第20話 殺戮砦(中編)

 ミリルを介した伝言を聞き、カリナたちも攻略を再開することになった。


(そういや初めてだったな……)


 横目で、ヨアケの顔を眺める。

 フミカたちと同じく、カリナとヨアケも初タッグだった。

 正直なところ、生徒会長が何を考えているのかよくわからない。

 

 何をするにも微笑みを欠かさないし、感情を露にすることもない。

 聖人君子、大人よりも大人なひと――なんていう噂を聞いたことがある。


「わたくしが、何か?」

「いやその……さっきの落とし穴、気付いてたみたいだと思ってな」

「あれは、偶然ですわ。フミカさんからは見えなかったものが、わたくしの位置からは見えていたので」

「何をだ?」

「血です。宝箱の背に、血痕が付着していたんですよ。他の宝箱にはなかったので、気になりまして」

「それだけか?」

「こういうのを、メタ読み、と言うのでしょうかね。興が削がれる、と嫌いな方もいると聞きます」

「あたしは平気だ。教えてくれよ」


 ヨアケは少し迷った後に、口を開いた。


「このゲームのナンバリングは4でしょう? わたくしたちのような新規プレイヤーよりも、経験者の方が購入層としては多いはずです」

「そりゃ、確かに」

「でも同じ罠、同じ敵、同じ物語……だけでは、熱心なファンも飽きてしまうでしょう。飽きを避けるためには、お約束を守りながらも、新規要素を取り入れなければならないはずです。例えば……これまでの罠にアレンジを加える、とか」

「つまりさっきのは、対経験者用の罠ってわけか」


 知識がある分、新規プレイヤーよりも引っ掛かりやすいのかもしれない。

 もしカリナだったら、罠かもしれないと怪しんで隈なく宝箱を観察するからだ。


「なんていうか、あんた、本当に頭がいいんだな」

「まさか。ただ、他人よりも細かいだけですわ」


 その発言に、引っ掛かりを覚える。

 悪い意味じゃない。純粋な疑問だ。


「あんたそういうところあるよな」

「どういう、ことでしょう?」

「どうして、いちいち謙遜するんだ?」


 ヨアケは自分を下げようとする傾向があるように思える。

 カリナだったら自慢したくなるようなことでも、手柄を誇示しない。

 ずっと他人に遠慮している感覚がする。


「そんな……ことは」


 押し黙るヨアケを見てしまった、とカリナが焦る。

 またデリカシーがないことを言ってしまったかもしれない。


「あ、いや、責めようとかそういうわけじゃ」

「わかっていますわ。あなたは気になった点をストレートに聞く、裏表がないさっぱりしたお方ですものね」

「おう……」


 そんな風に言われたのは初めてだ。短気だとか短慮だとか、ネガティブな言葉を投げつけられるのはよくあるが。


「確かにあんたは、理想的な生徒会長って感じだ」

「またまた。巡り合わせが良かっただけです」



 

 ※※※




「私はダメダメなゲーマーです……」


 部屋の隅っこで体育座りをするフミカは、隣の人物に共感を求めた。


「君もそう思うよね?」


 隣人は答えない――無気力に放心している、心を失ったモブは。


「くよくよしてもしょうがないだろう」


 偵察を終えたナギサが戻ってくる。

 この部屋に至るまでの顛末はこうだ。

 二又に別れた道にて、フミカは提案した。

 

 あっちはきっと罠ですから避けましょう→安全なはずのルートが罠だらけ。

 よ、読み違いましたが、このスイッチで扉が開くはずです→矢が飛んでくる。

 おかしいなぁ、でも今度はきっと平気です、この扉に入りましょう→奈落の底。

 ナギサがいなければ、とっくに死んでいてもおかしくなかった。

 

 カリナのような負けん気も、ヨアケのような聡明さも。

 ましてや、ナギサのような戦闘力も持たないフミカにとって、取柄はゲーム知識だけと言っても過言ではない。

 それが通用しないとなれば、アイデンティティの危機だ。


「推察するに、ここは経験者殺しのダンジョンなのだろう。君のような、な」

「ええ……きっと、そうです。私なんて、役立たずです……」

「それだけ、君がこのゲームを愛しているという証左だ」

「え……?」


 顔を上げたフミカに、ナギサは凛とした表情で告げる。


「引け目に感じる必要はない。誇るべきことだ。このシリーズの常連であると、開発者に認められているのだから」

「そ、そうですかね?」

「それに、君はゲーム知識や経験だけが、自分の長所だと思い込んでいるようだが」

「う」

「そんなことはない。君のおかげで、私とナギサはわだかまりが解けた。喉に刺さった小骨が、するりと抜けた気分だ。あのままだったらきっと、どこかで決定的な擦れ違いが起きていただろう。君はとても、いい人だよ」

「そう……ですか?」


 優しいと言われた経験は……それなりにあった気がする。

 妹からも、お姉ちゃんは優しすぎる、と苦言を呈されたことがあった。


「友達が少ないのも、自分のせいで人を傷付けることを恐れているからだろうしな。コミュニケーションに難があるのは否定しないが」

「褒めてます? それ……」

「無論だとも」


 そのハッキリとした物言いで、なよなよした自分は明後日の方向に飛んでった。


「ナギサさんってすごいモテますよね」

「自覚はないが、他人からはそう見えるようだな」


 生真面目に言うナギサからは、嫌味を感じない。


「進みましょうか。また罠に引っ掛かるかもなので、その時はよろしくお願いします」

「任せておけ」


 頼りがいのある言葉に後押しされて、血塗られた砦を進んでいく。

 兵士に混じって武装化したクマが出てきたが、ナギサといっしょなら苦も無く切り抜けられた。

 フミカが兵士を倒している間に、ナギサはクマの爪を弾いて、心臓を貫いている。


「魔物の兵器化か? これは……」

「動物実験もしているみたいですね」


 逆張りしてくるだろうと、怪しげなレバーを引かなかったフミカへギロチンが降ってくる。

 ナギサが抱えて避けてくれたおかげで、難を逃れた。

 何度目かわからないお礼を言って、梯子の前についた。


「うまく合流できるといいんですが」

「とにかく進んでみよう。私が先でいいか?」


 梯子の上に罠があった場合、フミカが先に行ってしまえばやられてしまう。

 ナギサの配慮に感謝しながら、登り始めたナギサを追いかけようとして、


「あ――」

「ん、何かあったか?」

「い、いえ別に……」


 ゲーム的な意味では何もない。

 しかし気まずさはあった。

 追随すれば、ナギサの引き締まったお尻が目に入ってしまう。

 

 ナギサは、騎士服のズボンを穿いている。下着は見えないが、無防備な臀部を間近で直視するという行為に、気恥ずかしさを感じる。

 階段などで不意に見てしまうのとは、また違った感覚だ。

 なぜなら、確実に見えるから。


「お、お先にどうぞ……」

「……? そのつもりだが……」


 ナギサが登り切ったのを確認して、フミカもその後を追った。

 そうか、と納得する。

 カリナが躊躇ったのも、同じ理由なのか、と。

 

 フミカが躊躇した理由は、尊敬する先輩が相手だからだ。

 申し訳なさと恥じらいが、入り混じったがための忌避。

 カリナも同じ気持ちなのだろうか?


「カリナなら別にいいんだけどなぁ」


 ぼそりと呟いて。


「罠はない。安全だ」

「あ、はい! 今行きます!」


 梯子を踏み外さないよう、しっかりと登っていく。



 ※※※



「そのスイッチは押した方が良さそうです」

「わかった」


 ヨアケの助言に従って、カリナは怪しげなスイッチをあえて押す。

 恐る恐る先へ進んで、天井を見上げた。

 無数のトゲが敷き詰められている。トレジャーハンター系の映画で既視感のあるトラップが、落下する兆候は見られない。


「やっぱあんたすげえよ」

「まぐれ当たり、ですわ」


 ヨアケの予想は百発百中だった。

 彼女は経験ではなく、推理でトラップを見抜いている。

 

 それに比べて、自分はどうだ。

 ただ指示に従うのみで、全く役に立っていない。

 己の情けなさにため息を吐こうとした時、


「カリナさん」

「ん、どした?」

「あれをご覧ください」


 正面に巨大なクマが仁王立ちしていた。

 全身を装甲で覆われて、腕にはかぎ爪が装着されている。


「殺戮砦の動物兵器、と言ったところでしょうか」

「暗殺、しちまえばいいんじゃないか」


 ヨアケのスキルなら気取られず背後に近づき、高威力の暗殺をお見舞いすることができるはず。

 出くわした兵士たちもそうやって、着実に撃破していた。

 しかし彼女は難色を示している。


「そうしたいのは山々ですが、確証が持てません。装甲が背部にまで回っている可能性があるのです」

「暗殺できない敵、かもしれないってか」


 その可能性を失念していた。

 これまでも、そういう敵に出くわしたことはある。


「お願いできますか?」

「当然だ。燃やし尽くしてやるぜ」


 カリナが杖の持ち手を向ける。選択したのは強炎だ。

 普通の炎よりも火力が高い魔法。

 真っ赤な炎弾がクマへと直撃する。


「チッ、一発だけじゃダメか!」


 倒し切るには三発は必要らしい。

 咆哮したクマが、巨体に似つかわしくない速度で爆走してくる。

 もう一発食らわせようとしたが、接近を許してしまった。


「うわっと!?」


 鋭利な爪をなんとか回避する。

 背中を取ったヨアケがナイフを突き立てるが、


「やはり、暗殺はできませんか……!」


 憤ったクマが剛腕を振るう。


「きゃっ!」


 回避が遅れたヨアケが吹き飛ばされた。


「やべえ!」


 ヨアケが体勢を立て直すより、クマの方が速い。

 このままではやられてしまう。

 

 反射的に炎を放って、クマの注意をこちらに向けた。

 でも速度負けしているのはカリナも同じ。

 危機的状況の最中、カリナは頭を高速回転させ、閃いた。


「くそったれ! こっちにきやがれ! 有利な場所で勝負だ!」


 煽りながら逃走する。


「カリナさん……!?」


 困惑するヨアケに視線を送る。彼女は奥に逃げ出した。

 カリナは来た道を逆走。

 追い付かれる寸前に振り返り、


「と思ったか? アホンダラ!」


 罵倒しながら壁のスイッチを押した。

 トゲ付きの天井が落ちてくる。

 串刺しになったクマは、絶叫しながら消滅した。


「ざまあみやがれってんだ」

「カリナさん、お見事です」

「あんたといっしょだから、うまく行っただけだ」


 ヨアケの洞察力ならば、言葉を交わさずともカリナの意図に気付ける。

 その信頼がなければ、この機転は成立しなかった。


「よく思いつきましたね」

「あー……昔、喧嘩した相手がな。落とし穴を仕掛けてやがったんだよ」


 威勢がよいだけの小者だった。純粋な喧嘩では勝てないとわかっていたのだろう。

 呼び出された河原には、落とし穴が作られていたのだ。

 作った本人ですらわからなくなるほどの数が。


「そいつを煽って怒らせて、逆に落としてやったのさ。策士策に溺れるって奴だ。策士ってほどのタマじゃなかったが……」

「流石はカリナさんですわ」

「あんたなら思いついただろ。褒めるほどじゃないって」


 カリナが謙遜すると、ヨアケは複雑な表情を浮かべた。


「どうして、わたくしが暗殺者を選んだかわかりますか?」

「え、いや……人を殺すのが得意だから、とか?」

「面白い冗談です。それはさておき、理由は単純明快です。直接的な戦いを避けられる職業だから、ですよ」

「戦いを避けられる……?」


 罠を解除して、先に進み始める。

 周囲を警戒しながらも、ヨアケに興味津々だった。


「わたくしは、あまり戦いが得意ではないのです。いえ、運動が不得手、と言い直しましょうか」

「そう、なのか……?」

「反射神経も、人並み……いえ、人より悪いかもしれません」

「けどよ、避けれているじゃねえか」

「動きがわかれば、行動を読むことができます。結果としては同じですが、わたくしの場合、反射で避けているのではなく、事前に安全な位置へ移動しているだけにすぎません」


 それはすごいことなのでは? とカリナは思うが、どうやらヨアケは違うらしい。


「罠であれば、予測できます。ですが初見の敵が相手では、後れを取ってしまう。それに、さっきのカリナさんの作戦も、確かに思いつきはしましたわ。ですが、きっと実行はできなかったでしょう。あなたがいてくれて、本当に良かった」

「そ、そうかぁ……? けど、そこまでわかっててどうして改善しないんだ?」


 運動能力は、鍛えればある程度改善することができる。

 カリナも、初めて喧嘩した時はパンチを食らっていたが、経験を重ねることで避けられるようになっていった。


「わたくしの生来の鈍さと……あまり言いたくはありませんが、ナギサが要因でもあるので」

「風紀委員の、せい?」


 ヨアケは少し困ったような、それでいて嬉しさも混ざる笑みを見せる。


「ナギサが常に傍にいるので、保護されてしまうのです。転びそうになったら抱えられたり。上から物が落ちてきてもキャッチされたり。結果として、反射神経を鍛える経験を得られなかったのです。きっとこれからもそうでしょう。ナギサには、内緒ですよ?」

「それはまぁ別にいいけどよ……あんたら、本当に仲がいいんだな」


 カリナとフミカも幼馴染だが、四六時中いっしょだった、というわけではない。

 しかしこの二人は言葉通りいっしょだったのだろう。

 

 昼夜問わず、場所に関係なく。

 主従なんて言葉では言い表せない、親密な関係……。

 不意に、フミカの言葉が脳裏をよぎった。


「その……これまた、言いたくないなら言わなくてもいいんだけど」

「なんでしょうか?」


 デリカシーがないことを承知で、あえて訊ねる。


「あんたらって、その……」

「ただのお友達……親友とでも言うべき間柄ですわ。残念ですが、その予想はハズレです」

「わ、わかったのかよ!?」

「バレバレですわ」


 微笑むヨアケの顔は小悪魔のようだ。


「確かに仲は良いですし、フミカさんのおかげで、心のしこりも取れました。ですが、必ずしもそうなるとは限りません。親愛にもいろんな形がありますから。あなたやフミカさんとは違いますよ」

「なっ、私らはそんなんじゃ」

「そうですか? お似合いに思いますのに」

「お、お似合い……? 本当か?」

「嘘を吐く理由がありまして?」


 うふふふ、と笑みをこぼすヨアケ。

 カリナは混乱してくる。

 ヨアケのセリフは全て嘘に聞こえるし、正しくも聞こえる。

 お似合いか? 本当に、似合ってるのか……?


「で、でもよ、それを言ったらあんたらだってそうだろ」


 フミカだってそう言ってたし。百合の花がどうとか。


「確かに、そうかもしれませんね」

「ほ、ほら――」

「でもわたくしたちは、まだ友達です」

「まだ……? え、やっぱりか? いや違うのか? なんなんだ!」

「ノーコメントで」


 くすりと笑うヨアケに、カリナはすっかり手玉に取られていた。



 ※※※




 牢屋と思しき場所で、フミカは声を大きくした。


「クマバチですよ、ナギサさん!」


 視線の先には、床で震えているクマバチと――それを囲む人工的な角の生えたシカがいた。

 角と表現したが、だいぶ控えめな言い方だ。

 槍と呼称して相違ない鋭さの棒が、頭部に備え付けられている。

 道中に出会った他の動物たちの例に漏れず、装甲化されていた。


「助太刀するべきか」

「きっと、いいアイテムがもらえますよ!」


 虫沼の楽園では、不死鳥を呼び出すための餌を貰えた。

 おまけに花の騎士カンパニュラも助力も得られた。

 良いこと尽くしの、ボーナスキャラだ。

 

「では、助けよう」


 その一声は頼もしさ満点だ。

 戦闘において、フミカは一切の不安がなかった。

 

 ナギサがシカへとクロスボウの狙いを付ける。

 片手撃ち。

 装甲が矢を弾き飛ばす――かと思いきや、剥き出しの瞳にクリーンヒットしている。

 仲間が怯んだのを見て、他のシカが突撃してきた。


「君は、あれを」

「はい……!」


 フミカは全力でダッシュ。二体のシカとすれ違いながら、矢が刺さっているシカへと一目散に向かう。

 突撃を開始する前に、その頭部をメイスで殴打。

 振り返ると、ちょうどナギサが二体を始末し終えたところだった。


「うまく行ったな」

「ええ」


 ナギサといっしょだと、本当にサクサク進む。

 しかも彼女の動き方に変化があった。連携を意識した動きだ。

 きちんとこちらにも出番を残してくれている。

 

 その気遣いが嬉しかった。

 充足感を得ながら、牢へと近づく。


「鍵が必要か?」

「大丈夫です」


 フミカは戦利品である鍵を掲げた。

 扉を開けると、クマバチが嬉しそうにフミカたちの飛び回り始めた。

 その動きを見ていると、爆音のホバリングも可愛らしく聞こえてくる。

 

 いやごめんやっぱりちょっとうるさいかも。

 

 耳を塞ぎたくなった瞬間に、何かを放り投げてきた。

 ナギサがキャッチする。


「これは……?」

「指輪ですね。装飾品です」


 エレブレシリーズには武器や防具の他にも、様々な恩恵を得られる装飾品という装備がある。 


「ふむ。君が使うか?」

「いや私向きじゃないですね、これ」


 現状では、相応しい人間が使った方がいい。

 ミリルが同期したことによって、アイテム関連はややこしい仕様になっている。

 報酬や付与系のアイテムは全員が貰えるが、宝箱や敵から拾うドロップ式のアイテムは一つしか入手できない。

 クマバチのこれはドロップ形式なので、一つしか存在しないのだ。


「では、どうすればいいだろう?」

「あ、それならですね――」


 フミカがベストな相手を指定すると、ナギサは指輪を仕舞った。


「しかし、そろそろ合流できないものか……」

「せめて上に行きたいところですよね……お?」


 次の部屋に進むと、 騎士が壁に寄りかかっていた。

 その姿を見て、警戒を解く。


「カンパニュラさん!」

「おお、貴殿か。またクマバチを救ったようだな」


 花の騎士が、二人を歓待した。



 ※※※



「あれ、敵か……?」

「どうでしょうね」


 カリナとヨアケが覗く部屋の中では、戦闘が繰り広げられていた。

 戦闘音で駆け付けたカリナたちが目視したのは、砦の、いや、この国でも異質な風貌の戦士だった。

 

 ただ、カリナたちからすれば親近感を持つ出で立ちだ。

 その戦士を一言で言い表すなら、武士。

 

 或いは、サムライ。

 黄色の、和風の鎧で着飾った武者が、兵士と剣戟を交わしている。


「近づいてみましょうか」

「平気か?」

「危険なら逃げればいいのですよ」

「別に倒しちまってもいいしな」


 カリナたちは意を決して突入する。

 と、鎧武者が反応した。


「む、お主たち……敵か?」

「いえ、今のところは」

「ふむ、であれば共闘しよう」


 カリナは、鎧武者へ配慮しながら杖を振るう。

 カリナ組は高火力、神装甲だ。

 フミカ組のようなタンク役がいない分、通常戦闘では苦労しがちだ。

 

 しかし今回は、鎧武者がその役割を担ってくれた。

 戦国時代のような、当世具足は飾りではないようだ。

 兵士の攻撃を食らってもびくともしない。

 刀で斬り返し、弾かれた敵兵の背中をヨアケが突く。

 

 カリナは、鎧武者を狙う敵兵へ炎を浴びせる。

 戦闘はつつがなく終了した。


「助太刀感謝する。どうやら、お主たちは狂気に呑まれてはいないようだ」

「ま、楽勝さ。あたしらにかかればな」


 火力は十二分にある。盾役さえいればスムーズに済む。

 分断されたことで、フミカたちのありがたみがより増した気がした。


「拙者はホクシンと申す」

「あなたはなぜここに?」

「知恵を得るためだ」

「知恵、ですか……」


 ヨアケに、ホクシンは力強く首肯。


「我が祖国は危機に瀕していてな。ゆえに、藁にも縋る想いでこの国を訪れたのだ。起死回生の策を求めてな」

「危機って?」

「戦だ。小国である我が国は、大国相手に正攻法では勝てぬ」

「ここには戦に勝つための力を求めてきた、と?」

「うむ。不滅の国、アルタフェルド。噂には聞いていたが……これほどだとは。大変、興味深い……」


 飾り気のない面頬で、ホクシンの表情はわからない。

 だが、アルタフェルドに関心を抱いているのは確かなようだ。

 ちら、とカリナがヨアケを見ると、彼女は黙々と思考を回していた。


「しかして、ここの主は、恐らく一筋縄ではいかぬだろう」

「主……ボスか? そうか? あたしら四人いれば楽勝だろうけど」

「フミカさんがどうなったか、お忘れになりましたか?」

「あ……」


 ヨアケの一言で、フミカの高速フラグ回収を思い出す。


「殺戮の名が如く、ここの主は殺しに長けておろう。お主たちが許すなら、助太刀返しをさせて頂きたく」

「ん、いいんじゃねーの? あんたはどう思うんだ?」

「相談してから、決めましょうか」

「オッケー。じゃ、そういうことでいいか?」


 軽いノリでも、ホクシンは快く返事をしてくれた。


「承知した。腹が決まったら、声を掛けてくれ」



 ※※※



 フミカたちは殺戮のフルコースを切り抜けて、楔の花の前に辿り着いていた。


「ど、どうにか、こうにかですね……」

「そうか? 大したことはなかったぞ?」


 涼しい顔で言うナギサの凄まじさを、フミカは改めて思い知る。

 大量の即死トラップを前にしても、顔色一つ変えない。

 ただの散歩でもしていたかのようだ。


「おんぶに抱っこだった私が言うのもアレですが、大変だったんじゃないですか?」

「この程度、造作もない。ヨアケのボディガードに比べたら、楽なくらいだ」

「そ、そんなに……?」


 唖然としていると、足音が聞こえ始めた。

 糧光のおかげで、誰が向かって来ているのかは一目瞭然だ。

 通路の先から、カリナとヨアケが顔を覗かせる。


「やっと、合流したか」

「途中で抜かされてしまいましたか」

「ナギサさんのおかげですよ」


 どんなトラップでも強引に突破できるし、敵相手に苦戦することもない。

 そのせいか、だいぶ時間を短縮できた。

 正攻法ならもっと時間が掛かっていただろう。


「ま、こっちも生徒会長のおかげで死なずに済んだが」

「いえいえ。カリナさんのおかげですわ」


 合流するまでの間に、二人は距離が縮まったらしい。

 仲睦まじくするカリナたちに、フミカはカンパニュラのことを伝えようとする。


「ところでさ、相談したいことが……」

「それはあたしたちもだ」

「ん、なんかあったの?」

「ああ、そっちもか?」


 どうやらカリナたちも何かあるようだ。

 どちらが先に言うべきか思い留まっていると、ヨアケが口を挟んだ。


「すみませんが、その前に、ナギサと少し話してもよろしいでしょうか」

「いいですけど……」

「ちょうどいい。私もヨアケに用があった。これを」


 ナギサはヨアケに指輪を渡す。


「指輪ですか……?」


 真意を測りかねているのか、珍しくヨアケはきょとんとしている。


「君なら、何を意味するのか一目でわかると思うが」


 ナギサに促されるまま、ヨアケは装備画面を開き、


「へっ…………?」


 間の抜けた声を漏らして、固まった。

 初めて見る表情だ。微笑みを絶やさず、相手の意図を汲み取ることが上手な生徒会長らしからぬ、素の驚き。

 

 その頬は、段々と朱色に染まる。

 最後には、爆発したかのように混乱し始めた。


「こ、ここ、これは……!?」

「どうした?」


 ナギサが困惑している。

 あたふたしたヨアケは脈略もなくカリナの腕を掴み、


「フミカさん!!」

「うぇっはい!?」

「カリナさんを! 少しお借りします!」

「あっ、ど、どうぞ!」


 思わず許可して、今度はカリナが当惑。


「いやちょっ、え――」


 しかしそんなことお構いなしに、その腕を引っ張って行った。


「どうしちゃったんでしょう?」

「さぁ……?」


 親密な関係であるナギサですら、ヨアケの奇行の理由はわからないらしい。

 フミカもそれとなく推理してみる。

 

 起因となったのは指輪だ。

 ベタな展開として、指輪を渡されたから求婚だと勘違いされる、というものがある。いろんな媒体で使い古されたラブコメ要素だ。

 

 しかし、まさかあの聡明なヨアケがそんなことで騒ぐとは思えない。 

 となると、装備テキストに何か引っかかるところがあったのだろうか。

 フミカは内容を思い返す。


〈結命の指輪。一度だけ、致命傷を避けることができる。この効果は、楔の花に触れるたびに回復する。楔に繋がれた命を、この指輪は結び留める。不滅の身においては、さほど有用な効果ではない。しかし、あえてこれを贈る者もいるという。きっと、特別な意味があるのだろう〉


「うーむ……」


 意味深なテキストではあるが、これはこのジャンル御用達だ。

 特別おかしいわけでもない。


「何か心当たりはあるか?」

「いえ、さっぱり。……というか」


 謎はもう一つ残されていた。フミカはダメ元で諳んじる。


「なんで私に許可を求めたんでしょう?」

「さてな、わからん」


 カリナの件についても、ナギサはわからないらしい。

 二人揃って腕を組む。しかし結論は出そうにない。


「鈍感ズ……」


 様子を見ていたミリルが、呆れたように呟いた。

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