第23話 忘却されし屋敷(後編)
「いましたーっ!」
扉を開けてすぐ、大声を放つ。
フミカに、ツタが飛来してくる。それをシールドで受け止めるのと同時に、ヨアケがフミカの隣を疾走していく。
ナイフが突き刺さった。青いドレスの胸元へと。
「ふふ、うふふふ。遊びましょう。もっと」
オラクルがツタに包まれて、窓の外へと退避していく。
これで三回目。深窓の令嬢とのかくれんぼは、混迷的で厄介だ。
「このまま、かくれんぼで終わりだと思いますか?」
「いえ、そんなことはないと思いますっ」
フミカの声は不自然に上ずっている。先程のアレを打ち消すためだ。
ヨアケはそんなフミカのことに気付いているのかいないのか、部屋のテーブルに置かれた、一冊の本を一瞥する。
パラパラと中身に目を通して、
「これは。読んでみてください、フミカさん」
「なんですか?」
本はどうやら日記のようだ。
〈先生は教えてくれました。どうしても欲しいものがある時は、魔法で虜にしてしまえばいいと。私には、それだけの才と資格があるのだと〉
誰かの思念が記されている。
フミカが読み終えたのを確認すると、ヨアケは本を閉じた。
「日記の主は誰だと思います?」
「ヨアケさんはどうですか?」
「予想はついています。フミカさんは?」
「私もです」
「じゃあいっしょに言いましょう」
せーのっ、と声を合わせて。
オラクルという名前がハモる。
「まぁ十中八九、ですよね」
「今回はかなりわかりやすい方かと思いますわ。ミスリードの可能性はゼロではないですが」
会話のキャッチボールが滞りなく行えている。
その事実がフミカの口角を上げ続けた。
「キーなのはきっと、先生という人物だと思いますが」
「それについては情報が足りませんわね。これまで、先生と呼ばれるに相応しい人物は出てきてませんから」
「一旦保留ですね」
きっとろくでもない人物なのだろう。
過去作では、先生や師匠と呼ばれるような教え導く者が存在していた。
剣術の師、魔法の師、戦法の指南役など。
しかしてプレイヤーから人気なのは、得てして自ら師とは名乗らないタイプだ。
いわゆる謙遜型。
先生を自称するタイプは、往々にしてろくでなしが多い。
「きっとそのうち出てきますよ。その時は、また考察しましょう!」
フミカの笑顔は輝いている。
楽しすぎる。エレブレの考察話を、こうもすらすらとできることが。
「ところでフミカさん」
「はい! なんですか?」
元気よく返事をしたフミカに、ヨアケは微笑みを湛えたまま、
「カリナさんとはどこまで?」
「……んん!?」
ぶっこまれた質問に、フミカはフリーズした。
どこまでとはどこまでなのか?
質問の意図は?
ヨアケは何を言わんとしている?
「いふ、は、ほ、ふえ?」
言葉にならない声を聞いて。
ヨアケはからかうように笑った。
※※※
カリナが飛んできた壺を避けて杖を構えた頃には、斬られた敵が斃れていた。
「相変わらずの早業だぜ」
「この程度、魔法を使うまでもないだろう」
「確かにな」
サーベルを鞘に仕舞うナギサとは同意見だ。
本命は屋敷のあちこちに転移しており、必然的に移動も多くなる。
すなわち、会敵回数も増えるというわけだ。
魔力量には限りがあるので、オラクルと戦う前にガス欠なんて間の抜けた事態になりかねない。
魔力薬も個数は決まっている。
楔の花に触れれば回復できるが、敵もリポップしてしまう。
それでは本末転倒だ。
「この部屋にはいないな」
「わかるのかよ?」
「異物は、一目見ればわかる」
そんなわけないだろ――と突っ込んでいただろう。
この世界に来る前は。
超人的なナギサには、ずっと振り回されっぱなしだ。
しかし今回ばかりは、その傍若無人な態度――実際には他人を気にするがゆえの行動――がありがたく感じる。
アレを思い出さなくて済む。
勢いに任せて、しでかしそうになった寄行を。
思えば、やらかさずに済んだのもナギサが割り込んできたからだ。
「……助かった」
「何がだ?」
無意識にこぼれた礼に、反応されてしまった。
深堀りされるのはまずい。
咄嗟に別の話題を声に出す。
「あ、あんたたちは息ぴったりでいいな。阿吽の呼吸って言うかさ」
「私とヨアケか? 長い付き合いだからな」
返答するナギサの顔はどこか誇らしげだ。
護衛と主人。そして、友達。
二足の草鞋で二人三脚をする二人の絆は、強固で効率的だ。
擦れ違ってはいたが、それも、互いを思い合った上でのこと。
そんな関係に、きっと自分とフミカはなれない。
諦観の念がカリナの胸中をよぎった。
「主にヨアケのおかげだが。彼女はとても頭がいい。だから、私が何を考えるのか理解してくれているし、行動を予期してもいる。私に合わせてくれているんだ」
謙遜するナギサ。
ヨアケに類似した質問を投げれば、同じような返答が返ってくる気がした。
「私は感情の機微を察することが苦手だし、他人を思いやることも不得意だ。正直に思ったことを言葉にしてしまうし、行動してしまう。かつてこう言われたことがあった。それはできる側の意見だと」
「あー確かに、ありそうだな」
ナギサは天才肌だ。特に身体能力に恵まれている。
生まれつきのフィジカルエリート。
他人に僻まれるのも、一度や二度じゃないだろう。
そして、こう言われるわけだ。
お前は特別だからズルい、だとか。
できない人間の気持ちはわからないなどと。
「その通りだと返したがな。私はできるから、できない人の気持ちなど理解できないと」
「いやもっとこう……あるだろ」
いくらなんでもストレートすぎる……が。
それがナギサの魅力であると、ナギサファンクラブのクラスメイトが言っていた。
当たり障りのない言葉では、気付けないこともある。
「言い繕っても仕方ないだろう。それとも、嘘を吐かれるのが好みなのか?」
「そういうわけじゃないが。トラブルになるだろ?」
「トラブルになったとして、私は問題なく対処できる。むしろ、大変なのは相手側だ」
「あー……まぁな」
話を聞く限り、ナギサはその手の問題を解決するプロだ。
ヨアケに関わるあらゆる危機を防ぎ、対処するために仕込まれた護衛。
能力も知識も経験もある。
そんな人間を陥れようとしたって、結果は目に見えているのだ。
ナギサは、襲ってきた使用人に刃を突き立てた。
別の敵の攻撃を弾きながら、何事もないように会話を続ける。
「かつての私は、抜き身の刀だった。その鞘となってくれたのが、ヨアケだ。彼女が緩衝材となってくれたおかげで、不必要に他人を傷付けずに済む。どうしたって避けられないこともあるがな。君だとか」
「喧嘩売ってんのか。……なんてな。冗談だよ」
カリナも、ナギサに舞い込んだ
以前決闘した時も、他の奴はすぐ降参した的なことを言っていたし。
カリナは、ナギサから離れた敵の背後を小剣で突く。
暗殺している間に、三人もの使用人が床に沈んでいた。
その差を見ても、悔しくはない。
付随して、負ける気はしないという気持ちもある。
矛盾しているようでぶつかり合わない不思議な感覚だ。
「やはり、君はガッツがある」
「あ? なんだよ」
「この話を聞いて。私と共同作業をした人のほとんどは自信を喪失するか、羨望の眼差しを向けてくる。しかし君は違うな。平常心のままだ。折れない心、根性がある。自分に芯がある人間は、他者の才覚を見たとしても動じないものだ」
「おだてたってなんも出ねえぞ?」
「率直な分析……ただの感想だ。褒めてもけなしてもいない」
こういうところがモテる秘訣なのだろう。
辛辣なようでいて、ただ事実を淡々と述べているだけだ。
「それに君は、私よりも思いやっているだろう」
「思いやり……あたしが?」
喧嘩早くて、不良なんて言われているのに?
ナギサが扉の前に陣取っている巨大なカエルへ、クロスボウを撃ち込む。
「君の喧嘩相手は数多くいるが、誰一人として再起不能となったという話を聞かない。むしろ丸くなったという評判ばかりだ。私とは違う」
「ただのまぐれだ」
「100%の事象を、偶然とは言わない」
などと会話しながら、ナギサはカエルを切り刻んでいる。飛来してくる家具を物ともせずに。
カリナも小剣で刺突を繰り出した。
苦し紛れの体当たりを、ナギサは避けずにブレイヴアタックで迎撃する。
カエルのライフゲージがみるみるうちに削られていく。
「私とこうやって行動できていることが何よりの証明だ。何も不安に思うことはない。相性はいいはずだ」
「相性?」
ナギサの兜割りを受けて、カエルが絶命した。
「フミカ君との話だ」
「そんなこと一言も言ってないぞ」
「違うのか?」
「……違くないけど」
カリナはカエルが守っていた扉を開ける。
ここも何の変哲もない部屋のようだが、不自然な箇所があった。
巨大な壺が、これ見よがしに真ん中に置いてある。
「しばらく距離を置いていた二人が、自然体で過ごせている――これを相性が良いと言わずして、なんと言えばいい?」
カリナは杖を構える。
無意味な攻撃は避けねばならないが、意味のある魔法行使であるならば。
「なんであんたが人気者なのか、わかってきたぜ」
炎が壺に迸る。
化けていたオラクルが姿を現した。
「あぁ、あなたじゃないあなたじゃない。私の大事な、大事な人は」
「うるせえ。元はと言えばお前のせいだ。借りは返してもらうぜ」
オラクルが窓の外へと撤退していく。
勝気なカリナの、眼差しから逃れるように。
※※※
「向こうは二回見つけたって」
「こっちも二回だから……後一回くらいですかね?」
ミリルの報告を受けて、フミカが考察する。
こういうのは回数が決まっている。
シングルプレイなら大体三回だが、マルチプレイなので五回に設定されているのだろう。
経験から出た予想に、ヨアケも頷き返してくれた。
「わたくしたちが見つけるか、ナギサたちが速いか。競争ですわね」
「どうせなら、賭けとかしても面白かったかもですね!」
「ボクは伝達係じゃないんだけどね……」
愚痴をこぼすミリル。色々ぼやきながらも、なんだかんだ手伝ってくれている。
「でも、助かっていますわよ」
「そうそう。これくらいはやってもらわなきゃね」
ただの傍観者でしかなかったミリルも、仲間らしくなってきた。
和気あいあいとしながら屋敷の中を進んでいく。
辿り着いたのは、倉庫のような場所だ。
宝箱が一つだけ、大切に仕舞われている。
「オラクルの偽装……ではなさそうですね」
「確認しますね!」
殺戮砦の二の舞にはならない。
慎重に近づいたフミカは、指差し確認を行う。
「右ヨシ、左ヨシ、上ヨシ、下ヨシ。宝箱に異変なし。攻撃は――」
ガツンとメイスで殴る。びくともしない。
「問題なし! 開けていいですか?」
「ええ、どうぞ」
促されて、フミカは宝箱を開ける。
中身は罠ではなく、ちゃんとアイテムが入っていた。
「なんでしたか?」
「これは――」
銀色の鎧の一部。
初見だが馴染みあるそれは、フミカの武器や鎧と同じ輝きを放っていた。
「足甲ですね。フェイドシリーズです」
「なるほど」
ヨアケが顎に手を当てる。
フェイドシリーズの優先権をフミカはもらっていたので、躊躇いなく装備するついでに、アイテムテキストを読んだ。
〈騎士フェイドの足甲。眩い銀の輝きを特徴とする防具。さしもの騎士も、娘には当惑した。狂気に包まれた執着から逃れるべく、自身の防具を置き去ったのだ。果たさねばならぬ使命のために。例え、秘術を犠牲にしたとしても〉
「これは……」
ヨアケと内容を共有すると、彼女は興味深そうに考え込んでいる。
「フェイド……執着……」
フミカも思考を回した。何かヒントがあるような……。
うんうん唸りながら脳内で情報を整理して、頭の中に稲妻が奔った。
「あーっ!」
「どうかされました?」
ヨアケの問いに答える。興奮気味に。
「フェイドですよフェイド! この装備にオラクルは反応してたんです!」
「けれど、あなたはフェイドではなく、フミカさんですわ」
「気が狂ってるからわからないんです。きっと、アルディオンもそうです!」
今際の際の恨み節も、フェイドに対して放たれたものだ。
そう考えると、辻褄が合う。
それに、未解決だったもう一つの疑問についても。
「もしかして、穏やかな悪夢に引き込まれたのも……?」
宿屋の主人は装備がどうとか言っていたし、後からカリナに聞いた話では、フミカが会話した時とセリフが違っていたらしい。
加えて、ハイルが妙に懐いてた理由にも合点がいく。
彼女も正気ではなかった。だから、フェイドの鎧を着る自分をかの騎士であると誤解して呼び込み、花蜜の味の違いで激怒したのだ。
嘘吐き、と。
思い返せば、フェイドのメイスもそこで入手したのだし。
まだ細かな疑問は残るが、フェイド関連であることは間違いない。
「どう思いますか? ヨアケさん!」
「わたくしも、同意見ですわ」
「ですよね!?」
食い気味に応じたフミカの前で、ヨアケは気まずそうに目を逸らした。
てっきりフミカの勢いに引いたのかと思いきや、どうやら違うようだ。
なんでだろう? と考えて、すぐに思い当たった。
「……わかってました?」
「確証はなかったのですが、それとなくは。伝えるべきか悩んだのですが……その……」
言い淀むヨアケ。
フミカは笑顔でお礼を言う。
「ネタバレしないでくれて、ありがとうございます!」
気を遣ってくれたのだ。フミカが考察を楽しめるように。
目を見開いたヨアケは、すぐに柔和な笑みを浮かべた。
「ふふ、ナギサの言う通りですわね」
「え?」
「こちらの話です。先に進みましょう。そうすればきっと、見えないモノも見えてきますわ」
「ですねっ!」
活き活きとしながら倉庫を出て、かくれんぼを続行する。
次なる部屋へと扉を開けて、中に入った瞬間、がちゃり、と反対側の扉が開いた。
「あれ? カリナ」
「ヨアケか。かち合ってしまったようだが」
貴族が舞踏会でも開きそうな広間で、カリナたちと合流してしまった。
別の部屋へ行こうとした三人を、ヨアケが呼び止める。
「お待ちを。きっとここで合ってますわ」
「ローラー作戦だったからな。見落としてはない、か」
答え合わせかのように、笑声が響き渡る。
オラクルが中央に出現した。無邪気に遊んでいるかのように、笑顔だ。
純粋無垢のように見えて、狂気に満ちている。
「流石は、流石は。愛しいお人。こうも私を見つけて下さる」
「四人だからな。当然だぜ」
カリナの声を聞いても、オラクルの視線はフミカ――が纏う装備に向けられている。
婚約者か何かなのか? でも、足甲の説明では逃げたとあった。
一方的な恋愛感情……片想い、というものか。
そう考えると可愛げがあるように思えるが、熱を帯びた視線には人を呑み込むような恐るべき何かがある。
ヤンデレは物語として楽しむ分にはいいが、実際に遭遇すると心身ともにやられてしまう……なんて話を、耳にしたことがあった。
狂気的な眼差しに怯んでいると、庇うようにカリナが立ち塞がった。
「お前をボコボコにしないと気が済まねえぜ」
「わたくしも協力しますわ」
「ヨアケの望むままに」
やる気マックスの三人に負けじと、フミカもメイスを握りしめた。
「私だって負けないよ!」
「ああ、遊びましょう、遊びましょう。心行くまで、何度でも。気持ちの良さに、果てるまで」
オラクルのライフとスタミナゲージが出現する。妖艶な曲が流れ始めた。
「果てるのはてめえだけだぜ!」
カリナが炎を飛ばすが、オラクルはツタでガードした。
流れるように連携を行う。
オラクルが攻撃に転じた瞬間、フミカが前に出てツタを防御した。
その間にヨアケが背後から一撃入れて、反撃をナギサがブレイヴガードで弾いた。
ツタがオラクルの足元に戻っていく。
そこへ、カリナがトゲ状に成形された炎を発射した。
「新技食らえ……! 炎の突起だ!」
炎がオラクルの胴体を貫通する。
勝ち誇った笑みを浮かべたカリナの表情が、ギョッとしたものへと変わった。
フミカも息を呑む。
エレブレシリーズは、一部の敵を除いて部位欠損がない。
このゲームがR18にならない所以の一つだ。
しかし、オラクルのお腹にはぽっかりと穴が開いている。
臓物がボロボロと零れ落ちたり、血がダラダラと流れ落ちる……ことはない。
満開、だった。
緑色の、美しい花が穴から生えていた。
「なんだこいつ!?」
「楔の花……!?」
「本当に、いけずなお方。早く、一つになりましょう?」
身体が貫かれたというのに、オラクルは笑っている。
楽しそうに、笑っている。
「っ、あれ……」
フミカのメイスを持つ手が震え始めた。
尋常ではない震え方だ。確かに恐ろしい。
狂気を感じて、どうにかなってしまいそうだ。
だとしても、ゲームでの話だ。このようにあからさまに恐れることはない。
身体の震えが止まらなくなることなど――。
(状態、異常……!?)
オラクルの瞳を直視し過ぎた。
オラクルは、状態異常を付与してくるタイプの敵だったのだ。
多くのRPGに存在する状態異常も、エレブレシリーズにはある。
ステータス異常――恐慌によって、フミカの身体の自由が奪われていた。
「か……っ」
言葉もまともに発せない。
一撃が致命傷に成り得るゲームでは、伝達不足は致命的だ。
察しの良いヨアケも気付いていない。ナギサは戦闘に集中している。
カリナは傍にいるが注意はオラクルに向けられている……。
「く、ぁ」
オラクルと目が合う。ゾッとするような眼差しに射抜かれて。
なす術なく、フミカは殺される――。
「むぐぅ!?」
唐突に視界が覆われて、口を塞がれた。
またオラクルに口づけされたのかと思った。
しかし感触が違った。硬質的で、覚えがある。
直後に流し込まれた液体の味についても。
こくりこくりと喉を鳴らして、飲み干した。
「治ったか?」
「うん、平気」
カリナが離す。フミカの口に押し付けていた花蜜の瓶を。
恐慌状態は毒や呪いなどの一般的なステータス異常とは違い、花蜜を飲むことで回復することができる。
と言っても、シングルプレイでは異常状態になると行動不能になってしまう。
予防的に飲むしか対策はないが、マルチプレイなら話は別だ。
「こういう時は、不死鳥の炎撃だ」
炎の壁でオラクルを阻んでいたカリナは、マルフェスからの贈り物を行使しようとする。
炎の照り返しで輝くカリナは、期待を込めて見つめてくる。
「時間、稼げるか?」
「もちろん!」
フミカはオラクルに突撃した。ツタを左右にステップして回避。
メイスを打ち込むとあっさり左腕が折れて、そこからまた花が生えた。
そして、花びらを飛ばしてくるのを、シールドで防御。
「ナギサ!」
「ああ!」
さらなる追撃を、ナギサがクロスボウによるヘッドショットで阻止。
直撃を受けた左目から、食い破るようにして花が咲く。
「ああ、ああ……溢れてくる、溢れてきます。あなたへの愛が、想いが」
オラクルのライフゲージが半分以下になっていた。
何かが破れるような不快な音が響き、深窓の令嬢は見る影もなくなっていく。
麗しい身体のあちこちを突き破り、花が生えていた。
ホラーゲームに出てくる怪物のようだ。
人体と花の融合は、一種の芸術性を感じるデザインではある。
独特な美しさすら感じるが、今は違う。
「ああ、咲きました。咲いて、しまいました。私と、あなたの、愛が」
残った人の顔が妖艶に悦んでいる。いや、元々人ではなかったのだ。
花の怪物が、人の皮を被っていただけ。そんな印象を覚える。
「来るぞ!」
ナギサが呼びかけた瞬間、花が伸びてきた。防御が間に合わずダメージを受ける。
花蜜を飲もうとするが、花に襲われて回復できない。
オラクルの背や肩、太ももから生える花は触手のように個別に攻撃できるらしく、ナギサたちも足止めを食らっている。
そのうちの一本が、チャージ中のカリナに向かっていく。
「させないッ!」
メイスで茎を殴って中断させる。
パターンを見切ったヨアケが、花を一本切断した。
ナギサは二本いっぺんにだ。
フミカも、妨害した花へ殴打を続け断裂させた。
「アハッ! アハハハッ!!」
不気味な笑い声。またもやフミカを見据えたオラクルは、素早くツタを飛ばしてきた。回避も防御も間に合わない。
拘束されたフミカが引き寄せられる。
唇を奪われてしまった時と同じように。
ナギサとヨアケが救出を試みるが、切断部位から再生した花に阻害されている。
「育みましょう? 愛を。繋ぎ止めてあげます。永遠に。どうか私を、楔にして?」
「くッ……!」
両腕が封じられて反撃できない。オラクルの右目が扇情的な視線を注いでくる。
「ああ、フェイド様……」
「私は……」
ゆっくりと唇が迫ってくる。
フミカは焦燥しながら後方を一瞥した。
カリナが魔法を構築している。返ってくるのは、信頼の眼差し。
「――フミカだよッ!!」
フミカはフェイドの足甲で、オラクルの顔面を思いっきり蹴り飛ばした。
意図せずブレイヴアタックになったようで、拘束から逃れる。
地面に着地して、棒術スキルを発動。破砕殴打で打ち上げた。
そこへ不死鳥型の炎が突撃してくる。
火の鳥は、邪悪な花を燃やし尽くす。
「ああ、ああ……本当にいけずなお方。フェイド様……愛して、います」
オラクルのライフがゼロになり、討伐完了の文字が視界に表示された。
糧光が全員の元に迸り、アイテムが自動入手される。
束縛のツタ、という魔法だ。
〈オラクルが用いる花の魔法。魔法陣から呼び出したツタで相手を拘束する。アルディオンより教導を任された師は囁いた。あなたは選ばれし子である、と。父の手で幽閉されようとも、彼女は恐れていなかった。欲しいものは、手に入れればいいだけなのだから〉
これまた考察しがいのあるテキストだ。
そもそもオラクルの存在自体が謎過ぎる。
彼女は何者なのか? 楔の花との関係は?
ヨアケと掘り下げたいところだが、それよりも。
「やりましたねっ!」
勝利の喜びを分かち合う。
「今回のMVPはカリナさんですわ」
「礼なら彼女に」
二人に促されて、くるりと振り返る。
カリナは新魔法をチェックしていたようだ。
勝利の美酒に酔ったまま、フミカは駆け出す。
破砕殴打からの、不死鳥の炎撃。
見事に連携技が決まった後の爽快感は、筆舌に尽くし難い。
「カリナーっ!」
その達成感を共有しようとしたところで、
「あわっ!?」
残っていたツタに足を取られる。
「お、おい――」
支えようとしたカリナが前に出てきて。
チュッ、という音と共に、柔らかい感触が唇に伝わった。
幼き時とはまるで違う。
柔らかさも、その意味も。
支えられて、見つめ合って。
ゆっくりと、思考が現実に追いついてきた。
「えっと……今、のは……」
「お、おう……」
カリナは気恥ずかしそうに顔を逸らしている。
どうすればいい? 誤魔化すべきか?
いや、誤魔化すべきだ。可及的速やかに。
「じ、事故! 事故だね! ひっか、引っ掛かっちゃって! えと、うん……」
饒舌に回るかと思われた舌が、羞恥心で鈍化する。
ただ恥ずかしいという感情だけなら対処できた。
嫌だったのならば、もっと明確に拒否できた。
しかし、なんだこれは?
どういう感情なのかわからなくて、対応しきれない。
暑い。頬が、身体が、火照っている。
「お、おい?」
「…………っ」
これがマンガやアニメなら、きっと目がぐるぐるになってしまっているだろう。
顔を逸らして硬直していると、ヨアケが感心し、ナギサが訝しんでくる。
「あらあら、まぁまぁ」
「何してるんだ?」
「なんでもねえ、なんでもねえって!!」
我に返ったカリナが、誤魔化すように叫んだ。
フミカも、心の中で絶叫する。
(ふざけんなオラクル――ッ!)
これも全部、オラクルのせいだ。
おのれオラクル。おのれマメシステムズ。
理解不能な感情に蓋をするかのように、的外れな憤りを続けた。
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