第21話 殺戮砦(後編)

「前途多難な感じでしたけど、どうにかなりそうですね!」


 沈黙する装甲熊アーマードベアを見下ろして、フミカは意気軒高。

 全員合流したことで、凶暴化した兵士や動物兵器などの敵はもちろん、落とし穴や爆弾などの凶悪なトラップも順調に対処できていた。

 

 砦はもう、クリアしたも同然だ。

 しかしナギサは、難色を示していた。

 

「……わからん」

「わからんって……。協力を仰いだことか? いい判断だと思うぜ? 私は」


 カリナがナギサを諭している。

 砦のボスを倒すべく、フミカたちは助力を求めることにした。

 

 一人は、カリナとヨアケが出会った鎧武者、ホクシンだ。

 そしてもう一人は、既に共闘したことのある花の騎士カンパニュラ。

 彼もまた、ここのボスを倒すべく共闘を申し出てきたのだ。


「いや、それについては理解できる。助力を求めることは良いことだ。経験値のためにも、全員生存することが望ましいのだから」

「じゃあ、何がわかんねえんだよ」


 ナギサが立ち止まり、


「ヨアケだ。様子が変だ」

「確かに……」


 フミカは同意する。ヨアケはフミカたちから――厳密にはナギサから――少し距離を取って、ちらちらとこちらへ視線を投げてきていた。


「あー……そりゃ、あれだ。ちょっとばかし、心機一転的な?」

「さっき、何か聞いたんじゃないの?」


 首を傾けて、カリナの瞳を射抜く。

 じっと見ていると、視線を逸らされた。


「べ、別にいいだろ。いろいろあるんだし」

「まぁいいんだけど。けどさ」

「なんだよ」

「いつの間にそんな仲良くなったの?」


 ちょっと前までは、一番怖いとか言っていたくせに。

 今では、内緒話をする仲だ。


「大して仲良くねーし」

「……誤魔化してる?」


 フミカは疑惑の眼差しを注ぐ。


「ご、誤魔化してねーし!!」


 カリナの言い訳が、砦内に響いた。




 砦の主は、他のボスの例に漏れず最上階にいた。

 立派な扉の前には、共闘を願い出たカンパニュラとホクシンが待っている。

 二人の戦士は、離れている。互いを意識しているかのように。

 馴染みのカンパニュラに、フミカは話しかけた。


「こんにちは!」

「おお、貴殿か。こちらの準備はできている」


 花の騎士の勇ましい返答。

 彼は右方に立つホクシンを一瞥した。

 その表情はフルフェイスヘルムのせいで窺えない。


「彼も、貴殿の協力者か?」

「ええそうですけど、何か?」

「君が信に足ると判断したのなら、問題はない。扉の先にいる者は、殺戮に悦楽を見出す狂人だ。前回は力を貸せなんだが、此度は十全に手を貸せる。誓約は、とうの昔に破られているからな」

「誓約とは?」


 ヨアケの投げた質問に、カンパニュラは答えない。


「花の騎士として、災厄は振り払わねばならん。突入後、援護しよう」

「ありがとうございます」


 お礼を言いながら、ヨアケを見る。彼女はまた考え込んでいた。


「ヨアケさん?」

「次は、ホクシンと話してみましょうか」 


 ホクシンもまた、腕を組んでカンパニュラを見つめていた。

 フミカたちに気付くと、会釈してくる。


「いつでも敵を斬ってみせよう」

「頼もしいお言葉ですわ」


 ヨアケが微笑みを浮かべても、ホクシンの顔色は定かでない。

 面頬で瞳以外を隠されている。


「あの騎士は、お主たちの連れ合いか?」

「そうですが、何か?」

「お主たちが信頼を置くなら、良い。ここの主の技、拙者は興味がある。如何様なものか……期待しておこう」


 ホクシンとの会話が終わった。

 後はボスに挑むだけだ。

 フミカは全員を見回す。

 

 ヨアケはそわそわとナギサを見、ナギサは不思議がっていた。

 カリナは、そんな二人に羨望が入り混じった視線を注いでいる。


「だ、大丈夫だよね……?」

「どうかな……」


 ミリルも、フミカ側のようだ。

 一抹の不安を抱きながらも、ボス部屋へと侵入した。




 血潮が、巻き散らされていた。

 ぐしゃり、ぐしゃりと斬打音が室内をこだましている。

 

 とさか付きの兜を被り、マントを羽織る赤い騎士が、大剣を振るっていた。

 かつては人だったであろう、肉塊に。

 騎士がマントを翻す。

 そこで初めて、赤色が返り血であることに気付いた。


「骨が折れるな」


 血に染まった騎士は、大剣の血を払うこともなく向けてくる。


「不滅者を殺すのは。ああ、とても骨が折れる」


 両手で柄を握りしめて、構えた。


「お前の楔も、断ち切ってやろう」


 壮大なBGMと共に、ボスの名前が表示される。

 殺戮将軍アルディオン。

 見た目も肩書も、BGMもカッコいい。

 が、世界観に浸る余裕はなかった。


「殺戮の秘儀、披露してしんぜよう」


 アルディオンが魔法を発動する。

 突如として壁がせり上がってきて、小部屋の中に閉じ込められた。


「えっと、これは……?」


 出口がないわけではない。四方に囲われた壁の、二か所に扉がある。


「おいどっちだ?」

「ええと……」


 フミカは二つの扉を見比べる。どちらに進めばいいのか。

 正解と不正解があるのか。それともどっちでも支障がないのか?

 逡巡するフミカは音が聞こえて振り返る。


「床が抜け始めていますわ。あまり時間がなさそうです」

「う、う、う! じゃあこっち!」


 フミカは綺麗な扉を指した。もう片方の扉は血で汚れていた。

 宝箱の件を考慮するならば、綺麗な方が正解だ。


「行きましょう!」

「おう!」

「あっ、フミカさん――」

「え?」


 ヨアケが呼びかけた時にはもう、フミカとカリナは扉を通っていた。

 後ろへ振り返って、ヨアケの姿が消えたことを目視する。

 いや、消えたというよりも、これは。


「なんだここ? さっきの部屋じゃねえぞ?」

「転移させられた!?」


 フミカとカリナが立つのは、殺風景な部屋だった。

 転がるのは、剣や槍の突き刺さった兵士の遺骸。

 そこへ、大量の兵士がなだれ込んでくる。


「うわあああいっぱい来た!」

「チッ、罠かよ!」


 フミカはメイスで、カリナは魔法で応戦。

 しかし数が多い。

 苦戦を覚悟した瞬間、蔦が兵士を絡めとった。


「援護する!」

「カンパニュラさん!」


 花の騎士が、兵士を切り裂く。

 フミカたちもまた、歩調を合わせて敵の数を減らし始めた。



 ※※※



 血だらけの扉を通り抜けた先は、迷路のようになっていた。

 ナギサは油断なく周囲を警戒する。


「またもや分断とは」

「やはり一筋縄ではいきませんか」


 予期していたと思しきヨアケを一瞥。

 と、またもや視線を避けられた。

 ネガティブな反応ではないため、不安はないが違和感は拭えない。


「合流を目指すか?」

「それは危険です。時間もあまりないようですし」


 ヨアケの視線の先にある、床のタイルが落ちていく。

 単純なボスではないようだ。

 まずは迷路を捜索して、アルディオンを見つけ出さなければならない。

 

 この工程で心が折れる人も多いだろうな、とナギサは思う。

 自分は平気だが。


「流石は、殺戮の名を持つ将軍ですね。不滅の身を殺すためには、まず心から、ですか」

「理には適っているが。どうする?」

「情報が必要です。とにかく動いてみましょう」


 ヨアケの後ろを警戒しながらついていく。

 急に剣戟音が聞こえてきた。この独特の音色には馴染みがある。


「この音は……」

「刀だな」


 小部屋の扉を開けると、ホクシンが兵士を叩き斬っていた。


「ちょうどよい。共に戦おう」

「そうですわね」


 ヨアケとアイコンタクトを交わし、ナギサは突撃する。

 まばらだった兵士を掃討すると、大男が姿を現した。

 全身を鎧で固めた、斧を持つ男だ。

 

 その斬撃を正面からブレイヴガードで弾く。

 回り込んだヨアケが刺突を行い、ホクシンも刀で一撃を与えた。

 大男が体勢を崩す。


「終わりだ」


 剣術スキル、三段突き。

 一突きで三度のダメージを受けた大男が斃れた。


「面妖な相手だ。しかし、だからこそ……」


 ホクシンが小さく笑う。

 そんな彼に、ヨアケが懐疑的な眼差しを向けている。



 ※※※



「気を付けたまえ。殺戮将軍は殺しに長けている。正道にも、外道にもな」


 殲滅後のカンパニュラの助言には、カリナも同意見だった。


「けど、どうやって戻るんだ」

「さぁ――うわっ!?」


 脈略もなく、二人の身体が光に包まれる。

 あっという間に、ボス部屋へと戻っていた。

 

 最初の小部屋とは別の小部屋だろう。

 拷問器具がいくつか並ぶ部屋だ。

 フミカと二人きりで、カンパニュラはいなくなっている。


「戻れたのはいいけど……」

「肝心のアルディオンはどこだ?」


 疑念を口に出した瞬間、影が二人の身体を覆った。


「嘘!?」「やべえ!」


 カリナは反射的に右横へ跳んだ。

 フミカは盾を構えて防御する。

 背後からの奇襲を。

 アルディオンは、血濡れた大剣をフミカへ振り下ろした。


「ぐッ――」

「フミカ!」


 衝撃を吸収しきれず、フミカが吹き飛ばされていく。

 女性型の、鐘のような形をした像に激突した。


「大丈夫か!」


 カリナは呼びかけながら、炎をアルディオンへ飛ばす。

 彼は意に介す様子もなく、徒歩で接近してきた。

 その間に、フミカが体勢を立て直す。回復するべく花蜜を取り出し、


「平気……えっ」


 突然前開きとなった像から黒色の手が伸びて、フミカの身体を持ち上げた。

 カリナは不意に思い出す。似た形状の人形像を、以前見たことがあった。

 拷問好きを自称する喧嘩相手が、得意げに見せてきた本に載っていた器具。

 鉄の処女アイアンメイデン――。


「うわあああ! ちょ、ちょま!!」


 フミカは像の中に引き込まれた。

 無数の針の付いた扉が閉じられる。

 フミカの声はすぐに聞こえなくなった。

 代わりに、大量の鮮血が零れ落ちる。


「てめえよくも!! うッ!」


 アルディオンは大剣でカリナを斬った。

 避け損ねて膝をつく。


「この野郎!!」


 抵抗する術を失ったカリナは睨んだ。しかしアルディオンは気にしない。

 ライフが尽きるまで、ひたすら剣を叩きつけた。

 何度も、何度も。

 肉体が、光の粒子となって、消えるまで。



 ※※※



「ライフが減らなくなりましたね」

「やられてしまったようだな」


 ボスのライフゲージを見ながら、ナギサたちは結論付ける。

 フミカたちは、呆気なくやられてしまったようだ。

 

 殺戮将軍アルディオンは、間違いなく難敵だ。

 いつもの方針であれば、死亡を確認した時点で撤退するところだが、


「今回はもう少し調べてみましょう」

「わかった。どちらだと思う?」


 再び、二つの扉が目の前にある。

 血塗れの扉と綺麗な扉が。


「こちらですわ」


 迷うことなく、綺麗な扉をヨアケが開けた。


「我が殺戮の迷道を踏破するか」


 部屋の中では、アルディオンが仁王立ちしている。

 ボスに相応しい、威風堂々とした姿だ。

 血で彩られていなければ、英雄に見えただろう。


「面白い。此度の殺戮、少しは楽しめそうだ」


 血濡れのヘルムで表情は窺えない。

 それでも、笑っているような印象を受けた。

 ナギサはサーベルを構える。


「下がっててくれ」

「はい」


 ヨアケが頷き返した瞬間、アルディオンが距離を詰めてきた。

 大剣の一撃を、サーベルで迎撃する。

 ブレイヴアタックを発動させて切り裂く――刹那。


「……ッ!」


 ブレイヴアタックへブレイヴアタックを合わせて、アルディオンが猛追してくる。


「ナギサ!」

「問題ない」


 ナギサはさらに斬撃を放って、鍔迫り合いとなった。

 膂力はアルディオンの方が上だ。素直に応じればこちらが負ける。

 

 受け流したナギサは、追撃の横斬りを跳躍で避けた。

 即座に斬り返して、次なる突きをブレイヴガードへ弾く。


「今だ!」

「わかってますわ」


 輝きを纏うヨアケが走ってナイフを見舞う――はずが。

 高速で回転切りを行ったアルディオンに、真っ二つに切り裂かれた。


「……!」

「ご安心を!」


 別方向からのヨアケの声。

 分身体を斬って油断していたアルディオンを、見事に刺突。

 ライフを半分まで削った。


「……やるな」


 唐突に、アルディオンが角笛を吹く。

 壁を破壊して先程の大男が現れる。

 さしものナギサも、ヨアケを庇いながら応戦するのは至難の技だ。


「追い付いたか」

「助太刀いたそう」


 そこへカンパニュラとホクシンがやってきた。大男へと攻撃を加え始める。


「行けそう……か?」

「どうでしょうか……!」


 アルディオンの猛撃へ、ナギサは完璧に合わせてみせた。

 カウンターとハジキを混ぜて、競り勝ったナギサがサーベルを鞘へ戻す。

 剣術スキル――居合切り。

 大ダメージを受けたアルディオンが怯んだ。


「数的不利か。……減らさねば」


 アルディオンが大剣を振り上げる。

 剣が赤色に発光し始めた。何かするようだ。


「その楔、砕き切ってみせよう……!」

「ナギサ!」

「ヨアケ……!?」


 ヨアケがナギサを庇った。

 そこへ、赤い刃が飛来してくる。

 直撃を受けたヨアケがライフを失った。

 そのまま光となって、糧花を咲かせる。


「な……なぜ……?」


 疑問はいくつも浮かんだ。ヨアケの行動だけではない。

 解せない点がある。

 しかし考える暇もなく、アルディオンが迫ってきた。

 

 呆然としていたナギサはそれを――しっかりと対処してみせる。

 ステップで躱し、横斬りを受け流した。

 

 戦闘続行は可能。

 いや……。


「頃合いだな」


 ヨアケに怒られたくはない。

 帰還の鐘を鳴らして、楔の花へと退去した。



 ※※※



 ヨアケの眼前では、フミカが真っ白に燃え尽きている。

 どうしたものかと思案していると、楔の花から粒子から迸った。

 ナギサが帰還したのだ。


「どういう状況だ?」

「どうやら、アイアンメイデンで串刺しにされたようで……」


 悪趣味な拷問・刑罰用の装置だ。中に入った人間を、針で串刺しにする。

 現実ならばともかく、部位欠損のないゲームでは大したグロさではない。

 ゆえに、ゲーマーのフミカなら平気なはずだった。

 本来ならば。


「エレメントブレイヴは三人称視点のゲームです。わたくしたちのように、世界に入ってプレイすることなど、想定していないはずですから」


 一人称視点で直視することなど、考慮しているはずもなく。

 フミカが開発陣の想定よりもダメージを負っても、仕方のないことだ。


「あの野郎、今度こそ!」


 手のひらに拳を打ち付けて、カリナが息巻いている。

 しかしヨアケは理解していた。

 このまま挑んでも勝てないことを。


「…………」


 黙考し、策を練る。

 単に攻略法を導くだけではない。

 どうやって二人を誘導するか――。


「ヨアケ」

「ナギサ?」

「ちょっといいか?」


 ナギサが親指を立てて、背後の通路を指す。

 指輪を思い出して心臓を跳ねさせながらも、二人で移動した。


「不可解な点がいくつかある」

「あの赤い刃のことですか」


 フミカたちをチラ見しながら、二人きりで会話する。

 

「なぜ庇った」

「予感がしたのです。アレは、ただの斬撃ではないと」

「だから、死んだのか」

「ええ」


 ヨアケは、左手薬指の指輪にそっと触れた。


「あの技は殺戮の秘儀、その真骨頂でしょう。楔の力で蘇る者を殺す、滅殺剣。ゲームの仕様上復活できますが、本来ならこうして蘇ることもないのでしょうね」

「危険な真似を」

「ゲーム、ですから」


 微笑むと、ナギサも返してくれた。

 その笑顔が愛おしくて、ヨアケは直視できない。


「きっと、回避する以外の対抗策はないかと。防御や魔法、ブレイヴアクションを用いても、概念的に殺されてしまうのです。直撃すれば、あなただって死んでしまいます」

「それは困る。君以外に殺されるつもりはない」

「……っ。あなたがここまで積極的だとは……」

「何の話だ?」

「い、いえ……。けれど、なぜ二人きりで? この話題は、皆に共有した方が良いと思うのですが」


 わざわざ距離を取って話すような内容ではない。

 訝しんだヨアケを、ナギサが真剣に見つめてきた。


「君に、大事な話がある」

「…………え?」


 理解が追い付かず、呆然とする。

 徐々に頭が働いて、鼓動の速度が上昇した。


「え、え、えっ」

「二人には、聞かれたくなかった」

「そんな、えと……心の、準備、というものがっ」

「大丈夫だ、安心してくれ。傷つくことはない」

「き、傷って!? 一体何を――」


 この状況で傷を連想させるものはつまりあれやこれやであってそれはいろいろとまずいのではいや本音を言ってしまえば嬉しいですけれど。


「君は、二人に遠慮してるな?」

「……遠、慮?」

「わかっているのに、理解しているのに、自分が全てを解決してしまわないよう、配慮している。なぜだ?」

「ああ、そっち……ですか」


 我に返ったヨアケは、寂しげに微笑んだ。


「トラウマが原因か?」

「トラウマ、というほどでは。ただ、皆さんには、楽しんで欲しいだけです」


 遠い目に映るのは、幼き日のとある思い出。

 ヨアケは成績優秀だった。機転も効いて、コミュニケーションも難なく取れる。

 リーダーシップを発揮しつつも、気配り上手……などと、もてはやされたものだ。

 

 みんなの期待を一身に背負っていた。そのように動くことを望まれていた。

 傲慢だったつもりはないが、自分がそう思っていただけに過ぎないのだろう。

 

 ある時、クラスメイトが言った言葉。

 あの言葉を、片時も忘れたことはない。


「もう全部、夜明だけでいいじゃん」


 心底、つまらなそうな声音。

 嫌悪と鬱憤が入り混じった表情。

 無気力で、冷めた眼差し。

 

 自分が動けば動くほど、他人の役割を、居場所を、あったかもしれない姿を、奪ってしまっている。

 一言で言えば、やりすぎたのだ。


「わたくしは、裏方に徹するべきなのです。そうしないと、みんなが楽しめない」


 生徒会長になったのも、皆がやりたがらなかったからだ。

 もし誰かが本心から望むのであれば、会長の席に座るつもりはなかった。


「そういう考え方は良くないぞ、ヨアケ」

「いいんですよ、わたくしは。皆の幸せが、わたくしの幸せなのですから」

「だから言っている」

「え?」

「君が幸せじゃないと、私が幸せになれない」

「――っ」


 またもや予期せぬ不意打ちを食らう。

 おまけに、手を握ってきた。至近距離で、見つめてくる。

 

 元々、これくらいのスキンシップは昔から行っていた。

 友愛の証として。

 

 だが、今はどうだ。キラリと煌めく指輪が、それ以上の意味を与えてくる。

 これより先は、ヨアケにとっても未知の領域――。


「あの子のことなら、ただの嫉妬心から出た言葉だ。深い意味はない」 


 その一言で、一気に夢から醒めた。


「……お待ちを。なぜあなたがそれを?」


 ナギサが全力で下がろうとしたのを、しっかりと握って止める。

 冷や汗を掻き、視線を外していた。

 さっきはあれだけ、真剣な表情だったのに。


「ナギサ?」

「まぁ、そのなんだ。私のことはいい。君は、素直になるべきだ」


 誤魔化されてなるものか。確かに、あれ以降、あの子から類似した発言を聞くことはなくなったが。

 ナギサは、矢継ぎ早に二の句を継ぐ。


「フミカ君たちを信用していないのか? 君は」

「そんな、ことは」

「彼女たちなら、ありのままの君を受け入れてくれる。断言してもいい。私が保証する」

「そんなことを言っても、誤魔化されませんからね」


 ヨアケは手を放す。そっぽを向き、唇を尖らせて。

 でも無理だった。嬉しさを、誤魔化すことは。

 ナギサへと向き直り、いつものように微笑んだ。



 ※※※



「いい調子ですわね」

「ああ」


 ナギサは自身が葬った兵士の亡骸を一瞥する。

 カンパニュラの助力も合って、スムーズに殲滅できていた。

 今頃、フミカたちもホクシンと共に大男を倒しているだろう。


「始まったか」


 身体が光に包まれる。

 転移先は、拷問器具や処刑装置が乱雑に並べられた小部屋だ。


「ナギサ、手筈通りに」

「わかっている」


 返事をした瞬間、ブレイヴアタックで斬撃を見舞う。

 背後から奇襲してきたアルディオンに向けて。


「これにフミカ君はやられたわけか」


 後方の鉄の処女アイアンメイデンを見やり、


「ガラではないが。敵討ちとさせてもらおう」


 サーベルの切っ先を突きつける。

 横薙ぎを跳躍回避し、兜割りを斬り放った。



 ※※※



 強引に連行された先で、ヨアケにカリナは捲し立てられた。

 興奮する彼女の手には、結命の指輪が握られている。


「どうしましょうどうしましょう! こ、これは、このまま意味ということでしょうか!?」

「おいおい落ち着けよ」

「お、落ち着くことなど難しく……! カリナさん、助言、助言を頂けますか!?」

「助言って、私がか!?」


 その意外過ぎる反応を目撃して、カリナのヨアケ像は一変した。

 彼女は確かに頭がいい。おしとやかだ。

 実家は金持ち。性格も良好。

 浮世離れした人物だとばかり思っていたが、違うようだ。

 彼女も一人の人間で、人並みに悩むし、恋もする。

 立場や背負う物が違うだけだ。

 それに、完璧というわけでもない。


(けど、それは私が知ってるだけだ)


 回想を終えたカリナは、炎を大男へと浴びせる。

 横目でフミカを見る。

 彼女はすっかり調子を取り戻して、敵の鎧をメイスで鳴らしていた。

 

 目が合う。

 勇ましい笑みを返してくる。

 

 ホクシンと共に大男を撃破したカリナたちは、ヨアケの指示通り迷路を進む。

 右に曲がりまた右に。

 左に向かった後は右。

 

 道中の兵士を魔法で燃やして、メイスで殴打し、フミカが囮となっている間に背後を突く。

 そうこうしている間に、二つの扉がある小部屋についた。


「こっち、だよね」

「ああ、そのはずだ」


 フミカは血に染まった扉を開けた。

 彼女の様子を、それとなく観察する。

 

 フミカにとってゲームは特別なものであるはずだ。

 自らのアイデンティティ。誇りを持って行う趣味。

 そんなに大好きな趣味で、頭の良い初心者に知恵負けする。

 

 その時、彼女はどう思うのか。

 どういう反応を、するのか。

 固唾を呑んで見守ると、


「すごーい! 流石ヨアケさん! 本当に当たってたよ!」

「そうだな。お前はそういう奴だ」


 カリナは無駄な思考を脇に追いやる。


「じゃあ早く見つけよう! 手分けして探そ!」


 カリナたちはゴールの部屋を探し始めた。

 ヨアケの推論に従って。



 ※※※



 ナギサがアルディオンの攻撃を受け流し、反撃。

 ヨアケは、タイミングを見計らって備えている。


「手狭な部屋で戦うのは、厄介だな」


 その言葉とは裏腹に、ナギサは汗一つ掻いていない。

 ヨアケも心配はしていない。

 ナギサならどれだけ不利な状況でも勝てると信じているからだ。

 

 しかし、問題はフミカたちだ。

 ヨアケの推理が当たっているのなら、必ずあるはず。

 間に合うのか。

 いや、まず見つけられるのか。


「愚問、ですね」


 自らの愚かな考えを一蹴し、隙を見計らってナイフを鎧の側面に突き立てる。


「ぬ、これは……」

「毒の味は、いかがかしら」


 暗殺スキル、毒突き。

 毒を受けたアルディオンが苦悶に呻く。

 ライフは順調に削れている。

 もう少しで半分に届くかという辺りだ。

 

「まさかここまでやるとはな」


 アルディオンは角笛を鳴らさない。

 増援を呼び出すのはあの部屋だけの仕様のようだ。

 

 ハズレ部屋に辿り着いた人間は、そのほとんどがまともに抵抗できずに殺される。

 ナギサたちの攻略法は、不可能ではないが難度の高いものだ。

 それでもこの方法を選んだのは、普通に戦うよりも勝機があると確信したからだ。


「この場で躱せるか……見物だな」


 アルディオンが剣に血を纏わせる。

 例の必殺剣だ。アタリ部屋であれば、回避するための十分なスペースがある。

 しかしハズレ部屋では、立ち位置によっては無理だ。

 下手に壁際に近づけば、多種多様な拷問器具が作動してしまうせいで。

 

 幸いにして、アルディオンの狙いはヨアケだった。

 自分が死んでも、ナギサなら、そしてフミカとカリナならば、アルディオンを見事討伐してくれるだろう。

 

 これは必要な犠牲だ。虫沼の楽園でフミカがやろうとしたように、ヨアケも、必要であればその身を挺することもやぶさかではない。

 

 でも、今は。

 このゲームで、遊んでいる時ばかりは。


「ナギサ!」

「――わかった」


 ヨアケの呼びかけに応えて。

 ナギサがクロスボウを構える。躊躇いなく発射した。

 アルディオン――を素通りし。

 

 ヨアケの頭部へと、矢が命中する。



 ※※※



「ここじゃない、か!」

「チッ、一体どこにあんだ」


 眼下では、二人が一生懸命部屋の中を漁っている。

 ミリルは遠目でその姿を眺めていた。

 

 他の部屋と違い、血で汚れてはいない。

 ストーリー的には、この部屋に辿り着けた者はほとんどいないという証だ。

 

 だから、わかりやすい手掛かりがない。

 高価そうな壺をフミカは叩き壊し、カリナは手当たり次第に壁を殴っている。

 

 しかしまだ見つからない。

 巧妙に隠されている。

 

 ミリルはやきもきしながら見守る。

 そんな自分に気付いて、首を横に振った。


(目的のために奮闘するのはいいことだし)


 一生懸命頑張るフミカたちは、全力でゲームを楽しんでいる。

 計画通りだ。

 

 なら後は、酷薄な笑みを浮かべて、その姿を愉しめばいい。

 ゲームマスターのように。

 

 だというのに、ハラハラしているし、もどかしくもある。

 その理由を考察する。すぐに結論を出した。


「そうだ! もっと円滑に楽しんで欲しいんだよ! ストレスなく、スピーディにね!」


 だからだ、そうに違いない――。

 自分に言い聞かせるものの、気分は晴れない。


「くそっ! ライフがもうすぐ半分だぞ! 例のすげー技が出ちまうんだろ!」

「わかってるけど、どこ……!?」


 二人はまだ見つけられない。あんなに、わかりやすいのに。


「く、う、うぅ~~!!」


 たまらずミリルは飛翔する。

 すかさず、少し高い位置に飾ってある絵画を指し示した。

 緑髪の少女が描かれている絵だ。


「そこしかないでしょ!」

「あ、そこか! カリナ!」

「おっしゃ!」


 カリナが炎弾を絵画にぶち当てる。

 壁から外れて、隠されていたものが露となった。


「本当にあった……! 楔の花!」


 血のように赤い楔の花が、絵画の後ろの空間に隠されていた。

 砦の様々な防衛策。そして、殺戮の迷道。

 

 幾重にも罠を張り巡らせるのは、是が非でも守りたいものがあるからだ。

 すなわち、弱点が。

 ヨアケの推論は、見事的中していた。


「いっけえ!」


 間髪を入れずにフミカがメイスを投擲する。

 直撃を受けた花が、悲鳴を上げて絶命した。


「やったぁ!」


 歓喜した瞬間、壁が壊れて大男が出現する。


「嘘ぉ!?」

「おいおい」


 カリナが炎で迎撃。しかしフミカは盾を構えるのみだ。


「ヤバい、武器、投げちゃった!?」


 後退しながら装備を選択するが、その隙を大男が見逃すはずもなく。


「わわ、うわわわー!」


 ダッシュ斬りが放たれる――前に。

 メイスを回収したミリルが、その巨体へ投げつけた。

 大男がダメージを受けて停止する。


「ミリル!?」

「詫びだから!」

「詫び……よっと!」


 メイスを拾って殴るフミカに、言い訳するように吠えた。


「だから、あのスイッチの! 今回だけだから!」

「なんでもいいよ! ありがとう!」


 ミリルは目を見開く。驚きのあまり、放心した。


「また、だ。また……」


 その合間にも、戦闘は続いている。

 カンパニュラとホクシンが、壊れた壁から参戦した。


「カリナ!」

「おうさ!」


 標的から外れたカリナが魔法を発動。

 赤色の、しかし血よりも熱く明るい光が武器へ迸っていく。




 ※※※



「く……!」


 ナギサは追い詰められていた。今にも殺戮の刃を飛ばさんとするアルディオンに。

 ヨアケが死亡したことで、ターゲットが移ったのだ。

 

 その剣技を、自身は避けられる。まず間違いなく。

 十分な広さが、確保できてさえいれば。

 

 しかしこの小部屋では、どうしようもない。

 壁際に寄り過ぎれば、即死トラップが発動する。

 跳躍やしゃがみでも、当たり判定からは逃れられない。

 

 毒がアルディオンのライフを減らしているが、微々たるダメージだ。

 攻撃を阻止はできない。

 絶体絶命。万事休す……。


「お前がな」


 ナギサは不敵に笑う。

 剣を振り下ろさんとしたアルディオンのヘルムが、背後へと向けられた。


「ぬうッ!!」


 モーションを中断して、血を巻き散らす。

 背中を、ナイフで穿たれたことによって。


「今です!」


 結命の指輪の効果で復活した、ヨアケの言葉を聞くまでもなく。

 ナギサはアルディオンに飛び掛かっていた。

 迎撃しようとした彼の動きが不自然に鈍る。フミカたちが成功したのだ。

 ダメ押しとばかりに、武器が炎のエンチャントを纏う。


「終わりだ――!」

「ええ!」


 クロスアタック。

 サーベルとナイフ。異なる獲物を一閃させて。

 アルディオンが、崩れ落ちた。



 ※※※

  


 ボスゲージが消失し、アイテムが自動入手された。

 勝利を知ったフミカはカリナとハイタッチしようとして、


「……さん……」

「えっ? うわあ!」


 突然現れたアルディオンに身体を拘束される。


「な、え――勝ったんじゃ」

「許さん……許さんぞ、貴様だけは――」


 血に塗れたアルディオンは、フミカのメイスと鎧を掴んで離さない。


「よくも娘を……誑かして……!」

「み、身に覚えないです!」

「離しやがれッ!」


 カリナが小剣を振るったが、効果がない。

 ヘルム越しでも感じられる、憎悪の籠った眼差しを浴びせて。

 アルディオンが消失した。


「な、何だったの……?」


 困惑している間に迷路は消えて、広い部屋へと戻っている。

 ヨアケとナギサが駆け寄ってきた。

 

 ヨアケの表情は、何かを恐れているように見える。

 怯える彼女を促がすように、ナギサが背を優しく叩いた。


「あの……どうでした?」


 回答は、考えるまでもなかった。


「完璧ですっ!」


 フミカがその手を掴んで、断言する。

 ヨアケは嬉しそうに顔を綻ばせた。

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