第5話 収穫祭の花飾り

 週末が近づくに連れて男爵邸でも浮ついた空気が目に見えてきた。

 特にメイドたちはソワソワと忙しない。

 「今年は花飾り貰えるかしら」

 そんな言葉を耳にする回数が増え、俺はちょうど洗濯中のメイドたちを捕まえて聞いてみた。

 「花飾りとは何だ?随分耳にするのだが」

 王都から来た俺がこの地方について疎いことはすっかり邸中に知られており、こうやって聞けば頬を染めたメイドが気分良く教えてくれる。

 「あ、えっと男性がお付き合いしたい人とかプロポーズしたい人にこの時期に町で買える花飾りを贈るんです」

 ほう、そんな催しがあるのか。

 「白い花は付き合ってください、ピンクの花は結婚してくださいとか」

 ふとあの黒に近い深い茶の髪に白やピンクの花をつけるのを想像する。

 淡い花色はあの髪や濃い藍色の瞳によく映えるだろう。

 「花飾りは町で買えるのか?」

 「あ、あ、アル様は贈られる方がいらっしゃるのですか?」

 上擦った声をあげたメイドの一人が前のめりに問いかけてくるのを、片口角だけあげて「さあな」と誤魔化した。

 週末まで二日ある、俺は町へ出ることにした。

 メイドの話の通り町に出れば雑貨屋や出店に花飾りがたくさん出されている。

 宝飾店の出す花飾りもあった。

 銀細工の細い編み込みがしてあるブローチにピンクの花を模した紅水晶が付いていた。

 暫く考えてそれを手に取る。

 「彼女へプロポーズですか?」

 手揉みをしながら出てきた店主に曖昧な返事を返して金を払うと俺は足早に店を後にした。

 その姿を誰かに見られているなど、考えもせずに。

 一日経って冷静になり始めると、いきなりピンクの花飾りを買うのはおかしかったのではないかという気持ちが湧き出てきていた。

 そもそも男爵とはいえ貴族であるアンスンは女性の伴侶を得て嫡子をつくる義務がある。

 同性愛に寛容な国だが、そんなものは平民や貴族でも子を持たなくて良い三男や四男などだ。

 俺の出自を知るアンスンに俺がこれを贈るのは彼に無理をさせてしまわないだろうか。

 そんな事を考えていたからだろうか、収穫祭に合わせて物流が増えた男爵領に半年前の王子が起こした醜聞が流れてきた。

 プラチナブロンドの緩くウェーブがかかる髪にアメジストの瞳、俺の似顔絵が入った新聞が彼方此方で見られるようになった。

 たった一日で。

 今でこそ伸びた髪をまとめているが、領地に来た当時の俺を知るもののうち勘の良いものは俺の正体に気付いたようだった。

 俺は邸の庭にあった黄色い花を一輪摘んでアンスンの執務室を訪れた。

 花を渡して明日の収穫祭は矢張り行けないと告げるとアンスンは濃い藍色の瞳を目いっぱい見開いて花を手にした後、俯いて「わかりました」と小さな了承をした。

 去り際、ケインに寄りかかりながら嗚咽を漏らす姿を見ないように執務室の扉を急いで閉めた。

 別に誰が何かを言うわけではない、騎士団にしろ傭兵団にしろ自警団にしろ、邸のメイドも王都の醜聞を知りながら俺にはこの半年と変わらず接してくれていた。

 翌日の収穫祭は邸の殆どの使用人が町に出かけていく。

 最低限の人員で邸を回しているがそう困ることがないようにしっかり準備をされていたらしく、昼食を取りに食堂へ向かえば俺の食事だけ運ばれてきた。

 「少し、いいか?」

 食事を始めた俺に声をかけてきたのはケインだった。

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