第28話 一段落の朝ごはん。

 ああ、日の当たるおんもが、ぬくいですわ。


 台所側の倉庫はさっきの燻製乾物置き場で最後だったので、皆で中庭のほうに出てきました。

 いやー、地下ってホントに温度低いのねえ。お日様があったかい、小さな幸せ。

 ……うーん、思ったよりメンタルにダメージ入ってますかねえ、これは。

 まあここまでの旅程と作業を考えれば、いくらあたしのメンタルが強靭なこと鋼のごとくったって、限度はあるよね。


《普通のお嬢さんなら、それこそ普通にパニック起こすとか悲鳴上げるとかするところなんですけどね……ほんとに動じませんよね、貴方》

 シエラがそんな事を言い出したけど、ほんとに今更ね?

 悲鳴を上げてもパニックを起こしても、事態は悪くなることはあっても、良くはならないものなのよ?

 そんな無駄なことに使う体力はありません!



 中庭に出たところで、シルマック君はまた小さな丸い毛玉のような格好になって、あたしの肩に乗りなおした。

 丸まっているときと広がっている時で、あからさまに面積も体積も違う気がするけど、まあ幻獣だから多分なんでもありなんだろうな。

 なんだかんだで、重さは殆ど変わってないし。

 ケットシーさんはしずしずとあたしの後ろをついてきている。


「おう、そっちにもいたか、ってケットシー?なんでこんな時に」

 一見子羊のような生き物と、片羽をだらりと下げた大きな鵞鳥らしき鳥を両脇に抱え、更に頭の上に白い子猫を載せたガトランドさんも、丁度地下から上がってきたところのようだ。


「これはこれは庭師殿、お久しゅうございますな。ちとこちらの主殿に、我が王から用を申し仕りました故、急ぎ罷り越しました処が、魔の物に襲われ申しまして、不覚にも深手を負いましたものの、偶然出会いました野衾殿に匿われておりました処を、先ほどこちらがお嬢様に助けて頂いたところに御座いまして」

 ねえケットシーさんや、さっきより更に言葉遣いが時代がかって、おかしなことになってませんか?


「またそういう古臭い言葉遣いでヒトを煙に巻こうとして!」

 ガトランドさんが嫌そうな顔でそんな風に言うところを見ると、どうやら彼には特にくどい言葉遣いをしてからかっているらしい。

 ……まあその程度には顔なじみなんでしょうね。


「はっはっは。貴人の元にお仕えするなら、教養ある言葉遣いに慣れるのも大事でございますぞ!」

 悪びれもせずそんな返事をするケットシー氏。こやつ、確信的愉快犯か。


「程々にしときなさいね。えーと、鳥のひとに〈治癒〉」

 軽くケットシー氏を窘めておいて、鳥さんの、骨が折れてだらりと下がった翼に魔法陣がぺったり張り付くほうの治癒をかける。上位治癒にしとけば、整復は自動で魔力がなんとかしてくれます。便利べんり。


《また妙な手の抜き方を覚えたというか、他の人に真似できないような事を……》

 シエラが呆れてるけど、せっかく馬鹿みたいな魔力量があるんだし、活用しない手はないでしょう?


 子羊っぽいものはユニコーンの子供で負傷は特になし、鳥のほうはハンサさんという名前?種族?で、翼が片方折れて動けなくなっていたそう、子猫はというと、これはなんと、ごく普通の猫の子供だそうだ。

 ガトランドさんと一緒に倉庫を回っていた龍の人が、母猫と子猫のきょうだい三匹を抱えている。


「普通の猫もいるんですねえ」

 母猫は末端だけ薄茶の模様のあるほぼ白猫、みゃーみゃーいってる子猫たちは白猫と白黒ぶちとサバトラとサバ三毛だ。可愛いなあ。


「こんなに幻獣がいても鼠は出るんでなあ。猫は必須だよ必須!厩舎と保存食保管庫がある城塞では備品として認められてる!」

 どうやらガトランドさんが、ではなく、城塞の備品枠として予算計上して城塞所属として飼ってる猫さんらしい。

 流石に幻獣の皆さんに鼠退治はさせられませんか。


【たまにつまみ食いくらいはするがのう、我らが腹いっぱい喰らうほどは居らん故なあ】

 あたしたちの姿を見て寄ってきたイナメさんがそんな事を言いつつ舌なめずり。ああ、確かに狐は鼠捕まえますよね……


「流石に舞狐さんたちが満腹になるほど鼠が、なんて、そんなにいたら災害扱いじゃないかな?」

 カルホウンさんが苦笑している。


【そうであろう?時にそなたら、朝飯はまだではないのかえ?もう大概な時間になってきおったぞよ】

 イナメさんが心配そうな声音でこちらに訊ねてくる。

 言われてみれば、お風呂入って寝ようかな、というタイミングで呼び出されてそのままこっちに来たから、寝てないし食べてないな?

 まだ眠くはないのだけど、なんでだろうね。おなかの方は自覚したら空いてきたわね。ははは、我が胃袋の正直ものめ。


《まだ一種の興奮状態なのかもしれませんね、気が抜けた時がちょっと怖いですが、まあ今の貴方は魔力で生命力を底上げしている状態なので、もう半日くらいは普通に動ける感じですわね》

 魔力がなんでもできすぎませんかねえ。まあいいか、今はそのほうが有難い。



 城塞内を探索している間に、死んだ生き物たちの安置と整理と記録は済んだということで、あたしたちは先に食事をとらせてもらうことになった。

 二交代で食事する、先のグループに入れてもらったというだけですけどね。


「しかし嬢ちゃんは肝も据わってんなあ。普通の人なら野郎でも食欲がないとか言い出す惨状だぜ、これ」

 たまたま先に食べるグループになったらしいカルセスト王子が、齧りかけのパンを片手に、そんな風に茶化してくる。


「人間おなかがすくと碌なこと考えなくなりますから。食は心身の健康の基本ですよ」

 食べたいのに食べられないとか、以前のあたしはしょっちゅうあったし、そもそも食べられるもの、食べて良いもの自体も少なかったんだ。

 今の、食事として出されたものを大体なんでも食べて大丈夫な状態で、わざわざ食べないなんて選択肢はない。まあ流石に、龍の皆さん程は食べられませんけどね。腹八分目、だいじ。


 保存食系の、硬めに焼いた色の濃いパンと、野菜と燻製肉のスープという、割合簡素な食事は、龍の軍人さんがたの定番メニューだそうだ。

 ……これしか作れない人が多いという意味で。ちなみに次点は焼肉、らしい。焼肉のほうが一見楽そうだけど、骨付き肉の事が多いせいか、焦がすと生焼けが避けて通れない壁だもんで、という話だった。この世界、寄生虫はいないそうだけど、雑菌はいるからね、生焼けはダメ絶対。

 まあこのスープ、栄養価は充分だし、普通に美味しいからいいんじゃないですかね。毎食これだと飽きる、って可能性は否定しないけど。

 そもそもあたし自身が、料理に関しては、今の所目玉焼きと今出されたこれに近いスープしか作れないので、人のことが言えません。

 料理習うようになったの、ぶっちゃけここに来てからだしね……


 正直に言えば、ステーキどーんとかハンバーグどーんとかじゃなくてよかったな、とは思っているけどね。

 流石にあまりに肉肉しいものが来ると、ちょっと怪しかったかもしれない。

 いや、いくらなんでも朝ごはんにそこまで重いものは龍の人でも食べないか。

 なおハンバーグは大昔の異世界召喚者複数名がこの世界に何度かに渡って伝えたそうで、今はほぼ世界的にご家庭の定番レシピだそうですよ。

 ミンチを作る器械を開発した人がいたのが普及の決め手だった模様。


 ハードなパンを崩してスープに入れてふやかして、お行儀が悪いけれど、パン粥みたいにしてしまって、手早く食べる。後がつかえてるからね。

 龍の人たちは適当に齧ってたりするけど、流石にちょっとあたしには顎がしんどかったのです。

 あー、燻製肉のお出汁が美味しい。軽く煮込まれた野菜も甘い。作ってる所見かけたけど、乾燥野菜なのよねこれ。

 もともと、城塞の食事は保存食系が多いのよ。新鮮な野菜やお肉が出るのは、近くの村の人から食材を買い付けた当日と翌日くらいね。

 城塞の食料の備蓄は基本的にイードさんが食べる分と、こういう行軍の時に龍の人たちが食べる用。

 この城塞は最前線で、近隣の村の人がこっちに避難してくることはまずないからね。


 そういえば幻獣の皆のごはんはどうしてるんだろう。基本自給自足とか言ってたけど、これだけ大規模に荒れたあとだと、そうはいかない子もいるんじゃないかしら?

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