第19話 白黒兎とのお戯れ。

 あ、そういえば。


「ハイウィンさん、ジャッキーはどうしました?」

 あの子預けっぱなしだけど、どうなってるんだろう。


「ん?ああ、あの子兎か。知り合いの治癒持ちに預けて魔法の展開方法を習っておるよ。そろそろ戻るのではないか?」

 成程、ちゃんとジャッキーの希望通りになっているのね。


「む?治癒持ちの、兎?アルミラージではなく?いや、あ奴らは治癒は使わないか……」

 女王様が考え込む。サクシュカさんも詳しく知っている訳ではないから、あの可愛い白兎ちゃん?と首を傾げている。


「ああ、この娘に懐いて召喚を認めた二角兎だが、治癒の才があるようでな。城にはカラドリウスがおるであろう?奴に預けてある」

 カラドリウス?癒しの神鳥だっけ。


「二角兎とは初耳だが、どういったものなのだ?」

 女王様が興味を持った様子。


「種族としては、ジャッカロープといって、この世界とは別の世界の子だそうです。どこかから落ちて、アルミラージの群れに紛れ込んでいたんだと本人が言ってました。まだ子兎なので基本ただの賢い兎さんですけども」

 取り合えず知っている種族情報は教えておく。他から来て、この世界に居ない種族なら、なおさら周知は大事だと思うんですよ。


「ほう、あれで幼体なのか。確かにアルミラージより小さくはあるが」

 ハイウィンさんが興味深げに首を傾げている。


「大きくなると、あの角が鹿のようにもっと枝分かれするんだそうですよ」

 あ、鹿っているのかな?


「鹿……何種かあるが、種によって角は随分と違ったように思うのだけど」

「鹿なあ……ズラトロクなら近所におるが……」

 首を傾げる女王様とハイウィンさん。ハイウィンさんの言うズラトロク……ずらとろく……ああ、高山に住む金の角の白い獣、か。あれはどっちかというと羚羊では?


「ズラトロクの角は枝分かれしておらなんだと思うがのう」

「うむ。そうか?では、あやつ鹿ではなかったのか、ひょっとして?」

 女王様の指摘に、ハイウィンさんがすっとぼけた返事をする。鹿と羚羊の違いは大雑把にいうとそこじゃなくて、角が生え変わるかどうかだった気もするけど。小さい種類だと角分かれてないよね、鹿でも。


「分類学者でも呼んで来る?」

 サクシュカさんが冗談めかしてそんなことを言ってるけど、それはやめたほうがいいんじゃないかな、話がずれていくよ。


「分類学者、か。あやつはジャッカロープとやらのほうに興味を示しそうではあるわね。異世界から零れ落ちてきたということは、ここでは新種ということになるわけだから」

「……そういえば、ここのカラドリウスと仲のいい人間にそんな仕事の者が、おったような……」

 ハイウィンさんが不穏な事を口にしたところで、


(……たすけてええええええ!!)

 ジャッキーの声ならぬ声の悲鳴。


 あらいったいどこから、と思ったら、入り口の扉を開けてもらって飛び込んでくる白い二角兎。侍女さんが開けてくれたのは、最初ここまでジャッキーと一緒に来たから、彼女たちもこの子を知っていたおかげね。


「あらジャッキー、どうしたの?」

 ぴょーん、と勢いよくあたしに飛びついたジャッキーを受け止めて、撫でてやる。

 しかし、一度来ただけのここをちゃんと覚えていたのね、流石に賢い兎さんだわ。


(なんか変なねーちゃんに測られたり引っ張られたりして!逃げてきた!)

 泣きべそかきそうな声音で訴えられて、ん?と、引っかかる。


「あのぅ、その分類学者さんって、女の方です?」

 まさしく今さっき、そんな話をしていたわけだけど……


「うむ、女性じゃな。名はなんといったか覚えておらぬが……さては接触して逃げてきたか?」

 はい、多分正解ですハイウィンさん。


「どうやら、そうみたいです。測られるだけならまだしも引っ張られたって言ってるんで、あとでちょっと注意して貰っていいかしら……」

「む、それはいかんな。恐らくそなたらの言う通り、分類学者のユスティーニアであろうが、あやつ、興奮するとたまに無体を働くのがな……」

 ちょっと遠い目になった女王様が反応する。いやほんとうちの兎のためにすみません。ってこの反応というか表情、何か前にも、ひょっとして女王様本人に?やらかしてるんですね?


 そういえば、女王様相手にちょっと緊張気味で話をしてたからあんまり意識してなかったけど、さっきから扉の外が少し騒がしい。

 女性の声で離せ、とか、推定新種のうさちゃんが、とか聞こえなくもない。


「……人払いの為に近衛を置いておいて正解だったわね。あやつ、普段の侍女だと時々すり抜けて来るのよねえ」

「たまに身体能力おかしいわよね、あの人。それにしても、可愛い兎ね。真っ白かと思ったらちょっとぶちがあるとことか、いいわね」

 サクシュカさんはジャッキーのぶちに気付いてほんわかした表情になっている。

 そうなのよね、この子、ぶちがあるのが耳の付け根の後ろとおしりの尻尾の傍だから、後ろから見た時だけ、白黒兎になるのよね。


 サクシュカさんの声を聞いたジャッキーが、ちょっと落ち着いたみたいで、そちらを振り返る。


(……ん-?あ、海で怪我してた龍のおねーちゃんか。見た目は変わるけど色は変わんないんだなー)

 さっきまでちょっとぴるぴる震えていたのも止まったし、取り合えずは大丈夫かな。


(こっちの青い髪のおねーさんは、偉い人っぽいかんじがする?)

 そうよ、この国の女王様。そんなに堅っ苦しい人ではないけれど。


「うわあ、かわいいー。撫でたいー。あっでもだめかしら?さっき怖い目にあったんだから、知らないわたしが触るのは、やめたほうがいいわよね?」

 サクシュカさんが悩まし気な顔。


(全然知らないってわけでもないし、引っ張ったり叩いたりしないなら平気だぜ?)


「ああ、引っ張ったり叩いたりしないなら大丈夫だって本人が言ってますから、どうぞ。耳は避けてくださいね」

 耳は兎にとっては大事な器官だから、あんまり触られたくない、はず?


「え、いいの、ありがとう兎さんー」

 サクシュカさんが一気にでれっとした顔になって、そおっと手を背中に当てて、ゆっくり撫で始める。


「おお、手触りふわふわだしあったかいー」

 その声に女王様までそっと手を伸ばして、ちょっと止まる。流石に顔から撫でにいくのはちょっとどうかと思うんですよ?

 ジャッキーは噛みつきはしないから大丈夫だけど、兎の歯って結構鋭いのよねえ……


 と思っていたら、ジャッキーが前足を出して、女王様の手にぽふ、っと自分の手を置く仕草。

 うさぎの足の裏は肉球じゃなくて、毛でもふもふだから、これはなかなかインパクトのある感触なんじゃなかろうか。

 ジャッキーの手が乗った瞬間、目を丸くした女王様だったけど、ちょっと間をおいて、ふふっと笑った。笑顔がサーラメイア様とも似てる。やっぱ姉妹なのねえ。


 そういえば、サーラメイア様だけ瞳の色が琥珀色じゃないけど、なんでだろうね。


《鱗無しの方だからじゃなかったかしら。むしろ鱗無しなのに琥珀色の瞳のモンテイード様のほうが稀なケースだった気がします。

 ああでも、マグナスレイン様の瞳の色が違うのも、不思議ですわね?私が不勉強なせいもあるのでしょうけど、そんな噂は聞いたことがないのですけれど。

 まあ、外国に漏れてくる話とは違う実情があったりするかもしれませんから、今は話半分で聞いておいてくださいな》

 そうね、いつか聞く機会があれば、くらいに思っておきましょうか。



 でもそういえば、褒賞の儀のときのマグナスレイン様の眼、どちらも琥珀色だったような……あの時だけ、違って見えた?のかしら?

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