第15話 上位変換こわい。
お城の裏手にある森は、王族以外基本立ち入り禁止なのだそうだけど、王族二人に連れられたあたしは普通に入れました。
はぐれないでね、と念を押されましたけども。そりゃそうですよね。
で。
見事にはぐれています、なう。
どうしてこうなった。
そもそもの原因は、足の速さの違い。
サクシュカさんはちょっぱやで、サーラメイア様はゆっくり、あたしはその中間よりちょっと早め。
サーラメイア様を気にしてたら、見事にサクシュカさんを見失ったという次第。
おまけに見失ったからとサクシュカさんを探してたらサーラメイア様をうっかり置いてけぼりにしちゃったというね……アホですか、あたし。
人の手で手入れがされた森は、歩くの自体は楽なのでいいんだけど、思ってたより見通しが悪かったのも敗因。時すでに日没の気配ですしね、いかん、暗いぞ、森。
そんなわけで、一人でうろうろしてしまうのは悪手だと判ってはいても、つい歩き回ってしまってですね。
多分、森の奥の方に進んでいる気はする。病院引きこもりウーマンだったあたしの方向感覚がアテになるものであれば、だけど。
そんな折に聞こえてきたのは、低い、地を這うような唸り声。意味するものは苦痛、だろうか。
いや、ちょっと違うな。何かに抵抗しているような感覚?
好奇心に負けて、と言う訳でもないのだけど、先ほどの声の聞こえた方に進む。
いや、さっきの唸り声、どうもマグナスレイン様の声っぽいんですよ。探してる相手に近づけば、見つけて貰える確率、当然上がるでしょう?
少し進むと、視界が開けた。いや、塞がった。
うん、マグナスレイン様、でっかいからね。べたり、と伏せられた翼と、地に伏せた首の間に出たようです。目の前には、黒々とした、鱗。これ、もうちょっとしたら、時間的に見えなくなるわね?
【ぐ、そなた、何故このような場所に】
ああ、やっぱりさっきの唸り声はこの方だ。あたしに気付いて、咄嗟に平静を装った声を作ったけれど。
首の先の辺りに、真っ黒い靄のような、多分これは瘴気。ぎりぎりと締め付けるような、鱗の隙間から中へと浸食しようとしているような、嫌な動き。
これも、治癒でいいんだろうか?
《実行したことがありますし、上位治癒のほうがいいですね。浄化は正式な巫女じゃないとそもそも使えませんし》
シエラが教えてくれたので、早速魔法陣構成。
「〈治癒〉:マグナスレイン様」
ちょっと強めに魔力を込めたら、魔法陣ごと飛んでいく、最初にやったのと同じパターン。これでいいんだよね?
ばしん、と嫌な音。瘴気と魔法陣がぶつかり合って、ほぼ全部同時に消えた。
いや、ちょっとだけ光のキラキラが残ったので、あたしの勝ちだ。
【……ああ、済まない。消費もきついだろうに、世話をかける】
ゆっくりと頭を起こして、マグナスレイン様がお礼を言う。
「大丈夫ですか?あたしの魔力は全然余裕なんで、必要ならもっかいかけますけど」
生憎、馬鹿魔力だけあって、この程度ではミリも減らないんですよね!
【いや、変化を解ける程度には回復したから、もう大丈夫だ】
そう言うと、ふわりと龍から人の姿になるマグナスレイン様。成程、変化した状態でダメージが蓄積すると、人の姿に戻れなくなるのか。
サーラメイア様が心配してた理由が、やっと判った。
背中の中程まである艶やかな黒髪の……あれ、思ってたより、だいぶ、若い?とんでもないイケメンだから、謎補正かかってる?
あと何故だろう、片目は確かに龍の人たち特有の琥珀色だけど、もう片方は、青、いやもっと濃い、藍色だ。
龍の時は両方琥珀色、というか金色の瞳だった気がするのだけど。
そして、他の龍の人たちより、明らかに一回り大きな身体。大きいのに、しなやかな筋肉。ううむ、美しい。彫像のような美っていうんですかね。ええ、やっぱり半裸なんですよ。ぶっちゃけ、全じゃないならもうどうでもいいですわハハハ。この短期間なのに、すっかり見慣れちゃった……
「……む?髭が消えた?何故だ……まあよい、改めて礼を言う。思っていたより瘴気を受けていたようで、戻りあぐねておったのだ」
渋いお声で爽やかに重ねてお礼を言われたけど、このレベルのイケメンだと、半裸の裸足でも全てが様になるのだなあ、とか酷いことを考えていたのは、知られないようにしなくてはいけませんねこれ?
あと普段は髭があるのか。そうかそうか。今のうちにすっぴん覚えておこう。眼福眼福。
「いえいえ。実は、サーラメイア様とサクシュカさんが心配して一緒に探しに来たのですけど、はぐれてしまったんです」
取り合えず、正直に迷子なのを白状しておく。
「ははは、あの二人では歩調を合わせるの自体が無理難題であろうからな。ではもう随分暗いことだし、森の外までは我が送って行こう」
何処からともなくシャツと靴を取り出して身に着けながら、マグナスレイン様がそう申し出てくれたので、喜んでお受けしましたとも。
いやマジここが森のどこらへんかも判らないからね、今のあたし。
ちなみに服は格納魔法という便利そうなものがあるそうです。まあ開発途上かつ魔力食いの魔法らしくて、龍化の状態だと、着替えを仕舞うのが精いっぱいだそうだけど。
《うぬぅ、適性がありませんわね……カーラの魔力なら絶対結構な格納量になりますのに》
シエラがぐぬぬっている。そっかー、あたしには無理かー。
……ってシエラ、あなたに適性ないですか?なんか今一瞬だけ、見えた気が。
《えっあれ?あ、ほんとだ。メリエンカーラ様の権能が関わってるからかも?境界とか区切るとか、収納とも関連付けできそうですものね》
とはいえ、書庫の番人役で手いっぱいで、シエラが新しくなにかを覚えるのは無理らしい。残念。
さりげなく人生初エスコートされつつ、格納魔法のことやらなにやら、和やかに雑談しながら戻ってきたら、途中でサクシュカさんとサーラメイア様と無事合流。
二人ともあたしたち、いや多分マグナスレイン様のほうを見た瞬間に、なんだか目が点になってたけど、どういうことでしょうね?
「……あに、うえ?」
「ええっと、マグナお兄様、でよろしいのよね?なんだか、気のせいでなければ、随分とお若く見えますけれど」
……はい?
「む、やはりそうか。髭がなくなっていて、何か妙だとは思ったのだが」
マグナスレイン様も、顎を軽く撫でながらそんな事を言い出す。但しこちらは特に動揺もなく、完全に平常心な声音。
「えーと、カーラちゃん、治癒魔法使った?」
サクシュカさんが、思い当たった、というようにあたしに聞いてくる。
「え、ええ。瘴気がきつそうだったので、上位治癒、を」
正直に答えておく。一応、サクシュカさんに使った時より、威力は控えめだったはずなんだけど。
「やっぱりかー。私もなんか身体が軽いのよねえ、見た目は兄上ほど変わってないけど」
「あらでも上位治癒にそんな効果、ありました?」
納得しました顔のサクシュカさんと、首を傾げるサーラメイア様。
「多分だけど、上位治癒じゃなくて、もういっこ上の、生命賦活なんじゃないかしらね……」
なんだか遠い目をしながら、サクシュカさんがそんな推測を口にする。
「えぇ?生命賦活、聞いたことはありますけれど、確か、歴代の聖女様がたでも、おひとりかおふたりしか使えなかった、幻の魔法ではなくて?」
……えーとつまりそれって、魔力込め過ぎで一段じゃなくて二段階すっ飛んだ?
《そう、ですね……さっきの魔法陣であの挙動と魔力量だと、確かにこれ、生命賦活のほうですね……ちなみに蘇生は別カテゴリになるので、生命賦活が最上位魔法です。ただ、普通、と呼べるほど使用例自体が多くないですけど、ここまで明確に若返ったりはしない、はず……》
へえ、蘇生魔法なんてのもあるにはあるのか。
《ありますけど、現実にはほぼ無理ですよ。あなたどころか、神様がたでも、魔力以外の条件が揃えられないと言いますし》
そりゃまた敷居の高いことで……
ってそうじゃない。いや、マジで?最上位魔法?
……ああ、成程、イードさんの言う通りだ。こんな怖い仕様、攻撃魔法や召喚魔法にあっちゃいけない、うん。
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