第32話 その想いの結末は

「朱里さん。話があるんだ」


俺は隣に座る朱里さんのほうに体を向ける。

朱里さんの顔にも少しの緊張の色が見え背筋がピンと伸びている。


「え、えっと……なにかな……」


「約束を……果たそうと思って」


「っ!!」


約束、それは俺と朱里さんが出会ったばかりのときに交わした約束。

いきなり告白してきた朱里さんが偽装カップルを演じ杏奈と音取に仕返しができたとき、そのときに返事をしてほしいと。


「今まで一緒に時間を過ごしてきてお互いのいろんなところを知ったよね。俺も情けないところをたくさん晒したし……まだ俺のことを好きでいてくれてるかな?」


「むぅ……そんなの決まってるでしょ」


朱里さんは少し不満げに頬をふくらませる。

そしてニコッと笑いかけて思わずドキッとしてしまう。


「私は今でも翔吾くんが大好き。今までの生活でもそれは変わらない……ううん、もっと大好きって気持ちが増えたよ」


それはきっと本心からの言葉。

今までもたくさん伝えてくれた心が温かくなる好意。

もしこの言葉が嘘だとしたら俺は多分一生女の人が信じられなくなると思う。

でも朱里さんに限ってそんなことは絶対にしない。

それだけの信頼関係を俺たちは今まで築いてきた自負がある。


「約束通り……お返事が欲しいな。どんな結果でも受け入れるから……」


いざ口にするとなると緊張で口が開かなくなる。

少しは成長できたと思っていたのに、肝心な場面で声が出ない。


俯けた顔を上げ朱里さんを見ると朱里さんは目をつぶっていた。

その手と体は小さく震えている。


関係を変えるのが怖い……それを思っているのは俺だけじゃない。

朱里さんだって、ううん、朱里さんの方が怖いはずだ。

重かった心が少し軽くなる。

朱里さんの心としっかり向き合って自分の心をしっかり伝えるんだ。


俺は手をそっと伸ばし朱里さんの震える手を優しく包む。

朱里さんはゆっくりと目を開け、俺はニコリと笑いかける。


「俺は朱里さんのことが好きだよ」


「ふぇ……?」


朱里さんはポカンと口を開ける。

少しレアな表情に写真を撮りたくなるがそういう場面じゃない。

俺は言葉を切らず続ける。


「ずっと今まで朱里さんに支えられてきた。杏奈に捨てられてどうしていいかわからなくなった俺に手を差し伸べてくれた。夕飯だっていつも一人で惣菜を食べてたのに誰かと温かいご飯を一緒に食べることができた」


まだまだ感謝は止まらない。


「なによりもいつも明るい朱里さんの笑顔に俺は救われたんだ。だから……」


『俺と付き合ってください』

さっきまでその一言が全然出てこなかったのに今回は言えた。

それが今の俺の本音であり一番の願い。

朱里さんに届くようにって心をこめて──


「本当に……本当に私でいいの……?」


朱里さんは少し震えた声で言う。

その目尻には涙が溜まっていた。


「朱里さんじゃなきゃ嫌だよ。俺は朱里さんがいいんだ」


「うぅ……翔吾くん……!」


朱里さんが胸に飛び込んできて泣きじゃくる。

俺はそれを受け止めて優しく頭を撫でた。


「もう、どうして泣くんだ?」


「だ、だって……嬉しくて……本当に夢みたいで……涙が勝手に出てきちゃうんだもん……」


「俺はどこにもいなくならないから。だから泣き止んでほしいな。俺は朱里さんの笑顔が大好きだから」


俺は朱里さんに語りかけながら頭を撫で続ける。

朱里さんは俺を抱きしめる腕の力を強め俺の胸に顔をうずめ続ける。

そういう風にくっついていること10分ほど。


「落ち着いた?」


「うん……落ち着いたよ」


しかし朱里さんが顔を上げる様子はない。

完全に俺の体をホールドしたままだ。


「顔は見せてくれないの?」


「やだ……泣いて目が腫れてるだろうし付き合えたのが嬉しくて多分顔が変になっちゃってるもん……」


「せっかく付き合ったんだし顔を見せてほしいな」


「うぅ……でも……」


無理やり剥がそうとは思わないが胸が押し付けられ体の大部分が密着しているこの体勢は俺の理性をかなり削ってきている。

付き合ってすぐに襲うようなことがあれば体目当てに付き合ったみたいなふうに思われるだろうしそれは避けたい。

顔が見たいのは事実だしな。


「ダメ?」


「うぅ……わかった……」


朱里さんはゆっくりと顔を上げる。

少し目は赤くなっていたけど朱里さんの口角は上がっていた。

喜色が滲み出ていてとても可愛らしい。


「顔……変じゃない……?」


「大丈夫だよ。いつも通り可愛い顔してる」


「あぅ……」


朱里さんは真っ赤になって再び俺の胸に顔を埋めてしまう。

俺もテンションが上がって割と口が軽くなっている。

普段だったらこんなことはさらっと言えたりしないだろう。


「なにはともあれ……これからよろしくね。彼女さん?」


「か、彼女……」


朱里さんは耳まで真っ赤にしてずっと俺に抱きついていた。

俺は喜びを噛み締め朱里さんの頭を撫で続けるのだった──


─────────────────────────

明日の午前9時05分より新作を投稿します!


タイトルは

『親友に裏切られ婚約者に捨てられた俺は好き勝手に人生楽しむことにした〜なぜかイカれた狂信者共が続々と忠誠を誓ってくるんだが〜』


https://kakuyomu.jp/works/16818093077840043595


となっております!

ラブコメではなく異世界ファンタジーを真剣に書いたのはこれが初です笑

ぜひ読んでくださると嬉しいです!


詳しくは砂乃の近況にて!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る