第19話 殺戮砦(前編)
慎重に、しかし大胆に。
真っ白なフードを被る少女は、道を進む。
その整った顔立ちには、微笑みが貼りついていた。
嬉々としたものだ。
信頼されて嬉しいという、ポジティブなもの。
「後少し……」
ヨアケの視線の先には、防壁に備わるレバーがある。
あれを引けば、きっと状況は好転する。
みんなも、あの子も、喜んでくれるはず。
期待を胸に、門へと辿り着いた。
隠密スキルは、ヨアケの気配を消してくれている。
しかし、遠目から見るのと近場から見るのでは扱いも変わってくる。
「……気取られましたか」
頭上に動きがある。
防壁から身を乗り出すようにして、兵士たちが弓を構えていた。
レバーは目前だが、引き終わる前に撃ち抜かれてしまえば元の木阿弥だ。
万事休す。
何の対策も施していなければ、だが。
不意に、弓兵たちの狙いが変わる。
優先すべきターゲットが現れたからだ。
その正体を、ヨアケは誰よりも知っている。
その強さを、世界の誰よりも、わかってる。
「今だ、ヨアケ!」
「わかりましたわ!」
ナギサが囮になっている間に、ヨアケがレバーの取っ手を掴む。
引き終わるより早く、ナギサへ矢と砲弾が迸る。
されど、ヨアケは理解している。
彼女が、この程度の攻撃で死ぬはずはないことを。
サーベルが矢を弾き、疾走して砲撃を避ける間に。
ヨアケが、レバーを引き終えた。
「やりました!」
「うまく行ったな。流石は君だ」
「いえいえ、あなたこそ……」
ナギサと成果を譲り合う。
「あのーフミカたちが心配じゃないの?」
いつの間にか隣にいた妖精に、茶々を入れられた。
しかしてヨアケは微笑んだまま、ミリルに応対する。
「必要ありませんわ」
「どうして?」
「フミカ君たちだからな。きっと、この扉を開けてくれる」
ナギサに倣って、ヨアケは門扉を見る。
扉の内側には警戒態勢の敵が見えた。
彼らを誘導して安全地帯を作ること。
それが、外側にいる二人の役目だ。
※※※
「音が止んだってことは、うまく行ったのか?」
「だね。ヨアケさんとナギサさんなら、朝飯前だよ」
カリナに返事をしながら、フミカが先導する。
地下通路をフミカたちは進んでいた。
砦と言うだけあって、大量の兵士が配置されている。
地上よりは殺意は薄めだが、それでも殺戮の名に相応しい場所だ。
もう既に、兵士たちのお出迎えを受けている。
「こっちも負けてらんねえな」
「だね!」
敵は強くなっているが、それはこちらも同じだ。
フミカは、シールドを構えて兵士たちに突撃する。
激突した敵がよろけたところを、カリナが炎で薙ぎ払う。
「よし、この調子で――」
「カリナ、そこ」
カリナが通りがかった壁の色が、周囲と違う。
警告した直後、壁を壊して兵士が奇襲した。
それをカリナが炎で急襲。
ノックバックした敵に、フミカがトドメを刺す。
カリナとの連携もこなれてきた、と思う。
疎遠となったせいで遠のいた絆を、一気に手繰り寄せているかのようだ。
そのスピード感を、正直に言えば……好ましく思っている。
「ん」
「ん?」
カリナに振り向くと、拳を突き出している。
その意図を理解したフミカは、笑みをこぼして拳を合わせた。
「楽勝だったな」
「上下ともに地獄だったら、流石にね」
地上が殺戮の豪雨だった代わりに、地下ルートの難易度は優しくなっているのだ。
梯子を登り、顔だけ覗かせて周囲を確認する。
出口は門の内側に繋がっていた。
偵察通り、大量の兵士が臨戦態勢となっている。
幸いにして、兵士たちは門の近くに集中していた。
打ち合わせ通りだ。
「うまく誘導してくれてるみたい。後はあの開閉レバーを引けば……カリナ?」
てっきり下にいると思ったカリナは、なぜか梯子から少し離れていた。
「登らないの?」
「……先に行けよ」
「なんで?」
「いいから!」
「んん~?」
訝しみながらもフミカは梯子を登り切った。
距離は縮まったが、カリナにはちょいちょい理解できないところがある。
いつかわかるようになればいいな。
なんて考えてる内に追い付いたカリナは、顔が赤くなっていた。
「疲れちゃった?」
「そういうんじゃない。さっさとやるぞ」
「だね。レバーはあそこだよ。気付かれないようにしよう」
忍び足で、門の傍らにあるレバーへ近づく。
フミカに気付いたヨアケが、敵が離れるように誘導してくれていた。
この調子で、気付かれずに……!
後、数歩のところまで接近した時だった。
不意に警鐘が鳴った。
反射的に振り返ると、砦の上部で兵士が叫んでいる。
呼応して兵士たちの狙いがこちらに向いた。
「まっずい……!」
「さっさと開けろ!」
ダッシュしてレバーに手を掛ける。
だが妙に重かった。
今までのレバーとは違う。特殊な仕掛けなのだ。
「このお、マメシステムズぅ……!」
歯を食いしばりながら、レバーを動かす。
その間にも兵士たちが集まってくる。
「カリナ、なんとかできる!?」
「この新魔法、試してみるか!」
カリナは杖を地面へ向ける。
炎の壁が横一面に広がった。
「炎壁だ。これで通れないだろ――」
安堵したのも束の間、敵兵が壁を迂回してやってくる。
燃えながら強行突破する個体もいた。
「嘘だろ!?」
焦るカリナが炎で迎撃。
効果覿面とは言えなかったが、時間は稼げた。
「うおおおっ!」
フミカがレバーを引き下ろす。門の扉がゆっくりと開き始めた。
「うまく行ったな! けど……」
「こりゃ、死んじゃうかなぁ……」
フミカたちを囲む無数の敵。今にも集団暴行が始まりそうだ。
ぐへへへ、と醜悪な笑声を上げる敵。
薄い本で見たことあるような展開。
読むのは好きだが、自分がやられるのはもちろん嫌だ。
「何か魔法、できる?」
「もう魔力切れだ。魔力薬を飲む隙は……なさそうだな」
カリナは小剣に持ち変える。
目的は果たしたのだから、死んでも構わない。
無抵抗でもいいのだ。
のだけれど、マルチで死ぬのはやっぱり抵抗感がある。
最後まで抗いたい。カリナと一緒の時は、特に。
だって、負ける気がしないから。
カリナの方を見ると、彼女の闘志も燃え上がっていた。
「どんだけいやがろうが、蹴散らしてやるぜ」
「うん……!」
頷き合って、突貫する。
「うおらああああ――あ?」
刹那、急に敵兵たちのターゲットが変わった。
背後から何かが突っ込んできたのだ。発光する誰かが。
それは、光を帯びたヨアケだった。
しかし、輝いていること以外に変化はない。
むしろヨアケらしくなかった。
何の策もなく、敵集団の中に飛び込んでいる。
「ヨアケさん!?」「何を!?」
驚愕するフミカたちの前で、ヨアケは多数の槍で串刺しにされた――かに、思われた。
「今の内に攻撃を!」
別方向から響くヨアケの指示。
フミカは注意が逸れた槍兵を殴り、カリナは魔力薬を飲み干す。
敵兵の後方から悲鳴が轟き始めた。
断末魔を奏でさせているのはナギサだ。
狙いが分散した敵兵を、フミカも堅実に攻撃していく。
「ダメ押しだ!」
カリナが補助魔法を行使。
武具に炎が纏い、火力が増強される。
殲滅は時間の問題かと思いきや、砦の正面入り口から何かが出現する。
ソレはライオンの顔で雄々しく吠え、ヤギの足で走り出す。
尻尾のヘビがシャーッと鳴いた。
「キメラ……!?」
殺戮合成兵器キメラ。
前触れもなく、ボス戦が始まった。
「おいおい、こっちに向かってくるぞ!」
油断していたフミカたちへ、向かってくるキメラ。
軽装のカリナたちはどうにか逃げたが、バランス型のフミカでは逃げきれない。
「食われるっ!」
「ご安心くださいな!」
ヨアケの身体がまたもや煌めく。するりと分身した。
光に包まれていたヨアケは、分身体だったのだ。
暗殺スキル、スケープゴート。
分身を生み出し、敵の狙いを強制的に変化させる技だ。
「皆さん!」
「わかりました!」
フミカは後方から接近するが、ヘビに攻撃を阻まれる。
いや、想定内だ。
後方担当のヘビがフミカに夢中になっている間に、ナギサが胴体へ肉薄している。
「フッ」
サーベルの刺突がライフとスタミナを削り、血を迸らせる。
ヘビの狙いが変わった。
「おしっ!」
ここぞとばかりに、フミカはその頭へメイスを叩きつける。
「チャージ、できたぜ!」
その間に、カリナが魔法を構築していた。
不死鳥を象った炎が、キメラに大ダメージを与える。
スタミナが枯渇し、体勢を崩した。
苦しげに息を吐くライオンの前には、微笑むヨアケの姿が。
「死んで、くださいな」
ナイフが頭部を抉る。
見事な連携によって、キメラの討伐に成功した。
「やりましたねっ!」
兵士の大群のみならず、突発的なボス戦すら無事に突破できるとは。
パーティーの絆が、前にも増して強まった気がする。
それぞれが自分の役割を理解できている感じだ。
「いい調子だねえ、君たち」
「すごいでしょ?」
近寄ってきたミリルに、フミカがドヤる。
「幸運もありましたが、上出来、と言って差し支えないのではないでしょうか」
「生徒会長が思った以上にやって、びっくりだぜ」
「確かにな。もっと頼るべきだった」
「そうですわ、ナギサ。あなたはもっと頼るべきなのです。わたくしたちを」
ヨアケに言われて、反省したような面持ちとなるナギサ。
二人が打ち解けたおかげで、パーティーの完成度が上がっている。
これならば、どんな難敵が相手でも苦戦することはなさそうだ。
「私たち最強だね! どんな敵が相手でもへっちゃらだよ!」
「それ、フラグって言うんじゃないの?」
「まさか! 私たちが負けるなんて、ありえないよ!」
カリナは成長している。
ナギサは言うまでもない。
ヨアケは聡明だ。
フミカにはあらゆるゲームの知識と経験がある。
フラグになんてなるわけがない。
ミリルの懸念を、フミカは笑い飛ばした。
砦の中は、血の匂いが充満していた。
数多の殺戮があったことを予感させる場所だ。
乱雑に死体が転がり、血潮が床壁を染め上げている。
兵士たちは血走った眼で、獲物を探していた。
誰もかれもが血に飢えているようだ。
「悪趣味なとこだな」
カリナが、拷問器具に閉じ込められた遺体を見上げている。
「ある意味、常人よりも恐ろしいことかもしれませんね」
「死なない、からか」
ヨアケの考察を、ナギサが肯定した。
「殺されても生き返って、また殺される……」
現実世界なら、死ねばそこで終わりだ。
それが幸福かはさておき、苦痛からは解放されるだろう。
だが、エレメントブレイヴの世界は違う。
死んでも終わりじゃない。
運が悪ければ、永遠に殺され続ける。
「それがどうした。あたしなら平気だぜ」
「それはカリナがにぶ――」
「あ゛?」
「根性があるからだよ。普通は耐えられないって」
カリナはガッツがあるから平気かもしれないが、フミカとしてもこんな拷問はご遠慮願いたい。
樽に閉じ込められて串刺しにされたと思しき人が、目の前にいる。
呼吸をしていた。だが、動き出す様子は微塵もない。
肉体は生きているが、精神が死んでいるようだ。
「フミカさんは、この砦をどうお思いですか?」
「たぶん、罠だらけな気がしますね、ここは」
プレイヤーをなんとしても殺してやる。
という開発者の想いがぷんぷんと香ってくる。
「だから気を付けて進みま――ん?」
カチリ、と音がした。
全員と目が合うが、等しく心外な様子だ。
もう一人の仲間――と呼んでいいかはわからないが――へと視線を注ぐ。
ミリルが、壁に寄りかかっていた。
「ん? えっ、なんか押しちゃった?」
慌ててミリルが飛び立つが、もう遅い。
壁をぶち破って、巨大な鉄球が転がって来ていた。
咄嗟に左に避ける。
距離が開いていたおかげで助かった。
「何してんの!?」
「えっと……ごめんなさい」
しおらしくなるミリル。珍しい。
「あんませめてやるな。わざとじゃないんだし」
意外にもカリナが擁護していた。
フミカとしても、そこまで怒る気はない。
「全く、次は気を付けてよ――」
ミリルを窘めながら転がった先へ目を移し、
「ああーっ!!」
「いきなりでけえ声出すなよ!」
カリナの抗議は、耳に入らない。
「お宝だぁ!!」
鉄球が壊した壁の先は、宝物庫だった。
宝箱が五個もある。
有用な装備やレアアイテムが入ってそうだ。
「やったーっ! ありがとう、ミリル! あなたのおかげだよ!」
「そ、そう……?」
気恥ずかしそうなミリル。
フミカはご機嫌に足を踏み入れて、経験者としての血が騒いだ。
「むっ……!」
「今度は何だよ」
「これは、罠が紛れてるね」
歴戦のゲーマーとしての勘が働く。
五つの宝箱の内、どれかがトラップだ。
何が発動するかまでは定かではないが、確実と言っていい。
「その根拠は何なのでしょう」
「よく見てください。箱のデザインを。微妙に違うものが紛れているでしょう?」
五つの内、三つの箱には三輪の花の装飾が刻まれているが、二つは花が一輪だけだ。
そして、エレブレシリーズにおける宝箱のデザインは、基本的に三輪の花。
極めて初歩的な罠だ。
経験者ならまず引っ掛からない。
「この二つは、偽物! 安全な方を開けましょう!」
フミカはニコニコしながら取っ手に手を掛け、
「あ、お待ちに――」
ヨアケの制止を聞かずに開けた瞬間、開いた。
床に、穴が。
「うわあああああ!?」
転落するフミカ。
ヤバいまずい死ぬ死ぬ死ぬ!
敵に殺されるよりも、このような、時間が掛かる死の方がクるものがある。
たまらず目を閉じた瞬間、急に落下速度が低下した。
ゆっくりと目を開けて、気付く。
「大丈夫か?」
「ナギサさん!?」
ナギサがフミカのことを、左腕で抱きかかえていた。
右手のサーベルが壁に突き刺さっている。
剣で落下の勢いを殺したのだ。
だとしても、下にトゲなどの罠があれば。
或いは、奈落の底であれば無意味。
と思ったが、よく見ると下はただの床だった。
恐らく、落下ダメージ軽減の魔法かアイテムを使って、移動できる場所なのだ。
「運が良かった……?」
「運じゃない。床が見えたから降りたんだ。本当に罠だったら、見殺しにしていたぞ」
「はい、ありがとうございます……」
流石のナギサでも、上に戻るのは厳しいらしい。
……単独であれば何とかする気もするけれど。
サーベルを抜き放ち、フミカを抱えたまま着地してくれる。
おかげで、ダメージは最小限で済んだ。
「大丈夫なの?」
ミリルが飛んでやってくる。
これまた珍しく、心配してくれているようだ。
「なんとかね。でも、合流するにはちょっと骨が折れるかも」
帰還の鐘を鳴らして楔の花に戻るという手もあるが、道はあるようだ。
フミカの、ゲーマーとしての
探索したくて、しょうがない。
「あの……」
「調べたいんだろう? 攻略に使えるアイテムが落ちているかもしれない。詰まった場合は、鐘を使って戻ればいい。ミリル君、私たちは先に進むと、ヨアケたちに伝えてくれないか」
「ボクは伝言係じゃないんだけど……まぁいいよ」
しぶしぶ了承したミリルが、穴の上へと飛んでいく。
「では、行こうか」
「は、はい……!」
応じた後に、気付く。
ナギサと二人で探索するのは、初めてだということを。
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