第32話 御守りの行方。

「助けられ、なかったのね」

 サクシュカさんがぽつりと呟く。


「言葉を喋ることはできても、意識があっても、アンナさんは、もう亡くなっておられましたから。なんといえば良いのか……世界が死を判定しちゃうと、どうしようもない、という感じ、なんですけれど」

 説明していたら、段々悲しくなってきた。助けられなかったという、後悔ではないけど、悔しさ。


「ああ、うん、判ってる。私も人生丸ごと修行に捧げれば巫女をやれないこともない、くらいの、僅かな才はあるの。この国には決まった信仰はなくて、神殿に籠る巫女は必要ないし、向いてる訳でもなかったから、その道は選ばなかったけど。

 だから、コレはただの自分の無力に対する愚痴なの。ごめんね」


 アンナさんの家族は多分全員あの瘴気の魔物に喰われたのではないか、とサクシュカさんは言う。


「でもそういえば御守りって、あれだけ食われた人の意識を留める力があるのに守り切れずに食われるとか、なんだか変な気がするんですけど」

 御守りの作り方とか知らないけど、違和感がぬぐえない。


「私が気休め程度にって作ったものだからじゃないかしら……ってあれ?半分しかない」

 アンナさんは御守りを首から下げていたようで、胸元を覗き込んだサクシュカさんが首を傾げる。


 胸元から取り出し、組ませた手に持たせるように置いたそれは、そういえばサクシュカさんの龍の姿の鱗を半分に割ったような形をしている。

 実はこの御守り、この世界に拾われてすぐの頃に、一度ちらっと見たことはあるのだけど、その時にはそれどころじゃなくて、今まですっかり忘れていた。


「鱗?」

「そうよ、私の鱗をたてがみで吊るすようにしてあるの。龍の鱗ってだけで弱い魔物なら逃げ出すからね」

 まんま鱗でした。というか、これ剥がれたんじゃなくて自分で毟った鱗のように感じるのだけど、気のせいかしら。


《有り得ますね。毟ったものの方が魔力が強いから、効果は高いはずです。でも自分で毟るのは途轍もなく痛い上に治りが遅いって聞きますわ》

 そうなのか……治りが遅くなるのも、多分魔力的な何かが原因なのかな。


「残りの半分は家族の誰かに渡したのかもしれません。今思い出したけど、あたしがこの世界に来てすぐの頃に一度見たんです、この御守り。確かその時にはもうこの形でした」

 そう教えると、サクシュカさんはん-、と、目を閉じて唸りだした。


「ほんとだ、地下にわずかだけど反応がある。この村で地下って食糧庫かなあ」

 なるほど、ある程度ならGPSのようにも使えるのか。便利だな魔力のあるもの。


 台所から繋がる地下階段があったので、下っていく。さほど深くもないところに、人がギリギリ立って入れる程度の地下室。

 高さこそ低いけれど、内部は意外と広い。

 これ、避難にも使える作りになってるような気がする。というか、壁と床の一部が、まだ工事途中の様子だ。


「避難所に使えるように拡張工事をし始めたところ、でしょうか」

「かもしれない。元々、ここ一年くらいはスタンピードが発生していなくて、そろそろなんじゃないかって言われてはいたのよ。

 まさか、はるか遠方のを押し付けられるとは思ってなかったけど」

 海だけならこの村には問題なんてなかったのに、と、サクシュカさんはため息をつく。


 工事中の場所を避けて、いくらかの食料が置かれている、その、隙間。

 そういや昼間にケットシーが隠れていたのもこんな感じの場所だったな、とふと思い出す。

 ぴい!

 肩で丸まっていたシルマック君があたしの思考に反応したのか、ぴょこんと身体を伸ばして、膨らまないまま、リスのようにあたしから駆け降りて、隙間に飛び込んでいく。


「あっこら、脅かしちゃだめよ」

 多分そこに誰かいるのだろうけど、急に小動物が飛び込むのは危ないんではないでしょうか、お互いに!


 ぴい?ぴぴぴ!


 聞き覚えのない声でシルマック君が鳴く。こっちにはよ来いと。

 ああ、そういえばうっかり鼻が慣れてしまっていたけど、ここにも血の匂いがする。


 隙間をぐい、と広げて覗き込む。


「……〈治癒〉」

 光の魔法陣を手早く描いて当てる。大丈夫、この子は助かる。助けられる。助けてみせる!


 隙間に潜りこんだ状態のまま、出血で息も絶え絶えになっていたのは、白い髪の子供。頭には、獣の耳、そして首に下がる、鱗の半分。

 手足に見える黒いシミは、あたしの魔法がかき消していく。上位レベルの魔力を詰めたのは正解だった。

 でもそうか、人間も黒いシミ、付くんだ。気を付けないといけないわね。


《むしろ人間のほうが堕ちやすいという統計もありますわ》

 なんとまあ。ああでも苦痛に慣れてないとか、そもそも人間の方が身体的に脆弱とか、要因は思いつけるわね。


「獣人の子供……?そもそもアンナさんの家に今お子さんは居なかったと思うんだけど、種族も人族のはずだし」

 あたしの後ろから隙間を覗き込んだサクシュカさんが首を傾げる。


 アンナさんの家族は、亡くなった旦那さんと自分の、それぞれの御両親との五人暮らしだったそうだ。子供がいないのかと思ったら、もう成人してお嫁にいったり、ひとりいた男の子は王都で働いてるんですって。ご両親同士が元々仲が良いおうちだったんで、早くから双方の御両親と一緒に住んでたんだそうだ。


 獣人の子供は治癒で命は取り留めたけれど、だいぶんと弱っているので、あたしが着ていたコートで包んで、地下から連れ出すことにした。


 村の広場あたりまで来たところで、村の人らしきお婆さんに遭遇した。結構深夜の良い時間だけど、まだ起きている人がいたのには驚いた。

 あたし?眠気が飛んだ状態ですね……


「龍の御方、その子供は」

「何とか生かせたけど、まだ目は覚ましそうにないわ。名前とか知っていて?」

 お婆さんの口調になんだか嫌な棘を感じたのか、サクシュカさんの言葉が固い。

「知りませぬ。獣人の子など、この村に入れることなどなかったのに」


 あれ、この国でもこんなこと言う人がいるのか。いや、でもなんか変だなこの婆さん。


「〈灯〉」

 ぽやんとした魔法の灯を投げる。ぎゃ、と人の声と違う叫びをあげる婆さん。

 声を聞いて数人の村人が飛び出してくる、その目の前で婆さんが姿を崩し、黒っぽい何かに変わろうとしている。


「うわシェイプシフターか、めんどくさいのが出たな……」

 サクシュカさんがいつもの調子に戻ってそんなことを言い出す。


 そして今度は近くにいた村人の姿になりはじめるシェイプシフター。化けられた人がひええ?!と、情けない悲鳴を上げる。


「〈らいとれーざー〉」

 できるだけ小声で、出力をできるだけ絞ったライトレーザーを頭上から降らせる。まあこのサイズならそれでも一撃ですよね……

 上半身だけ化け終わったシェイプシフターはさっくりダメージ貫通して消滅しました。


「容赦ないわねえ。私の仕事ー」

「サクシュカさん子供抱えてるし、そもそも初対面の時に攻撃魔法使えるけど、出力絞るのは苦手って言ってたじゃないですか」

 確か最初に会った時に聞いた話だけど、あたしちゃんと覚えてますよー?



「その子は元々の村の子じゃないんだ。どこかから逃げてきたらしい獣人一家の生き残りでねえ」

 化けられかけていたおじさんによれば、四人ほどの獣人一家がどこかからやってきたものの、この村の近くで単発の魔物に襲われて、この子以外生き残らなかったんだそうだ。

 で、生き残ったこの子だけ、子供が手を離れてあまり忙しくなくなったアンナさん一家が預かって育ててたんですって。


 理由は不明ながら、言葉を話さない子だそうで、名前やどこから来たのかは、判らないままなのだそうだ。

 今回のスタンピードでこの村では結構な被害が出たので、恐らくこの子を養育する余裕のある家はもうないだろう、というので、サクシュカさんが一旦預かることになった。


 シェイプシフターは悪意マシマシで喋ってたけど、村の人は皆いい人だったよ。アンナさん一家が亡くなったことを悼んでいたし、本気でこの獣人の子供のことも心配していたし。


 というか、魔物でも言葉を使う奴がいるんだ。前に聞いた話とちょっと違うな……?


《シェイプシフターは厳密には魔物ではないと言われていますね。亡霊系なんじゃないかという説が有力です》

 でも喋るといっても、やってることはただのモノマネなんだよね、歪んだ鏡がものを醜く映すように、悪意が割り増しされているけど。

 あたし、あいつには意思らしいものは感じなかったし。


 ああ、それにしても眠い。今度こそ一段落だとありがたいんですけど。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る