自分勝手な感情
四葉 六華
自分勝手な感情
彼女が死んだ。
その瞬間を、俺はこの目で見ていた。
伸ばされた腕と、見開いた目。長い黒髪は乱雑に切り落とされており、いつもつけていたマスクも引き裂かれていた。お気に入りの、つばの広い帽子と赤色のロングコートは元の色がわからないくらい汚れていた。もとから青白い肌だから本当に死んでいるのかわからなかったけれど、胸元に空いた穴は彼女が死んでいると証明するには十分すぎた。
彼女は殺された。憎いアイツの手によって。
彼女の時間、午前三時。海の見える三浦の街。その、大通りで。
悔しい。目の前で見せつけられるように殺されたことが。
悔しい。彼女を救えなかったことが。
憎い。俺から全てを奪ったアイツが。
憎い。何もできなかった、自分自身が。
どうして、冷静でいられようか。
廃墟の影から体を起こす。ぼろぼろと柱が崩れ、残骸が地面を埋めた。
壊れた屋根の隙間から、ぴかぴかと光が降り注ぐ。エネルギーが身体の中を駆け巡り、ぐっと拳を握って一歩足を踏み出した。
最近は、夜の街でさえも明かりが出ている。人の顔を視認するのも簡単で、アイツもすぐに見つかるだろう。俺はほくそ笑みながら、夜の街を闊歩した。
アイツは、案外簡単に見つかった。夜でも眩しい白いパーカー、艷やかな茶色の髪。くるくるとよく回る瞳と、小柄な肉体。長い前髪を片側に寄せるその姿は間違いなく、俺から彼女を奪ったアイツだ。
見つけた後、俺はアイツを観察することにした。確実に復讐するために。隙を見つけるために。
★
1ヶ月観察してわかったことは、アイツが外に出るのは土曜日の夜だけだということ。それに、たまに外に出ない日もあるため日付を固定するのは難しい。平日の夜は何か家でやっているようだ。家の中から笑い声が聞こえる。
まだだ、まだ情報が足りない。もう少し観察しよう。
3ヶ月が経った。アイツを見るたびに、悲しみと怒りが湧いてくる。彼女を失った悲しみと、不甲斐ない自分自身への怒り。その感情はだんだん蓄積されていき、両の手のひらに変化が訪れた。これでアイツを殺せるくらいの力が手に入ったということだろうか。しかし、まだ様子を見ることにする。全ては、確実に殺すために。
半年が経った。手のひらの変化は全身に及び、果てには体を覆うまでになった。今では、もとから自分の体だったかのように自在に扱うことができる。普段は彼女のロングコートを真似して体にまとわせているが、いざ戦うというときには指の先に伸ばすように展開する。しかし、この力はアイツに届かないと知ってしまった今、別の方法を考える必要がある。
9ヶ月。ようやく、アイツを倒す算段を立てることができた。彼女の仇を取るためなら、悪魔に魂を売ったって構わない。なりふりをかまっていられるものか。あと少し、贄を用意することができれば、復讐を果たすことができる。待ってろよ。
今日で、彼女の死から一年。アイツの行動は観察し尽くした。打てる手は全て打ったし、保険だって万全だ。
今日こそ、仇を討つ。
彼女の力を借りて、アイツの下へ向かうこととする。
この日記は、彼女の下へ置いておく。どうか、見ていてくれ。君の仇を討つところを。
★
チャリ、とチェーンが鳴る音が、夜の街に響く。彼の腰についているチェーンアクセサリーが擦れた音だった。
草木も眠る丑3つ時、この1年間
彼はソイツと、顔を合わせていた。
元が誰だったかもわからない、怨念に塗れた体。その手には、血がこびりついた巨大な鋏が握られている。付着している血は既に乾いていて、赤というよりかは黒のような色をしている。ソイツは彼を見た途端、ぶわりと殺気を溢れさせた。それは本能によるものか、それとも。
彼はきゅっと目を細めると、ソイツに一歩近づいた。口元の笑みも忘れない。
「久しぶり」
かけた言葉に、返事はない。なぜなら、ソイツはもう、空気を震わせる機能を持っていないから。それでも、彼は言葉を止めなかった。
「1年ぶりだね。見ない間に成長したみたいだ。……まあ、定期的に観察してはいたけど」
彼はスッと手を掲げ、胸のあたりで人差し指と中指をぴんと伸ばした。その指先に、緑色の光が宿る。
飛びかかってきた怨念――幽霊をサッと躱し、彼は緑色の光を幽霊に向けた。
「自分勝手で悪いけど、倒させてもらうよ」
こちらに突進してきた幽霊をサイドステップで避け、彼は指先に意識を集中させる。緑色の光が段々と黒っぽくなっていき、ピカリと一瞬輝いた。
その瞬間、彼は指先を幽霊に向ける。緑色の球が連続して5発、幽霊に向かっていった。
突進後の硬直でその全てをモロに喰らった幽霊は、体にまとった怨念を撒き散らしながら姿を消した。カラン、と幽霊が持っていた鋏が地面に落ちる。数秒それに指先を向けた後、彼はゆっくりと手を下ろした。
「ふぅ……よかったー」
本日の除霊が予定通り終わり、安堵の息を吐き出す。ショルダーバッグから御札を取り出し、鋏に貼り付けると、鋏はぐんぐん小さくなり、彼の手にすっぽりと収まった。
「無害な幽霊だと思って見逃したら、急に強くなるんだもん。びっくりしたよ……」
鋏を封筒にしまいながら、彼はぽつりと独り言をこぼす。
「まあ、口裂け女は元は整形手術を受けた女性だったっていう伝承があるくらいだし……顔は良いのかもね?」
そう苦笑していると、彼のスマホが声を上げた。彼はポケットからスマホを取り出し、耳に当てる。
「はいはーい。こちら
『なら良し。で? 期限を超過してまで今日にする理由があったのか?』
「まあね。去年の今日、俺は口裂け女を退治した。覚えてる?」
『あぁ。覚えてるさ、お前の昇格のきっかけになった依頼だ』
「その現場に、彼女に恋してたのが居てさ。せめておんなじ日に殺してあげようかなって」
そう言うと、スマホの向こうから押し殺した苦笑が聞こえた。彼とは長い付き合いだ、上は言いくるめてくれるだろう。その代わりにまたこうやって駆り出されるわけだが、水村は妖怪とか幽霊とか、非現実的なものが好きだった。そんなものに一度でも多く出会えるのであれば、むしろ自ら志願するような人間だった。1つ文句があるとすれば、彼とバディを組んでいると勘違いされる点だろうか。自分に依頼を押し付けてくるような輩とタッグを組んだ覚えは無いのだが。
『
「またねー」
言い終わったかどうか微妙なタイミングで切られ、楓は苦笑した。スマホをポケットに仕舞い、足元から手帳を拾い上げる。
「さっさと殺せば良かったのに。怖かったんだろうけどさ」
それをパラパラと眺めたあと、ショルダーバッグに入れた。そして辺りを見渡し、誰も居ないことを確認すると、楓は廃墟の柱をちょん、と突っついた。
元々あの幽霊の本拠地であり、幽霊から溢れたエネルギーによって辛うじて原型をとどめていた廃墟は、楓が刺激を与えたことによってガラガラと音を立てて崩れた。後に残ったのは、なぜ放置されていたのかわからない、もう元が何だったのかすらわからない瓦礫の山だけだった。
「まあ、素直に殺されるつもりもないんだけど」
楓は瓦礫の山を一瞥すると、この場所に来た道順を辿って帰っていった。
彼の後ろ姿を、満月が煌々と照らしていた。
自分勝手な感情 四葉 六華 @Liriy-Clover
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