第23話 やらかした国の名は。

ややきつい描写があります。戦闘後ということなので不可抗力。

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 無事境界線の手前までの全ての魔物を殲滅して、城塞に集合することができました。

 ああ、やっと地面に降りられる!


 ……あたしの、しがみつきすぎてこわばる手のしびれなんてどうでもいいくらい、洒落になってない大惨事が展開されていました。ここを守り切ったとはいえ、倒れ伏して動かない獣さんが、あちらこちらに。

 空から二度くらい治癒は飛ばしたけれど、今倒れているのは、その段階でもう間に合っていなかった、多分、そういうことだ。


 いや、僅かに動いている子もいる。強めの治癒をそっと飛ばしてみると、ぴくりと反応して、ややあって恐る恐るといった様子で起き上がる。

 ふるり、と身体を震わせると、あたしのほうに視線を向ける、血に濡れた獣。元の色が殆ど判らないけれど、見た目は大きな狐さんだ。


(……随分と強力な治癒よの。お陰でどうにか堕ちもせず助かったのう、礼を言うぞ)

 頭を下げる狐さん。


「いえ、あなたを助けられて、良かったです」

 それしか、言えない。その隣に倒れた、彼女の同族であろう狐さんは、もう明らかに、助けることができない。千切れ飛びバラバラになった、頸と四肢。あたしは蘇生は使えないから、こうなってしまったら、もう、無理。


 それからも数頭はなんとか助けることができたけれど。間に合わなかった子も、たくさんいた。

 ……上からの雑なマルチターゲットだと、漏れが結構出るのだと学ばされた。とはいえ目視よりはがっつりターゲットしてくれてるから、使わないという選択肢はないのだけど。


 砦に一番沢山いたアルミラージは群れが半減してしまったそうだ。彼ら、意外と攻撃的で、真っ先に突撃していったらしい。

 ミモザのおばあちゃんは、ギリギリで助けることができて、ミモザのことも含めて、たくさんお礼を言われた。

 でも、イードさんたちと張り合えるくらい沢山いた、ミモザのお兄さんたちが何羽も死んでしまったそうだ。



 そして、負傷の苦痛に耐えきれず、反転してしまった生き物がいくらかいる、らしい。


「反転、ですか」

 確認するために、聞き返す。サリム先生も言ってたな。


「うむ。他国には秘しておるが、幻獣クラス、稀に弱った状態の聖獣でもだが、こういった魔の攻勢の折に反転してしまうものがおるのだ」

 マグナスレイン様が険しい表情でそう教えてくれる。

 実のところ、あたしはジャッキーやサリム先生に聞いて、魔の呼ぶ声と、それに応えてしまった結果については知識としては知っているのだけれど。

 そうか、苦痛や負の感情が強まると、呼応しやすくなってしまうのね。


「ってまずいぞ!フェンリルが居ない」

 これも危うく片腕失いかける大怪我をしたものの、どうにか助かった庭師のマッチョ兄さん、名前はガトランドさん、が声を上げる。


 フェンリル?ああ、そういえば、一度だけ見かけた、銀色に見える毛並みの綺麗な、そしてとっても大きな狼さんがいたけど、彼かしら。

 狼も何体か生き残ったり、死んだりしていたけど、言われてみれば銀色の彼はいないわね。


「ガトランドさん、フェンリルってあの銀色の子です?」

「ああ嬢ちゃんか、そうだ、でっけえ銀の毛並みの、たまにちょろっと顔出すだけの気位の高い奴!偶然昨夜からイードさんを待っててか、泊ってたんだが……参戦してくれていたのは確かなんだが、見える範囲に居ない」

 気位の高いって……ああ、そういえば彼はあたしたちに触られたくなさそうだったわね、それでか。


 そういえば、ハイウィンさんはどこに?確か砦に戻っていたはずだけれど。


「ああそうだ、グリフィンのねーさんは、自部族の所に戻ってる。そっちでもなんか襲撃もしくは揉め事があったらしい。で、将軍に伝言だが、これは通常のスタンピードではないかもしれない、そうだ」


「なんだと?ガトランドよ、どういうことだ」

「いや、その伝言だけ頼むと言われたっきりだから、それ以上は判らない。俺じゃ獣たちに直接聞くこともできんし」

 ガトランドさんは、結構なもふもふスキーなのに、魔力が少ないうえに魔法適性が完全に護法のみで、召喚がどう頑張っても習得できなかったので、ここの庭師になって、どうにか獣と触れ合う時間を作っている、という人なので、彼らと明確な意思疎通はできない。ブラッシングの腕がいいから、ブラッシング好きの皆には好かれているけれど。

 彼のように召喚術が全く覚えられない人も、数百人にひとりかふたりくらいはいるんだそうだ。


「ああ、そういえば、スタンピードが海だとハイウィンさんが教えてくれる前に、うちの兎たちは森には何も変化がないって言っていたわね」

 スタンピードには予兆があると聞いたこと自体はあるから、おかしいとしたら、きっとそこだ。


「む、兎というと王城に預けてきた角兎たちか?まだ子供故気が付かなんだということではなく?」

 マグナスレイン様の疑問はもっともだ。ジャッキーは自我がしっかりしていて、受け答えも幼体のそれとは言い難いけど、ミモザはほんとに子供だからなあ。


【その娘の言う通りじゃ。森には夕方まで、何の予兆も出ておらなんだ。そして、予兆らしき波動が流れたかと思った時には、もう眼前に魔種の姿があったのじゃ】

 話に割って入ってきたのは、さきほどの狐のお姐さん。……今頃気が付いたけど、この方、尻尾が三本ありますね?


「……舞狐殿の知覚でもそうだとなると、確かに通常のものとは言えぬな」

【おかげで妹を喪うてしもうたよ。小煩い奴ではあったが、あのような死にざまを晒して良いものでもなかったというに】

 ああ、隣で亡くなっていたのは、妹さんだったのか。


「お悔み申し上げる。と我が言っていいものか。我らが後手に回ったばかりに」

【否や、そなたらのせいではない。これには、恐らく何らかの悪意の手があろうよ】

 マグナスレイン様の言葉をさえぎって、狐のお姐さんがそう言うと、ぐるりと辺りを見回す。


「そういえば、カラドリウスのサリムさんが、統括個体が現れたのかも、と言っていましたけど」

 お城にいたときに聞いた話を口にする。


【その可能性もないとは言えぬ、が……恐らく、そうではあるまい。魔種共は、転移で現れたのじゃ。恐らく、他国のスタンピードを押し付けられたのではなかろうか】

 えっ、そんなえぐい真似、できるの?


《……アスガイア国が百年ちょっと前にやらかしてます。今回も彼らなのだとしたら、ハルマナートに侵攻するつもりなのでは。ただ、前回敗戦した時に、転移系の術式はあの国の中では発動しないよう封印されているはずなのですが》


「他国の?アスガイアは転移術式を封印されているだろうから再犯は難しかろうが……酔っ払い共を置いてきたのが、幸いした、などということになりかねぬな……?」

 マグナスレイン様もその件は御存知のようで、考え込んでいる。


「伯父上!今クラレンスから遠話がきた!サンファンの海軍がレメレ港を砲撃してきたとさ!」

 離れたところから、カルセスト王子の声。うわあマジか。っつかサンファン?それ、メリサイトに近い方の国では?


「サンファンだと?あんな遠方から何を血迷って?」

 眉を寄せるマグナスレイン様。そうよね、何でか判らないけど、すっごく別件の匂いがするわ、それ。


「ああ、今追加報こ……はぁ?」

 遠話と呼ばれるものを再度受け取ったらしいカルセスト王子が、なぜか、狐につままれたような顔になる。


「サンファンが召喚した大聖女を略奪したトカゲ共に天罰を、ってなんだこの寝言?ホントにわざわざ遠洋航海までしてきて、こんな寝言ほざいてんのあいつら?」

 呆れ顔で感想を吐き捨てるカルセスト王子。残念だけど同意しかないわね……


 しかし、だいせいじょ?あと龍の人をトカゲ呼ばわり?おーけー、たった今からサンファン国はあたし個人にとっても敵国だ!

 アスガイアも過去にやらかしてるとか、ほんと現存異世界召喚国家、碌なのいないわね。


「大聖女……?今代の聖女殿はまだお役目を受けて一年経つかどうかだし、我が国には当然滞在して居られぬし、そもそも召喚者ではないではないか。言い掛かり通り越して、成程、寝言としか言いようがないな?」

 マグナスレイン様にも寝言認定されました。とはいえ砲撃は割と洒落にならんのでは。というか大砲あるんだこの世界。


 聖女は一世代に、世界でひとりしか認定されないし、そこから大聖女と呼ばれるためには、ぶっちゃけ実績と年月というどでかいハードルがあるし、そして現在の聖女様はヘッセン国生まれのベアトリス姫だ。ベアトリス姫が健在である限り、称号は移動しない。であってるよね。


《はい、合ってます。これは世界の法則として定められているので、人も、ほぼすべての神も覆す事はできません》


 うーん、聖女クラスの魔法が使えるとはいえ、まさか、あたしのことじゃないよねえ?

 いや、そんなはずはないよね。そもそもあたしを召喚したのはあんたらじゃないわよサンファン国?!

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