第5話 王子様が増えた。

 それから数日は、イードさんの所でこの世界に関する、基本のお勉強なんてしていた。

 シエラちゃんの知識は随分と助けになってくれたけど、メリサイト国とハルマナート国は結構離れた場所にあるので、習慣や宗教や、いろんな事が違うのだそうだ。

 召喚関連は、そのあとで。ハイウィンさんを呼べるようになってるそうだから、いずれちゃんと勉強はするつもりだけれど。


 ここは、神々が割と沢山いて、神と人との距離も近い世界。そして、魔力も、魔法もあるんだよ。ってな感じ。

 召喚術が発達しすぎていて、異世界から色んなものを呼び込んで、どこか混沌の気配すらある、そんな場所。


 あたしを無理やり召喚したライゼル国は、ライゼリオン神を唯一神と崇める、あたしの印象ではぶっちゃけ狂信者の国。場所としてはハルマナート国の真反対側の端っこ、北東かしら。侵略戦争がお好きで、面積は結構広い。但し、国土に海がない。

 正しくは、海は僅かにあるけど、常時永劫に凍り付いた凍土エリアに隣接している関係で、船が存在しない、というべきかしら。

 凍土エリアそのものは、氷狼という強い霊獣の土地で、人間は足を踏み入れることもできないのだそう。なので、国ではなく、エリア、地域と呼ばれている。

 メリサイト国は、ライゼル国の隣、広いけれど砂漠が南の半分近くを占める国で、ライゼル国から侵略されないよう、メリエンカーラ様が必死で防衛している。もうひと柱、神様がいて、そちらのゲマルサイト様、メリエンカーラ様の御夫君が国の主神で、炎熱を司っておられるので、ライゼル国の隣とは思えないほど、暖かいのだそうだ。

 暖かすぎて水が少なくて一部砂漠化、という笑えない話もあるけれど。


 そのメリエンカーラ様の密かな防衛と、メリサイト国がやられたら次はうちだ、という後背の各国の支援で、辛うじて均衡が保たれているそうだ。

 ヘッセン国は、その後背各国より、ちょっとハルマナート国寄りの場所。聖女様が世界平和を祈ってるそう。

 ついでにライゼル国以外で異世界召喚やらかしてるのは、ハルマナート国の北東隣のアスガイア国と、メリサイト国の南の、サンファン国。


 ハルマナート国は、ヘッセン国からも離れた、大陸の南の端にある、迷いの魔の森という魔物多発エリアから、人間族諸国を防衛する立場の国。

 龍の血を引いている王族がいるのも、その関係らしい。流石に同世代王族が一度に毎度十人以上いて、だいたい九割軍人になるなんて、この国だけだしな、とはイードさん談。

 彼は軍人になるために必要なものが足りなくて、召喚術師の道を選んだそうだけど。あとはお役人になる人もいるそうだ。


「私はね、龍化できないのだよ。兄弟のなかただ一人、鱗を持たずに、生まれてしまった故に」

 こともなげに、イードさんはそう言う。


「龍化?つまり、他の王族の皆さんは龍になれる?」

「この国ではそうじゃな、むしろ、王の出産は必ず龍の姿で行うものと決まっておるそうじゃ」

 ヒト型のまま、このところずっと家事を手伝ってくれているハイウィンさんが答えてくれる。成程、だから女系じゃないといけないのか。納得。

 あたしは、義務教育が終わるより前に病院暮らしになってしまったから、家事とかは、得意不得意以前に、知らない事の方が多い。

 ちょとずつ今教えてもらってるけどね。先は長そうだ。

 イードさん、王子様ならお付きの人とかいるのかと思ったら、庭の手入れをするおじさんが二人と、洗濯女という仕事の、近くの村から通ってきて、掃除とお洗濯だけしてくれる寡婦のおばさんがひとり、しかいないらしい。

 こんな田舎に付いてくる付き人などおらん、と、これも平然とした顔で言ってたけど。


 城塞の防衛は、召喚した聖獣さんや普通の獣さんたちにお任せなんだって。彼等のごはんは自給自足だそうだ。ワイルドだな。

 あたしたちの食事はイードさん本人が作ってる。ふたりが言うには結構薄味らしいけど、こちとらずっと病院食だったから、むしろ味はしっかりしてると感じてしまう。

 いやこれ、調味料じゃなくて、素材が美味しいんだと思うんだけど。


「まあ大昔ならともかく、近年は一世代に最低でも一人か二人は、鱗なしが出るもので、そんなに珍しいことでもないのでな。

 むしろ、男ばかりとはいえ、二十人もいて鱗なしが私だけ、というほうが効率良すぎだろう、などと言われておる。

 それに、元々私は軍事に進みたくなるような性格でもない。鱗がないのが私だったのは、本当に幸いだったのさ」

 なんでも、成人しないと最終的な鱗のあるなしは判らないらしい。個人差が激しいものだそうだ。


「私はようやっと去年、なしで確定したばかりだからな。私自身は、以前より多分ないだろうと思っていたのだが」

 あたしの質問に時々答えながら、自分の研究を続けているイードさん。

 今は、異世界からの召喚ではなく、この世界の内での召喚を効率化、まあブラッシュアップしてるんだそうだ。

 効率を良くすれば、使える人も増えるし、使用者にも、召喚される生物にも負荷が少なくなるからだって。


 異世界からは呼ばないの?と聞いたら、これ以上何も持ち込まなくても充分なはずだから、要らない、のですって。

 どうせ呼ばれるならこんなところがいいよね。いや、要らないから呼ばれはしないわけだけど。


《鱗なしだったのね、モンテイード様。他国の婿がねに引く手あまたでしょうに。あ、だから辺境に逃げ込んでるのかしら》

 シエラちゃんが不思議な事を言い出した。婿がね?


《そうよ。鱗なしのハルマナート王族の方は、他国に婿として迎えられることが多いの。魔力が多いからだと思うのだけれど。

 鱗なしの方は、龍の血が弱くて、他国に出てもそこには龍の血を残せないから、というのもあるそうね》

 なるほど、ある程度血統のコントロールをしているのか。

 そして、基本、この国の王配は、そうやって出て行った鱗なしの方の血統から選ばれることが案外多いのだとも。

 血が濃くなりすぎるのも、薄まりすぎるのも、あんまよくないんでしょうね、やはり。



「これ、モイよ。客人ぞ。あれは確かお主の上腹の兄の誰かではなかろうかね」

 その日も真面目に勉強してたら、そんな台詞と共に、ハイウィンさんが入ってきた。

 野郎に世話は任せられん、と、あたしの為にずっとヒト型を維持してくれている。有難い限り。


「む?そのような予定は聞いておらんが……」

 と、イードさんが答えるかどうかのタイミング。


「おいイード、お前女を引っ張り込んだってうわあハイウィンじゃねえかよ騙された!!」

 賑やかな人が入ってきたな。そしてあたしは目に入っておらんのだな。初対面時のイードさんといい、ここの王子様どうなってんのよハハハ。


《王子といっても、他国と違って王位継承には一切関与しませんし、だいたい皆さん軍人ですからね、モンテイード様のほうが珍しいタイプだと思いますわ》

 シエラちゃん解説ありがとう。なるほどな、基本はこっちか。

《あのぅ、そのちゃん付け、なしにしてもらっていいです?なんだか子ども扱いみたいで。呼び捨てでいいですわ》

 おおう、想定外の不評。考慮しますハイ。


 入ってきた人は、短い金髪に琥珀の眼の、顔だけ見ればなるほど王子様然とした人だけど、格好がどうなってんだこれは。

 マントを羽織っているのは判る。何故に、半裸。あ、ぱんつというか、下半身はちゃんと着てます。ぴったりしたレザーのブリーチス、かしらねこれ。そして、裸足。あ、足指と爪が凄い。ヒトのそれじゃなく、龍、なんだろうなこの爪。これでは靴を履くのは辛そうだ。


「また一人で飛んできたのか、セスト兄。あと客人はハイウィンではないぞ、こちらのお嬢さんだ。ライゼル国がやらかしたのを保護しておる」

 仏頂面で説明するイードさん。仲が悪いって雰囲気でもないけれど……


「だって飛ぶ方が早いんだからしゃあないだろ。しかし黒髪の女性?ひょっとして異世界召喚またやらかしたの、あの国?」

 そういや、この世界、黒髪ってあんまいないらしい。魔力がよほど高くないと黒にはならない、とかなんとか。

 ちなみに黒髪以外は、特に魔力との関連性はないし、召喚者の黒髪は別扱い、らしい。


「そのひょっとしてだ。ライゼル国の召喚魔法のエラーで弾き飛ばされたところを、ハイウィンが拾ってきたのさ。今は何故か抑えられておるが、現れたときの魔力量も凄まじいものであったぞ」


 そういえば、なんで見た目の魔力量が減ったか説明してないな。まあ今はしなくていいか。


「ほう。エラーか、とんまな事を。おっと、初対面のご婦人に挨拶もなしはいかんな、失敬。

 お初にお目にかかる、俺はカルセスト、そこなモンテイードの兄の一人だ。以後、宜しく頼む」

 あたしのほうに向きなおると、そう挨拶して優雅に一礼するカルセスト王子。おお、なんかすごく王子様然としてる。


「ご丁寧にありがとうございます。あたしは……今はカーラと名乗っております。召喚された者なので、家名はありませんが」

 椅子から立ち上がって、シエラちゃんにちょっと教えてもらったように、スカートを少しつまんで、カーテシーの真似事。

 なかなか難しいんだ、これが。

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