第21話 スタンピード再び?!
騒々しい食事会も無事?終了して、今宵はお城にお泊りです。
奥向きに近い、中庭に面した場所に用意してもらった部屋で、ジャッキーとのんびりしております。
具体的に言うと、部屋の長椅子で、半開きの窓から入る涼しい風に吹かれながら、膝の上で兎をなでなで。ああ至福のひと時。
このお部屋、お風呂も付いてて入り放題、らしい。あたしとしては、暑からず寒からずのここの気候なら寝る前に一回入れれば充分ですけども。
そういえば、ジャッキーのお勉強の成果はどうだったのかしら?
(一番簡単な治癒は使えるようになったぜ!他はもっと大人になってからのほうがいいって言われたから習えてないけど)
そうねえ、半日かそこらで使えるようになったのなら、順調じゃないかしら。
(それがさー、人間が使うやつと聖獣や幻獣が使うやつ、書式だけじゃなくて魔法自体もちょっと違うみたいでさー。派生がいくつかあるから、もう暫くしたらまた来なさいって、先生が言うんだよ)
あら、そうなの?ちょっと興味が。あたしも話だけでも聞いてみたいわね。
(じゃあ今度行くときは一緒に行こうぜー!先生カッコイイんだぜ、でっかい鳥でさ!)
カラドリウスさん?いや、カラドリウスは種族名かしら?
(えーと、種族がカラドリウスで名前は別!サリム先生って呼びなさいって言われたけどフルネームじゃなさそう)
ほうほう、サリム先生か。フルネームじゃないのは召喚のあれこれがあるせいかしら。
ああでも、本人から名前を教えてもらわないとダメ、だったっけ。
(なのかな?幻獣が他の幻獣を召喚するのは基本無理らしいけど。種族単位で同族を呼べる例外はいるけど、多分おれは違うよねって)
そうねえ、そもそもジャッキーの場合、他にジャッカロープがいない以上、確かめようがないわね。
……いない、わよね?
(居ないと思うぜ。……根拠は、ねえけど)
あら。根拠はないけど、確信はしているのでしょう?
(うん?ああ、そうだな。確信はしてる。ジャッカロープは、この世界には、きっと、おれしかいない)
きりっとした顔でそう言い切るジャッキーがカッコイイ、でもってとってもかわいい。
ジャッキーが、侍女さんに用意してもらったクッションと毛布を敷いた籠で眠ってしまってから。
あたしひとりで考える時間。いえ、シエラもいるんだけどね。
とはいえ、何から考えたものかしらねこれは。
取り合えず明日には一旦城塞に帰る予定ではあるのだけど、と思ったところで、なんだか嫌な感じ。
ふと、思い出したのは海戦の時に思った、「スタンピードの親玉、意外と理性的な動きだな」。
ハイウィンさんは戻ったけど、イードさんはまだここにいる。彼がいないと、聖獣たちも、全部ではないけれど、ある程度はどこかに帰ったりして手薄になりがち、なんて話も、庭師のお兄さんに聞いた、ような……?
そこまで思い至ったところで、突然がさり、と籠の中で音がして、ぴょこんとジャッキーが起き上がる。
(マスター、まずい、城塞で何かあったっぽい。ミモザ呼んでやって!)
「わかった。〈召喚:ミモザ〉」
手元に召喚陣の紙がなかったけど、緊急事態っぽいし、と、思い切って直接魔力で魔法陣を描くズルをしたけど、ちゃんと術は発動した。
だけど、現れたミモザは、ころりと床に転がって、そのまま動かない。
「えっ?ミモザ?」
まさか召喚陣で何かミスをしたのか、と焦るあたしを尻目に、
(あっまずい、【治癒】)
くるりとジャッキーがあたしが描くのとは違う、綺麗なつる草模様のような魔法陣を描く。どうやら、これが聖獣版の完全な治癒の魔法陣らしい。なるほど、綺麗だけど、文字としては読めないわね。
(マスターも治癒かけてやって、傷が深いからおれの初歩の治癒だと全然足りない)
言われるままに、ほんの一日ばかりですっかり慣れてしまった〈治癒〉を発動する。血は止まったような気はするけれど、もう一回かけたほうがいいかしら、と思ったところで、ぴこん、とミモザの耳が動いた。
ああ、床の絨毯がすっかり血まみれ。これは色んな意味でまずいのでは。
(あ、ますたー、ますたーだあ……)
思わず、血が付くのも構わずに抱き上げたら、ぷるぷる震えながら、ミモザがくっついてくる。よほど怖かったんだろうな……あと、血を流し過ぎたのか、いつもより体温が低い。ジャッキーが自分の寝床に敷いていた毛布を咥えて持ってきたので、くるんでやる。
……もう、大丈夫だからね。
「カーラちゃーん、こんな時間に治癒の波動が見えたけどどうかした?」
(これ子兎、こんな時間に治癒を披露するとは、っと?!なんだこの血の匂いは?)
あたしの名を呼ぶ声と共に、サクシュカさんが廊下から部屋を覗き込んできた。
もう片方の念話っぽいのは、窓の外から。見やると真っ白な大きな鳥。あ、これがカラドリウスの先生かひょっとして。
「国境で異変があったようです。ジャッキーが気が付いてくれて、召喚できる子を呼び寄せたら大怪我をしていて」
説明としてはこれで過不足ないだろうか?ちょっと焦っちゃって思考がちゃんと纏まってる気がしない。
あ、そういえばジャッキー、なんで気が付いたの?
(アルミラージの群れの一員として認められてると、簡単な念話を受け取れるんだよ、種族が違うから、おれからは送れない一方通行だけど。ミモザのばあちゃんから救助要請がきたんだ)
「やっば、そういえばイードちゃんが来るの久し振りだからって、うっかり誰かが酔い潰したっぽいんだった!いつもならあの子夜中でも帰っちゃうのに」
サクシュカさんはそう言うと、報告してくる!と駆け出して行った。
(いつもよりいっぱいきたの。すたんぴー?っておばあちゃんがいってた)
スタンピードね?そんなしょっちゅう起こるものでもないんじゃなかったのか。
(そうか、仲間の怪我を治してやったのだね。お騒がせした。貴方が子兎のマスターか。我はカラドリウス氏族の者だが、仮にサリムと呼んでくれればよい)
カラドリウスさんが名乗る。やはりサリム先生か。人が乗れるほどではないけれど、大きな、気持ち頸の長い白い鳥。短めの嘴と眼と、長めの脚は黒い。後頭部でぴこんと跳ねた短い冠羽が可愛い方だ。
「はい、今日はうちのジャッキーがお世話になったそうで、ありがとうございますサリムさん」
取り合えずお礼を言っておく。国境の砦は気になるけど、今のあたしには移動手段がないから、焦ってもどうにもできない。
(海と森で連続でスタンピードが発生するとは間の悪い……二つの発生源は別だから、同時も絶対にないとは言い切れないのは確かだが、このタイミングの悪さは近年ついぞなかったものだが)
サリムさんが難しい顔をしている。鳥なんだけど、表情豊かな方だなあ。
(貴方は海のスタンピードで活躍されたと聞いておりますが、何か気が付いたことなどございますかな)
「あたしはこの世界に落ちてきて余り経ってないので、スタンピードそのものが初見だったんですけど、スタンピードと呼称するにしては、敵のボス的な存在が理性的なふるまいをしてる気がしましたね」
取り合えず訊ねられたので、思った通りの事を答えておく。他にはこれといって感想自体がないので答えようがないともいう。
(むう、不味いな。統括個体が現れた可能性があるな。これは報告すべきか)
統括個体?コマンダー的な?
(指揮官、まあそんなところか、実際に指揮を執るわけではなく、存在しているだけで魔の性能が上がってしまう存在なのだが、知能面の強化が目立つので統括などと呼ばれておるのだよ。獣への誘因力も上がる故、できれば龍人族に討伐してもらいたいところだが)
聖獣ならいざ知らず、弱い幻獣だと反転しかねない、と物騒な事を呟くサリムさん。
ああ、ジャッキーが前に言っていた誘いの声、やっぱり聖獣さんたちも認識はしてるのか。
「カーラちゃん、悪いけど付き合ってもらえる?イードがまだ起きられそうにないの」
戻ってきたサクシュカさんが、あたしにあったかそうなケープつきのコートを手渡しながらそんなことを言い出した。
防寒着を渡されたってことは、ひょっとして龍のどなたかに乗れってことですかね??
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