第18話 咲き誇るは百合の花
案内された部屋は、信じられないほど豪華だった。
煌びやかな家具の一つ一つに、法外な値段が付けられてるのだろう。
だが、悪趣味な感じはしない。
調和が取れた絢爛な部屋だ。
さりとて、その美しい装飾の数々はおまけだ。
より可憐な女の子が、目の前にいる。
見目麗しい容姿。
綺麗に整えられた赤髪。
陽だまりのような微笑み。
美しい宝石のような彼女は、目をキラキラと輝かせて。
「まぁ、あなたが! 来てくれてありがとう! どうか、わたくしとおともだちになってくださいな!!」
親から聞いた話とは違う。
それでも、構わないと思った。
太陽のような、彼女を守ることができるなら。
※※※
鍵穴に、黄色い鍵が差し込まれる。
小屋の宝箱に仕舞われていた鍵だ。
「嵌まりそうか?」
「やっぱダメみたいですね」
狭間の分岐路に戻ったフミカたちは、大扉を開けられるか確かめていた。
結果はご覧の通りだ。
推測通り、複数の鍵を組み合わせなければならないようだ。
「タイムリミットは存在しますが、慌てる必要はないと言ったでしょう」
ヨアケがナギサを窘める。
鍵を試そうと提案したのは、ナギサだった。
「なんかカリカリしてねえか? カルシウム足りてるのかよ、風紀委員」
「……君には関係ない」
そっぽを向くナギサ。
ヨアケが言った通り、時間の問題は解決している。
ならば別の問題があるのだろうが、フミカには思い当たらない。
ヨアケならもしかすれば、だが。
「急がば回れ、ですわよ。フミカさん、次は決めた通りに?」
「そうですね……行きましょう! 殺戮砦に!」
城塞都市プレクが侵入者を阻む盾ならば、殺戮砦は侵入者を猛追するための矛だ。
物々しい雰囲気の砦が、前方にそびえ立っている。
まだ石造りの防壁ぐらいしか見えないが、壁に開けられた
「正面突破すんのか? あれを?」
「道がここしかないからねえ」
カリナに応じながら、フミカは腕を組む。
殺戮砦へのアクセスルートは、この一本道しかない。
矢や砲弾の雨に晒されるのは必定。
ルートに点在する遮蔽物を利用して、しのぐしかなさそうだ。
「また脱ぐのか?」
「脱いだところで食らっちゃう気がするんだよね」
スルーマラソンは攻撃を食らわない前提の移動法だ。
一、二発ぐらいだったらともかく、大量の矢が降り注ぐであろうここでは逆効果。
バランス型のフミカがもっとも重く、他のみんなは機動型だ。
着込んだままでも、なんとかなるだろう。
「試しに、走ってみます……?」
「何の策もなしに、か?」
ナギサが難色を示す。
対策もなしに突っ込めば、誰かがやられる可能性は高い。
と言っても、ここから講じれる策など限られている。
フミカは打つ手なしだった。
唸っていると、双眼鏡を覗いていたヨアケが挙手した。
「あの、もしかすれば、ですが」
双眼鏡から顔を離して、指をさす。いかつい門の横にレバーらしきものが見えた。
「あのレバーで、状況が好転する可能性はないでしょうか? 例えば、スリットが全て閉じる、とか」
「その可能性はありますね」
つまり誰かがあのレバーまで辿り着けば、砲弾と矢に悩まされることはなくなるということだ。
「なら私が――」
「わたくしが行きましょう」
ナギサを遮って立候補するヨアケ。
その提案は意外だった。
戸惑いながらも、フミカは確認する。
「いいんですか?」
「わたくしは、隠密スキルをいくつか解放しています。断言はできませんが、狙いが散漫になる見込みはあるかと」
「確かに……そうですね。だったら――」
「ダメだ」
ナギサの即答。
ヨアケにたじたじになっていた時とは、別人のように。
有無を言わせぬ声音だった。
「そう……ですか。そうですわね」
ヨアケも反論することなく納得する。
これまた不思議だった。
これまで、ヨアケはナギサを論理的に説得していた。
もし意見が対立しても、話し合いで解決できる間柄だとばかり。
二人の関係は、自分が思うよりも複雑なのかもしれない。
「すみません。この案はなかったことに」
「それはいいけどよ……どうすんだ?」
「やはり私が先行して」
「みんなで行きましょう。標的が多ければ、狙いも分散する……ですわね? フミカさん」
「え、ええ……」
ヨアケが、またもやナギサの発言を妨げる。
どことなく不穏な空気が漂っていた。
「喧嘩とかやめてよね……?」
ミリルが小声で漏らした危惧に、心の中で同意する。
雰囲気を変えるためにも、早速移動を開始することにした。
「私が前に出るから、ついて来てくれ」
頼もしいナギサの背中を追いかけて、砦に向かってダッシュする。
来訪者に気付いたのか、砦に動きがあった。
無数の矢が飛んでくる。少し間を開けて、砲撃も。
「隠れるぞ!」
ナギサの合図で遮蔽物に隠れる。
遮蔽物以外の場所に矢が刺さり、少し離れたところで砲弾が炸裂した。絶対ぶち抜くという強い意志が伝わってくる。
「いくらなんでも撃ちすぎだろ……!?」
「毎回こんなだから!」
過去作でも類似したシチュエーションはあった。
ドン引きするカリナに応じつつ、殺戮の雨が止んだタイミングで疾走。
(思ったより平気かも……!?)
フミカは安心しようとして、その安心感こそがマメシステムズの罠であることを思い出す。
予感は的中した。
道端に転がる死体が起き上がったからだ。
「邪魔だ!」
ナギサが妨害する敵をサーベルで一閃。
フミカもシールドバッシュで弾き飛ばした。
「急いで!!」
「うおおッ」
カリナが無事に退避する。
遅れてヨアケが物陰に隠れようとした瞬間、
「――なッ!?」
ナギサが倒した敵に、足首を掴まれた。
一定時間で復活するタイプだったようだ。
フミカたちはもちろんのこと、さしものナギサも反応が遅れる。
唸る砲と、弓の弦。
「あ――」
「ヨアケ!!」
ナギサが名を叫ぶと同時に。
ヨアケの左胸に矢が突き刺さり、砲撃が身体を吹き飛ばした。
「…………っ」
「仕方ねえか、このまま――おい?」
次なる隠れ場所へ移動しようとするが、ナギサが動かない。
放心して、固まっている。
これ幸いと接近した敵が、ナギサに殴りかかり、
「ぐッ!」
「カリナ! このッ!」
カリナが盾となって打撃を受ける。
フミカはメイスで退けた。
「何してんだ! 行くぞ!」
「一旦隠れよう!」
殺意的な豪雨をしのいだ後、フミカが先を見る。
と、次の遮蔽物の隣に地下への階段を見つけた。
安全地帯だ。
「あそこに避難するよ!」
「わかった! チッ、仕方ねえ!」
カリナが強引にナギサの腕を引っ張る。
邪魔立てする敵をメイスで蹴散らして、どうにか避難できた。
降りた先には楔の花があった。砦までの中間地点のようだ。
エレブレシリーズはこういうところの気遣いがいい。
フミカたちは安堵したが、ナギサは違った。
心ここにあらずな様子だ。
「だ、大丈夫です……か?」
ナギサは答えない。
無視というよりも、聞こえていない感じだ。
「おい、一体どうしちまったんだ。あたしらの中じゃ一番強いんだし、しっかりしてくれないと困るぜ?」
カリナの問いかけにも、無言。
痺れを切らした彼女が、藪蛇を突く。
「お前、生徒会長が死んだことを気にしてんのか?」
ナギサが僅かに反応した。
「このゲームは死にゲーだぜ? 死ぬのが当たり前のゲームだ。そんな神経質にならなくても――」
「黙れっ!!」
凄まじい剣幕で、ナギサが怒鳴る。
驚くフミカとカリナ。
ハッとしたナギサは目に見えて動揺する。
「すまない、怒鳴るつもりは……。少し、一人にさせてくれ」
ナギサは通路の先へ行ってしまった。
どうしようかと顔を見合わせていると、階段の上から誰かがやってくる。
「ナギサは……?」
「無事に来れたんですか?」
防衛兵器が稼働した音は響いていなかった。
ヨアケは普段より焦った調子で頷き、
「隠密スキルが役に立ちました。仮説通りでしたわね。……彼女は今、一人で?」
「ええ、先に行っちゃいました。一人にしてくれって」
「そう、ですか。やはり、ゲームでも……」
「なんかあったのか? いや、あるのか?」
「カリナ」
フミカが肘で小突くとカリナが慌てた。
「あ、いや、言いたくないならいいんだけど。あたしから見れば、あんたたちは仲良さげだったからさ」
「いえ。知っておいてもらった方が良いかと。これからも共に冒険する仲です」
ごくり、とフミカは生唾を飲み込む。
何かすごい話が飛び出す気がしたのだ。
フミカとヨアケは本来、住む世界が違う人間だ。
世界に名立たる財閥のお嬢様と、一般庶民では環境が違い過ぎる。
「わたくしとナギサは友人です。ですが、それだけの関係ではないのです」
ヨアケは少し目を伏せる。そして、口火を切った。
「ナギサは護衛なのです。本当は、主従の関係なのですよ。わたくしと、ナギサは」
いつも通りの微笑みのはずなのに。
その笑顔は、どこか寂しげだった。
※※※
「……ともだち、ですか?」
「ええ、おともだちに、なりましょう!」
幼い彼女は無邪気に笑っていた。
心の底からの言葉であろうことは、自分でも推察できた。
その太陽のような眩しい笑顔に、幼き自分は心打たれたのだ。
部屋は兵士の死体だらけだった。
全てナギサが倒したが、どうやったのかは覚えていない。
代わりに思い出すのは、目の前で吹き飛ばされたヨアケの姿。
「……っ」
カリナの言ったことは正論だ。
これはゲームだ。だから気にするな。
一般論として正解だ。
もし自分が彼女の立場で、自身と同じ悩みを持つ人に助言するならば、同じ言の葉を吐くだろう。
しかし、自分自身は例外だ。
ヨアケを守り通さなければダメだったのだ。
自分は月影家の人間で、彼女の護衛なのだから。
「くそ……」
己の情けなさに毒づいた直後、呻き声が聞こえた。
新手の兵士だ。その首を、振り向くことなく斬りつける。
部位欠損があるゲームであれば、首が跳ね飛んでいただろう。
いくら敵を倒しても気が晴れない。修行が足りなかったとしか思えない。
鋭敏になっている聴覚が、また足音を捉えた。
間髪入れずに斬り伏せようとして、
「わっ、と! 私です、ナギサさん」
「フミカ君……?」
予期せぬ訪問者に、警戒を解いた。
※※※
「驚かせてすみません!」
「いやこちらこそ。すまなかった、いろいろと。さっきも怒鳴ってしまって……」
「いえいえ。私たちも無神経でしたから……」
拒絶されるかもと思ったが、ナギサはフミカのことを受け入れてくれた。
とりあえず、冷静さは取り戻したらしい。
では、どうするか?
フミカはヨアケに言ったセリフを思い出す。
「私に任せてください!」
条件反射で安請け合いし、ナギサを追って来てしまった。
どうにかしたい。その想いは本物だ。
ただもうちょっと考えて発言するべきだったのでは、と今更ながら思う。
「どうしてここが……」
「あ、それは簡単ですよ」
フミカは斃れている兵士へ目を落とす。
「ナギサさんが倒した敵の糧光――放出された経験値を追ってきたんです。敵を倒した時に出る光ですよ」
経験値回収の演出として、敵を倒すと糧光という光が放出される。
それは敵の身体から迸って、プレイヤーへと吸い込まれる。
光が飛んでくる先へ向かえば、ある程度の位置は把握できるというわけだ。
マルチプレイにおいて、味方がどこにいるか確かめる指標にもなる。
「流石はフミカ君だ。ゲームに詳しい。……そんな君なら、私がどれだけ滑稽かもわかるだろう。笑ってくれて構わない」
自嘲するナギサ。
そこに凛々しさはなく、弱った印象すら覚える。
フミカは首を横に振った。
笑うだなんて、とんでもない。
「笑うなんてありえませんよ! ナギサさんが真剣に考えてくれてるから、安心して冒険できてるんですから!」
「何……?」
戸惑うナギサ。
フミカは勢いに任せて喋っている。
正直、まともに伝わっているかもわからない。
でもそれでいい。とにかく、伝えるんだ。
「私はこの異常事態を、かなり楽観して考えていたんです。ただの夢の延長だと。自分の命が危険かもだなんて、微塵も考えていなかった。相当な能天気ヤロー、です」
「そんなことは」
「でもナギサさんは違った。最初から私たちのことを考えて、行動してくれていた。単独で動こうとしたのも、一刻も早くクリアして、安全を確保しようとしたんですよね? めちゃくちゃ優しいじゃないですか! 流石は風紀委員です!」
褒めても、ナギサはバツの悪そうな顔を作るだけだった。
「私は……優しくなどない。無遠慮なだけだ。それに、君とカリナ君には私を責める理由がある」
「いやそんな理由なんて」
思い当たるのは犬関連ぐらいで。
「私はヨアケを、特別扱いしている。君たちよりも、ヨアケの生存を優先して動いている。あからさまな贔屓だ。優しいだなんてとても」
「そ、それは、その――と、尊いからいいんですっ!」
さながら姫を守ろうとする騎士のよう。これを尊いと言わずして何を言うか。
「尊い……とは?」
「尊いは尊いんです! そんなこと言ったら、私だって、ナギサさんの心配なんてしてません! だってあなたは一番強いから! いや、私が見てきた人たちの中で、あなたが最強です! おかげで確信できてますよ! エレブレ4は絶対にクリアできるって! だからこうやって、満喫できてるんです。あなたのおかげで!」
「そういう……ものか」
「そういうものです。私の小心ぶりを舐めないでくださいっ」
ドヤりながら断言する。
もし仲間にナギサがいなかったら。
理知的なヨアケや、昔馴染みのカリナがいなかったら。
命の危険を感じた時点で、不安に押し潰されていた。
「君が私を頼ってくれているのは、素直に嬉しい。私がつまらなくしているのでは、と何度か思ったことがあるからな」
「つまらないなんてことはないですよ! 配慮もしてくれてますし!」
「だが、それでも……。ヨアケが、死ぬのは……」
「護衛だから、ですか?」
「聞いたのか」
「はい」
首肯すると、ナギサは目を細めた。
過去を思い出すかのように。
「私の養父は光明院財閥の社長と懇意でな。護衛でありながら、プライベートの関係もあった。そのご息女の護衛とするべく、育てられたのが私だ。勘違いしないで欲しいが、そのこと自体に不満はないぞ。むしろ誇らしいくらいだ。養父に強要されたわけではないしな」
重い話かと身構えたが、そこまで深刻なわけではないようだ。
フミカはほっと胸を撫で下ろす。
上流階級のどろどろした話とかぶち込まれても、咀嚼できる度量なんてない。
「私とヨアケが初めて会った時、彼女は友達になろうと言ってくれた。主と護衛の間柄なのに。そのおかげか、豊かな学校生活を送れているよ。本来なら、陰から見守る予定だったのにな」
「そうだったん、ですか……」
今の二人からは、主人と護衛なんて関係性は全く見えてこない。
それだけ自然に馴染んでいる。
正真正銘の、友達なのだ。
「だからと言って、護衛業務を疎かにしていいわけじゃない。私は誓ったんだ。この命に代えても、ヨアケを守ると。それはゲームでも同じだ。死なせてはならなかったんだ」
悔恨するナギサの姿は居たたまれない。
その顔が、寂しげなヨアケの微笑みと重なったように見えた。
フミカが二人とまともに交流したのは、この世界に来てからだ。
せいぜい顔見知り程度。人間関係の深さはめちゃめちゃ浅瀬だろう。
そんな奴が何を言うかって話ではある。
でも、それがなんだ。
今の自分は、向こう見ずだ。
「なんで、このゲームをヨアケさんは選んだと思います?」
ナギサは友人に誘われてゲームを始めたと言っていた。
その友人は十中八九ヨアケだろう。
違ったら、下着姿で風車の村を一周したっていい。
「それは……このシリーズは大人気なんだろう。面白くて、みんなでできるから誘ったんじゃないのか?」
当たりだったらしい。セーフ。
「エレブレは死にゲーです。普段からゲームをやってる人ならともかく、やらない人を誘うのは重いですよ。もっとライトなゲームはたくさんあります。わざわざこのゲームを選ぶ理由にはなりませんって」
友達と遊びたいなら候補と成り得るゲームはたくさんある……だろう。
あまり友達がいないからわからないが、一般論として。
特にあの思慮深いヨアケが、人気という理由だけで誘ったとは思えない。
「これは……私の主観です。合ってるかどうかなんてわかりませんけど」
そう前置きした上で、フミカはヨアケの言葉を思い出す。
「わたくしは光明院家の一人娘。ゆえに、いろんな人間から狙われる。どこに行くにも、いつも護衛の大人たちを引き連れてました。仕方ないことですが、幼いわたくしはそれが嫌で。でも、ナギサが来てからは、大人いらず。わたくしたちはずっといっしょでした。ありがたいことです。何の不満も抱かずに、傍にいてくれる。ナギサがいるだけで、私は安心できました」
ナギサについて語る時のヨアケの表情は、いつにも増して輝いて見えた。
その顔が、陰る。
雲に覆われてしまった、太陽のように。
「でも……時折、思うことがあるのです。わたくしという枷が、ナギサを縛っているのでは、と」
こういう擦れ違いは、良くない。
あんなに仲が良かったフミカとカリナだって、些細な誤解から疎遠になってしまった。
フミカは、ナギサの瞳を真っ直ぐ見つめた。
「ヨアケさんは、もっと気楽に接して欲しいんだと思います」
「気楽に……?」
「語弊があるかもしれませんが、それはそれ。ニュアンス的には合っているはずです! 細かいところは自分で確かめて!」
「あ、ああ……」
気圧されるナギサの肩を、逃がすまいとフミカは掴んだ。
力量の差は歴然だ。
払おうとすれば簡単に払えるはず。
それでも、ナギサは押しのけなかった。
「死にゲーは、絶対に死ぬんです!」
「いや、それは」
「どれだけ上手い人でも死にます! プロゲーマーやRTA走者、凄腕配信者だって、死んでます! 最初から死なない人なんていないんです。うまく見えても、初めてプレイした時は敵にやられたり、罠に引っ掛かったり、操作を間違って死んでるんです。死を積み重ねて、上手になってるんです! そういう意味では、ナギサさんはすごすぎますね!」
未だにナギサは死んでいない。
経験者であれば有り得るかもだが、彼女は未経験だ。
これをすごいと言わずして、何を言えばいいのだろう。
「す、すごい……か……?」
「すごいんですよ! けど、ヨアケさんはそうじゃない。さっきみたいに、どこかで絶対死んでいたんです。みんなが合流するまで死んでないなんて、ヨアケさんは一言も言ってませんでしたよね?」
「そうかもしれない……が」
「だから、きっと、その、えっと、ちょっとタイム! うおおおおお!」
「フミカ君……?」
困惑するナギサの前で、フミカは頭を働かせる。
いい感じの言葉、いい感じの言葉を……!
――閃いた!
「きっと、安全な時はピリピリしないで欲しかったんです! 自然体に、フレンドリーに、護衛という役割を忘れて欲しかった。日常生活なら仕方ありません。どこに危険があるかなんて、私にはさっぱりわかりませんから! でも、自宅で! 家で、ゲームをしている時ぐらい、もっと肩の力を抜いていいんじゃないですか……? 光明院家の豪邸なら、危険もないでしょう?」
「それは……」
フミカはナギサの肩から手を離した。
微笑む。
ヨアケのそれとは、比べ物にならないけれど。
「ヨアケさんは言ってましたよ」
「何をだ?」
「ナギサさんは自分にはもったいないくらいの、最高の護衛で、友達だって。そんな友達が、自分のせいで窮屈な思いをしてるんじゃないかって」
「そんなことは――」
フミカは両腕をクロスさせて、バツの字を作り出した。
「ストップ、です。言う相手が違いますよ」
「そうか、そうだな」
納得したナギサが、帰路につく。
その後姿を見ていたら。
沸々と、実感し出す。
(好き勝手に、言い過ぎたんでは?)
いくらなんでも調子に乗り過ぎたのでは?
上級生の、それも、ナギサを相手に。
今頃になって焦りが生じる。
自分は今、ノリに任せてとんでもなく失礼なことをしたんではないか?
「フミカ君」
「ふわ、ふぁい!?」
呼ばれて、陸の魚が如く飛び跳ねる。
ヤバい怒られるかも……!?
「ど、どうしました?」
挙動不審のフミカを見て、ナギサは笑った。
「ふっ。……ありがとう」
「い、いえいえ! 私は全然!」
本心だ。
大したことはしていない。
ただ、自分なりの言葉を伝えただけだ。
「戻りましたか」
楔の花へ戻ると、不安げなヨアケに出迎えられた。
ナギサも少し気まずそうだ。
フミカは両手を握りしめて、エールを送る。
頷き返したナギサが、口を開いた。
「ヨアケ、君にお願いがある」
「奇遇ですわね。わたくしからもお願いが」
二人は微笑みを交わす。
息ぴったりだ。
きっとこのまま謝罪し合って和解を――。
「君を、殺させて欲しい」
「えっ」
思わず声を漏らして、口を両手で塞ぐ。
なんか思ってたのと違う……?
「わたくしも、あなたを殺したいです」
「お、おい……?」
唖然とするカリナが二人を見、こちらへ視線を投げてきた。
フミカは首を横に振る。
何これ知らない。意味がわからない。
しかしフミカたちを置き去りにしたまま、状況は進んでいく。
ナギサはサーベルを、ヨアケはナイフを取り出した。
「では」「行きますわ」
一拍置いて、抱き合うように。
互いの心臓を、それぞれの得物で突き刺す。
「痛いですわね」「ああ、痛いな……」
キラキラとした笑顔を交わしながら、痛みを共有する。
ライフが尽きて、身体が光へと変換された。
落ちた糧が寄り添うように花を開く。
「な、なんなんだ……」
「さぁ……?」
疑問を呈した瞬間に、二人が復活する。
抱き合った状態で。
「すまなかった。君の気配りを無下にして」
「謝るのはわたくしです。こんな回りくどいをことせず、素直に言えば良かった」
謝罪し合って、至近距離で見つめ合う。
キスでもしそうな近さだ。
「なんなんだよ、あれ……」
「ま、まぁ、尊ければオッケーかな」
ちょっと、いや、かなり謎だが、和解は成立したようだ。
それに、この二人の姿はとても映える。
美人同士が見つめ合う様は、さながら映画のワンシーンのようだ。
自然と笑みがこちらにも伝播する。
「うひひひ」
「なに気色悪い笑い声出してんだ」
「だって、咲いたんだよ? 極上の百合の花が!」
「はぁ?」
呆れるカリナにはわからないのだろう。この尊さが。
元々お似合いだとは思っていたが、実際に目の当たりにして確信する。
ナギサとヨアケ。
この二人はアルティメットで、パーフェクトな組み合わせだ。
「百合の花ってお前なぁ……。そもそも、女同士で、なんていうのは」
「カリナ!」
勢いよくカリナへ振り向く。彼女の認識を正すために。
「な、何だよ」
「真実の愛にはね、性別も、年齢も関係ないんだよ……!」
両手でお祈りのポーズを作って、熱弁する。
男女、男男、女女……。
愛の形は人それぞれだ。
みんな違って、みんないい。
どれも尊く、美しいものだ。
見たまえ、あの二人の美しさを……!
「……そういう、もの、なのか?」
「そうそう。そういうものなの――んえ?」
カリナが、いつになく真剣な眼差しで見つめてきた。
その瞳に、フミカはドキッとさせられる。
「ど、どうしたの……?」
「お前は、どうなんだよ」
「えっと、何が?」
「お前はその……同性に言い寄られても、平気ってことなのか?」
「私? 私は……」
なんでそんなことを、と思いながらも自分に当てはめて考える。
結論は即座に出た。
いや、出ざるを得なかった、と言うべきか。
「私は、その、実際になってみなきゃわからないかな……」
恋人いない歴実年齢な人間には、なかなか酷な質問だ。
そうなのか、とカリナが気落ちする。
ただ、と言葉を続けた。
「どうなるかは、まだわからないけれど。私を好きになってくれるのは、素直に嬉しいよね」
「そ、うか。そうなんだな。そっかぁ」
心なしか、カリナの声音が弾んでいるように聞こえる。
まぁ、気のせいだろう。
そもそも自分は恋愛ごとに無縁の人間なのだ。
(だって私の恋人は、きっとゲームだけですし)
漠然とだが、フミカはゲームを恋人として人生を終える気がしている。
何をするにもゲームが優先な自分を、好きになる人間はいないだろうし。
だから、恋も愛も、他人事なのだ。
それでいい。別に、悲しくなどない。
本当に、ホントだよ?
「あのーそろそろ行きません? あ、まだかかります? そうですか」
唯一フリーなミリルが声を掛ける。
妙に上機嫌なカリナ。
二人だけの世界に浸るナギサとヨアケ。
哀愁漂う瞳のフミカ。
ミリルが促がしても、誰一人として行動を開始する素振りが見られない。
「好都合、だけどさ。ここまでは求めてないって……」
小さなため息は、誰にも響くことなく掻き消えた。
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