。そういえば、彼は情報を集めること自体が仕事、っぽい感じが前からしていたけど、割と幅広い情報をお持ちですね?

 その目がいつもより鋭い。相変わらずの警戒心ですこと。


「じゅうじんいがいは、みんなさむさでしんだの」

 彼らは普通の人族よりちょっとくらい丈夫だという。それで彼らだけはどうにか生き延びたのか。


「じゅうじんも、はんぶんくらい、しんじゃった。ここにくるときに、のこりのみんなも、しんじゃった」

 ぽそりとそう付け加える子供。この年の子供が他にもいたなら、助からない子もきっといたろうな。

 そして、残ったものも、運悪く魔物に殺されてしまって、この子だけ、残った。


「こんな場所で長話もよくないだろ。城塞もすぐそこなんだし、あったかいお茶とおやつでも食ってからにしたら?」


 カルセスト王子は珍しく人をいたわるようなことを言い出して、そのままさっさと先頭切って歩きだした。

 慌ててついていくあたしたち。なんだなんだ?天変地異でもあるんです?


《カーラ、それは酷いですわ。まあ妙ではありますけど》

 言い過ぎかもしれないけど、それにしたって急変が過ぎるわよ?


 ……まさか誰かがこっちを探ってる、なんてことはないわよね?

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