第24話 不審と不安と神罰と。

「しっかし、聖女っぽい魔法使う嬢ちゃんは実際ここにいるけど、確かサンファン関係ないよね君?」

 カルセスト王子が確認するようにあたしに目を向ける。


「ないですねー。あたしを召喚したのはライゼルでほぼ確定ですし、サンファンなんて国名しか知りませんよ」

 確たる証拠はこの場に出せないけど、なんたって神様のお墨付きだからね。


「随分はっきり言い切るな。ってそういやイードもライゼルって言い切ってたなあ。なんか確証でもあんの?」

 怪訝な顔のカルセスト王子。そういえば彼には言い切った理由は誰も教えてなかったっけ?


「初対面の時に、名前だけ判らなくなったと言ったら、イードさんがそれならライゼルだろうって」

 遭遇当初の話を、素直に答えておく。別にこれに関しては隠してはいないしね。神様絡みの話はまだするつもりはないけれど。


「……あー。確かにライゼルの召喚だけは名を奪う、って、聞いたことあるな。じゃあ、今の名前って誰が付けた?」

 カルセスト王子が珍しくあたしにまだ絡んでくる。


「それは自分で決めました。ハイウィンさんがそのほうがいいというので」


「……嬢ちゃんものすっげえラッキーだったんだな。ハイに拾われたってだけで大した豪運だけど」

 本当にほんとうに珍しく、カルセスト王子がまともにあたしの眼をみてそんな事を言い出した。なんだなんだ天変地異か?


「ハイウィンさんに助けられたのは本当に幸運でしたね、確かに」

 何せ高高度から、迷いの魔の森一直線落下コースだったものね……久し振りに思い出したけど、ほんとぞっとしない。


 マグナスレイン様と狐さんは、あたしたちのやり取りを不思議そうな顔で見ている。多分あたしがだいぶんと嫌そうな顔をしているんじゃなかろうか。苦手なんだよね、この人。例によって目が笑ってないし。いや今は笑顔ですらないけどさ。


「……カルセスト、そなた相変わらずだな。そんな目つきでは女性には嫌われると何度言えば」

 やっと口を開いたと思ったら、マグナスレイン様、何を言い出すんです?


【そこの坊主はおなごを真面目に口説いたことはないのかえ?】

 狐のお姐さんまで何を??いくらなんでもそれはないでしょう?


「いや別に好かれたいわけじゃねーし!?」

 慌てたようにそう言うカルセスト王子。うんまあそうだよねー、知ってる。今慌ててみせてるのも、明らかにわざとだしね。


「それは今はどうでもいいので置いておきましょう。死者は弔うべきでしょうし、サンファンも放っておくわけにはいかないでしょう?」

 いやもう、腹黒王子の好意があろうがなかろうが、全力でどうでもいいですからね?それよりも、やるべきことは、きっと満載だ。


「ああ、そうだな。サンファンに関しては、クラレンスが遠話を使える程度に覚めているなら、他の者も動けはするのだろう?そちらに一旦任せる。

 我らは、まずは城塞及び近隣村落の被害状況の確認と、それに伴う後始末だ」

 マグナスレイン様の指示を受けたカルセスト王子は、敬礼してそのまま踵を返す。もうあたしのことなど完全に思考の外なのだろう。


《というか、カルセスト様、太古はともかく、今やライゼル国しか使わない、記憶と記録の魔法のこと、御存知のはずですよね?何故今頃あんな風に?》

 シエラが不思議そうにそんな感想を漏らす。そういえば、そうよね。


「甥どもが、どうにも不躾で申し訳ない。ここまで強行軍で来て頂いているところ申し訳ないが、もう暫く手伝っては頂けまいか」

 マグナスレイン様が真摯な顔であたしにそう訊ねてくる。


「はなからそのつもりで来てますから、大丈夫です。不躾はまあ……あたしも正直、大概不敬ですし?」

 にっこり笑ってそう答える。そりゃあ、遊びに来たわけじゃないんだから、やれることならなんでもしますよ?


(面白い娘御じゃな。我は舞狐・クシナダイナメと申す天狐。この念話が通じ、召喚術が使えるのなら、呼び出すことを許そうぞ)

 おおう、狐のおねーさんがお名前を!ありがとうー!今度もふらせてください!


(なんじゃ、お主もあの髭面と同じような趣味か。まあ良かろう。今度、もっと毛皮の綺麗な時に、な)

 鷹揚に許可をくれる舞狐さん。ありがたやありがたや。


(ああ、普段はイナメでよいぞ)

 イナメさんですね、判りましたー!


 イナメさんは舞狐という種族の方で、今は三本尾。これが五本を超えるとヒトガタに化身もできるのだそうだ。

 舞狐という種族は、どの国でも異世界召喚をしていたくらいの大昔に、居場所を失いかけた元の異世界から、種族まるごと召喚されて、それ以来この世界に住み付いているのだとか。

 で、ハルマナートではなく、隣のフラマリア国辺りが主な住処なんですって。


 イナメさんと念話でお話しながら、マグナスレイン様に従って、死んでしまった子たちを、ぐちゃぐちゃになった中庭から、それよりましな門のほうに連れて行って、できるだけ姿を整えてやりながら、並べていく。

 成程、イナメさんが突然目の前に現れたと言っていたけど、確かに激戦、もしくは混戦だったらしいのは中庭側で、本来城塞唯一の入り口であるはずの門のほうには、そこまで激しく戦った感じはしない。溢れた魔物が走った痕で、それなりに荒れてはいるのだけど。

 ちなみに魔の森との境界線は、城塞からはちょっとだけ離れた場所を通っている。手前には城塞と繋がった石造りの防壁があるけど、所々壊れている。

 補修がなかなか進まないのは、ここまで来てくれる職人さんがいないせいらしいけれど。


「突然城塞内部に魔種が沸くなど、如何に対処するべきなのか……」

 マグナスレイン様が唸っている。確かに、こんなことがあるようじゃ、おちおち寝てもいられなくなってしまうよねえ。


《境界はおろか聖魔結界を蔑ろにされた、とメリエン様が激怒してらっしゃいますから、今後は早々起こらない気がします》

 微かに神力を感じたな、と思ったら、シエラがそんなことを言い出す。なるほど、今のは連絡か。で、魔の森との境にあるあれは、境界ではなく結界なのね。そりゃ神力を感じもするわ。というか今ちょっと強まってないですかあの結界。


《状況が落ち着くまで一時的に強化しているそうですわ。なお命令者と実行者は既に全ての境界から拒まれ、全ての魔力を没収されたと。まあアスガイアがやらかしたときと同じ処分ですね。あの国の時も発覚即神罰だったそうですし》

 私たちが居て、事態の把握がしやすいせいか、アスガイアの時よりちょっぱやですわね、と、らしからぬ言葉遣いをするシエラ。あなた最近あたしの読んだ本に毒されてない?


《ほほほ。親しみやすさを心がけてみていますのよ》

 しかし、この転移が境界を侵すというなら、召喚術はどうなのかしら。


《この世界の中で、というか、仮にそうでなかったとしても、ですが、『双方同意のうえでの召喚』は歩く代わりに魔力を使用しているだけの、ただの移動ですので、結界ならともかく、境界を蔑ろにするということにはなりません。異世界召喚は一方通行な上に相手の同意がまずありませんから、メリエン様の権能的には論外なのですが、実は、この世界を創った創造主様が、かつて異世界召喚を奨励しておられたので、直接処罰の対象にできないのです》

 うわあ、世界を創った存在の時点ではた迷惑か!

 ただ同意云々はどうだろうな、この世界の側から見たら、あの時の、建物から落っこちたあたしは死ぬだろうって思われてそう。

 実際にはセーフティシステムがあったから、あの落下そのもので死ぬことはなかったはずだけど。

 でもこっちに来ないかみたいなことは一切聞かれていないから、やっぱりアウトね?


《まあ創造主様は、今はライゼル国の西部地域になっている国にあった御座が荒れ、御姿が見えなくなって数百年経つそうですけれど。その間に異世界召喚はすっかり廃れて、今もやらかしているのは例の三か国、いえ、アスガイアではもう行えないそうなので、今は二か国ですね。今回のことでサンファンでも行えなくなりそうですが》

 境界から拒まれる神罰は国全てに及ぶそうで、一定以上国家に帰属意識がある段階で、国境すら越えることができなくなるそうな。

 そして、同意の有無に関わらず、召喚術は一切使用できなくなる。他の魔法は一応使えるけど、出力自体が落ちる。流石神罰。


《異世界召喚を続けている国の特徴に、極度のヒト族至上主義がありますので、多分今回も獣人や亜人種の逃走が増えそうですね。メリサイトの砂漠辺りに救護隊派遣を神託されたそうですわ》


 びっくりするほどろくでもないわね、異世界召喚愛好国。

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