第2話 第一異世界人。

 グリフィンのおねえさん、ハイウィンドブラストさんの大きな翼がふわりと風を捉え、そのままゆっくりと、城塞の中庭に降り立つ。


(さあさ、降りるがよいよ)

 そっとそのまま伏せてくれたので、よっこいしょ、と降りてみる。しかし、なんだこの服。マキシ丈のスカート?邪魔だなあ。

 とはいえ、なんだかいい生地のような気がするし、破らないよう気を付けよう。当たり前だけど、着替えなんて持ってるはずもないのだし。


「どうした、ハイウィン、客人を連れてくるなど、そなたらしからぬ」

 グリフィンさんに声をかけながら出てきたのは、藍色の長い髪の男性。美形、かな。顔の美醜にあまり興味はないけど、まあ綺麗なほうの顔立ちなんじゃないかな。額には複雑な文様の入ったバンダナ、いかにも魔法使いっぽいローブ、その下はゆったりしたズボン?片手には、長い木の杖。

 髭はない、若い、背は高いけどやせ型。あとなんだ、目の色は……琥珀色。


【どこぞの阿呆がまた異界びとを召喚しおったようでな、助けを求めながら落ちてきたので、拾って参った】

「またか……しかし、落ちてきたとは奇異な。普通は召喚陣の中に現れるもののはずだが」

 二人は親し気に話している。なるほど、確かに仲は良さそうだ。


「あー、なんかエラーでリリースされたとか聞こえたから、事故ったっぽいです」

 そういえば、しつこくエラーを言い渡されていた気がする。魔力変換したら過剰だからポイ、とか随分無礼な話よね。


「そ、そうか。成程、これは……えげつな、いや、凄まじい魔力量だな……召喚陣の安全装置が働いたのだろうが、災難であったな、お嬢さん」

 えげつない?えげつないって言いかけませんでしたこの人?あなたへの心象が一気に下がるわよそれ?


「まさか空中に放り出されて延々落ちるなんて目に合うとは思わなかったわね。そもそも召喚とか意味不明なんですけども」

 少なくとも、あたしが生きていた時代に、召喚という言葉はあっても、それは、あくまでも架空の、フィクションの出来事だ。魔法なんて存在しませんからね。発達しすぎた科学は魔法のようなもの?生き物召喚とか瞬間移動は実装されていませんでしたよ?


「意味不明、ときましたか。成程、お嬢さんは魔法に親しみのない世界の方のようだな」

 男性がふむふむと頷いている。あ、これは、失礼ながら、研究馬鹿タイプの予感。


「フィクション……物語では結構見かけたけど、実在は証明されてませんでしたね」

 一応返事はしておくけれど、いい加減名前くらい聞いてくれてもいいんじゃないかなあ?


 ってあれ?名前、あたしの、名前?


 嘘でしょ。記憶にないんですが?記憶魔法がどうのこうのって、まさか、消すほう?

 いや、色々思い出してみたけれど、消えたのは名前だけだ。天涯孤独で、家族は死別。ここに来る直前までいたのは、治験のために移転した先の都市の病院。年齢……うん、まあ、覚えては、いるわね。ハハハ。


「いかがなされたお嬢さん、顔色が良くないが。どこか具合でも?」

 男性が、覗き見るように、そっとあたしの顔を伺っている。


「ああいえ、なんでも……いや、なんでもないわけでも。名前が。……名前だけが、判らなくなってしまった、みたい」

 取り合えず、事実だけ告げる。

 驚かれるかと思ったら、男性はああ、と軽く頷いた。


「成程、判った。その症状は、特定の国に召喚されたものだけに出るもの。恐らくやらかしたのは、ライゼル国だろう」

 なんだと?どんな欠陥召喚してんだその国。毎回人を召喚しては名前を奪ってるの?どんだけ迷惑!?


 あからさまに、怒りが顔に出てしまったらしい。男性がちょっぴり後ずさった。さっきから微妙に失礼だなこの人!


【これ、モイ、そのような態度は失礼であろうが。そもそもさっきから名乗りもせず、名も聞いてやらぬとは、ほんに人付き合いのへたくそなことじゃの】


 うわあ、ハイウィンドブラスト女史、辛辣ぅ。


【ああそうじゃ、娘御よ、そなたも普段は、我のことはハイウィンと呼ぶとよい。名を全部呼ぶのは、呼び出す用事のある時だけじゃぞ】

「えっ、ハイウィン?名を教えたとな?この子に召喚を認めた?」

 モイと呼ばれた男性が、びっくりした顔でハイウィンさんを見る。


【魔力も高いし、肝の座った、なかなか見どころのある娘御である故な。それよりも、いつまで立ち話をさせるつもりじゃ?腹は減っておらぬのか?喉は?】

 そう言われてみれば、空腹感はともかく、喉は乾いてるな。結構盛大に叫んだからかな。


「ああ、喉は乾いてるかも、結構叫んだし。何か飲めるものあったら、ちょっとでいいんでください」

 もうちょっと下手に出ようかとも思ってたんだけど、この人割とナチュラルに失礼系だしもういいや。雑にいっちゃえ。


「あ、ああ、済まない。よければ中へ。茶くらいは出せる、多分」

【……お主また寝食忘れて研究書と戯れておったな?!ええい、埒があかぬ!】


 ハイウィンさんがそう言ったかと思ったら、ぼふん!と煙。

 煙が消えた時には、グリフィンさんはいなくて、白髪緑眼のえろい美魔女が立っていた。身体に密着する革のスーツ?でボンキュッボンですわよ。

 人の形を取れる霊獣様かー、物語としてはテンプレ感増したわねえ。残念ながら、今のあたしにとっては、物語ではないのだけど。

 あたしとしては、もふもふしてるほうが好みだわね、いや今はそういう場合じゃない。自重。


「ヒトガタを取るのは面倒くさいんじゃぞ、ちったあしゃっきりせい、モイよ」

 ぷんすことした表情が、雰囲気のえろさをぶち壊して、非常にかわいい。これハイウィンさんだよね。


 通された室内は、結構酷い乱雑さ。ああやっぱりこの人研究馬鹿系だ。病院というか、プロジェクトリーダーの仕事部屋がこんな感じだった。

 あの人も大概研究馬鹿というか、ひとを人と思わないとこあったなあ。色んな意味で、もう会わないだろうけど。


 空いてる場所にささっと机と椅子を配置しなおし、あっという間にお茶を淹れて戻ってくるハイウィンさん。手慣れてるな?


「さあおあがりよ、異界の人の子の口に合うかどうかは判らぬがね」

「ありがとうございます」

 受け取ったお茶を口に含む。そういえば、普通のお茶を飲むのは久し振……り……?


 あっま!!!!!なにこれあっま!!!!!甘ったるい!!!蜂蜜じゃないしなにこれ???


〈検索:甘味料/分析結果:樹液シロップ、樹種不明〉


 まただ。なんだこの声。でもそうか、シロップか、言われてみればメープルシロップの味が近いな。あれよりはすっきりさっぱり系のようには思うけれど。


「む、口に合わぬか、我の好物なのだが」

 ハイウィンさん、まさかの甘党だった。まじか。グリフィンて、肉食のイメージしかないんだけど。


「ごめんなさい、ちょっと、甘すぎなんで、薄めて、欲しい」

 一口飲んだけど、流石にこれ以上は、無理。あたしもともと、どっちかというと、辛党、なのよ。


「ハイウィン……いくら自分が好きだからと、ティーシロップをそのまま人間に出すのはダメだと前にも言ったろう……」

 疲れたような顔で、男性が小さなやかんを持ってきて、あたしの呑みかけのカップに、違う液体を注ぐ。結構強い茶色みがあるけど、今度はなんだろう。


 もう一度、口をつける。今度は程々飲めるくらいの甘味に、僅かに、いやそこそこの苦み。矯味材入れた薬茶っぽいわね。実際は矯味材に薬茶が入ったわけだけど。後味は、意外とすっきり。


「おいモイ、それは、煎じ薬ではないか。茶とは言わんじゃろう」

「一応お茶だとも、ヘンチャナは確かに効能を書いていい程度の薬効はあるうえ、ちょっとならず苦いかもしれんが」

 ぼそぼそと話し合う二人をよそに、呑み切る。まあ、病院で飲んでいた、錠剤のくせにゲロ苦い、マジでクソ苦い薬に比べれば、甘みも、経緯はともかく添加されてるわけだし、かわいいものだ。


「ごちそうさまでした。確かに苦みはありましたけど、案外いけましたよ?」

 そう言ってやったら、ふたりして、妙なものを見た、という顔になった。解せぬ。


 念のため、苦いお茶の効能を聞いたら、健胃と滋養強壮だった。センブリか?

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