第3話 あたしの、名前。

「いやはや、ここまで名乗りもせず失礼した。私はモンテイード・ハルマンと申す者。何故かハイウィンはモイなどと略しおるが、イードと呼んでいただければ」

 人心地ついたところで、ようやっと男性が名乗った。


「イードさんね。あたしは……名前が判らなくなっているから、名乗りようがないわねえ、どうしようかしら」

 あんまり長い名前ではなかった気がするんだけどね。気がするだけだから。


「それじゃが、名はできるなら自分で付けたほうがよいぞ。妙な繋がりなど出来るのは困るじゃろ」

 ハイウィンさんが、謎の忠告。繋がり?


「ああ、そうだな。ライゼルの連中、召喚者の名を奪って、自分達が使役しやすいように勝手な名をつけると聞き及んでおるし」

 うへえ、名前でそんな事ができる世界か、嫌すぎるわよ、それ。


「あくまでも、ヒトや魔力持ちの獣にかような事ができるのは、名無しの状態の時だけ、かつ力量差がある場合のみ故、だからこそ、己で付けてしまうのがよかろうよ」


 名前、名前かあ。そうねえ。


「じゃあ、とりあえず、カーラで。長いほうがいいなら別にするけど」

 ってだめだ、もう変えられない、って何かが言ってる感じ。例の変な声とは別の、何か。


「後から変更は無理じゃと思うぞ、言い忘れてしもうたが。気に入らぬなら、通名を別に用意するのもありであろうが」

 ハイウィンさんがうっかりした、と顔に書いている。


「ううん、なんか自分に馴染む感じもするから、これでいいわ。今日から、あたしはカーラ。まあ苗字とかない普通の人でいい、のかな?」

「そんな膨大な魔力量の『普通の人』なんておるまい……聖女か巫女か、相応の大貴族家……でもちょっと無理があるな、どうしたものか」

 イードさんが、なにやら考えこんでいる。魔力量が問題?


「そうだのう。確かに、この魔力量は下手な国に関わらせられんぞ。聖女は確か去年あたり、どこぞの国に出た故、枠がなかろうし」

「ああ、ヘッセン国のヘンシェン家のベアトリス姫であったか、確かに、以前お会いしたあの方は、聖女と呼ぶに相応しい魔力と清廉さを兼ね備えておったな」

 取り合えず話しあう二人の会話を聞いているけど、どうやらこの世界?は複数の人間国家があって、そのうちのいくつかが異界のヒト召喚を好んで行う上に、素行が悪い国、ついでに言えば少数派、であるようだ。

 さっき上がったヘッセン国は、割とまともなほう。聖女様も自国の貴族のお嬢様だそうだし。

 で、魔力の高い人はだいたい貴族とか王族、そうじゃない出自でもそれに近い立場に持ってかれるから、平民ではいられないらしい。


 やだなあ、あたしド平民の暮らししか知らんよ?いや、ド平民つっても人生半分病院だったし、この人たちの世界とは、文明自体が明確に別物だけどもさ。

 召喚とか魔法とか、あたしのいた世界にはありません。ない、はず。ちちんぷいぷいで病気が治る魔法があったらなあ、と思った事なら、ないでもないけど。

 そもそも、貴族制だの王政だの、あたしにとっては、歴史の遥か彼方、太古の話だもの。

 あたしの先祖の生まれた極東には、まだ歴史的に認められた王族の血筋の人自体はいるけどさ、確か。実権なんて、当然ない。


「ところで、今いるここはなんという国で、イードさんはどういう立場の人なんです?」

 話を聞くのも飽きてきたので、区切りのよさげなところで、訊ねてみる。


「この国は、ハルマナート。ここはほぼ国境の、いわば辺境だがね。この先に国はない。ただ、迷いの魔の森があるのみさ」

「で、こやつはこの国の女王の末息子じゃ。召喚術師の研究に没頭したいと辺境に引きこもっておるがの」


 うそーん、まさかの、王子様?そんな雰囲気、微塵もないぞ!


「はは、末も末、二十男だからな。居ないのと変わらんよ。無事妹もできたのだし、いい加減臣籍に降ろして欲しいのだが、中々裁可が降りん」

 うわあお、ハーレムありか、この国?いやまて女王様って言ったわね?あれ?


「ああ、勘違いするでない、この国の王族は、我と同じ卵生で、長命でやたら子が多いのじゃ。龍の血を引いておる故な」

 うわあなんだその設定過多。というかここのグリフィンは卵生なのか。妙なことを覚えた気がするわね。


「長命といっても、平民の皆がおよそ七十年少々生きるかどうかのところを、百と二十年ちょっとまで生きる、程度だ。大した差異ではなかろう。祖先はもっと長命だったというが、流石に随分と血が薄まっているからな」


 イードさんの琥珀色の瞳は、龍の血を引いている証なんだそうだ。

 そして、卵を産むのは女性王族だけだそうで、この国は代々女王が国を治めている。

 イードさんにやたらめったら兄弟が多いのは、数年前にようやっと女の子が生まれるまで、ずっと男子しか生まれなかったから、だって。

 一回に三~五人生まれて、一回のお産で生まれるのは、卵でも全員性別は同じ、但し見た目は案外変わる。不思議な話だ。


 あ、そういえば、あたしの今の姿ってどうなっているんだろう。なんか、別人になっている気がしていたような。

 幸い鏡はあるそうなので、見させてもらう。


 おおう、美少女、キタコレ。

 緩やかに波打つ亜麻色の長い髪、健康的な、でも日焼けはしていない白い肌とピンクの頬、唇もつややかに。二重瞼にぱっちり開いた瞳の色はエメラルドというよりは、翡翠のたおやかな緑だ。

 お胸のサイズは大きすぎず、小さすぎず。前のあたしは痩せすぎて、本来のサイズが判らなくなるくらいというか、ぶっちゃけその前からつるぺたまな板だったからなあ。

 前のあたしより身長が低いけど、ぶっちゃけ、それは前が高すぎただけで。今くらいのほうが女の子してていい感じね。

 結論。今なうのあたしったら極上美少女、大勝利。だけどだいたいそういうのはトラブルの元。知ってる。


 それにしてもこの服、生地も手触りがいいし、どうみてもドレスというべきでは。いやまあフリルやリボンみたいな装飾はごく控えめだから普段着っぽくもあるのだけど。


「そういえば、ちと古いが、いいものを着ておるのう。普通に貴族の子女と言われれば納得できる程度には」

 スカートを軽くつまんだりしているあたしに気付いて、ハイウィンさんが意見を述べる。


「確かにそうだな。蜘蛛絹ほどではないが、なかなか良い生地を使っている。豪商か貴族の御令嬢の普段着か、そのお下がりといったところか」

 育ちがいいせいか、イードさんも的確に材質を分析している。


「それにしても、召喚される前と姿が違うというのも、奇異な事。何故そのような事に」

 あれ、やっぱりこれ、普通じゃないのか。


「あたし、実は元の世界だと、もうすぐ死ぬような病気だったんだけど、そういえばなんか飛ばされた時に健康不良でなんかコンバートするとか聞こえた、ような……」

 ん?コンバート?再構成とか治療じゃなく、入れ替え……いやあれは原義だと変換?どっちだ?


「コンバートだって?魔法陣を作るときに単語を入れ替える魔法でしかないはずだが、生き物どころか、人に対して使える、だと?だとすれば禁呪指定確定じゃないのか?」

「その魔法は知らぬが、他人の身体と強制的に入れ替えられたということかの?替えられた方もいい迷惑、どころではないな、死病か……」

 ふたりが見る間に険しい顔になる。ああ、意味としては、入れ替えのほうなのか。


 ……ええ?入れ替え?まさかの、他人乗っ取り案件?

 え、嫌、いやだ、流石に、他人の身体を奪ってまで生きていたいわけじゃないわ、と思ったところで、突然の、めまい。


 なんだ?と思ったら、目の前に、知らない街の片隅の光景。


 魔女だ!悪魔の子め!という民衆の声の中、大斧が振り落とされる先にあったそれは、見まごうことなき、あたしの顔、姿。


 すぱんと、いったかどうか。結果を見せることなく、幻影は掻き消えた。親切なのか鬼畜対応なのか、どっちだこれは。


「どうした、何か具合でも」

 どうやら無意識に体がふらついたらしい。イードさんもハイウィンさんも、あたしの肩に手を寄せて心配そうに。


「なんか、今、幻影?が。あたし、死んだ」

 だめだ、言葉が途切れ途切れに。

 ああでもそうだわ、この声も、あたしじゃ、ない。


 更に激しいめまい。流石にちょっとこれはきつい。と思ったら意識が飛んでいた。

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