第24話 準備期間
戦いにおいて、数は重要な要素だ。
しかしそれは質を伴うという前提での話だ。
質無き量は烏合の衆。
史実でも、数で勝る軍勢が、質の高い少数精鋭に蹴散らされる話は珍しくない。
「お見事ですわ」
「この程度、当然だ」
ナギサは始末した巨大なセミを見つめながらサーベルを仕舞った。
虫沼の楽園に巣食う虫たちは、レベルが上がったナギサとヨアケにとって敵ではない。
否、厳密に言えば初期レベルからナギサの敵ではなかった。
「この先に、アイテムが隠されていると?」
「わたくしもフミカさんも、そう考えています」
正規ルートから外れた沼地の奥。
その先に有用なアイテムが隠されているという推測は、見事的中した。
セミが止まっていた木の陰に、宝箱が隠されている。
おまけに、通知も来た。
ミッションクリアの報告が。
「セミの討伐完了か。妙な字面だが」
「ゲームですから」
報酬として通貨と経験値が手に入る。
遠回りな状況であることは否定できない。
次のステージに行かず、クリアしたステージに舞い戻っているのだから。
しかしこれは、効率的に攻略を進める上で必要な手順だという。
急がば回れ、というやつだ。
少し前の自分であれば、異論を唱えていただろう。
しかし今は。
「次はどの敵を倒せばいい?」
「殺戮砦へと転移して、兵士を片付けましょう。連携の練習もしたいですし」
「練習の必要性は感じない」
「そうですか?」
微笑みを返してくるヨアケに、ナギサも笑って応じた。
「しかし楽しくはあるからな」
「そうですわね。もう少し、楽しみましょう」
技術的には無用でも、悦楽的には有用だ。
楔の花の元へ戻る最中、ナギサは疑問を口に出す。
「しかし、フミカ君たちの方は大丈夫なのか?」
「それは、どうでしょうかね」
ヨアケは意味深に言葉を濁した。
※※※
城館へと至る道を逆走するカリナは、隣のフミカに問いかけた。
「ポイント貯める方法、いろいろあるんだな。ミッション報酬にもあるとは」
「そう、だね……」
フミカの返事は歯切れが悪い。
原因については考えるまでもなかった。
カリナは、フミカから見えないようにそっと自身の唇に触れる。
形も、その感触にも変化はない。
しかし、以前と比べて、決定的な差異があった。
(ったく、なんでこの組み合わせを……)
忘却されし屋敷で鍵を入手した後は、順当に次のステージに向かうのだとカリナは思っていた。
そこへ提案をしたのがヨアケだった。
――準備期間にしましょう。
そのアイデアに経験者であるフミカが納得した以上、カリナとナギサが意見する余地はなかった。
このタッグも、ヨアケの提案だ。
絶対にそうした方がいい、と念を押されて。
「わたくしは、応援してますからね!」
という微笑みは、記憶に新しい。
「市民、来たぞ」
「うん……」
カリナは小剣、フミカはメイスで応戦した。対応は問題ない。初期ステージの敵など、もはや敵ではない。
それでも連携は乱れている。
敵の強さではなく、自分たちの心情のせいによって。
問題なく撃破こそできるが、このままでは勝てるものも勝てなくなってしまう。
せめていつも通りに振る舞ってくれれば、カリナも合わせられるのだが、フミカは気まずさ全開だ。
「市民を十体倒せば、ミッションクリアだ」
「そだね……」
市民を魔法で吹き飛ばしていると、再会を思い出す。
ノリノリで魔法少女ごっこしていた自分を、フミカに目撃された時のことを。
出会った当初は、距離感の遠さで悩んでいた。
今は距離の近さに当惑している。
嬉しい反面、寂しくもあるし、恐れもあった。
正直に欲望を吐露してしまえば、もっとステップアップしたい。
しかし別の欲求もあるのだ。
もっと単純で、それがゆえに愛おしくて、大切にしたい気持ちが。
だから、声を掛け続ける。
「この前ゲットした魔法なんだけどさ、どう使えばいいんだ?」
「そお、だね……」
フミカは心ここにあらずな様子。
思い切ってカリナはフミカの前に出た。
「教えてくれよ、頼む……」
頼み込むが、フミカの視線が逸れていく。
「で、でもさ。私に聞かなくても。……ヨアケさんとか、ナギサさんとかならもっとすごい方法思いつくかも」
事実ではある。
戦闘の天才と頭脳明晰な二人。彼女たちに聞けば、きっと自分が思いもしない方法を提示してくれるだろう。
しかし今求めているのは、効率的な運用方法でも、革新的な戦闘技術でもない。
「お前に聞きたいんだ。ゲームが好きな、お前に」
フミカは驚いて、しばし目を伏せる。
そして思い直したかのように破顔した。
「そこまで言われちゃ、しょうがないね」
その反応が嬉しすぎて。
カリナも、自然に笑みをこぼした。
※※※
意固地になっていた、というわけではない。
ただ、どうすればいいかわからなかったのだ。
こんな気持ちになったのは初めてなのだから、対処方法だって知り得るはずもない。
思考停止で遠ざかろうとしていたフミカに、カリナは勇気を持って踏み込んできてくれた。
思い返せば、再会してどう接すればいいかわからなかった時も、カリナから誘ってくれたのだ。
彼女の勇気に、こちらも応えないといけない。
「これって単純に、拘束する魔法でしょ」
束縛のツタ。オラクルが残した魔法だ。
メニュー画面の魔法一覧から説明を読むフミカに、カリナは肯定する。
「こいつ自身にダメージはないみたいだ」
つまり頭空っぽな状態で使うような魔法ではない。
何かと組み合わせることを前提とした魔法だ。
「素直に受け取るなら、敵を足止めして味方に攻撃してもらう……とかか?」
「もちろんそれも使い道の一つだけど、カリナと相性が良い魔法だと思うな」
オラクル戦を思い出しながら、目の前で彷徨う市民を見つめる。
フミカの予想通りならば。
「あの敵に使ってみて」
「オッケーだ」
カリナが杖を振るうと、魔法陣から出現したツタが市民の両手を拘束した。
行動不能となっている市民がじたばたと抗うが、抜け出すのには時間が掛かりそうだ。
「今度は炎を使って」
「おう」
炎の球体が、敵へと向かっていく。
直撃を受けた敵が炎上した。
……より詳細を言えば、ツタが燃えて火力が上がったのだ。
「炎でツタが燃えたのか」
「花の魔法は炎の魔法と相性がいいんだよ」
現実で草花が火に弱いように。
単独でのコンボ技によって、敵に大ダメージを与えられる。
オラクル戦でもカリナは高火力だった。
パーティー内でもっとも火力が高いのは、魔法使いであるカリナなのだ。
「市民相手だとオーバーキルだけど、今後は、これを使うぐらいでちょうどいいレベルの敵が出てくるんじゃないかな」
エレブレは後半になるにしたがって、凶悪な敵の数が多くなる。
単純な攻撃だけでは通用しなくなるだろう。
カリナの存在の重要度……ありがたみが増してくる。
そこでふと、お礼を言い忘れていたことに気付いた。
「そういえば、ありがと」
「なんだよ? いきなり」
「オラクル戦でさ。恐慌状態から助けてくれたじゃん」
忘却されし屋敷にて。
行動不能に陥っていたフミカへ、カリナが花蜜を飲ませてくれた。
ヨアケ辺りから聞いていたのだろうか?
珍しい状態異常だから、説明を後回しにしていたのだが。
「え? あれビビってたんじゃないのか?」
「……へ?」
「リラックスさせるために、飲ませただけだぞ」
どうやらただの勘違いが功を奏したらしい。
思わず笑みが漏れた。カリナはきょとんとしている。
「違うよ。あれは状態異常で動けなくなってただけだよ」
「そうなのか? てっきりトラウマにでもなってたのだと。あたしの……ミミズみたいに。だから、あの時みたいに……」
「あ、そっか……」
虫沼の楽園で、カリナを落ち着かせようと花蜜を飲ませたことがある。
だから、カリナも同じことをしたのだ。
胸の中が、温かい気持ちでいっぱいになる。
この気持ちの正体については……それとなく、理解できる。
「こっちを探してみようか」
最初に訪れた時はレベルも装備も貧弱で、十分な探索ができなかった。
だが、今は違う。
市民をメイスで吹き飛ばしながら、道を開けていく。
と、知らない場所に出た。
街から外れた、人気のない廃墟。
崩れた家屋の前で、巨人が何かを守るように仁王立ちになっている。
「あいつって確か」
「門番騎士ガーディンだね」
プレク城館への門を塞いでいたボス。
装甲虫オルドナーと同じように、かの巨人も雑魚敵になっているのだろう。
しかしいくら格落ちしたとはいえ、通常の敵よりも強力であることに変わりはない。
そんな敵が無意味に配置されているとは到底思えなかった。
「やっちまうか?」
「もちろん!」
威勢よく返事をして、メイスとシールドを構える。
「じゃ、早速試すか」
フミカが疾走している間に、背後から魔法が発動した。
ツタが敵へと放たれて、巨人の四肢を拘束する。
なす術もない巨人へ、フミカがメイスの殴打を食らわせる。
しっかりとダメージが入っている。
ガーディンには魔法耐性があったが、束縛のツタそのものを打ち消す能力はないようだ。
ちょっと可哀想になるくらいに、一方的に攻撃を加える。
まるで餅つきのようだ。カリナが拘束して動きを止めて、フミカが殴る。ツタが解けたら離れて、拘束されるのを待つ。
互いが互いの邪魔をしないように、息を合わせてリズムよく。
負けすぎて心が折れかけたのが嘘みたいに、あっさりと巨人は沈黙した。
「いぇーい!」
ハイタッチを交わす。そのスキンシップに、もう躊躇いはない。
「守ってたのはそいつか?」
「そうみたいだね」
廃屋にボンと置かれている宝箱。
罠がないかチェックして、中身を確認する。
「……なんだろうコレ」
「手甲じゃねえのか?」
「そうなんだけど」
マジックガントレットという名前のアイテムのカテゴリーは防具……ではない。
武器だ。拳闘武器という特殊カテゴライズの装備。
「魔法使い用の武器みたいだけど」
「あたし向きってわけか?」
「どうだろう……使ってみる?」
カリナはサブ武器である小剣を外して、マジックガントレットを装備した。
両腕に魔法陣が記された黒いガントレットが装着される。
何度か拳を素振りすると、白い光が空間に炸裂した。
「どう?」
「いいぜ。これであたし本来の実力が発揮できる」
ヤンキーが用いる武器は拳だ。つまり現実世界での喧嘩殺法を、そっくりそのままエレブレの中に持ち込めるということ。ヤンキーカリナの再来だ。
その事実を、フミカは恐れない。かつては震えあがってしまっただろうに。
慣れではなく……カリナという人間を知った――思い出したから、怖くない。
「えーっと、変わり者の魔法使いエンディオが考案した魔法武具。魔法とは、杖で行使するものとは限らない。常識を、殴り飛ばせ。だってさ。カリナにぴったりかもね――って、うわッ!?」
フミカは驚く。突然敵に奇襲を受けたから……ではない。
味方の魔法を受けたからだ。
四肢が拘束されていた。カリナが発動した束縛のツタによって。
「ちょっ!? 何するの?」
「いや、装備変更しても魔法が残るのか気になったからさ」
杖で魔法を使用してすぐに、マジックガントレットに装備を変えたのだろう。
しかしツタはその効力を保ったまま現存している。効果時間が切れるか、外部攻撃を食らうまでは残り続けるようだ。他の魔法でも同じだろう。
「選択肢が増えたぜ」
「そりゃいいことだけどさ。一言言ってよ」
拘束される側としてはたまったものではない。
と、フミカを見ていたカリナが、にんまりと笑った。
その表情には見覚えがある。
竜の通過路で、ナギサを罠に嵌めようとした時と同じ顔だ。
それだけじゃない。小さな頃に何度も見た。
「か、カリナ……」
「そりゃっ」
「ちょ、ま、ふはっ、うはははは!!」
笑いが漏れるのは楽しいからではなく。
くすぐったいから。
カリナが意地の悪い笑みを浮かべたまま、フミカの鎧の隙間……両腋に手を突っ込んでこちょこちょをしてきたのだ。
「やめて、やめてよ、くふっ、ふはっ。あはははっ!」
制止はするが、本気で嫌……ではない。
友達同士のじゃれ合いのようで、ちょっと楽しいぐらいだ。
ただ、流石に連続でくすぐられると体力が持たない――なんて思った時、カリナの手が腋から逸れて、柔らかな部位に触れた。
「んぁっ!!」
思ってもみない声が出た。
甘い嬌声。えっちなマンガで、見るような。
漏れ出た瞬間、カリナの手がぴたりと止まる。
しばし見つめ合い、沈黙。
我に返ったカリナは、逃げるように下がり始めた。
「じゃ、じゃああたし……その辺の敵に試してくるから」
「ま、待ってよカリナ!」
走り去ってしまうカリナ。だがきっと、そこまで遠くには行っていないだろう。
そして、先程のような気まずい空気にも、もうならないはずだ。
もし仮になったとしても、今度はフミカの方が勇気を出す。
だから、今の問題は拘束が解けるまで放置されることで。
「……君たちさぁ」
「えっ、ミリル? 見てた……?」
いつの間にか、銀髪妖精がふわふわと浮いていた。
呆れた彼女は疑惑の眼差しを注いでくる。
「君さ、やっぱりMなんじゃないの?」
その問いかけで、フミカの頬が急速に紅潮する。
「ち、違う! 違うもん!!」
否定するフミカの声を遮るように。
兵士討伐完了、という通知がどでかく表示される。
準備は滞りなく終了した。
物理的にも、精神的にも。
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