第15話 大瀬良翔吾の宣戦布告

「音取……」


まるで昨日のようになぜこうも絶妙なタイミングで登校してくるんだろうか。

正直もう学校に来ないでくれよと思ってしまう。

だけど……足を一歩踏み出さなくちゃいけないんだ。

何よりも協力してくれた、俺を好きになってくれた朱里さんのために。


「おい……音取」


「あ?誰だ?お前」


音取が俺を方を見て睨みつけてくる。

正直怖い。

今までの16年の人生でとにかく波風が立たないように、誰かに嫌われないように極力目立たないように生きてきた。

真正面からぶつけられる敵意にあの杏奈に振られたときとはまた少し違う怖さを覚える。

それでも……逃げるのだけは嫌だった。


「俺は大瀬良翔吾だ。音取亮」


「だから誰だって聞いてんだよ。俺の記憶に無い名前を名乗られてもわかるわけねえだろうが」


なっ……!

名前すらも覚えられていなかったのか……

まあいい。

俺の名前を忘れなくなるまで徹底的に見返す、それが俺なりの復讐だ。


「おいおい、昨日挨拶しただろ。もう忘れるなんて随分とおめでたい頭をしてるんだな」


「あ?」


俺の挑発に音取はさっきよりも目を鋭くさせる。

俺は一瞬怯ひるみそうになるがなんとかこらえ平静を装う。


「俺は朱里さんのだ。あのときはさんざん馬鹿にしてくれたよな?」


「へぇ……お前が昨日の陰キャねぇ……」


どうやら名前は覚えられていなかったが陰キャとして存在は覚えられていたようだ。

俺が杏奈に振られた日もボロカスに言われたのに忘れてた、なんて言われたらどうしてやろうかと思った。


「多少姿を見繕おうが所詮おまえは無能陰キャだろ?朱里の彼氏にふさわしいとは言えないだろう」


音取は睨むのをやめ俺を見て鼻で笑う。

俺が自分の圧倒的格下だと思い見下す目だ。

あの日と全く変わらない侮蔑と嗜虐心を孕んだ目。


「馬鹿にするなよ……」


「あ?馬鹿にするに決まってるだろう。お前前回の定期考査何位だったんだ?何かスポーツでもできるのか?」


「それは……」


「そうだろう。お前は俺には勝てない。所詮はただの無能陰キャで成績優秀、スポーツ万能、容姿も整っている高垣朱里とどこが釣り合ってるんだ?」


何も反論できなくて言葉に詰まる。

最初からこいつに勝てるものは無いってわかってた。

それでも……朱里さんがいてくれるなら……できる気がしたんだ。


「俺はお前に絶対に勝つ。今はまだ勝てなくても、必ず2年生のうちにお前を超える」


「何言ってやがんだ。俺は別にお前と勝負がしたいわけじゃない。ただ釣り合わないから別れろ、と言ってるんだ。もちろん今すぐに」


俺は音取を睨みつけるが全く気にした様子を見せない。

それどころか気味の悪い笑みを浮かべながら俺に朱里さんと別れるように言ってくる。


「ね、音取くん。そのへんにして。大瀬良くんも落ち着いて……」


高窪さんが仲裁に入ってくる。

それでも、ここで俺は絶対に退いちゃいけないところだと思った。


「俺は絶対に朱里さんとは別れない。死んでもお前なんかの言うことなんて聞かないから」


「だから……舐めたこと言ってんじゃ──」


「音取くん!」


突如、横で朱里さんが声を張り上げる。

その瞬間、さっきまでの騒ぎが嘘のように教室は静まり返った。


「音取くん……今度の一学期の中間テスト、翔吾くんと勝負して」


「なんで俺がそんなことをしないといけないんだ?」


「もし……翔吾くんが負けたら私があなたと付き合う……っていうのはどう?」


「「「!?!?!?」」」


朱里さんの爆弾発言にクラスは驚きに包まれる。

俺も驚きを隠せず朱里さんを見る。

朱里さんは堂々とした姿で音取に向き合っていた。


「正気か?」


「私は大真面目。私は翔吾くんがあなたに勝てるって信じてるから」


「そうか。わかった、勝負に乗ってやるよ」


そう言って音取は自分の席に戻っていった。

こんな二股宣言に杏奈本人はまだ来てないから動揺自体は大きくないが杏奈の取り巻きたちがヒソヒソと話しているから直に杏奈にも伝わるだろう。

そんなどうでもいいことよりも俺は確認しなければならないことがあった。


「あ、朱里さん。ど、どういうこと?」


「どういうことって……音取くんに勝負を挑んだだけだけど?」


「だからって朱里さんを賭ける必要は……」


「大丈夫。私は翔吾くんなら勝てると思ってるもん」


「な、なんでそういう話になるの?俺はお世辞にも成績優秀者とは言えないんだよ?」


俺の成績はいつも中の上くらい。

音取は一桁に入るかどうかといった成績だった。

中間までまだ一ヶ月ほどはあるとはいえかなり厳しいことには変わりなかった。


「やっぱり朱里さんを物みたいに賭けるのは……」


「大丈夫だって。もちろん翔吾くんにも頑張ってもらわなきゃだけど勝てる見込みは十分にあるから」


そう言う朱里さんの顔は自信に満ちていて嘘を言っているようには見えなかった。

まるで全てが始まったあの日と同じ表情だった。

根拠は無いがなぜか自信が湧いてくる、そんな顔。


「絶対に勝とうね!翔吾くん!」

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