第8話 妄想

あれから大変なことになった。

あのことを見ていたクラスメイト達は完全に俺と朱里さんをカップルだと認識しまだ半日しか経っていないのに学校中の噂になっていた。

本当に朱里さんの影響力恐るべし……


(本当にどうしよう……これで後から偽装でした、なんて言ったら多分俺はリンチにあうぞ?)


俺はこの先の展開に頭を抱える。

朱里さんと一緒にいられることは幸せだ。

でも好きじゃないのに付き合うなんて不誠実なことは絶対にしたくない。

だって俺はそれで痛い目を見たんだから。


「翔吾くん」


「ん……?朱里さんどうしたの?」


朱里さんがなにやらモジモジと話しかけてくる。

何かあったんだろうか。

まさか俺と付き合ってるって噂が広がったことで何か言われたとか!?


「その……お昼一緒にどうかなって……」


「ああ、そういうことね。全然いいよ。俺で良かったらいくらでも。これくらいならそんなに緊張しなくてもいいのに」


「だって……朝もすごく迷惑かけちゃったし……」


そう言って朱里さんはションボリする。

俺はそんな朱里さんが大丈夫だって思えるように笑顔でいることにした。


「気にしなくていいって!あ、それでご飯だよね。俺弁当を持ってきてないから購買で買ってきてもいいかな?」


「あっ!待って!」


俺が急いで購買に走り出そうとすると朱里さんに引き止められた。

朱里さんがゴソゴソとカバンを漁り始める。

そして青色の風呂敷に包まれた何かを取り出した。

これはまさか……!


「お弁当作ってきたんだけど……食べてくれる?」


来たぁぁぁぁぁぁぁ!

さっきまでの憂鬱ゆううつな気分はどこへやら。

そのお弁当、という単語の力はそれほどまでに絶大だった。


「た、食べたい……!」


「良かった……じゃあ机くっつけて食べよ?」


俺達は机を移動させてくっつける。

向かい合って座り俺は朱里さんから弁当を受け取った。

そして座っている場所がドアの近くだからかたまたま高窪さんが通りかかる。


「あっ!久美じゃん〜!久美も私達と一緒に食べる?」


朱里さんはにこやかな顔で提案するが高窪さんは首を横に振る。


「そんな空気の中私が入っていけるわけないでしょ。付き合いたてホヤホヤのカップルの食事に一人で飛び込む度胸は私には無いわ」


「う〜んそっかぁ……じゃあまた今度一緒に食べようね」


「わかった。今は二人でちゃんと食事を楽しむのよ?」


「もちろん!」


朱里さんの返事に満足したのか高窪さんは一つ頷いて歩いて行った。

朱里さんは改めて俺の方を向く。


「ごめんね待たせちゃって。早速食べよ?」


「わかった。じゃあ頂くね」


俺は風呂敷を解き弁当箱を取り出す。

蓋を開けると昨日の生姜焼きを中心に野菜や卵焼きなど彩りに溢れたとても美味しそうなお弁当だった。


「美味しそう……!」


「食べて食べて」


「いただきます」


俺は手を合わせてから箸を取りまずは卵焼きへと手を伸ばす。

口に入れると出汁の香りが口の中に広がった。

すごく好みの味付けだ。


「だし巻き卵なんだね」


「甘いほうが好みだった?私はいつも出汁で作っちゃうんだけど……」


「ううん。俺は出汁の方が好きだよ。これはすごく好きな味」


俺がそう言うと朱里さんは安心したように笑った。

そして自分の分のピンク色の風呂敷を解き始める。


「私も食べようかな。ほら、見て」


朱里さんが取り出した弁当箱は俺が受け取った弁当箱と同じデザインで色が違うだけだった。

少しドヤ顔で見せてくるのがすごく可愛い。


「お揃いなんだね」


「えへへ〜!いいでしょ」


そこまで言って俺は違和感に気づいた。


「なんでお揃いの弁当箱持ってるの?僕たちの関係が始まったのって昨日だよね?」


朱里さんは現在一人暮らし中だ。

だから弁当箱を二つ持っているのは違和感がある。

朱里さんに兄弟がいるのかは知らないけど実家から取り寄せる、というのも時間的に無理な気がした。


「うっ……そ、それは……そう!予備!忘れちゃったときのために買ったの!」


答えとしては違和感はないが明らかに目が泳いでる。

怪しい……


「本当に……?正直に言ってみて」


じーっと朱里さんの目を見つめる。

やがて耐えきれなくなったのか気まずそうに目をそらした。


「嘘つきました……」


「よろしい。で、なんのために持ってたの?」


「妄想するため……」


「え?」


思いがけない言葉が出たため思わず聞き返してしまった。

妄想……ってどういうこと?

見ると朱里さんは顔をめちゃくちゃ真っ赤にしていた。


「だから……君と付き合うことを妄想して二つ弁当箱を持ってたの……」


最後の方の声はもはや消え入りそうなほど小さかった。

首筋や耳まで赤くなってしまっている。

こんなことを言うのは申し訳ないけどすごく可愛かった。


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お二人はなんだかんだすごく仲良し。

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