第27話 咎人牢墓(後編)

「罪人は死ぬべきです。死んで、償うべきです……」


 フミカは、石碑に書いてある文字を読み上げる。陰鬱な空気をさらに淀ませるようなテキストだ。その隣には走り書きがしてあり、死なせてくれ、という擦れた文字が消えかけている。


「なかなかに過激な思想ではあるよね」


 現代日本の倫理観とは全く異なる、ダークファンタジーの世界。

 不滅になれるなんて聞けば、フミカは間違いなく飛びつく。

 嫌悪感を抱く人もいるだろうが、それはデメリットを恐れてのことだろう。

 デメリットなしに不滅になれるというのなら、諸手を挙げる人の方が多いはずだ。

 

 しかしここにいる人たちは死を渇望している。

 死が希望となっているのだ。

 

 何の理由もなくそう思うはずはない。

 過程が存在するのだ。生きるのが辛い、という。

 辛くなかったらきっと、死を望まない。

 では、そうなってしまった所以は何か。 


「まず何が罪か、という話になります」


 ヨアケが心をへし折られたミイラを観察しながら呟いた。

 手を振って反応を確かめるがピクリともしない。

 このようななりでも生きている。

 

 古代エジプトでは、後世で復活を果たすため、ミイラを人工的に作っていたという話もあるらしい。

 だがきっと、このミイラは望んでいないだろう。


「何が罪かって……悪いことだろ?」

「髪を染めたり、喧嘩をしたりか?」

「うるせえよ」


 風紀委員ナギサに言い返す不良生徒カリナ

 カリナの意見には、フミカも同意だ。


「まぁ犯罪……ですよね」


 物を盗んだり、人を殴ったり。

 嘘を吐いたり……殺したり。


「この世界における、犯罪とはなんでしょうか。窃盗は罪でしょう。暴行も。詐欺だってそうです。他にも、言い出せばキリはないとは思います」

「だったら――」

「でもここまではしないでしょう。不滅者の心を折って、閉じ込めるという作業に見合う刑罰だとは思えません」

「軽犯罪なら、咎人牢墓に送るほどではないってことですか」


 アルタフェルド王国にとって、牢墓送りが最大級の刑罰。

 それに相応しい咎とは何かを、ヨアケは考察しているのだ。


「現代日本で一番の罪と言えば――」

「殺人……」


 いや、これは日本に限った話ではないだろう。世界の法律にフミカは詳しくはないが、それでも人殺しが重犯罪である国がほとんどのはずだ。


「忘れてはいけないのは、この国の住民は死なないということです。楔の花の恩恵によって。つまり、殺人の重さがわたくしたちとは違います」


 もちろん、軽く済ませていい犯罪ではない。

 しかし、現実よりは重くないのだ。


「殺した相手の立場にもよるでしょうが。単に殺すだけで、牢墓送りとするには安直な気がしますわ。もっと何か、この国では絶対に行ってはいけないタブーがあるような気が」

「タブーねえ……。人殺しよりも重い罪か……」

「順当に行けば国家転覆か?」

「死なない人々の国を転覆させるのは、骨が折れそうですわね」


 ヨアケが微笑むと、薄暗い通路の先から、何かが接近してくる。

 死なない――死ねない死者の群れは、不完全な死を体現することになる。



 ※※※




「敵がいませんね……」


 深度が進むごとに、敵の数は増えていた。

 だが突然ぱったりと敵がいなくなり、静かな空間へと打って変わっている。


「これってもう、アレだろ?」

「ボスの時間か」


 カリナとナギサも、もうパターンを掴んだようだ。

 嬉しく思いながらも、フミカは戦場を確認する。


「洞窟なので、床が落ちたりはしなさそうですね」

「その分、入り組んでます。アルディオン戦の時よりも複雑かもしれませんね」


 今度のボスはどんなタイプか。

 警戒しながら進んでいると、また石碑が目に入った。

 内容を読もうとすると、ジジ、ジジ……と微かな羽音のようなものが聞こえた。

 何気なく音の方向へ目をやって、馴染み深いフォルムと対面する。


「クマバチ! 死にかけてる!」


 落ちたクマバチがひっくり返っている。まさに虫の息という状態だ。

 クマバチを救えば恩恵がある。石碑はヨアケに任せるとして、フミカはクマバチの救助を優先した。


「おい一人で突っ走るな」

「カリナ? 平気なの?」


 追いかけてきたカリナは平然とした様子だ。


「ヌメヌメ系じゃなきゃ大丈夫だって。どうやって回復させるんだ?」

「まぁ、コレとか?」


 花蜜を懐から取り出す。ハチは花蜜を吸って育つ生き物だ。相性の良さは考えるまでもない。

 ふたを開けて、注ぎ口をクマバチの口へと近づける。

 蜜の匂いに反応したのか、クマバチ自ら摂取し始めた。


「――お待ちになって!」

「え?」


 ヨアケに止められた時にはもう、花蜜を飲み終えてクマバチが復活していた。

 ご機嫌に狭い空洞をホバリングするクマバチ。

 しばし硬直したフミカたちだったが、


「何にも……ないですけど」

「……杞憂でしょうか?」

「なんて書いてあったんですか?」

「咎人には罰を。ただ、それだけです」

「意味がわからねえな。けど、あんたが気になったんなら、何かあるんじゃないのか」

「同意だね。気を付けなきゃ。あ……」


 クマバチが洞窟の奥へと飛んでいく。


「アイテム、くれなかったね」

「ケチな虫だぜ。命の恩人に対してよ」

「まぁとにかく先に進んで――うわッ!?」

「地震か?」


 突如として洞窟全体が揺れ始めた。揺れに呼応して、魔法陣のようなものがあちらこちらに出現する。


 ――どうしても、ですか。どうしても、のようですね。では少し、お灸をすえさせて頂きましょう。ああ、安心してくださいませ。神花と共にある我らは、死ぬ程度では滅びませんから。


「エンクレル……!?」


 彼女のセリフが終わると同時に振動は収まった。

 直後、BGMが流れ出す。おどろおどろしくもどこか神秘的な曲に合わせて、ボスのライフとスタミナゲージが表示される。

 

 ボス、改宗した者たち。

 土から水がしみ出すように、黒い液体が上からあふれ出てくる。

 それは一つの塊となって、人のような形を形成した。


「さっきからちらほらいた敵!」


 上層から中層にかけて、時折ポップしていた敵だ。

 黒色の人形のようなその敵は、触手のようなものを身体が突き出してくる。

 フミカは反射的にシールドで防いだ。

 自身のライフの傍に、特殊な状態異常の数値が表示される。


「無茶すんなよ! 呪い殺されるぞ!」


 貯呪池の時と同じだ。彼らの攻撃には呪い属性が付与されている。

 ライフゲージのみならず、状態異常についても気を配らなければならない。


「このままでは自由に動けない。散開する以外になさそうだ」


 現在、フミカたちは狭い通路の中で四人並んでいる状態だ。

 先頭のフミカは戦えているが、他の三人はまともに援護はできない。

 このまま敵が集中してしまえば、袋叩きにされかねないのだ。

 ナギサは平気かもしれないが、フミカは間違いなく持たない。


「しかし、それでは……」


 貯呪池のように、呪いの蓄積量が決まっているわけではない。

 ヨアケの危惧は当然だった。ばらけてしまえば、癒しのフルートによる回復が追い付かない可能性があるのだ。


「現状それしかないですね! なるべくたくさん吹いてください!」

「わかりましたわ!」


 ナギサが後方の改宗した者を蹴散らして、それぞれ別の通路に向かっていく。

 フミカは再度眼前の敵との戦いに集中する。

 

 呪いは厄介だが、一体一体はそこまで強くない。

 ハイルの時のような、集団戦のボスだ。油断しなければ負けない。

 

 メイスが頭部に命中する。ノックバックした敵がダウンする。

 必殺の一撃を、その背中にめり込ませた。

 

 敵が霧散している合間にも、新しい敵が染み出してくる。

 フミカは額に汗を掻きつつメイスで弧を描いた。



 ※※※



 フルートを演奏し終えたヨアケは、自分が触手に貫通されるのを目撃し、冷静に敵の背中をナイフで突いた。


「予想以上にシナジーがありましたわね」


 分身という囮を出せる暗殺者という職業は、ヒールを行う上でも有用。

 その予測が当たったことに安堵しつつも、思考の大部分はボス戦へと向けられていた。

 

 集団戦のボスは、何らかのギミックがある場合が多い。

 そうでもなければ、ソロプレイはともかく、マルチプレイではただの消化試合になってしまう。

 

 装甲虫オルドナーのような箸休め系ボスとも思えなかった。

 意味深な石碑が存在し、エンクレルのイベントまで存在したボス戦が、そんな単純なものであるわけがない。


(本当は、フミカさんと情報共有を進めておきたかったのですが)


 引っかかるのはクマバチの存在だ。これまでは、救出すればアイテムをくれた。

 それに、死にかけていたのも初めてだろう。

 

 何かしら、繋がりがあるようにしか思えない。

 とすれば……いや、しかし――。


「何が起こるかわからないというのは、困りもの、ですわね」


 ヨアケは微笑む。微笑みは、ヨアケが様々な人間と交流を行う上で身に着けた一種の武器だ。笑えば、相手は何らかのリアクションを取る。

 こちらの行動で、相手に選択させることができる。

 

 だが対峙する敵はしかし、微動だにしない。

 それでも攻撃をギリギリで回避して、喉元にナイフを突き立てることは容易だった。

 

 反射は難しい。

 けれど、予測はできる――知っていること、ならば。



 ※※※



「チッ――意外と面倒くせえなこいつ」


 倒す度に湧いてくる敵に辟易したカリナは、右手を軽く振る。

 炎の魔法はゾンビたちには良く効いた。

 しかしこの黒いドロドロマンには大した効果がない。

 

 ただし、魔法攻撃自体は通じるようで、マジックガントレットはよく通る。

 よって、さっきから殴り倒しているのだが――その工程が面倒だった。

 

 念には念を入れて、束縛のツタで拘束した後で攻撃している。

 安定はしているが面倒だし、何より魔力の消費も激しい。

 

 敵を撃破しても、ボスのライフはそこまで減っていない。

 このままでは魔力が先に尽きる。

 

 エレブレは、ライフを半分まで減らすとボスの行動パターンが変わる場合がほとんどだ。

 前半戦で飛ばし過ぎるのは良くない。

 その危惧ゆえに、カリナは杖を構えることを止めた。


「おらよ!」


 触手の動きは見切っている。

 威力は高いが単調。直撃さえ避ければ問題ない。

 自前の反射神経で巧みに回避し、拳を突いてダメージを与える。

 後一撃で倒せる――そう思った瞬間、敵が弾け飛んだ。


「んなッ!? なんだよ」


 水風船が破裂したかのように。周囲に飛び散った改宗した者の黒い液体は、ただ拡散しただけではなく、しっかりとダメージを与えてきた。


「くそッ!」


 毒づくが、危機的状況とは言えない。

 ボス戦前に存在した楔の花によって、花蜜は補充済み。

 拘束戦術のおかげで、消費してもいない。

 呪いについては……と、思考を回した瞬間、フルートの音色が聞こえてきた。

 

 横の壁から黒い液体がこぼれ出してくる。

 集って形となる前に、カリナは瓶に口を付けた。

 

 そして、味わう。

 この世のものとは思えないほどの甘美な味を。

 いつもより、美味しい。

 まさに――死ぬほどの旨さ。


「どうなって……くかっ」


 瓶が落ちて割れる。

 カリナが倒れる。破片が身体に突き刺さるのもお構いなしに。

 

 だというのに、悲鳴の一つも上げない。

 上げることが、できない。



 ※※※



「誰か死んだな」


 敵の首を刎ね飛ばしながら、耳を澄まして状況を確認。

 聞こえてくるのはメイスの打撃音と、ナイフが抉る音。

 無駄な動きはあるが、勝ち気で折れない足音が聞こえてこない。


「カリナ君か? なぜ?」


 ナギサはカリナの力量を精確に把握しているつもりだ。

 この程度の相手にやられるはずはない。

 

 懸念するとすれば自爆攻撃だが、それも即死級の攻撃ではない。もし仮に食らってしまったとしても、油断さえしなければ安全に回復できるはず。

 そこで結論が出た。


「――ヨアケ!」

「やはり花蜜ですか……!」


 ナギサの大声がヨアケに届き、返ってきた小さく透き通るような声音を、常人より鍛えられた聴力が捉える。

 土の壁越しに意思疎通を成功させた二人の意見は一致していた。


「撤退だな!」

「ええ。まずはフミカさんに――」

「無駄だ。もう音が聞こえない」


 最後に聞こえたのは、瓶が割れ肉塊が倒れる音。光となって消える音。

 フミカもまた、花蜜を飲んでしまったのだろう。


「では!」

「ああ。行こう!」


 鐘の音が洞窟内をこだまする。

 離れたところから響く音色を、自身でも奏でて。

 ナギサたちはボス戦から撤退した。



 ※※※



「な、なんで……?」


 楔の花で復活して早々、フミカの口を衝いたのは疑問だった。


「一体どういうことだよ? バグかなんかか?」

「ここまで露骨なバグはないと思うけど」


 ゲームが複雑化・高度化するにつれて、バグも比例的に増大しているという話をフミカも聞いたことがある。

 しかし当然テストプレイはしているし、レトロな時代と違って、修正パッチもオンラインで配信している。

 たまに冗談みたいなバグが見つかることはあるし、フミカ自身も遭遇したことはあるが、これほどあからさまなバグに出くわしたことはない。


「わたくしも仕様だと思いますわ」

「戻ったんですね」

「お前たちは平気だったのかよ」

「そう気を落とすな。君たちのおかげで死なずに済んだ。無駄死にではない」


 不満げなカリナを、ナギサが窘める。

 実際、二人が無事であることは希望だ。

 四人で力を合わせればなんとかなるってことなのだし。


「けどよ、流石に回復できないのはキツイだろ。そこの風紀委員とは違ってよ」

「花蜜以外の回復方法も、あるにはあるけど……」


 薬を用いた回復手段もあるが、あまり推奨はされない。

 効率が悪いのだ。いちいちアイテムを購入しなければならないし、隙も多い。

 所持数も限度がある。

 とは言っても、必要なら使わなければならないが……。


「それにイベントも進んだようですわ」

「え?」


 ヨアケの視線の先を辿ると、もはや仲間と呼んでいい存在が直立していた。


「カンパニュラさん!」

「良くぞ、ここまで辿り着いたものだ。流石だな」


 褒め称えてくれる花の騎士。

 その姿は、とても頼りがいがあった。




 改宗した者たち。

 フミカは無宗教なので想像する他ないが、改宗とは気軽にできるものではないように思える。

 宗教は、その人にとってとても大切なものだ。

 

 そうでなければ毎日欠かさずお祈りをしたり、断食を行ったり。

 集会に熱心に参加したりなんてするはずがない。

 文化であり、心の拠り所であり、宗教戦争という悲劇の引き金になったりする場合もある。

 

 それほどまでに重要で重大な、人の根幹である部分を変えるためには。

 

 信仰心が揺らぐほどの素晴らしい説法を説くか。

 暴力で、強制的に改宗させるしかない。

 

 彼らは何か信じるもの……信じていたものを無理やり変えさせられた。


「可哀想……」


 同情的に呟くが、それは敵には響かない。

 システム的な理由だが、もしそうでなくても聞こえなかった気がする。

 彼らはもう壊れているのだから。


「私は、信じるよ」


 強い信念を持って、信心を砕かれた敵と戦う。

 一体一体は大した相手ではない。集団戦のボスはいつもそうだ。

 

 メイスで腕を叩き、足を殴り、怯んだところに強めの一撃。

 ダウンさせて、その足を掬う。必殺の一撃を、顔面に振り下ろす。

 

 反撃は食らっていない――物理的には。

 しかし着実に呪いは蓄積する。

 返り血……返り呪水が。

 

 されどフミカは気にせず、戦闘を続行する。

 銀のメイスを薄暗い洞窟の中を煌めかせて。

 

 信じる。

 信じている。

 自身の推論を。

 そして、仲間の推理を。

 さらには、かの騎士が味方であることを。

 

 フルートの音色は聞こえない。それでも、信頼は揺るがない。

 呪いのゲージが限界値に迫る。

 

 改宗した者の刺突を盾で防いだ。

 黒い液体が飛び散って身体に付着する。

 

 呪いが限界値を超えた。

 フミカの全身を、邪悪な呪いが蝕んでいく――。



 ※



「こうして、礼を述べるのも何度目か。クマバチを救ってくれたこと、感謝する」

「いえいえ!」


 緑色のフルフェイスヘルムによって、カンパニュラの表情は窺えない。

 それでも、耳障りの良い声と誠実な態度、礼儀正しさで彼の言葉を素直に受け取ることができた。

 もはや、この世界における清涼剤と言って差し支えない。

 

 ダークファンタジーの中で唯一、人を優しく照らす太陽のような男だ。

 或いは、闇夜を照らす月光のような騎士。

 頭部の花飾りもまた、温和なイメージを補強している。


「状況から推察するに、貴殿は今、足止めを食らっているのではないか?」

「足止めと言えば、足止め……ですね。この先でちょっとトラブルが」


 カンパニュラとエンクレルの関係性がわからないので、言葉を濁して説明する。

 と、カンパニュラはヘルムの下側に手を当てた。


「花教絡みのようだ」

「花教……?」


 脳裏をよぎったのは、エンクレルの微笑みだ。

 同じ笑みでも、ヨアケのソレとはベクトルが違う。


「手を貸したいのは山々だが、誓約がある。助力はできないが、あくまでも、禁じられているのは直接的な手助けだけだ。間接的ならば、問題はなかろうよ」

「理屈はそうかもしれませんが、よろしいのですか?」

「善悪を判断するのは、私ではない。委ねてみよう。私も、この先に用があるのでな」


 ヨアケの指摘を気にすることなく、カンパニュラはフミカに向き直る。

 じっと見つめられている気がする。目線は見えない。

 それどころか、どんな顔かすらもわからない。

 

 それでも、何かがある。

 そんな風に、感じられる。


「貴殿は今、罪を犯した状態だ」

「罪、ですか」


 フミカは振り返って、仲間たちの顔を見回した。


「罪を犯したのならば、そそがねば。花教の信徒は、あえて花蜜を口にしないことによって、自らの信仰心を試すのだ」

「花蜜を飲まなきゃいいってことか? けどよ――」

「私は騎士だ。魔法の専門家ではないが、ある程度の知見はあるつもりだ。この魔力反応。恐らくは、反転しているのではないか?」

「反転、ですか?」


 フミカは聞き返すが、カンパニュラは答えない。

 苦しそうな息を吐き、言葉を続ける。


「……私の助力はここまでだ。この場の空気は悪すぎる。流石は殺戮将軍。人を貶めることに長けている。少し休んでから、赴くとしよう。貴殿の健闘を祈っている」

「はい、ありがとうございます!」


 カンパニュラとの会話が終わる。高潔な騎士は膝をついて休み始めた。

 フミカたちは互いに目配せをした後、来た道を戻り始める。

 再戦のために。



 ※



「……生きてる!」


 フミカの命を奪うはずの呪いは、効力を発揮しなかった。

 それどころか、回復した。ライフが満タンになる。

 

 反転している。

 

 カンパニュラの言った通り。

 信じた通りだ。


「これなら!」


 フミカは強気でメイスを振るう。

 隣の通路からは拳を振るう音が聞こえた。

 きっと同じように、ヨアケとナギサも戦っているのだろう。

 

 ダメージを必要最低限に抑えて、定期的に呪いを受け続ける。

 呪いは祝福となって、フミカたちの身体を癒していく。

 

 数で物を言わす改宗した者たちはもう、障害でもなんでもなくなった。

 順調に撃破していって、全員で道の終わりに辿り着く。

 終点には、黄金に輝く楔の花が咲いていた。


「これをぶっ壊せば――」

「待て」


 拳を振り上げたカリナをナギサが止める。

 以前なら文句を言っていたであろうカリナはハッとして、


「そっか、そうだな」

「そうだ。だろう?」

「そうですわね。では、フミカさん」


 三人に促されて。

 満を持したフミカが、メイスを仕舞う。

 代わりに、花蜜の瓶を取り出した。


「反転、しているのなら!」


 極上の味の花蜜。

 黒蜜のようなドロリとした液体を、楔の花が被る。

 

 まるで、塩酸を掛けられたが如く。

 しゅわしゅわと煙を放ちながら、楔の花が解けていった。


 ――おお、禊をなされたのですね。それはそれは、とても良いことでございましょう。知恵もあって、勇猛果敢。さぞ素晴らしい栄養となりましょう。どうかどうか、神花のことを第一に考えて。その信仰心を忘れることなきよう。いずれまた、相まみえんことを。


 エンクレルのセリフが終わると同時に、ボス撃破の表示が出る。

 しかし今回は珍しくアイテムが手に入らなかった。

 不思議に思いながら石扉を開けると、


「これは墓、か?」

「誰のでしょうか?」


 ぽつんと。

 通路の先に一つだけ。こじんまりとした墓石がある。


「どれどれ――って、何も書いてねえな。無銘の墓ってことか?」

「何の手掛かりもないね……うわッ!?」


 突然ホバリング音が響いて、フミカが飛び上がる。

 頭上からクマバチが近づいて来ていた。前足で何かを掴んでいる。

 クマバチはフミカの足元にそれを投げ捨てると、役目を終えたかのように飛び去って行った。


「さっき助けたお礼、かな……?」

「で、なんだそりゃ。盾か?」

「銀色の盾ですわね。恐らくは……」

「そ、装備していいですか!」

「無論だとも。君にこそ相応しい」


 許可を得て、フミカは盾を装備する。

 名前は、騎士フェイドの盾。


「フェイドシリーズです! やった!」

「テキストはどうでしょうか」

「えーっと……騎士フェイドの盾。かの騎士は守りにも長け、どのような攻撃を受けても怯むことなく突き進んだ。盾があるから、勇猛ではない。勇猛だから、盾を備えるのだ。ゆえに、手放すことにも躊躇しなかった。それが誰かの、守りになるのならば、と」


 本家伝来の、意味深テキスト。しかし考察するための情報が足りなすぎる。


「で、どういうことだ?」

「これだけじゃわからないよ。ヨアケさんはどうです?」

「わたくしからもなんとも。ひとまずは保留にしておきましょう。ここは陰鬱な場所ですから、早めに進んだ方が良いかと。反転の仕組みもいまいちわかっていませんし。にしても、呪いが祝福になるなんて、面白いですわね。そうは思いませんか? ミリルさん」

「そう、だね。そうかもね……」


 ミリルは曖昧に頷く。

 フミカは心配の眼差しで、小さな妖精を見つめて。


「おい、置いてくぞ?」

「あ、待ってよ!」


 仲間たちの後を追いかけた。



 ※※※



 薄暗い洞窟を、甲冑を身に纏う騎士が音を鳴らして歩く。

 しかしその歩みは力強く、恐れてもいなかった。

 敵に不意打ちをされたとしても、その緑色の鎧はきっと、穿たれることはない。

 頭部に花飾りを頂く騎士は、名も無き墓の前で身を屈めた。


「遅くなった。待たせたな、友よ」

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