第6話 腹黒王子とオタク王子。

 しかし、カルセスト王子、なんだか、見れば見るほど違和感。

 ハイウィンさんは上腹って言ったから、多分年上のお兄さんなんだろうけど、なんか、イードさんのほうが年上っぽく見えるんだよねえ。


「セスト兄のほうが若く見えるとか思ってるな、お主」

 ……イードさんに速攻ばれた。うぬぬ。


「龍鱗があるとないで、成長のしかたがずれちゃうからなあ、俺ら。俺は悲しいよー、イードのほうが先によぼよぼになっちゃうなんてー」

 全然そんなこと思ってなさそうな口ぶりのカルセスト王子。あと、あなたさっきから目が笑ってない。ちょっと怖いよ。


「客人が呆れておろう、そのくらいにするのじゃな。ちゃんと用事もあるのじゃろ?」

 ハイウィンさんが、にべもなく。


「いや、もう終わった?最初に言ったろ、イードのとこに女がいるって?って。それを確認しにきたんだよ。変なの連れ込んでたら困るだろ。召喚者の保護なら、まあ許容範囲だし、そもそも、どこからどう見ても、彼女、俺らにそういう興味、持ってないよねー」

 あっけらかんとした口調でそんな事を言い出すカルセスト王子。


 まあ確かに、恋愛とかそんな感情は特にないね。今正直それどころじゃないもの。


《寵愛を受けて保護されるってルートもあるんじゃありません?》

 ないない。そういうの、あたしの趣味じゃないし。昔から、自立する女ってのが憧れでねえ。


《あら、気が合うわね。私もそのつもりで巫女修行していましたもの。出会い方は酷かったですけど、私たちにも、そういうご縁があるのかしらね》

 そうね、そういえば巫女修行もいずれやらないといけないわね。後で教えてもらえるかしら?


《もちろん。私は、あなたの独り立ち、応援しますわ》

 ああ、心強いわね、ありがとう。



 その後、何故かカルセスト王子にお勉強の進捗を確認された。


「まあ召喚一週間でこれなら及第点、いや相当覚えがいいな、君?……あ、そっか、ライゼル国の魔法か」

「ええ、勝手にこんな目に遭わせてくれたのは正直ムカつきますけど、この魔法自体は便利ですね」

 ただ、使いどころと伝えどころは要注意だろう。今のあたし、要するに歩くコピー機、いやスキャナーですからね。

 取り合えず、この王子様がたは、危険性は薄いと判断してるけど。だけど、それと、警戒することとは、別だ。


「いやあ、君は本当に正直にものを言うねえ!ムカつくかー!そうだよなあ!」

 にこやかにそんなことを言うカルセストさんだけど、目がやっぱり笑っていない。

 と思ったら、おもむろにぐいっと顔を近づけてきた。なんだ?イケメンの押し売りされても何も出ませんよ?


「……君さ、警戒心が強いのは結構だけど、度を過ぎるのはどうかと思うよ?……疑いたく、なってしまうね、色々と」

 囁く声。なんだ?散々おちゃらけといて、この男、これが本性?


「未婚女性がさして親しくもない男性に警戒するのは当然でしょう?ここでは違うとでも?」

 ちょっと後ろに下がって、言い放つ。

 いかん、言葉にどうしても棘が混ざる。何か知らないけど、ムカつく。気に入らない。

 ……ひょっとして、ハニトラ警戒されてんの?だとしたら、超絶ムカつくんですけど。

 元・病院引きこもりの喪女にそんな手管あるわけないでしょ。まあ、この人は知らないことだけど。


「……いや、違わない。失礼した。美しい方に睨まれると辛いので、このくらいにさせてもらうかな」

 すっと元の位置に音もなく戻るカルセスト王子。

 君の事なんてどうでもいいわよ、はよ帰れ。流石に、口には出さないけど。


 ぷっ、とシエラの吹き出す声がしたけど、聞かなかったことにした。



 幸い、カルセスト王子はその日のうちに帰っていった。また来るとか言ってたけど、来なくていいわよ?


「いや済まない、カーラどの。セスト兄はどうにも、不躾なところがあってな」

 申し訳なさそうな顔のイードさん。


「貴方が謝ることじゃないでしょう?あたしもぶっちゃけ結構不敬でしたし?」

「いやいや、あの馬鹿にはあのくらいの態度で丁度良いというものよ。あやつ、モイに女の影なんて噂が出る度にすっ飛んできおるからの、うっとおしい」


 おいおいおいおい、あれだけ目が全部の表情を裏切っといて、まさかただのブラコンか??……ないとは、言えないけど。


《カーラ、あなた、ほんとに不敬ねえ。まあ、言わんとすることは判るし、正直そのセンもあるかしらなんて、私ですら思うけど》

 そんなこと言ってるシエラも、くすくす笑い混じりの声だ。そーでしょうそーでしょう。


「しかし、思ったよりセスト兄は疑い深いのだな。召喚者かどうかを怪しんでいるとは思わなんだ」

 あ、イードさんも気が付いてた。やっぱそうよね。何故かしら。


「そうじゃのう、顔立ちがあまり、異世界の民とは思われぬところなどであろうか?」

 ハイウィンさんが、首を傾げる。


「それは致し方ないわね、この体は、本来のあたしのものではないわけだし。……顔見知りだったりしたのかしら」

 あたしも、軽く首を傾げて見せる。


《それはまずないわね。私は、メリエン様の巫女になることが早くから決まっていたから、釣り書きなんて書かれたこともないし、他国に知られるほどの名家でもありませんでしたもの。国同士も遠いですし。

『龍の王族』の方ですから、お名前こそ存じあげてますけど、カルセスト様のお顔は初めて拝見しましたわ》

 流石に当事者、というか本人がいると話が早い。とはいえこの情報はまだこの人たちには出さない方が、いいわよね。


《そうね、今はまだ。いえ、もう出さないままのほうがいいような気がしますわ。うちの家族に知られでもしたら、何かしでかしかねません》

 シエラも同意したので、この体の出所を知っていることは、当面伏せておくことにした。


「顔見知りの線は、多分ないな。いくらか年齢の近そうな私が知らない顔だし、年齢的に、先腹の兄が知っているとは考えにくい」

 なんか十二年くらい歳の差があるんですって。見えないけど。

 で、社交の関係で、国内の主な貴族家、そして近隣の国の王族や大貴族の、同世代以上の面々の顔は、だいたい知っている、と。王族も結構大変ね?

 後で聞いたら、ハルマナートは貴族の数が凄く少ないから、そうでもない、とのことだったけど。

 まあここ王族がいっぱいだからね……


「なれば、少なくともこの国の者ではなかろうのう。難儀なことだの」

 ハイウィンさんが、なかなか鋭い。いや当然の結論か。


 王子様方に隠し事するのは、気にもならないのだけど、ハイウィンさんに隠すのは、ちょっと、申し訳ないなあ。


《普通逆なのでは……》

 心象の違いよ心象の。第一印象、ふたりとも、あんま良くないの。


《カルセスト様はまあ判らなくもありませんけど、モンテイード様もですか……》

 ああいうのは、研究オタクといいます。人付き合いに、そもそもからして向いてないタイプよ。


《……なる、ほど。こういう概念ですか》

 記録をほじって該当する概念を見つけたらしいシエラが、呆れた声になった。

 残念ながら、イードさんは典型的なそれだからね……


「ところで、イードさんとお兄さん、あまり似ていない気がするんですけど、どうしてでしょう?」

 ちょっと気になった事を聞いてみる。眼だけはまあ似てるかな感あるんだけれど、顔立ちとか髪の色とか全然違うよね。


「ん?ああ、元々うちの王族は兄弟でも色が違うのは当たり前というのもあるが、そもそもセスト兄たちと私たちは、父が違うからな」

 ……はい?


 詳しく聞いたら、王配のほうが先に年を取ってしまうので、娘を生まなきゃいけない現女王様は、二度再婚してるんだそうだ。

 ……流石に逆ハーではなかった。発想が不敬ですみません。


「……まあ無事次代が生まれてよかったの、流石に長命とはいえ、陛下にはそろそろしんどい頃であったろう」

 ハイウィンさんが、遠い目をした。いくら龍が卵でとはいえ、二十数人産むのはそりゃしんどいよね。

 この国の王族のための予算とかどうなってんだろうな。食費だけでも結構凄い金額動いてそう。


「王族の経費?重いのは子供の食費と服飾費くらいだから、他国より少ないだろうな。幼少時はともかく、基本男は仕事、主に軍の俸給だけで食っておるし。私は王立学院所属の研究者だから、学院からの俸給だな」

 おおう、自力で稼げ系だった。


 そもそも龍の血を引くということは、普通の人より丈夫ということで、幼少時も然程経費は増えないし、そもそも家訓が質実剛健。

 王宮も外国の賓客を迎える場所こそそれなりに設えているけど、生活スペースは人数なりの広さこそあれ、無骨な石造りの普通の家、らしい。


「時々うっかり幼少時に龍化して建物を壊す粗忽ものが居る故、居住区には修繕費以外かけないと昔から決まっておってな」

 ……めっちゃ実務的な理由だった。


「希望するなら、そのうち連れて行ってやろう。女子にはあまり受けの良い場所とは言えぬが」

 なにせ母上姉妹と我が下の姫三人以外、家族は野郎ばかりだからなあ。そう言ってイードさんは珍しくちょっと笑った。


 半月ちょっと、毎日顔を合わせているけど、ほんっと笑わないんだよなあこの人。常時仏頂面、とまではいかないけど。眉間にちょっと縦ジワついてるのがデフォ。

 笑うとちょっとかわいいとこあるじゃん、ってなるんだけどなあ。

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