第6話 アンスンの事情

 領地から離れた王都の学園への入学は不安と不満しかなかった。

 辺境の、飛地にある領地はモンスターの出没も多く僕のような剣もろくに握れない者には難しい地だった。

 だから剣に優れた弟を領主にして僕はその補佐をすれば良い、学園へ行くのは男爵を継ぐ弟にと進言したものは当の弟を含む邸の全員に反対されて学園に入学させられた。

 人の良すぎる家族、邸の人間たち、期待は僕には重すぎた。

 学園では寮に入った。

 同部屋は同じく地方の男爵家の子息で三男らしい、明るくよく話す彼は気の弱い僕に最初こそひっきりなしに話しかけてきていたけれど三日もしないうちに話しかけてくることはなくなった。

 入学式のため真新しい制服を着て重い足取りのまま寮から学園に向かううちに緊張で動けなくなっていた僕が初めてアルを見たのはこの時だった。

 気怠そうに着崩した制服、遅刻しそうなのに気にするわけでもなくゆったり歩く堂々としたアルはプラチナブロンドの髪が陽射しに溶けそうに輝いていた。

 すらりと高い背に決して細くはない筈の筋肉質な細身に見える体は、時折吹く風に捲られた上着の下から覗く腹筋でしっかり鍛えているのがわかった。

 その彼のアメジストの瞳が僕を捉えた。

 「具合、悪いのか?」

 「あ、いえ、その」

 「同じ一年だよな」

 返事をする前にしゃがみ込んだ僕を抱えて抱き上げた彼がこの国の王子であると知ったのは壇上で威風堂々挨拶をする彼を生徒席から見上げた時だった。

 その後、卒業するまで一言も話すことはなかったし、元々王子であるアルの周りは高位貴族の子息に固められていた。

 婚約者のエリアナ様ですら、用もなく話しかけることが出来ない程にアルの周りは随分と閉鎖的だった。

 成績こそアルは十番以内を常にキープしていたけれど、それが態と狙ってやっていると気付いていたのは僕以外ならエリアナ様ぐらいだろう。

 だから例の子爵令嬢がアルに付き纏い始めた時は僕だけではなく誰もが驚いていた。

 あっという間にアルの周りの男子学生を籠絡した彼女はいつもアルにくっついて回っていた。

 が、彼女がアルやその周辺の高位貴族の子息以外と仲良くしているのは見たことがなかった。

 そのアルが起こした前代未聞の醜聞、最初の宣言後はひと言も話さないでなるように任せていたアルは廃嫡と王都追放を言いつけられて連れられて行った。

 僕はすぐに後を追うつもりだった。

 僕を止めたのはエリアナ様だった。

 エリアナ様からアルを男爵領で匿って欲しいと告げられ驚きを隠せなかった。

 どうやらエリアナ様は今回のことを知っていてアルを自由にしたかったらしい。

 弟王子もまたエリアナ様から聞いていたらしく、頭を下げられた。

 僕は二人にお願い関係なくアルを保護したいと申し出て、了承を貰って彼を追いかけた。

 王都の外の森でアルを見つけた時はゾッとした、話し込んで遅れたせいで失ったのかと。

 けれど幸い息があるのがわかったのですぐ治療を施し宿に連れて行った。

 それからの日々は驚くほど楽しかった。

 アルの意思を確認して男爵領に留めれたことも、幼馴染で護衛のケイン相手に僕を取り合っているのも。

 だから、期待してしまった。

 収穫祭の花飾りをアルが買っているのを見た時に、余りにも不相応に期待をした。

 蓋を開ければなんてことはない、僕は何かを告げる前に振られてしまったんだろう。

 ケインが慰めるように王都の半年前の新聞が出回っているせいだと言ってくれたが、そうではない。

 アルには僕が知らないところであの銀細工の花飾りを贈りたいひとがいるのだ、婚約者がエリアナ様だったんだから僕みたいな貧相な男なんて目に入るわけがないのに、馬鹿だから期待してしまった。

 仕方がない、あの入学式の日に一目惚れしてしまったんだから。

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