第16話 虫沼の楽園(中編)
「こ、これは流石に……」
あまりにも恐ろしい光景に、絶句する。
カナブンが闊歩し、ミミズが地を這う。
セミが空を舞い、バッタが跳ねている。
大量の虫たちが蠢いていた。
これまでとは数が違う。
戦うのも逃げるのも、困難なのは明白だ。
「何の策もなく、突破するのは難しそうですわね」
ヨアケとフミカは同意見だった。
ナギサの援護射撃で切り抜けたミミズの群れが、可愛く思える。
それぞれの虫の数を合わせて五十……いやそれ以上にいるのではないだろうか。
四人全員で突撃したとしても、全員は辿り着けない。
では迂回路があるかというと、そういうわけではなさそうだ。
虫集団の背後に、しおれた楔の花が見える。
「やれないこともないと思うが」
ナギサは自信に満ち溢れた提案をし、
「あのミミズは、口から粘液を飛ばすようです。粘液塗れになるわたくしの姿を、そんなに見たいのですか?」
意地悪な笑みを浮かべたヨアケにたじろぐ。
「……そんなつもりはない。だが、どうするんだ?」
「フミカさん。こういう時は何か攻略法があるのでは、とわたくしは思うのですが」
話を振られて、フミカは思い返す。
「ちょっと、気になることがありまして」
「な、なんだよ……」
ちらり、と絶望しているカリナを見る。
「さっきいたところ、なんだけどさ」
フミカたちは、分断後の陸地の手前で止まっていた。
上を見上げる。
クモの巣が広がり、その主であるクモがいた。
その隣にはハチが捕まり、苦しそうに悶えている。
「あれは、クマバチですわね」
「あーそうか、そういう名前でしたね」
ミツバチよりもずんぐりとした、大きなハチ。
近づかれて、驚いたことがある人も多いだろう。
「クマバチは、その見た目と羽音から誤解されがちですが、温厚なハチなのです。人を襲うことも、滅多にありません。こちらから危害を加えたり、巣に接近しすぎなければ。オスには針もありませんしね」
「そうなんですか……?」
昔、クマバチに追われて逃げ回った記憶があるが、あれは逃げ損だったのかもしれない。
「で、どうするんだ?」
「助けるのがいいかと」
ナギサがクロスボウを取り出した。
フミカとヨアケも、メイスとナイフを装備する。
ナギサの矢がクモに直撃し、落下してきた。
ひっくり返った巨体を、ヨアケと協力しながら攻撃する。
クモがダウンから復帰した。されど、クモの行動パターンはわかっている。
前足を使った打撃と、鋭い牙による噛みつき、尾から放たれる糸攻撃だ。
焦らなければ、ダメージを負うこともない。
「え、あ、待って……! 置いてかないでくれぇ……!!」
我に返ったカリナが、小剣をクモの尻に突き刺す。
ナギサも参戦して、滞りなく倒すことができた。
「これで……!」
クモの消滅と同時に、クモの巣が消えた。
自由になったクマバチが、ホバリングしながら接近してくる。
その羽音は強烈だが、敵意はなさそうだった。
フミカたちの周りを嬉しそうに飛び回ると、何かを投げ渡してきた。
何かは、ぽとりとカリナの目の前に落ちる。
普通サイズのミミズだ。
「ひぐうああああー!?」
「落ち着け」
逃げ出す前にナギサが拘束し、事なきを得る。
フミカはちょっと嫌な気分になりながらも回収した。
飛び去るクマバチを見送りながら、テキストを確認。
〈クマバチの返礼品。虫沼の大ミミズが成長する前の姿。人の身では価値を見出せないが、それを欲しがる存在もいるだろう。与えてみるといい。きっと喜び、飛び立つはずだ〉
「これって――」
フミカは直感的に理解した。
アイテムをみんなと共有する。
ヨアケは頷き、ナギサも首肯し、カリナが絶叫した。
「では、早速参りましょうか」
「ええ、行きましょう!」
騒ぐカリナを宥めながら、楔の花へと直行。
転送コマンドを選択した。
美しくも、破壊された庭園の中に転移する。
滅ぼされた洋館、そのボスエリア。
マルフェスと戦った場所に。
「おーい、マルフェスー!」
フミカは声高らかに呼ぶ。
赤き巨鳥。
エレブレ4初めてのボスにして、運び屋を担ってくれた恩義な不死鳥を。
上空を旋回していたマルフェスが、降下してくる。
「あ、来た来た――ん?」
様子がおかしい。
そう気付いた瞬間にはもう、両足で攫われていた。
「え、えっ? どういうこと!?」
困惑するフミカの真横に、ミリルが飛んでくる。
「たぶんだけどさ、アレが原因じゃない?」
「アレ……?」
「君さ、マルフェスのことぶん殴ったじゃない。だから、その報復」
「いやあれは不可抗力で――マルフェスさん、マルフェ、うわあああああ!!」
因果応報。フミカは地面へと叩きつけられた。
※※※
べちゃり、と目前で潰されたフミカの音に身を震わせる。
何やってんだ、と思う。
フミカに、ではない。
自分自身にだ。
カリナは、フミカたちにおんぶに抱っこの状態だ。
いくら虫が苦手だと言っても、限度というものがあるだろう。
(せめて……画面越しだったらまだマシだったんだが)
もしくはヌメヌメ系でなければ。
などと現実逃避したところで、現状は変わらない。
フミカが何を思いついたのかは知らないが、あの大群を丸ごとスルーできるというわけではないだろう。
必ず戦闘はある。自分は戦えるのか。
それとも、また……。
「全く、酷い目に遭ったよ」
楔の花で復活したフミカが戻ってくる。
糧花を回収し、マルフェスへとミミズを差し出した。
遠くからの一瞬。
それだけでも、身の毛がよだつ。
ミミズを食らったマルフェスは、天高く飛び立った。
そしてどこかへ向かう。
きっと虫沼の楽園だ。
「よし、戻ろう!」
「ああ……」
元気よく促がしたフミカに、小声で応じる。
次の瞬間には大声が出た。
至近距離でフミカが見つめてきたからだ。
「な、なんだよ……!?」
「大丈夫?」
「……平気だよ、あたしは」
嘘だ。全然平気なんかじゃない。
だが、これ以上足手まといにはなりたくなかった。
ナギサやヨアケにもそうだが、何より、フミカの邪魔をしたくない。
自分がフミカの足枷になっている事実が、受け入れがたい。
「わたくしたちは先に行ってますわね」
空気を読んだのか、ヨアケたちが先行する。
残されたカリナの前で、フミカは座った。
「別にいいと思うんだけどな。苦手なものがあっても」
「でも迷惑かけてるだろ」
「お互い様って言うんじゃない? こういうの」
フミカに倣って、カリナも座る。
庭園に咲く花の、甘い香りが鼻腔をとろかす。
正確に言えば、花の匂いだけじゃない。
フミカの匂いも、だ。
「完璧な人は、カッコいいと思うけどさ」
「生徒会長……みたいにか? もしくは風紀委員?」
「ナギサさんは弱点あったでしょ。生徒会長は、わからないけど。……完璧でいたいって気持ちはわかるよ。怖がる自分が、嫌な気持ちも」
「……我が儘言ってないで、受け入れろってことか?」
口走った後に、後悔する。
今のは嫌な言い方だ。
自分のために、わざわざ時間を割いてくれているのに。
「受け入れるも何も、カリナはできてるでしょ? なのに、なんで悩んでいるのか不思議になっちゃって」
「……は? どこが――」
「だって、逃げられたでしょ。一人で。すごいと思うよ」
「どこがだよ――あんな情けない――」
虫沼での奇行を思い出して、恥ずかしくなる。
顔を背けるカリナの横で、フミカは空を見上げた。
「私、閉じ込められちゃったじゃない? 風車の村でさ。穏やかな悪夢の中はね、閉所で暗くて、不気味な場所だった。だからパニックになっちゃってさ。しかも、うまく逃げられなくて。ヨアケさんがいなかったら、たぶん、どうしようもなかったと思う」
「そういえば、怖いの苦手だったな、お前」
苦手なくせに見るのは好き、という難儀な性格だった。
「だからさ、カリナはすごいんだって」
「お前の援護があったから、逃げられただけだ」
「一緒に包まった時も、合わせてくれたでしょ」
「だからそれは……お前が、その……」
「なら、やっぱり大丈夫だよ」
「は? 今の流れでどうして――」
「私がいれば大丈夫、なんでしょ?」
「――っ」
にかっと笑うフミカ。
その笑顔の眩しさに、目を奪われる。
見惚れている間にフミカは立ち上がる。
「よし、これで行けるよ、絶対! あそこを突破したらボス戦のはず! 後少しだよ!」
手を差し伸べてくる。
カリナはその手を握り、二の足で立った。
ズルいんだよ、と胸の内で思いながら。
「二人を待たせてるし、早く」
「待て。……待って」
その手をしっかりと握りしめる。
沼地の時は無意識だった。
しかし今は明確に。
自分の意志で。
そよ風が二人の間を通り抜ける。
自分たち以外、誰もいない場所で、見つめ合う。
一瞬の静寂の後、カリナは口を開いた。
「そ、その……あたし――解放したいスキルがあってな。ポイントを貯めてたんだが、やっぱり、別のスキルを解放しようと思うんだ。向こうでいじるとなると落ち着かないから、ここで解放したい。いいか?」
「もちろんだよ!」
二つ返事を受けて、カリナは複雑な表情を浮かべる。
「先に行っててくれ。すぐに行くから……」
「わかった。待ってるからね!」
転移するフミカを見送って。
カリナはスキルの項目を開き、嘆息した。
「あたしの意気地なし……」
※※※
「どうですか?」
フミカはヨアケに問う。
例の大群までの敵は、綺麗に片付けられていた。
目につく範囲でのミミズも見られない。カリナへの配慮だろう。
流石は風紀委員と生徒会長だ。
「マルフェスが来たようですわ」
大群エリアの近くの木に、マルフェスが止まっているのが見える。
「やっぱキッツ……」
おっかなびっくりな様子で、カリナも戻ってきた。
「無理しなくてもいいんだぞ。君がいなくとも、やり様はある」
「抜かせ、風紀委員。援護はできるぜ。直接は無理でも、間接的には、な」
カリナの負けん気が戻ってきたようだ。
しおらしいのも可愛いが、カリナと言えばやっぱりこっちだ。
「じゃあ早速――」
「……待て」
制したナギサの視線は、大群エリアの手前に注がれている。
誰かがいた。
甲冑を着た騎士だ。
花の紋章を施されたサーコートと、フルフェイスヘルムの上に被る花飾りが特徴的。
クロスボウで狙いを付けたナギサとアイコンタクトを交わし、フミカが盾を構えながら接近した。
「突然の呼びかけ、失礼する。貴殿に用があったんだ」
友好的なNPCのようだ。
警戒を解いて近づくと、騎士は会釈してきた。
「貴殿だろう。クマバチを助けたのは。言葉を持たない彼に変わって礼を言おう。ありがとう」
「いえいえ……」
深々と頭を下げる騎士。誠実そうな男の声だ。
「さっき確認した時はいなかった」
「妙ですわね……」
ナギサたちの囁きが気になりながらも、フミカは騎士に応対した。
「頭を上げてください。ただの成り行きなので……」
「善人である上、謙虚とは。貴殿のような人に出会うのは久方ぶりだ。クマバチは恩を返す益虫。もし見かけたら、手を貸してあげて欲しい。きっとその恩に報いてくれるだろう。そして、私もまた」
「手伝ってくれるんですか?」
「貴殿が善き行いをする度に、必ず。花の騎士カンパニュラが手を貸すことを誓おう。推察するに、この先の大群に手を焼いているようだ。貴殿さえ良ければ、私も馳せ参じるつもりだが、どうだろうか?」
フミカは仲間たちへ振り返った。
「いいですよね?」
「わたくしたちは知識と経験がありませんから。フミカさんの考えに従います。二人も、それでよろしいでしょうか?」
「異論はない」
「あたしも従うぜ」
三人の同意を得られたので、肯定する。
「是非に!」
「任された。貴殿の進撃に合わせて参戦する。好きなタイミングで突入してくれ」
フミカたち三人の準備は整っていた。
未確認の仲間に、改めて訊ねる。
「行ける?」
「ああ――もちろんだ」
顔こそ少しこわばっているが。
覚悟を決めた瞳で、カリナが頷いた。
かくして、虫沼における大掃除が始まった。
「行きまーす!」
先陣を切るフミカを筆頭に、ナギサ、ヨアケ、カリナの順で大群ゾーンに突入。
同時に、虫たちも反応を始めた。
近くにいたカナブンが寄ってくる。
「どりゃあ!」
メイスの一撃。怯んだところをヨアケがナイフで突く。
三体のカナブンを相手取るナギサは、涼しい顔でサーベルを振るっていた。彼女に数は関係ないのだ。
カリナは後方から、炎をセミに飛ばしている。
みんなと比べると行動は消極的。
でも、それでいい。苦手を無理に克服する必要はない。
しかしカナブンはその大きさ通り硬い。
動きは単調だが、処理に手間取る。
その間に、ミミズやバッタが迫ってくる。
セミも飛来していた。
ナギサはブレイヴアタックやガードを交えて、必殺の一撃で駆除している。
しかし、フミカたちはそこまで効率よく倒すことができない。
ヤバいかも、と危惧した瞬間、不死鳥の鳴き声が轟いた。
「マルフェス!」
天から舞い降りたマルフェスは、大ミミズをついばんで一呑み。
よほど味がお気に召したらしく、ミミズを優先的に喰らっている。
「花の騎士カンパニュラ――いざ参らん!」
カンパニュラも推参した。
花の意匠が施された剣と盾を持ち、バッタに斬りかかる。
不死鳥と騎士という味方が増えたおかげで、ターゲットも分散した。
ヨアケが暗殺者としての本領を発揮し、次々と虫の背後にナイフを突き立てていく。
フミカはカナブンの頭を叩き潰す。負担はだいぶ軽くなった。
セミには対抗できないが、カリナが炎で落としてくれている。
「これなら!」
勝機を確信した瞬間――。
想定を打ち砕く轟音が地面を鳴らした。
林の中を突き抜けて、何かがやってきていた。
その球体は、通り道の虫をすり潰しながら現れる。
敵の増援の姿に、フミカは見覚えがあった。
「オルドナー!? もう雑魚敵になってる!!」
クソでかダンゴムシ。
またの名を、装甲虫オルドナー。
城館へと至る道で戦った、驚くほど弱いボス。
かつてのボスが雑魚へ格を下げるという光景は、よくあることだ。
過去作でもそうだった。他の死にゲーでも見たことがある。
だが、数が多い。三体もいる。
そして、オルドナーの戦法は、乱戦状態にマッチしている。
敵味方関係なく薙ぎ倒してくる存在など、厄介以上の何物でもない。
その証明とばかりに、フミカへと一体が突撃してきた。
目の前にいたミミズを蹴散らしながら。
「うわああああ!」
「フミカ!」
どうにか回避したフミカは、心配するカリナに叫ぶ。
「大丈夫! けど――」
敵はいい具合に分散している。速やかに対処できれば勝てる。
しかしそのための火力が足りない。
後もう少しなのに。
歯噛みしながらも、フミカに打開策は思いつかない。
……誰も犠牲にならないという、条件では。
※※※
オルドナーの登場により、優勢が劣勢へと転じていた。
ローリングの直撃を受けたマルフェスが、上空へと退避。
カンパニュラは防御行動に移っていた。
ナギサはさほど変わっていないが、ヨアケは回避を余儀なくされている。
フミカも逃げ惑うばかり……と思いきや、不自然にみんなから離れて行っている。
「どこに行くんだ!」
「私がオルドナーを惹きつけるから、そのうちに!」
フミカの策には危険が伴うと、カリナは直感的に理解した。
所詮はゲームではある。それも死にゲー。
死んだところでペナルティは微々たるものだし、結果としてそれで勝てるなら、むしろ積極的に行うべきなのかもしれない。
だがそれは、全員が正攻法で挑んで無理だった場合に行うべきで。
自分というお荷物のカバーで、行われるべきじゃない。
「それは早計だぜ、フミカ!」
カリナは杖を天高く掲げた。
現状、足りていないのは火力だ。
足りないのならば、補えばいい。
「皆に炎を!」
杖先を地面へと叩きつける。
赤色の魔法陣が展開し、炎のエフェクトが皆の元に迸った。
ナイフとサーベル、そしてメイスが赤く発光する。
炎属性の付与魔法――俗に言うエンチャントだ。
正直に言えば、カリナ好みの魔法ではない。
ダイレクトに攻撃する魔法の方が好きだ。
それでも。
……ミミズ相手には、まともに戦うことができなくても。
「あたしがいるから大丈夫だ! やっちまえ!」
「うおおおおッ!!」
フミカが炎を纏うメイスで打つ。
引火してカナブンがのたうち回った。
炎攻撃を食らうと、虫型の敵は必ず怯む。
ダメージ量も増えていた。
処理速度が、明確に上昇している。
「ふむ。これなら――」
特にナギサの暴れっぷりが顕著だ。
サーベルの連撃で三匹のバッタを、八つ裂きにした。
回復したのか、マルフェスも再びミミズを食らい始めている。
「これはなかなかの数。花の魔法、その一片を披露しよう」
カンパニュラが魔法を行使した。
地面から草花が生えてきて、虫たちを拘束する。
見逃さなかったヨアケが、カンパニュラと連携しながら始末していく。
気付けば虫も残り数匹となり、縦横無尽に駆け回るオルドナーが目立つ程度になっていた。
「ミミズさえいなきゃな!」
カリナは駆け出す。魔法をセットして唱えた。
「炎よ!!」
炎がダンゴムシへと命中し、ライフをごっそりと持っていく。
詠唱が無駄だとは知っている。コマンド式だと。
でも、いい。
こういうのは気分なのだ。
オルドナーを燃やすのは、最高に気持ちが良かった。
「よっしゃああああ!!」
掃除を終えて。
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