第26話 海軍始末と近隣の被害状況。
城塞の門前に戻ってきたところで、空から誰かが来る気配。
おや?と、すっかり朝の空気に支配された上空を見上げると、見覚えのある大きな青鷺。
「……全て終わったあと、か」
挨拶もなく、地に降り立つや否やそうこぼすイードさん。顔色が良くないのは、まさか二日酔いじゃないでしょうね、足元がふらついてるんですが大丈夫?
【おう、ヌシがようやっと戻ったか。が、落ち着いて話ができる状況でもなさげであるな、しばし座っておれ】
誰よりも早くフェンリルのレイクさんがそう声をかける。イードさん、城塞のヌシ扱いなんだ……。
「サンファンの海軍はどうした」
マグナスレイン様が眉をひそめつつそう聞く。こちらも挨拶はなしだ。
「水蛇と海竜で船をひっくり返してやった。沿岸側にも船側にも死人は今の所出ていないそうだが」
そう答えて溜息をつくイードさん。なんかすごく気分悪そう。それでもまだ、座ろうとはしない。心配顔の青鷺さんに凭れかかってはいるけれど。
「ひっくり返したやつをもっかいひっくり返しなおして、今クラレンス達が制圧してるってよ」
あたしたちに近づいてきて遠話の内容を知らせるのはカルセスト王子。
遠話は同腹の兄弟同士の一部でだけ使える技能で、カルセスト王子とクラレンスさん、マルローさんとマインケルプさん、エンブロイズさんとその兄弟三人、あたりだけ使えるんだって。
ハラルカールさんは以前は使えたけど、使える相手だった兄弟が墜落死してしまったので、今は使えないと言っていた。
「んで、聖女云々だが、どうやら話を聞くに、やっぱ嬢ちゃんじゃないらしいわ。嬢ちゃんが来るより半年も前に召喚を決行して、恐らく失敗したらしい」
まあ、そんな説明したって聞いてくれるような連中じゃなさそうだがな、とカルセスト王子は鼻で笑う。
「失敗?カーラ嬢の折の話もそうだが、いかな異世界から呼びつけるとはいえ、そうそう失敗するようなものであったか?」
マグナスレイン様が首を傾げる。
《異世界からの召喚は複数名の魔力や触媒を消費しますから、そう簡単にぽんぽん実行できるものじゃないですし、失敗するような要素なんて可能な限り排除して、厳密に儀式を行うものだそうですけど……二例連続で失敗なんて歴史的大惨事ではないでしょうか》
「失敗したら洒落にならん損失が出るって言うから、やる場合には万全を期すはずだけどなあ」
【そもそも、仮に失敗したと言える結果になったとしても、何らかの成果は出ていなくてはならんはずじゃがのう。完全に失敗なれば、反動で国内が侵攻なぞ試みることもできぬ状態になっておろうに】
イナメさんも首を傾げている。その姿がなんとも可愛らしいが、発言内容は怖い。
《あー、メリエン様からのお知らせです。召喚は不完全、だそうですわ。召喚が間に合わずに死んじゃった人をそのまま呼び出したので、魂だけどっかに行っちゃったんですって》
うひぃ、そんな事故もあるのか。
《本来なら有り得ないのですけど、何かの事故要因があったんでしょうね。もしくは、仕様の、限界?》
もう、この世界には異世界からの召喚をしてはいけないのかも、しれない。何故だか、そう思った。
「……これだけ事故っても、奴らは続けるのだろうな、異世界からの拉致を」
イードさんが苦々し気にそう呟く。拉致、そうね、召喚といえば聞こえが良く思えても、同意が求められもしない以上、やっていることは、拉致だ。
「とはいえ、サンファンはライゼルが失敗したのは知らないでしょうね。時期的にも後だし、だいたいあの国なら多分、失敗そのものを隠すでしょう?」
現に、今の所彼の国が何かアクションを起こしたという話は、少なくともあたしやイードさんの所には聞こえてきていない。
「そういやそうだな。確かにあの国は自分の失敗を認めようとはしねえ。サンファンは今度の事で多分これアスガイアの二の舞確定っぽいから、今後召喚関連で注意するのはライゼルだけか?」
カルセスト王子があたしの言葉を肯定して、更に情報を追加する。
「二の舞?よもや神罰か」
「クラレンス曰く、しょっぴいた連中を陸揚げできねえと。境界に拒まれる状態としか思えん」
え、じゃあサンファン海軍、永遠に海の上?いや、一応自国に戻れば……?だめかな、陸と海って境界が引かれているイメージ自体があたしの中にすらある。
恐らく、彼らはもう死んでも陸の土を踏むことはできない、そんな確信。
《今の貴方はメリエン様の巫女候補ですからね、修行こそまだですけど、貴方は結構働き者ですし、そのくらいの直感は許されていますわ》
ほほーん?あたしも色々と変わっていくのね。なるほどなるほど。
【境界に阻まれる?はは、神罰覿面ではないか。そういえば、先ほどからそこの境界の結界が幾分強まっておるな】
銀狼のレイクさんもざまあみろ、といった感情を載せた声。
「しかし、裁こうにも陸に上げられんのは困るな?いや、もういっそ、我らには関わりなしとして追い払ってしまえば良いのか……?どうせ今後神罰を受けた国なぞ、衰退するのも明らかだし、まともに賠償など取れそうもないだろう」
マグナスレイン様が考え込む。政治周りの話になるから、口を挟むことはしないでおく。
「衰退って具体的にはどんな感じなんですか」
どうなるかの話自体は聞いたけど、その実態を案外知ってそうなのはイナメさんかなあ。フラマリアが本拠地だから、隣のアスガイアの噂とか知ってそう。
【国民としての自意識のあるものは全て出入りが出来なくなる。当然物流は滞る。魔法の出力が落ちる。土着神も神罰を引き起こした管理責任として縛られ力を半減させられる故、飢饉レベルの不作が起こりやすくなる。当然国民としての意識の薄いものは食えぬから国を去る。益々物流が滞る。この繰り返しだな。アスガイアは人口が往時の半分以下になっておるそうじゃ】
すらすらと答えてくれるイナメさん。予想以上におっかない話だった。そうよね、神罰なんだから、そのくらいはあるわよね。
「それ以前に、奴隷扱いされ続けてきた亜人種や獣人族が挙って逃げ出すだろうから、物流が滞る前に崩壊する可能性もないとは言えないね」
あいつら軒並みヒト族至上主義者だからなあ。とぼやきながら話に混ざりにきたのは、近くの村から通いで来ている方の庭師さん。
実はこの人は獣人族で、頭の上にふさふさした、ちょっと丸みのある耳と、おしりにはこれもふさふさした尻尾がついている。多分、アナグマとかそこらへんの尻尾かなあ。穴掘りが得意だって言ってたし。あ、名前はベッケンスさんね。
「おおベッケンスよ、無事であったか。そなたの村の方は如何した」
マグナスレイン様は彼とも旧知のようで、そんな声をかけている。
「湧いたのが城塞の中庭からってのは驚いたが、幸いガトランドが警鐘を鳴らしてくれたから、うちの村はなんとか人の避難は間に合った。
ただ、家畜と畑を派手にやられちまったから、流石に支援なしではちと、きつい。
それと、どうも隣のアンキセスの村が避難が間に合わなくて、そこそこ被害が出たようだ」
いくら地味が良いからって、あんな離れた何もない場所に村を作るから、とぼやくベッケンスさん。
でもそれは、正直その人たちの選択だからなあ。
いや、子孫の代になってるなら、今住んでる人のせいではないんだろうけど……
そういえば、亜人種の人ってまだ会ったことないけど、どんな種族の方がいるのかしら。
《ドワーフ、コボルト、エルフ、ゴブリン、オークあたりが人口の多い亜人種ですね。あ、この世界のオークさんはゴブリンさんの上位種なので、豚顔じゃありませんよ?》
そっかー、そもそも亜人種であって魔物ではないんだね。
《魔物でヒト型に近いのは、オーガと、あとはデーモンと総称される雑多な集団だけですかねえ》
人食い鬼と悪魔かあ。そんなのもいるんだねえ。魔王とかいないのかしら。
《統括個体と呼ばれる特殊な魔物は稀に現れますが、魔王を名乗ったものは今までいませんね》
勇者が概念だけはあるけど認定されたことはないというから、ひょっとしてとは思ったけど、魔王もいないのね。
そうよね、この世界の魔物って、小賢しい事はするけど、基本的に意思とかあんま感じないもんね……
むしろ、ジャッキーが言ってたけど、意思は奪う方向っぽいよね。理由が判んないけど。
《理屈で理解できる存在ばかりじゃありませんもの、世界って》
それもそうか。今は判ることから順番に、だわね。
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