第27話 猫の妖精と鼠系妖怪?

 イードさんは完全に二日酔いの症状で、結局その場にへたり込んでしまったので、あたしと庭師さんたちで城塞内を探索することになった。

 鱗無しで普通の人並みの体力、かつお酒にもあまり強くないのに、結構な度数の蒸留酒を飲み物に混ぜる悪戯をした酔っ払い兄さんがいたんだそうだ。まあ鱗の有無と酒量には特に相関性はなくて、純粋に体質と丈夫さの話だそうだけど。

 流石に後で処罰せねばならん、とは、全体指揮に戻る間際の、マグナスレイン様のぼやき。


「いやほんとにクルガランの奴、何やってくれちゃってんだか」

 これまたそうぼやきながら、マグナスレイン様の代わりにあたしの護衛を買って出てくれたのは、イードさんのお兄さんのひとりで、カルホウンさん。

 龍の姿は空色の身体に金のたてがみの紋章学系ドラゴンさんで、今の姿は癖の強いというか、ほぼ巻き毛の金髪に、襟足から下がストレートの空色という二段構えの髪型の、龍の王族さんたちの中では小柄な人だ。


 酒混入の主犯のクルガランさんは、カルホウンさんの同腹で、彼の空色部分が紫色の、派手なドラゴンさんだそうだ。人の姿も似てるけど、金髪部分もストレートだって。そういえば、そんな人いたな、くらいには見た記憶があるわねえ。今回は人に呑ませたうえに自分も潰れたとかで、居残り組、こちらには来ていない。


 城塞は居住区域と倉庫区域にだいたい分かれている。で、居住区域は探索組全員であたしの私室にさせてもらってる部屋以外全部ざっと見た感じ何もいなかった。あたしの部屋は自分で見たけど、どこにもなにも居ませんでした。普段だと兎がいたりしますけど、今日はうちの兎たちは王城にいるからね。

 庭師さんたちが中庭に面した倉庫のほうから見に行っているので、あたしたちは台所に繋がる倉庫から順番に見ていくことにした。


 地下もあるんですよ、ワインセラーっぽいところとか、燻製肉とかぶら下がってる保管庫とか。

 中庭側にも地下室があって、そちらは普段使わない道具置き場と、牢獄だ。といっても牢獄は長い間使われていないそうだけど。

 迷いの魔の森に近づく人間なんて、盗賊ですらおらんしな、と以前イードさんが言っていたわね。


 ワインセラーには何もいませんでした。保存食の保管庫も気配なし。

 もう一か所、保存用の肉魚の倉庫の地下部分へ。


 あ、血の匂いがする。

 カルホウンさんも気付いたようで、鼻をひくつかせて渋い顔。


「〈灯〉」

 簡単な明かりの魔法を唱える。あたし、光属性の魔法なら蘇生以外はだいたい使えるらしいので、時間をみてはちょっとずつ魔法陣を覚えているのよ。〈灯〉は光属性の一番基本になる、小さな魔法陣魔法で、手のひらに乗るくらいの小さな光球を空中に出現させるものだ。


 ぴ!


 びっくりしたような、生き物の声。

 声の聞こえた方を見ると、大きな目が目につく、かなりちいさな丸い生き物。鳥?にしてはくちばしが見えないような。

 はて、こんな子いたかしら?


「ん?見たことない奴だな。何かの幼体かな?」

 観察していたら、カルホウンさんが無造作に手を伸ばす。


 それはやめたほうが、と思った時には遅かった。

 毛玉はぶわっと数倍以上の大きさにべろりと広がって、カルホウンさんの上半身に張り付いてしまった。

「むが……?」

 カルホウンさんが暴れるかと思ったら、なんだかこの人、張り付いた毛玉の感触を余裕で楽しんでないかい?手が剥がすほうじゃなくて撫でるほうに動いてる。


「あー……野衾くんかこれ?」

 幻獣だか妖怪だか良く判らないけど、空飛ぶ座布団系だよねこの子。


 ぴー。


 また小さな声がして、ぺろんと剥がれる元毛玉の、座布団サイズの四角い生き物。座布団の四隅に手足があって、上辺の真ん中に小さな頭、下辺の真ん中に、可愛いしっぽ、といった感じのふさふさした動物だ。

 なおも撫でようとするカルホウンさんの手を避けると、あたしの肩にてろん、と乗っかったので、ちょっと撫でてみる。成程、手触りいいわねこの子。


 ぴいぴい鳴きながらあたしを押すしぐさの、推定野衾君。

 彼?が居た場所を覗き込んだら、奥の方に血の匂いの原因が。


「〈治癒〉」

 取り合えず治癒をかけて、っと。

 カッチカチの干し魚の入った叺と、燻製肉をしまってあるはずの木箱の間に潜りこんで蹲っていたのは、これもあまり大きくない、でもジャッキーよりはだいぶんと大きな幻獣。


 いや、幻獣かこれ?

 三角の耳、金色と緑の混ざった綺麗な眼の瞳孔は縦長からちょっと丸くなった感じ、黒くしなやかそうな身体、長い尻尾が一本。顔つきも何もかも、なんだかとっても見たことがありますね。


 ……どう見ても、黒猫だな?あたしが知ってる猫より、ちょっと大きい気もするけれど。


 まあ数秒見つめあっていたら、突然二本足ですっくりと立ち上がったわけだけども。

 あ、立ち上がったら、真っ黒じゃないわね。胸の所に、ふっさりと白い毛が。


「あーうーおほん、お嬢様、小生のような者にも治癒を頂きまして、誠に恐悦至極。小生如何せん戦う力がございませんもので、うっかり負傷したところを、こちらの野衾様に匿っていただきまして」


 わあめっちゃ流暢に喋りおる、この子ケットシーか!

 野衾ってモモンガとかムササビの仲間的な奴?だから、猫は苦手にしてそうなのに、匿ってあげてたのか、偉いなあ。


 ぴい!

 なんだか嬉しそうな声だな。可愛い奴め。


「随分古めかしい言葉遣いだなあ、人語を解する直立一本尻尾の猫というと、ケットシーか」

 カルホウンさんがあたしの後ろから隙間を覗き込む。


「如何にも、小生ケットシー種族の端くれにございまして。当方、我らが種族の王のちっとした使いでこちらの城塞に参ったのですが、いやはや、急な襲撃に出会ってしまうとは我ながら運のない。否、ここで助けて頂いたのでありますから、結果としては不運ではございませんな。

 つきましては小生、できれば癒し手のお嬢様と召喚の契約を結びたく存じますが如何でございましょうか」


 あたしの顔をはっしと見つめてそんなことを言い出すケットシーさん。

 肩に乗っかった野衾さんが手足をぱたぱたさせているのが、気のせいか、ぼくもぼくも、というふうに感じる。


「それはまあ構わないけど……お使いのほうは大丈夫なのかしら?イードさんも一応戻ってはいますけど」

 可愛いのだけど、ちょっと喋る勢いが強いというか、良く喋るなーっていうか。


(了承ですな?さすれば我が名を。我が名はキャスケット・パンジャン・リージェンシー・グレイト。まあ長ったらしくて面倒で御座いましょうから、そうですな、頭を取ってキャスパリーグと呼んでいただければ参上致しますとも)

 なんと申しますかえっと……どこまで本気か判らない名前が伝えられました。本名が長い?いや、短い方で呼べるならこの長い方はただのフォネティックコードもどきでは?目の前のケットシーさんはにこやかにしているばかりで、反応がないのでどっちが正しいのやら。

 というか縮めた方の名前が物騒ですね貴方?


 ぴいぴい。

 一方の野衾君はどうやら名前がないらしい。意思疎通スキルのおかげか、なんとなく言わんとすることが判る。


「そうねえ、野衾君は、シルマック」


 ぴい!

 肯定の声と同時に、繋がるような感覚。名前は受け入れて貰えたようだ。


 あー、シルマック君がくっついてる肩から背中にかけてがあったかい。そういえばあたしさっきずぶ濡れになったんですよねえ。今は生乾きくらいにはなっているけど。

 外にいる時は大してなんとも思ってなかったけど、この地下室、涼しすぎないですかね。地下室だからそういうもんではあるのだろうけど。

 う、自覚したら、ちょっと震えが。


「む、どうした?」

「いけませんな、見るからにどうやら濡れておられましたかお嬢様。ここは涼しすぎましょう、この場に潜んでおったのは小生たちのみで御座いますから、ささ、お外へ」

 不審げな顔になるカルホウンさん、おもむろに世話焼き風味に喋り出すケットシーさん。


 ぴい、とシルマック君もケットシーさんの発言に同意するように鳴くので、言う通り外に出ることにしましたよ。


――――――――――

この世界では野衾さんは幻獣です。妖怪じゃないです。

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