第9話 アンスンとエリアナ
早朝からアルとグレアム様の手合わせは中々決着を見ないまま長引き、気付けば騎士団傭兵団に自警団とグレアム様が連れて来た王宮の護衛騎士たちが周りを囲んで観戦をしていた。
「ふぁ、やっぱりアルは凄いなぁ」
「そうねぇ学園では上手く誤魔化していたけど」
「ああ、ですね、剣技も魔法も十番以内に入るけど絶対三位以内には入らない、でしたから」
「あれはあれで、凄い技術よね」
学園のアルを知るエリアナ様との会話はとても楽しい。
影ながら見るしかなかった三年間のアルを語れる日が来るとは思わなかった。
「座学はエンスト様がいらしたから」
「そんなことは」
「三年間座学トップでいらして謙遜は嫌味ですわよ?」
「うっ」
僕には座学しかなかった、対してエリアナ様もアルも座学に体術に魔法全てをこなしていて羨ましくもあった。
「あ、決着つきそうですわ」
「アル!頑張って!」
声をかければアルの剣がグレアム様の剣を弾いて飛ばした、そのまま足を払って尻餅をついたグレアム様に剣を向けた。
「降参、やっぱり勝てなかったっていうか兄さんまた強くなってません?」
「ここに居れば実戦に事欠かないからな」
そんなやり取りをしていたアルに駆け寄ってタオルを渡す。
「ありがとう」
小さく笑って汗を拭うアルは見惚れるほど美しい。
「凄かった!アルはやっぱり凄い!」
ぴょんぴょんと跳ねる僕をアルがジッと見つめる。
「そんなに喜ぶならたまには手合わせを見てもらうのも良いな」
「それ、間違いなく俺がやられるやつじゃねえか」
「勝てばいいんだよ、ケイン」
ちぇっと小さく呟いたケインに笑ってしまう。
まだ昼までには時間があるのとギャラリーをしていた団の連中がアルとグレアム様の手合わせでやる気を漲らせているため、折角盛り上がっている今ならと訓練を始めるらしいので、僕はエリアナ様と邸に戻ることにした。
サロンでお茶を飲みながら他愛ない話をしているとエリアナ様が微かに憂いを帯びた気がした。
「アルフレッド様を呼び戻そうとする勢力があるの」
え?と僕は固まる、ヒヤリと足元から冷えて行くような感覚。
「まあグレアム様が黙ってないのだけどね」
「で、でも王太子殿下もいらっしゃるのに」
「ええ、王妃様も王太子殿下も私やグレアム様だってもうアルフレッド様を縛るつもりはないのだけど」
「だったら」
エリアナ様が綺麗な眉を顰めた。
「殿下の瞳の色を覚えてる?」
「え?いえ、それがわかるほど近くで見たことがないので」
遠目に何度か見かけた王太子殿下の印象は王妃様と同じ黒髪の。
「王族の特徴である紫の瞳、それを持っていないのよ」
「そ、それだけで?で、でも紫の瞳ならグレアム様だって」
「グレアム様は臣籍に入ると宣言しているし、彼は側妃の子だからね」
馬鹿馬鹿しいと思う、けれどこの理不尽な馬鹿馬鹿しさの中にアルはずっと居たんだ。
「まあ、させないけど」
エリアナ様が力強く笑った。
「ナンセンスよね、能力だけなら王太子殿下は次期国王として申し分ないもの」
エリアナ様の言う通り、王太子殿下の評判は王都に居る間に耳にする限りかなり良いといえる。
「くだらない派閥争いよりやらなきゃならないことなんて幾らでもあるでしょうに」
ため息を吐きながら話すエリアナ様を見ていると、何故か安心感に包まれた。
この方たちが居るならきっと大丈夫だと信じれる。
「グレアム様は臣籍になる前に粛清するつもりなのよ、本当に困った人、私を平気で巻き込もうとしてらっしゃるのよ?」
ねぇ?と笑うエリアナ様は言葉とは裏腹に楽しそうだ。
「それにこの一年、あなたとアルフレッド様がやってきた外交のおかげでこちら側の諸国との関係が良いものになっているのよ」
アルの力を認められて嬉しくなる、僕一人では頼りない諸外国との交渉はアルが上手く纏めてくれていた。
「あなたが居てくれて良かったわ、アルフレッド様が幸せそうだもの」
「それは……」
「やだ、誤解しないでね?私アルフレッド様は全く好みではなかったのよ?どちらかと言えばやっぱりこうグレアム様のような」
扇子を開いて顔を隠すエリアナ様の耳が赤い。
「随分楽しそうだな」
「賑やかな声が外まで聞こえていたよ」
朝の訓練が終わったのかアルとグレアム様がサロンに入って来た。
隣に座ったアルは風呂上がりだろうか良い香りを漂わせている。
メイドが慌てて持って来た冷えたレモン水を飲み干すとアルはふうと息を吐いた。
「グレアムから聞いたが、俺を王都に引っ張り出したい奴らがいるんだと?」
「させる気はありませんよ?」
「お前たちが居るなら大丈夫だろ」
「折角の機会ですからね、帰ったらちょっと大掃除でもしようと思います」
「アンスンが巻き込まれないなら好きにすれば良い」
「あ、アルも巻き込まれて欲しくない、よ?」
僕がそう言うと三人が微笑ましげに僕を見た。
「兄さんが彼を選んだ訳がわかる気がするな」
「やらんぞ」
「心配しなくても私にはエリアナが居るので」
「最初から俺じゃなくお前とエリアナを婚約させるべきだったと思うんだがなぁ」
「あら、そんなことをしたらアルフレッド様はまだ王宮に居たかも知れないわよ?」
クスクス笑うエリアナ様にアルは肩をすぼめて返した。
午後になるとケインを伴いグレアム様とエリアナ様は町に出かけて行った。
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