第29話 毛皮とお弔いと兎たち。
死んだ生き物たちは、原則、生き残った仲間の意見に沿って葬るのだそうだ。生き残った子たちに、イードさんが色々訊ねては、この子は火葬、この子は土葬、この子は種族の土地に葬るから布でくるんで引き渡し、などと行先を振り分けている。
あたしも普通の動物系の子達への質問を手伝ったけど、基本彼らは死んだものはそれきりだから、好きにしたら?という感じだった。この世界の野生はドライだ……。
幻獣のなかにも、死んでもう魂もないのだし、弔う習慣もないから、心情的に食うのは無理でも、素材として有効に使え、などと言い出す種族の方もいたりする。ちなみにまんまこう言ったのはアルミラージの、ミモザのおばあちゃんだ。角が魔法薬の素材なんだって。
そして。
【弔いの習慣自体はあるのだがね、せっかくじゃから娘御の防寒着でも仕立てるがよかろうよ】
イナメさんはそう言って、おもむろに妹さんの毛皮を剥ぎ取ろうとしましたよ。いやまって?弔う習慣があるならきちっと弔ったほうがいいのでは?
「……そなた、姉妹とそこまで確執があったのかね?」
「いや流石に実の姉妹を身ぐるみ剝ぐのは如何なものか」
イードさんとマグナスレイン様が並んでドン引きしてるから、恐らく本来なら絶対やらないことなのでは?って身ぐるみ剥ぐって意味違いませんかね?マグナスレイン様、見た目以上に動揺してない?!
【昔から、我らの気に入った者に、氏族のものの毛皮を与えることは稀にあるのじゃよ。この百年ほどは氏族の誰にも、気に入る相手自体が出なんだがのう。
まあ年寄りでもない死にたてを剥ぐのは初かも知れぬが、手足はともかく、胴には傷がない故、仕立てやすかろう?】
いやいやいやいや。それでもいきなり身内を剥がそうってのはどうなの?!
【それに、舞狐で唯一の水の家系が絶える処を救われた大恩、こやつの毛皮程度では到底返しきれぬのじゃが?】
なんでも、舞狐という種族はあたしの最初の印象通りに、大半は火属性持ちで、水属性を持っているのはイナメさんたちだけ、そしてイナメさんにも妹さんにも他の兄弟や、ましてや子供は居ないので、生き残ったイナメさん以外に水の家系の狐はもういないのだとか。
属性が偏らずに火を持っていない配偶者を探さないといけないらしいけど、今の所見当たらない、のだそうだ。
まあ長生きだからそこはのんびり待てばいい、とは言っていたけれど。
幻獣といえど、生きていくためには水は必須だ。その水に関り深い家系を喪ってしまった場合、種族の存続も危うくなるのだ、と力説され、押し切られました。
で、なんでも舞狐の毛皮は種族固有の魔法で処理をしないといけないとかで、イナメさんが自ら剥ぐしかないんだって。
流石にその場、目の前でやるのはやめて頂きたい、とイードさんとあたしの意見が一致したので、ちょっと物陰で作業して頂きました……。
残った身体の部分は火葬組だそうです。自分とほぼ同じサイズのものを持って帰るのは無理じゃ、とイナメさんが速攻で諦めてました。
山猫さんや狼たちが、素材枠に入れられた獣の肉を貰って食べている。
これも食べられるなら食べていいよ、と言われた種族のものをお出ししている。但し、黒いシミがある個体は絶対食べてはいけないらしくて、フェンリルさんとガトランドさんがじっくり検分して仕分けてから希望する子に配っていた。
なので実際に彼らの腹に収まったのは、食べて良いよ枠の半分くらいみたいだ。
ちなみに黒いシミが付いてると、口に入れるものは勿論、薬としても使えない。毛皮や道具の素材なら黒い所を除ければ大丈夫とは言っていたけど。
フェンリルさんも、派手に戦ったせいで結構おなかが空いていたそうで、それなりに食べていた様子。
【いやはや、唐獅子やらアルミラージの肉などというものを食べる機会が来るとは思わなんだ……】
流石に、意思疎通できる種族の肉を食べる機会は、普通はないそうだ。普通の獣のほうの狼さんはどうだろうと思ったけど、俺ら普通の獣なのに幻獣に勝てるわけないでしょ、という空気が返ってきました。デスヨネー。
アルミラージの場合、角以外は素材としては使わない、というかお肉は狼さん的には普通の兎肉だそうです。そっかー、まあ角があってでっかいけど、それ以外はなんていうか、普通に兎だもんなあ……ミモザなんてまだ小さいから、角を隠したら完全に普通の兎ですもんね。
生きてる時の毛皮の手触りはいいんだけど、死ぬと魔力が抜けて皮ごとぼそぼそになっちゃうから、毛皮もしくはなめし革にはできないんですって。
唐獅子というのは、くるくると巻いた鬣をもつライオンさん。鬣と尾の先の見事な巻き毛以外の見た目はごく普通にライオンさんだ。念話を操り人と意思疎通ができて、ちょっと魔法を使えるけどね。なお巻き毛部分が魔法素材。
おなかは満ちるけど、それでもやっぱり、自分らより強いものを自力で狩りもせず食うのは気が引ける。こんな食事はもうごめんだね。
狼たちがそんな風に考えているのが漏れてくる。そうね、こんな大惨事は、もうこりごりね。
というかこの〈動物意思疎通〉ってスキル、パッシブなのか……そういえば、名前を付ける前のシルマック君の考えてることもなんとなく程度には判ってたわね。明確に言語にはなってなかったけど。
《この世界のスキルはだいたいそうですよ。切り替えなんて気の利いた機能はないと思った方が良いですね。まあスキルを持ってる人自体がレアもレアですけれど》
シエラはそういうけれど、つまりそれって切り替えのあるスキルもないわけじゃないってことよね?
《常時発動だと死んじゃうのがあるって聞いたことがあるだけですね。昔の召喚者さんが持ってたレアスキルだそうですけど》
……ナニソレコワイ。
土葬を選択した生き物たちは、城塞から少し離れた場所にある、大きな慰霊碑の立っている、幻獣専用の墓所に埋葬されました。火葬を選んだものは、その墓所の前で、まさかの龍のブレスで種族ごとに焼かれて灰だけになりました。
属性のついたブレス吐ける人は少ないそうだけど、火が一番多いとか。体色か髪の色に赤系色が入ってる人はだいたい火属性持ちなんですって。ファガットルースさんとかそれっぽいな、今回はヨッパ組で来てないけど。
灰はだいたいが仲間が持ち帰るそうな。成程、イナメさんも諦めていたように、そのまま持って帰れないからせめて灰だけでも、なのか。
そうやって、全ての後始末が終わった頃には、既に日が傾き始めていた。昼?朝が遅かったんで水分だけで済ませた感じ。
自分の部屋に戻って、まずは汚れ切っていた衣服を脱いで早めのお風呂に入って着替える。流石に泥と血で汚れた上に水を被った衣装でそのまま過ごすのはなしだ。
しかし、着てた服、夜会服の次に着替えた軽装とはいえ、王城で借りた割といいやつだったんだけど、これは流石にもう洗濯も厳しいかしら、と思ったらなんだかぼろっと乾いた汚れが剝がれた。
《あらまあ、普段着と見せかけて蜘蛛絹ですわねこれ?洗えば普通に元通りになると思います……》
シエラが教えてくれたけど、素材の蜘蛛絹というのが、水は吸うけど汚れは吸わないんだそうだ。超高級品らしいよ……流石お下がりとはいえ王族の衣装……
まだ眠気は来ないし、そもそも晩御飯までに寝ちゃうとまずいし、それに、なんとなく寂しくなったのでミモザとジャッキーを召喚する。
(おうマスター、随分とお疲れしてるな?)
ぽわん、と治癒の魔法陣を描きながらジャッキーが首を傾げる。暖かい光があたしに触れる。怪我をしているわけではなくても、ちょっとした疲労回復くらいの効果はあるみたい。
正直に申し上げますと、二匹を抱えてもふっと感触を楽しむほうが癒される、気がする。うん、流石にこれは気がするだけ。
(結構大変だったんだ?ミモザのばあちゃんとか大丈夫だったのか?)
ええ、ミモザのおばあちゃんは助けたわよ。
(おにーちゃんたち、ぜったいむちゃした……いっぱいいない……)
襲撃の最初の方を知っているミモザがしょんぼりしている。そうね、残念ながら、その通りだったようよ。そっと背中を撫でてやる。
ミモザのおばあちゃん曰く、この世界のアルミラージはそういう種族なんだそうだけど。
兎のようにもりもり増えて群れをつくり、その群れで襲い来る魔物に突貫してごっそり減って、また兎らしくもりもり増える、その繰り返しだと。
無茶して沢山死んじゃったけど、今回、龍たちが到着するまでに魔物を倒した数も、彼らがフェンリルさんに迫る勢いだったらしい。
群れが半分残ったし、女衆が皆元気だから、数が元に戻るまで二年もかからん、上出来だ、とはミモザのおばあちゃんの言葉だ。
アルミラージが大人になるにはまる一年くらいだそうだけど、来年にはミモザの弟や妹がいっぱいできるんだろうなあ。
いや、来年にはミモザも大人になるから、ミモザの子供なんてこともあり得るのね?
(ん-ん、いちおうふゆにおとなにはなるけど、こどもうめるのはまださきー、さんねんはことばやまほうをならっていきぬきなさいって)
おおっと、本人から訂正が。成程、そういえばミモザが使えるのはまだ簡単な念話だけだものね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます