第20話 殺戮砦(中編)
ミリルを介した伝言を聞き、カリナたちも攻略を再開することになった。
(そういや初めてだったな……)
横目で、ヨアケの顔を眺める。
フミカたちと同じく、カリナとヨアケも初タッグだった。
正直なところ、生徒会長が何を考えているのかよくわからない。
何をするにも微笑みを欠かさないし、感情を露にすることもない。
聖人君子、大人よりも大人なひと――なんていう噂を聞いたことがある。
「わたくしが、何か?」
「いやその……さっきの落とし穴、気付いてたみたいだと思ってな」
「あれは、偶然ですわ。フミカさんからは見えなかったものが、わたくしの位置からは見えていたので」
「何をだ?」
「血です。宝箱の背に、血痕が付着していたんですよ。他の宝箱にはなかったので、気になりまして」
「それだけか?」
「こういうのを、メタ読み、と言うのでしょうかね。興が削がれる、と嫌いな方もいると聞きます」
「あたしは平気だ。教えてくれよ」
ヨアケは少し迷った後に、口を開いた。
「このゲームのナンバリングは4でしょう? わたくしたちのような新規プレイヤーよりも、経験者の方が購入層としては多いはずです」
「そりゃ、確かに」
「でも同じ罠、同じ敵、同じ物語……だけでは、熱心なファンも飽きてしまうでしょう。飽きを避けるためには、お約束を守りながらも、新規要素を取り入れなければならないはずです。例えば……これまでの罠にアレンジを加える、とか」
「つまりさっきのは、対経験者用の罠ってわけか」
知識がある分、新規プレイヤーよりも引っ掛かりやすいのかもしれない。
もしカリナだったら、罠かもしれないと怪しんで隈なく宝箱を観察するからだ。
「なんていうか、あんた、本当に頭がいいんだな」
「まさか。ただ、他人よりも細かいだけですわ」
その発言に、引っ掛かりを覚える。
悪い意味じゃない。純粋な疑問だ。
「あんたそういうところあるよな」
「どういう、ことでしょう?」
「どうして、いちいち謙遜するんだ?」
ヨアケは自分を下げようとする傾向があるように思える。
カリナだったら自慢したくなるようなことでも、手柄を誇示しない。
ずっと他人に遠慮している感覚がする。
「そんな……ことは」
押し黙るヨアケを見てしまった、とカリナが焦る。
またデリカシーがないことを言ってしまったかもしれない。
「あ、いや、責めようとかそういうわけじゃ」
「わかっていますわ。あなたは気になった点をストレートに聞く、裏表がないさっぱりしたお方ですものね」
「おう……」
そんな風に言われたのは初めてだ。短気だとか短慮だとか、ネガティブな言葉を投げつけられるのはよくあるが。
「確かにあんたは、理想的な生徒会長って感じだ」
「またまた。巡り合わせが良かっただけです」
※※※
「私はダメダメなゲーマーです……」
部屋の隅っこで体育座りをするフミカは、隣の人物に共感を求めた。
「君もそう思うよね?」
隣人は答えない――無気力に放心している、心を失ったモブは。
「くよくよしてもしょうがないだろう」
偵察を終えたナギサが戻ってくる。
この部屋に至るまでの顛末はこうだ。
二又に別れた道にて、フミカは提案した。
あっちはきっと罠ですから避けましょう→安全なはずのルートが罠だらけ。
よ、読み違いましたが、このスイッチで扉が開くはずです→矢が飛んでくる。
おかしいなぁ、でも今度はきっと平気です、この扉に入りましょう→奈落の底。
ナギサがいなければ、とっくに死んでいてもおかしくなかった。
カリナのような負けん気も、ヨアケのような聡明さも。
ましてや、ナギサのような戦闘力も持たないフミカにとって、取柄はゲーム知識だけと言っても過言ではない。
それが通用しないとなれば、アイデンティティの危機だ。
「推察するに、ここは経験者殺しのダンジョンなのだろう。君のような、な」
「ええ……きっと、そうです。私なんて、役立たずです……」
「それだけ、君がこのゲームを愛しているという証左だ」
「え……?」
顔を上げたフミカに、ナギサは凛とした表情で告げる。
「引け目に感じる必要はない。誇るべきことだ。このシリーズの常連であると、開発者に認められているのだから」
「そ、そうですかね?」
「それに、君はゲーム知識や経験だけが、自分の長所だと思い込んでいるようだが」
「う」
「そんなことはない。君のおかげで、私とナギサはわだかまりが解けた。喉に刺さった小骨が、するりと抜けた気分だ。あのままだったらきっと、どこかで決定的な擦れ違いが起きていただろう。君はとても、いい人だよ」
「そう……ですか?」
優しいと言われた経験は……それなりにあった気がする。
妹からも、お姉ちゃんは優しすぎる、と苦言を呈されたことがあった。
「友達が少ないのも、自分のせいで人を傷付けることを恐れているからだろうしな。コミュニケーションに難があるのは否定しないが」
「褒めてます? それ……」
「無論だとも」
そのハッキリとした物言いで、なよなよした自分は明後日の方向に飛んでった。
「ナギサさんってすごいモテますよね」
「自覚はないが、他人からはそう見えるようだな」
生真面目に言うナギサからは、嫌味を感じない。
「進みましょうか。また罠に引っ掛かるかもなので、その時はよろしくお願いします」
「任せておけ」
頼りがいのある言葉に後押しされて、血塗られた砦を進んでいく。
兵士に混じって武装化したクマが出てきたが、ナギサといっしょなら苦も無く切り抜けられた。
フミカが兵士を倒している間に、ナギサはクマの爪を弾いて、心臓を貫いている。
「魔物の兵器化か? これは……」
「動物実験もしているみたいですね」
逆張りしてくるだろうと、怪しげなレバーを引かなかったフミカへギロチンが降ってくる。
ナギサが抱えて避けてくれたおかげで、難を逃れた。
何度目かわからないお礼を言って、梯子の前についた。
「うまく合流できるといいんですが」
「とにかく進んでみよう。私が先でいいか?」
梯子の上に罠があった場合、フミカが先に行ってしまえばやられてしまう。
ナギサの配慮に感謝しながら、登り始めたナギサを追いかけようとして、
「あ――」
「ん、何かあったか?」
「い、いえ別に……」
ゲーム的な意味では何もない。
しかし気まずさはあった。
追随すれば、ナギサの引き締まったお尻が目に入ってしまう。
ナギサは、騎士服のズボンを穿いている。下着は見えないが、無防備な臀部を間近で直視するという行為に、気恥ずかしさを感じる。
階段などで不意に見てしまうのとは、また違った感覚だ。
なぜなら、確実に見えるから。
「お、お先にどうぞ……」
「……? そのつもりだが……」
ナギサが登り切ったのを確認して、フミカもその後を追った。
そうか、と納得する。
カリナが躊躇ったのも、同じ理由なのか、と。
フミカが躊躇した理由は、尊敬する先輩が相手だからだ。
申し訳なさと恥じらいが、入り混じったがための忌避。
カリナも同じ気持ちなのだろうか?
「カリナなら別にいいんだけどなぁ」
ぼそりと呟いて。
「罠はない。安全だ」
「あ、はい! 今行きます!」
梯子を踏み外さないよう、しっかりと登っていく。
※※※
「そのスイッチは押した方が良さそうです」
「わかった」
ヨアケの助言に従って、カリナは怪しげなスイッチをあえて押す。
恐る恐る先へ進んで、天井を見上げた。
無数のトゲが敷き詰められている。トレジャーハンター系の映画で既視感のあるトラップが、落下する兆候は見られない。
「やっぱあんたすげえよ」
「まぐれ当たり、ですわ」
ヨアケの予想は百発百中だった。
彼女は経験ではなく、推理でトラップを見抜いている。
それに比べて、自分はどうだ。
ただ指示に従うのみで、全く役に立っていない。
己の情けなさにため息を吐こうとした時、
「カリナさん」
「ん、どした?」
「あれをご覧ください」
正面に巨大なクマが仁王立ちしていた。
全身を装甲で覆われて、腕にはかぎ爪が装着されている。
「殺戮砦の動物兵器、と言ったところでしょうか」
「暗殺、しちまえばいいんじゃないか」
ヨアケのスキルなら気取られず背後に近づき、高威力の暗殺をお見舞いすることができるはず。
出くわした兵士たちもそうやって、着実に撃破していた。
しかし彼女は難色を示している。
「そうしたいのは山々ですが、確証が持てません。装甲が背部にまで回っている可能性があるのです」
「暗殺できない敵、かもしれないってか」
その可能性を失念していた。
これまでも、そういう敵に出くわしたことはある。
「お願いできますか?」
「当然だ。燃やし尽くしてやるぜ」
カリナが杖の持ち手を向ける。選択したのは強炎だ。
普通の炎よりも火力が高い魔法。
真っ赤な炎弾がクマへと直撃する。
「チッ、一発だけじゃダメか!」
倒し切るには三発は必要らしい。
咆哮したクマが、巨体に似つかわしくない速度で爆走してくる。
もう一発食らわせようとしたが、接近を許してしまった。
「うわっと!?」
鋭利な爪をなんとか回避する。
背中を取ったヨアケがナイフを突き立てるが、
「やはり、暗殺はできませんか……!」
憤ったクマが剛腕を振るう。
「きゃっ!」
回避が遅れたヨアケが吹き飛ばされた。
「やべえ!」
ヨアケが体勢を立て直すより、クマの方が速い。
このままではやられてしまう。
反射的に炎を放って、クマの注意をこちらに向けた。
でも速度負けしているのはカリナも同じ。
危機的状況の最中、カリナは頭を高速回転させ、閃いた。
「くそったれ! こっちにきやがれ! 有利な場所で勝負だ!」
煽りながら逃走する。
「カリナさん……!?」
困惑するヨアケに視線を送る。彼女は奥に逃げ出した。
カリナは来た道を逆走。
追い付かれる寸前に振り返り、
「と思ったか? アホンダラ!」
罵倒しながら壁のスイッチを押した。
トゲ付きの天井が落ちてくる。
串刺しになったクマは、絶叫しながら消滅した。
「ざまあみやがれってんだ」
「カリナさん、お見事です」
「あんたといっしょだから、うまく行っただけだ」
ヨアケの洞察力ならば、言葉を交わさずともカリナの意図に気付ける。
その信頼がなければ、この機転は成立しなかった。
「よく思いつきましたね」
「あー……昔、喧嘩した相手がな。落とし穴を仕掛けてやがったんだよ」
威勢がよいだけの小者だった。純粋な喧嘩では勝てないとわかっていたのだろう。
呼び出された河原には、落とし穴が作られていたのだ。
作った本人ですらわからなくなるほどの数が。
「そいつを煽って怒らせて、逆に落としてやったのさ。策士策に溺れるって奴だ。策士ってほどのタマじゃなかったが……」
「流石はカリナさんですわ」
「あんたなら思いついただろ。褒めるほどじゃないって」
カリナが謙遜すると、ヨアケは複雑な表情を浮かべた。
「どうして、わたくしが暗殺者を選んだかわかりますか?」
「え、いや……人を殺すのが得意だから、とか?」
「面白い冗談です。それはさておき、理由は単純明快です。直接的な戦いを避けられる職業だから、ですよ」
「戦いを避けられる……?」
罠を解除して、先に進み始める。
周囲を警戒しながらも、ヨアケに興味津々だった。
「わたくしは、あまり戦いが得意ではないのです。いえ、運動が不得手、と言い直しましょうか」
「そう、なのか……?」
「反射神経も、人並み……いえ、人より悪いかもしれません」
「けどよ、避けれているじゃねえか」
「動きがわかれば、行動を読むことができます。結果としては同じですが、わたくしの場合、反射で避けているのではなく、事前に安全な位置へ移動しているだけにすぎません」
それはすごいことなのでは? とカリナは思うが、どうやらヨアケは違うらしい。
「罠であれば、予測できます。ですが初見の敵が相手では、後れを取ってしまう。それに、さっきのカリナさんの作戦も、確かに思いつきはしましたわ。ですが、きっと実行はできなかったでしょう。あなたがいてくれて、本当に良かった」
「そ、そうかぁ……? けど、そこまでわかっててどうして改善しないんだ?」
運動能力は、鍛えればある程度改善することができる。
カリナも、初めて喧嘩した時はパンチを食らっていたが、経験を重ねることで避けられるようになっていった。
「わたくしの生来の鈍さと……あまり言いたくはありませんが、ナギサが要因でもあるので」
「風紀委員の、せい?」
ヨアケは少し困ったような、それでいて嬉しさも混ざる笑みを見せる。
「ナギサが常に傍にいるので、保護されてしまうのです。転びそうになったら抱えられたり。上から物が落ちてきてもキャッチされたり。結果として、反射神経を鍛える経験を得られなかったのです。きっとこれからもそうでしょう。ナギサには、内緒ですよ?」
「それはまぁ別にいいけどよ……あんたら、本当に仲がいいんだな」
カリナとフミカも幼馴染だが、四六時中いっしょだった、というわけではない。
しかしこの二人は言葉通りいっしょだったのだろう。
昼夜問わず、場所に関係なく。
主従なんて言葉では言い表せない、親密な関係……。
不意に、フミカの言葉が脳裏をよぎった。
「その……これまた、言いたくないなら言わなくてもいいんだけど」
「なんでしょうか?」
デリカシーがないことを承知で、あえて訊ねる。
「あんたらって、その……」
「ただのお友達……親友とでも言うべき間柄ですわ。残念ですが、その予想はハズレです」
「わ、わかったのかよ!?」
「バレバレですわ」
微笑むヨアケの顔は小悪魔のようだ。
「確かに仲は良いですし、フミカさんのおかげで、心のしこりも取れました。ですが、必ずしもそうなるとは限りません。親愛にもいろんな形がありますから。あなたやフミカさんとは違いますよ」
「なっ、私らはそんなんじゃ」
「そうですか? お似合いに思いますのに」
「お、お似合い……? 本当か?」
「嘘を吐く理由がありまして?」
うふふふ、と笑みをこぼすヨアケ。
カリナは混乱してくる。
ヨアケのセリフは全て嘘に聞こえるし、正しくも聞こえる。
お似合いか? 本当に、似合ってるのか……?
「で、でもよ、それを言ったらあんたらだってそうだろ」
フミカだってそう言ってたし。百合の花がどうとか。
「確かに、そうかもしれませんね」
「ほ、ほら――」
「でもわたくしたちは、まだ友達です」
「まだ……? え、やっぱりか? いや違うのか? なんなんだ!」
「ノーコメントで」
くすりと笑うヨアケに、カリナはすっかり手玉に取られていた。
※※※
牢屋と思しき場所で、フミカは声を大きくした。
「クマバチですよ、ナギサさん!」
視線の先には、床で震えているクマバチと――それを囲む人工的な角の生えたシカがいた。
角と表現したが、だいぶ控えめな言い方だ。
槍と呼称して相違ない鋭さの棒が、頭部に備え付けられている。
道中に出会った他の動物たちの例に漏れず、装甲化されていた。
「助太刀するべきか」
「きっと、いいアイテムがもらえますよ!」
虫沼の楽園では、不死鳥を呼び出すための餌を貰えた。
おまけに花の騎士カンパニュラも助力も得られた。
良いこと尽くしの、ボーナスキャラだ。
「では、助けよう」
その一声は頼もしさ満点だ。
戦闘において、フミカは一切の不安がなかった。
ナギサがシカへとクロスボウの狙いを付ける。
片手撃ち。
装甲が矢を弾き飛ばす――かと思いきや、剥き出しの瞳にクリーンヒットしている。
仲間が怯んだのを見て、他のシカが突撃してきた。
「君は、あれを」
「はい……!」
フミカは全力でダッシュ。二体のシカとすれ違いながら、矢が刺さっているシカへと一目散に向かう。
突撃を開始する前に、その頭部をメイスで殴打。
振り返ると、ちょうどナギサが二体を始末し終えたところだった。
「うまく行ったな」
「ええ」
ナギサといっしょだと、本当にサクサク進む。
しかも彼女の動き方に変化があった。連携を意識した動きだ。
きちんとこちらにも出番を残してくれている。
その気遣いが嬉しかった。
充足感を得ながら、牢へと近づく。
「鍵が必要か?」
「大丈夫です」
フミカは戦利品である鍵を掲げた。
扉を開けると、クマバチが嬉しそうにフミカたちの飛び回り始めた。
その動きを見ていると、爆音のホバリングも可愛らしく聞こえてくる。
いやごめんやっぱりちょっとうるさいかも。
耳を塞ぎたくなった瞬間に、何かを放り投げてきた。
ナギサがキャッチする。
「これは……?」
「指輪ですね。装飾品です」
エレブレシリーズには武器や防具の他にも、様々な恩恵を得られる装飾品という装備がある。
「ふむ。君が使うか?」
「いや私向きじゃないですね、これ」
現状では、相応しい人間が使った方がいい。
ミリルが同期したことによって、アイテム関連はややこしい仕様になっている。
報酬や付与系のアイテムは全員が貰えるが、宝箱や敵から拾うドロップ式のアイテムは一つしか入手できない。
クマバチのこれはドロップ形式なので、一つしか存在しないのだ。
「では、どうすればいいだろう?」
「あ、それならですね――」
フミカがベストな相手を指定すると、ナギサは指輪を仕舞った。
「しかし、そろそろ合流できないものか……」
「せめて上に行きたいところですよね……お?」
次の部屋に進むと、 騎士が壁に寄りかかっていた。
その姿を見て、警戒を解く。
「カンパニュラさん!」
「おお、貴殿か。またクマバチを救ったようだな」
花の騎士が、二人を歓待した。
※※※
「あれ、敵か……?」
「どうでしょうね」
カリナとヨアケが覗く部屋の中では、戦闘が繰り広げられていた。
戦闘音で駆け付けたカリナたちが目視したのは、砦の、いや、この国でも異質な風貌の戦士だった。
ただ、カリナたちからすれば親近感を持つ出で立ちだ。
その戦士を一言で言い表すなら、武士。
或いは、サムライ。
黄色の、和風の鎧で着飾った武者が、兵士と剣戟を交わしている。
「近づいてみましょうか」
「平気か?」
「危険なら逃げればいいのですよ」
「別に倒しちまってもいいしな」
カリナたちは意を決して突入する。
と、鎧武者が反応した。
「む、お主たち……敵か?」
「いえ、今のところは」
「ふむ、であれば共闘しよう」
カリナは、鎧武者へ配慮しながら杖を振るう。
カリナ組は高火力、神装甲だ。
フミカ組のようなタンク役がいない分、通常戦闘では苦労しがちだ。
しかし今回は、鎧武者がその役割を担ってくれた。
戦国時代のような、当世具足は飾りではないようだ。
兵士の攻撃を食らってもびくともしない。
刀で斬り返し、弾かれた敵兵の背中をヨアケが突く。
カリナは、鎧武者を狙う敵兵へ炎を浴びせる。
戦闘はつつがなく終了した。
「助太刀感謝する。どうやら、お主たちは狂気に呑まれてはいないようだ」
「ま、楽勝さ。あたしらにかかればな」
火力は十二分にある。盾役さえいればスムーズに済む。
分断されたことで、フミカたちのありがたみがより増した気がした。
「拙者はホクシンと申す」
「あなたはなぜここに?」
「知恵を得るためだ」
「知恵、ですか……」
ヨアケに、ホクシンは力強く首肯。
「我が祖国は危機に瀕していてな。ゆえに、藁にも縋る想いでこの国を訪れたのだ。起死回生の策を求めてな」
「危機って?」
「戦だ。小国である我が国は、大国相手に正攻法では勝てぬ」
「ここには戦に勝つための力を求めてきた、と?」
「うむ。不滅の国、アルタフェルド。噂には聞いていたが……これほどだとは。大変、興味深い……」
飾り気のない面頬で、ホクシンの表情はわからない。
だが、アルタフェルドに関心を抱いているのは確かなようだ。
ちら、とカリナがヨアケを見ると、彼女は黙々と思考を回していた。
「しかして、ここの主は、恐らく一筋縄ではいかぬだろう」
「主……ボスか? そうか? あたしら四人いれば楽勝だろうけど」
「フミカさんがどうなったか、お忘れになりましたか?」
「あ……」
ヨアケの一言で、フミカの高速フラグ回収を思い出す。
「殺戮の名が如く、ここの主は殺しに長けておろう。お主たちが許すなら、助太刀返しをさせて頂きたく」
「ん、いいんじゃねーの? あんたはどう思うんだ?」
「相談してから、決めましょうか」
「オッケー。じゃ、そういうことでいいか?」
軽いノリでも、ホクシンは快く返事をしてくれた。
「承知した。腹が決まったら、声を掛けてくれ」
※※※
フミカたちは殺戮のフルコースを切り抜けて、楔の花の前に辿り着いていた。
「ど、どうにか、こうにかですね……」
「そうか? 大したことはなかったぞ?」
涼しい顔で言うナギサの凄まじさを、フミカは改めて思い知る。
大量の即死トラップを前にしても、顔色一つ変えない。
ただの散歩でもしていたかのようだ。
「おんぶに抱っこだった私が言うのもアレですが、大変だったんじゃないですか?」
「この程度、造作もない。ヨアケのボディガードに比べたら、楽なくらいだ」
「そ、そんなに……?」
唖然としていると、足音が聞こえ始めた。
糧光のおかげで、誰が向かって来ているのかは一目瞭然だ。
通路の先から、カリナとヨアケが顔を覗かせる。
「やっと、合流したか」
「途中で抜かされてしまいましたか」
「ナギサさんのおかげですよ」
どんなトラップでも強引に突破できるし、敵相手に苦戦することもない。
そのせいか、だいぶ時間を短縮できた。
正攻法ならもっと時間が掛かっていただろう。
「ま、こっちも生徒会長のおかげで死なずに済んだが」
「いえいえ。カリナさんのおかげですわ」
合流するまでの間に、二人は距離が縮まったらしい。
仲睦まじくするカリナたちに、フミカはカンパニュラのことを伝えようとする。
「ところでさ、相談したいことが……」
「それはあたしたちもだ」
「ん、なんかあったの?」
「ああ、そっちもか?」
どうやらカリナたちも何かあるようだ。
どちらが先に言うべきか思い留まっていると、ヨアケが口を挟んだ。
「すみませんが、その前に、ナギサと少し話してもよろしいでしょうか」
「いいですけど……」
「ちょうどいい。私もヨアケに用があった。これを」
ナギサはヨアケに指輪を渡す。
「指輪ですか……?」
真意を測りかねているのか、珍しくヨアケはきょとんとしている。
「君なら、何を意味するのか一目でわかると思うが」
ナギサに促されるまま、ヨアケは装備画面を開き、
「へっ…………?」
間の抜けた声を漏らして、固まった。
初めて見る表情だ。微笑みを絶やさず、相手の意図を汲み取ることが上手な生徒会長らしからぬ、素の驚き。
その頬は、段々と朱色に染まる。
最後には、爆発したかのように混乱し始めた。
「こ、ここ、これは……!?」
「どうした?」
ナギサが困惑している。
あたふたしたヨアケは脈略もなくカリナの腕を掴み、
「フミカさん!!」
「うぇっはい!?」
「カリナさんを! 少しお借りします!」
「あっ、ど、どうぞ!」
思わず許可して、今度はカリナが当惑。
「いやちょっ、え――」
しかしそんなことお構いなしに、その腕を引っ張って行った。
「どうしちゃったんでしょう?」
「さぁ……?」
親密な関係であるナギサですら、ヨアケの奇行の理由はわからないらしい。
フミカもそれとなく推理してみる。
起因となったのは指輪だ。
ベタな展開として、指輪を渡されたから求婚だと勘違いされる、というものがある。いろんな媒体で使い古されたラブコメ要素だ。
しかし、まさかあの聡明なヨアケがそんなことで騒ぐとは思えない。
となると、装備テキストに何か引っかかるところがあったのだろうか。
フミカは内容を思い返す。
〈結命の指輪。一度だけ、致命傷を避けることができる。この効果は、楔の花に触れるたびに回復する。楔に繋がれた命を、この指輪は結び留める。不滅の身においては、さほど有用な効果ではない。しかし、あえてこれを贈る者もいるという。きっと、特別な意味があるのだろう〉
「うーむ……」
意味深なテキストではあるが、これはこのジャンル御用達だ。
特別おかしいわけでもない。
「何か心当たりはあるか?」
「いえ、さっぱり。……というか」
謎はもう一つ残されていた。フミカはダメ元で諳んじる。
「なんで私に許可を求めたんでしょう?」
「さてな、わからん」
カリナの件についても、ナギサはわからないらしい。
二人揃って腕を組む。しかし結論は出そうにない。
「鈍感ズ……」
様子を見ていたミリルが、呆れたように呟いた。
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